( 171005 ) 2024/05/16 16:43:43 0 00 炭鉱労働者のイメージ(画像:米国労働安全衛生研究所)
かつて、福岡県の筑豊(ちくほう)エリアに炭鉱が多く存在した。
「北部九州を縦貫する遠賀川流域は、かつて我が国最大の産炭地だった筑豊炭田と呼ばれ、膨大な量の石炭を供給することで日本の近代化と戦後復興に大きな貢献を果たした。しかし、1960年代の石炭産業の斜陽化にともなって筑豊地域の炭鉱は次々と閉山し、昭和51年(1976)の貝島大之浦露天掘炭砿の閉山によって、筑豊炭田は終焉を迎えた」(飯塚市の資料より)
【画像】えっ…! これが自衛官の「年収」です(計13枚)
当時、たくさんあった炭鉱会社で「スカブラ」と呼ばれている労働者がいた。語源は
・仕事が好かんとぶらぶらしている ・スカしてぶらぶらしている ・スカッとしている
などと定かではない。
彼らは、炭鉱に降りても皆と同じように作業をすることなく、その代わりに、労働者たちを慰めるようなことをしていた。
・面白い話をして皆を笑わせたり ・お茶を出していたわったり ・たまには現場の見回り人を呼び止めてくぎ付けにしたり
することで、労働者を監視から逃した。「効率化」「合理化」の現代において、このような人をどのように感じるだろうか。
ピンク色の部分が筑豊エリア(画像:福岡県)
この話には続きがある。
あるとき、景気が悪くなってリストラをしなければならなくなった。経営者たちは話し合って
「何もしていないスカブラからクビにしよう」
ということになった。「無駄」な人材を排除できたのだから、さぞかし効率が上がったのではと思うかもしれないが、実際はその逆だった。
今まで同じ時間でやれていた仕事が、全然できなくなってしまい、その上、残った炭鉱労働者たちの
「人間関係もギスギス」
したものになったそうである。中国の荘子にある「無用の用」のように、
「一見意味がないように感じるもの」
が、実は重要な役割を担っていたのかもしれない。
再現された炭鉱住宅(画像:写真AC)
これが事実だとすれば、どうしてこのような現象が起こるのだろう。働く人の成果は、
「能力」×「モチベーション」
で生まれると筆者(曽和利光、人事コンサルタント)は考えている。どれだけ能力を持っていたとしても、まったくやる気がなければ成果は出ないし、逆に少しくらい能力が足りなかったとしてもやる気が最大まで高まった状態では
「火事場のばか力」
が出て期待を超える成果を出すこともある。「スカブラ」社員は、能力開発はしないだろうから、労働者たちのモチベーションを高める「仕事」を実はしていたのではないか。
実際、「スカブラ」社員がいなくなったら、皆口々に
「炭鉱が面白くなくなった」 「働きに出る意味がない」
などといっていたそうである。
飯塚市のボタ山と遠賀川(画像:写真AC)
なぜ、仕事と関係のない「笑い話」が、仕事へのモチベーションを上げるのか――。それは、
「職場型モチベーション = 誰と働くか」
が重要な人が世の中には多いからではないか。よく知られた経営学の古典的実験である「ホーソン実験」(生産性向上の要因を調べるために米ホーソン工場で行われた実験)での
「人間関係が最も生産性に影響する」
という結果とも似ている。
ホーソン実験ではインフォーマルグループ(友好関係から自然発生的に生まれる非公式組織)が仕事のモチベーションや生産性に好影響を与えているということもわかった。友好関係は自然発生的なもので
「意図的に作ることは難しい」
が、生まれやすい環境を作ることは可能であり、雑談を通じて「スカブラ」社員が担っていたのではないか。
春の香春岳(画像:写真AC)
「スカブラ」社員が意図せずやっていた(かもしれない)インフォーマルグループの構築は、さまざまな効能を組織にもたらす。最も重要なのは
「求心力の向上 = 組織や仲間への愛着」
である。これが高まれば、
「こういう仲間がいるから、ここで働く」 「仲間と一緒に何事か成し遂げたい」
となり、働くモチベーションは高まる。
また、組織に悪いところがあっても、人ごとのように非難したり、会社を辞めたりするのではなく、
「わがこと」
として改善しようとする。そして、組織への求心力は、「ここにいたい」という気持ちを醸成するため、当然ながら退職の防止にもつながるであろう。
明るい男性社員のイメージ(画像:写真AC)
他に、「スカブラ」社員の現代的な意味もある。それは組織の
「創造性」
の強化である。炭鉱では創造性は求められてはいなかったかもしれないが、現代のあらゆる仕事で、いかに新しいものを創造するかは重要課題である。
「新結合」
とも呼ばれるイノベーションは、複数の製品・生産方式・販路。原料・組織などが結び付くことで、新しい何かが生まれる。
そのためのアイデアや知識は、通常、個々人の頭のなかにあり、これらを結び付けるには、アイデアを持った人同士が何らかの形でコミュニケーションを取る必要がある。そして、インフォーマル・グループはその
「経路」
となるのだ。
明るい女性社員のイメージ(画像:写真AC)
このように遠い昔の炭鉱にいた「スカブラ」社員は今も一定の意味を持つように思える。
ただ、同じように「仕事せずにぶらぶらしていいよ」と誰かを指名しても、働き方改革やリモートワークなど環境の違う現代では再現できなさそうだ。今、同様の効能を組織にもたらすためには、もう少しシステマチックにやる必要がある。
例えば、特定の人をずっと「スカブラ」にするのは難しそうなので、
・日替わり「スカブラ」 ・テンポラリー(一時的な)「スカブラ」
としてやるのが近年はやりの1on1ミーティングかもしれない。多くの会社が真面目に取り組む
・運動会 ・誕生日会
などの社内イベントは誰もが「スカブラ」になる機会かもしれない。
正式な「スカブラ」として組織横断的なコミュニケーション活性化をミッションとする「組織開発マネジャー」を置く会社もあれば、「メンター制度」を導入して、新人や若手にとって自分だけの「スカブラ」先輩を作ってあげる会社もある。
どういう形で「スカブラ」を再現するかはその会社の制約条件次第だが、「スカブラ」がもたらしていた機能自体は現代でも必要であるから、自社に「スカブラ」的社員や機能があるかどうかは確認すべきであろう。
曽和利光(人事コンサルタント)
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