( 173473 )  2024/05/24 02:54:19  
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神田真人財務官が円安介入で急激な円安進行を止める活動を行い、市場では大きな注目を集めている。

彼は根回しも手堅く進め、円相場を一時的に抑え込んだが、市場では円売り圧力が続いており、日本がどう対応するか注目されている。

日銀や財務省の金融政策も影響を受けており、今後の円安対策には様々な要素が絡むため、深刻なジレンマが存在している。

(要約)

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写真提供: 現代ビジネス 

 

 「さすがは『令和のミスター円』。投機筋の意表を巧みに突いて、急激な円安進行を歯止めをかけた」。政府・与党内からは、神田真人財務官(1987年旧大蔵省)をこう持ち上げる声が漏れている。 

 

【写真】円安介入を仕切る「財務省の宇宙人」はこんな人 

 

 4月29日に一時、1990年4月以来、34年ぶりの円安水準となる1ドル=160円24銭を付けた円相場を大規模な円買い・ドル売りの「覆面介入」で大幅な円高方向に押し戻したと受け止められているからだ。 

 

 神田氏自身は「過度な変動がある場合やファンダメンタルズ(経済の基礎的条件)から乖離するような場合には適切な行動を取る」と強調するだけで、介入の有無には「ノーコメント」を貫く。だが、市場では29日と5月2日早朝に政府・日銀が「二段打ち」で計8兆円規模の円買い・ドル売りに動いたとの見方が大勢だ。 

 

 前回2022年9~10月(約9兆円)に次ぐ大規模な「覆面介入」は日本がゴールデンウィークの連休中の薄商いの中で行われ、円相場は一時、1ドル=151円台前半まで9円近くも急騰した。 

 

 財務省のある幹部は「1ドル=160円を超える円安を容認しないとの強いメッセージを市場に送る一方、あえて介入の有無を明らかにせず、投機筋に『いつ再々介入があるか分からない』との疑心暗鬼を広げる戦略だ」(周辺筋)と解説する。 

 

 「介入は100%勝つ自信をもってやる」が神田氏の持論。強気の姿勢は二十数年前の為替市場課課長補佐時代の経験で培われたという。 

 

 当時は行き過ぎた円高が問題となり、2003年に財務官に就任した溝口善兵衛氏(1968年旧大蔵省、元島根県知事)の下、円売り・ドル買いが繰り返され、その規模は計35兆円に達した。 

 

 溝口氏は海外メディアから「ミスタードル」と揶揄されたが、傍で見ていた神田氏は「一撃必殺の大規模介入でなければ、相場の流れを止められない」と実感したという。 

 

 実際、神田氏が財務官として指揮した22年10月21日の介入規模は約5兆6000億円と、1日当たりの円買い介入で過去最大だった。今回4月29日の介入も5・5兆円と推定され、同じく歴史的な規模だったようだ。それでも円売り圧力が収まらないと見るや、5月2日に3兆円規模の追撃介入に踏み切ったとみられる。 

 

 東大法学部時代に不治の病を患った公務員が市民の望む公園づくりに余命を捧げる黒澤明の名画『生きる』を見て「公務員を志した」という神田氏。庶民の苦境を顧みず、経済危機などを材料に大儲けを企む投機筋は「宿敵」で、22年の介入の際にはマスコミに対して「これは戦争だ」と公言して憚らなかった。 

 

 

 一方で今回の「覆面介入」では用意周到な根回しもうかがえた。4月中旬に米ワシントンで開かれたG20(主要20ヵ国・地域)財務相・中央銀行総裁会議や日米韓財務相会議の機会を通じ、イエレン米財務長官には「レッドライン(1ドル=160円)」を超えて円安が進んだ場合には、大規模な円買い・ドル売り介入も辞さない姿勢を伝えていたという。 

 

 さらに、介入後の5月6日には、神田氏が2006年に国際復興開発銀行(IBRD)に出向していた頃から旧知の間柄である国際通貨基金(IMF)のゲオルギエバ専務理事に「円相場の下落は本当に劇的だった」と発言させ、国際的なお墨付きを得る演出まで凝らした。 

