( 169848 )  2024/05/13 16:47:32  
00

今年の春闘では賃上げが増加しており、一部の大手企業で大幅な賃上げが行われているが、全労働者への恩恵は限定されていると指摘されている。

実質賃金は1997年以降、長期的に低下しており、企業の好業績は労働者にはあまり還元されていない現状が続いている。

春闘での「満額回答」も、企業の内部留保や株主還元に使われ、労働者への賃上げには繋がっていないことが報じられている。

企業と労働者の関係が分断され、企業の好景気にもかかわらず実質賃金は下がっており、政府が増税や社会保険料増加を提言するなか、国民の生活の改善に繋がらない状況が続いている。

(要約)

( 169850 )  2024/05/13 16:47:32  
00

photo by gettyimages 

 

 好調な企業業績と賃上げ圧力を背景に、今年の春闘では満額回答が続出し、連合の直近の集計でも5.17%(前年同期比1.5%増)と、高い賃上げ率となっている。新入社員の給与も一気に5万円程度の引き上げを発表する企業も複数、出てきている。 

 

【一覧】入ると“損”する「私大」ランキング…コスパ最悪「意外な名門大学」の実名 

 

 しかし、賃上げの対象はあくまで一部だと見るのが、『書いてはいけない――日本経済墜落の真相』の著者で経済アナリストの森永卓郎氏だ。 

 

 「大幅な賃上げと言っているのは全労働者の2~3割にすぎない大手企業に限られていて、それすら利益水準を考慮すると、分配率はまだまだ少ない。中小も今年はベアを行った企業は少なくありませんが、物価上昇率を超えるベアは限定的です。 

 

 直近では、物価変動分を反映した実質賃金が円安もあって『24ヵ月連続でマイナス』だと話題ですが、実は長期的にも1997年からずっと右肩下がりなのです。しかも、税金や公的負担の増加を考えると、1988年と比べた場合は名目値ですら、現在の方が可処分所得は少ない。国民の生活はますます悪化していて、モノも買えないし売れない。この状況では、実質賃金は上がるわけがないのです」(森永氏) 

 

 実質賃金の長期的な低下は、女性や高齢者の非正規雇用などの就業者増加で押し下げられたという要因もあるが、逆に言えば、正規雇用の求人が少なく、賃金もほとんど増えていないという裏返しでもある。 

 

 企業業績を反映する株価は、1万円前後で低迷していた「悪夢の民主党時代」と言われていたころから、12年で約4倍になった。 

 

 しかし、実質賃金ではむしろ民主党時代より10%程度下がってしまった。社会全体で労働分配率が下がってしまったのだ。 

 

 森永氏が続ける。 

 

 「そもそも企業の最終利益と従業員の賃金はシーソーの関係で、経営合理性で言えば、労働者の賃金は抑えるほうが企業の利益にとってはプラスになります。 

 

 そして今は会社が儲かっても、非正規雇用や外注化して人件費を抑制でき、事業ごとに子会社化して賃金水準を抑えたり、成果主義を取り入れて結果的に賃金が減ったり、黒字でもリストラしたりと、企業の最終利益は、様々な手段で人件費を抑えた結果でもあるのです。会社が成長したところで、労働者にとっては、子会社の安い求人が増える程度です。 

 

 会社による春闘の『満額回答』に、昔のような意味はもはやありません。実際、企業の利益は株主還元と内部留保にあてられ、東証全体で年間配当は、この10年で約3倍の16兆円。内部留保もこの20年で2.5倍となり550兆円を突破しているわりに、たいして設備投資にも使われず、金融資産としても多く残っています」 

 

 また、海外子会社の配当など、金融収支を加えた「経常収支」では、近年は5兆円以上のプラスで推移し、23年度はなんと25兆円超の黒字だった。結局、企業がどれだけ利益を上げようが、インバウンド政策で外貨を得ようが、それが昭和時代のように賃上げに結びつく仕組み(続編で詳述)はもうないのだ。 

 

 実際、日本企業で断トツの利益を叩き出し、世界一の自動車メーカーであるトヨタの社員にしても賃上げは限定的で、物価や公的負担を反映した実質的な可処分所得では下がっている状況だ。 

 

 

 経済ジャーナリストが言う。 

 

 「トヨタの有価証券報告書によると、2003年3月期の同社の平均年間給与は805万6000円。そして直近の23年3月期は同895万円です。20年間かけて上がった給与は11%で、手取りだと60万円程度しか増えないことになる。 

 

 この間の2度の消費増税や控除の縮小、社保の増額に加え、コロナ後の著しい物価上昇を加味すれば、トヨタの社員と言えど、実質可処分ベースの“賃金”では下がっており、彼らですら、生活が苦しくなっているのは想像に難くありません。なお、全国最低水準である岩手県の最低賃金はこの間、41%上がっています。 

 

 その一方で、この間、トヨタは大きく成長し、労働生産性(= 営業利益 ÷ 従業員数)は2080万円→3043万円と約1.5倍となっています。当たり前と言えばそれまでですが、トヨタ車における原材料費上昇による価格転嫁分や、従業員の努力の果実のほとんどは、会社の取り分となっているわけです。賃上げの原資があることと、それを経営者が労働者に分配するかの判断は全く別問題であることを如実に物語っていると言えます」 

 

豊田会長 Photo by gettyimages 

 

 ちなみに、トヨタの豊田章男会長の2023年3月期の役員報酬は、前年と比べ46%増の9億9900万円。同社は欧州のグローバル企業の報酬を参考とする仕組みを新たに取り入れたと理由を説明しており、「利益水準を考えればむしろ安すぎる」という声も少なくないが、グローバル市場を相手にする同社の社員には残念ながらその仕組みはない。 

 

 「他社の賃金動向に大きな影響を与え、超絶な好業績のトヨタの社員ですら、十分な賃上げには程遠い状況と言え、業績が上がったからと、日本の企業に賃上げを本気で期待すること自体、ナンセンスと言えます。 

 

 確かに、初任給が大幅に引き上げられた会社もあります。ただこれは儲かった果実を還元しているのではなく、少子化による人手不足や人材確保による面が強く、業績とは別の理由です。 

 

 今はアルバイトの時給が急速に上がっていますが、これも儲かっているからではなく、人手不足によるものです。実際、最高益更新企業の多い、製造業正社員の賃上げ率より、コロナ関連以外の要因でも倒産が増えている飲食業アルバイトの賃上げ率の方が断然に高い」(経済ジャーナリスト) 

 

 

 現在では、賃上げの決定的な要素は労働人材の受給逼迫によるものしかない。残念ながら一般的なサラリーマンは、事務系職種の有効求人倍率が直近で0.5倍程度なこともあり、もともと賃金が上がる環境には程遠いといえそうだ。 

 

 とはいえ、人手不足が伝えられ、賃上げの期待のあるインバウンド業界でも、労働者側の恩恵は限定的だという。 

 

 経済ジャーナリストが言う。 

 

 「例えば、東京ではコロナ前に9000円で泊まれていたビジネスホテルが、今や日常的となったインバウンド需要で、平日でも2万円に近い。諸経費を差し引いた客室当たりの利益は3倍近いはずです。 

 

 しかしそんな荒稼ぎするビジホの求人情報を見ても、この間、1~2割程度しか賃金は上がっていません。また、インバウンドが雇用を増やすといっても、サービス産業はすでに慢性的な人手不足であり、北海道ニセコ地域では、外国人観光客向けの求人に介護人材が流れ、介護事業所の閉鎖が相次いでいるとも報じられていす。 

 

 高齢者の介護より、外国人のおもてなしの方が大事というわけですが、そのバイトの時給ですら、東京よりやや高い程度で、現地ニセコではランチですら支払えない金額です」 

 

実質賃金,内部留保 長期推移 

 

 経済成長や企業業績がやがて賃金に反映するという現象は、円安の現在だけでなく、長年、期待値だけで、現実としては起きていない。実際、2002~07年の景気拡大期は「実感なき景気回復」と言われ、2012年からのアベノミクスも「いざなぎ景気超え」と言われ、富が労働者まで滴り落ちるトリクルダウンが期待されていた。 

 

 しかしながら、むしろ実質賃金の低下が今に至っても続いているのが現実なのだ 

 

 経営層以外の日本人は景気を実感するどころか、単純に下働きするだけの存在に成り下がってしまったのか。しかも政府は比較的安価な労働力として期待する外国人労働者の『特定技能』の在留資格を5年で82万人を受け入れると決めており、“競争相手”増加により、今後も賃金が上がりにくい状況は続きそうだ。 

 

 なお、岸田首相の実弟、岸田武雄氏は外国人材の就労支援「フィールジャパン with K」を経営している。さすがに政策とは無関係だとは思うが...。 

 

 

 一方で、今後、気がかりなのは、大企業など一部ではあるものの、好調な賃上げを背景とした税や社保などの負担増だ。 

 

 「おそらく大手が牽引して、実質賃金はいずれ、一時的には上がることもあるでしょう。円安が落ち着けば、今年の夏~秋にかけて一旦はプラスになるとの予想もある。しかし、景気のいい数字が出てくると、政府はいつも、増税や社会保険料などの公的負担を打ち出すのが常です。 

 

 岸田首相もSNSで『30年ぶりに経済の明るい兆し』と書き込んでおり、これには『増税フラグだ』という声もある。しかし一度、増税となれば、その後、実質賃金が再び下落に転じても、負担増だけは恒久的に続く。こうした政治を続けているので、国民が好況感を感じることはこの30年近くないのです。 

 

 企業の懐事情と、庶民の懐事情はもはや完全に分断されていて、逆相関してさえいるのに、企業の好景気を根拠に、政府が負担を強いる対象は決まって国民の方で、企業の負担はむしろどんどん軽くなる。その最たる例が消費税と法人税の関係です。税負担の根拠と対象がいつもアベコベなのです」(経済ジャーナリスト) 

 

 企業業績が好調でも、「聖域」扱いの法人税だが、もし増税すればどうなるのか──。 

 

 つづく記事『企業の内部留保が過去最高の550兆円を突破…法人税が高い「昭和の経済システム」こそが最強だった! 法人税を増税したほうが「賃上げに繋がる」意外なワケ』では、強い経済を誇った昭和時代後期の経済システムと比較しながら、さらに詳述します。 

 

本多 慎一(ライター) 

 

 

 
 

IMAGE