 

 「財務省随一の負けん気」と「幅広い国際人脈」を誇る神田氏ならではの個人技で円安進行にいったんブレーキが掛かった形だが、市場では「日米金利差というファンダメンタルズが変わらない以上、円売りの圧力は収まらない」(米投資会社幹部)という見方が根強い。 

 

 米連邦準備理事会(FRB)のパウエル議長は5月1日の連邦公開市場委員会(FOMC)後の記者会見で「インフレ率が(目標の)2%になると確信するには、以前の予想よりも時間がかかる」と説明。約20年ぶりの高水準(5・25ー5・5%)にある政策金利を維持する姿勢を鮮明にしている。 

 

 一方、日銀は植田和男総裁は4月26日の金融政策決定会合後の記者会見で「今のところ円安が基調的な物価上昇率に大きな影響を与えているということはない」と明言。この発言が外国為替市場で1ドル=160円台まで円安が再加速する起点となった。 

 

 その後、植田氏は「円安についても金融政策運営上、十分注視していく」などと若干、発言を修正しているが、日銀内では「円安を止めるために利上げするのは筋違い。一度やったら、金融政策運営が物価目標の達成からかけ離れて『もっと利上げを』と投機筋から催促され、収拾がつかなくなる」(企画局筋)との考え方が主流で、円安対応とは距離を置く姿勢は変えていない。 

 

 ちなみに金融政策を立案する企画局の政策企画局長は茶谷栄治財務事務次官(1986年旧大蔵省)のいとこである次世代の生え抜きエース、正木一博氏(1991年入行)で財務省とのパイプは太いはずだが、3月のマイナス金利政策の解除に続く追加利上げのタイミングに関しては、あくまで基調的な物価上昇率が目標の2%を達成できるかどうかを慎重に見極める日銀流を貫く構え。拙速にゼロ金利政策を解除して失敗し、その結果、異次元緩和策に追い込まれた過去のトラウマも影響している。 

 

 実は23年7月にやはり植田総裁が金融緩和維持の姿勢を強調したことをきっかけに急激な円安が進行した局面で、神田氏は「企業の賃金、価格設定行動に変化の兆しが出てくるという見方が強まっている。日銀が物価などの見通しをきちんとチェックした上で判断されると承知している」と発信し、金融政策を修正するように“圧力”をかけている。 

 

 実際、日銀はその1週間後の金融政策決定会合で、長期金利の上限を事実上1%に引き上げており、円安是正には「領空侵犯」も辞さない神田氏の大胆不敵な態度がマスコミで話題となった。 

 

 

 ところが今回、金融政策による円安対応に言及する素振りも見せていない。日銀の独立性を慮ってのことではもちろんない。マイナス金利解除を含むこれまでの形式ばかりの金融政策修正と異なり、追加利上げを促して経済活動や財政運営に大きな影響が出れば、自らにも火の粉が降りかかると警戒しているためだ。 

 

 追加利上げは銀行の短期プライムレートの上昇を招き、変動型住宅ローン金利や企業向け貸出金利が上がる。その結果、中小企業や国民の不満が高まる恐れがあり、そうなれば批判の矛先が向けられかねない。日銀が円安対応に乗り出す場合、国債買い入れ額の縮小という別の金融引き締め手段もあるが、こちらは長期金利上昇を通じて主計局の予算編成を難しくするというより大きな副作用が予想される。 

 

 あちらを立てればこちらが立たず。日銀と“共闘”した方が円安是正効果が上がることを百も承知でも、現実には取れない深刻なジレンマを抱えているのだ。 

 

 「所詮は時間稼ぎ」。市場では「覆面介入」にこんな冷ややかな声も漏れ聞こえる。FRBの利下げが遠のき、日銀が追加利上げに慎重姿勢を崩せない現実は全く変わっていないからで、投機筋は次の円売りを仕掛けるタイミングを見計らっている。介入一本足打法というローンバトルで円安に対抗するしかない神田氏が気を休められる日は果たしてくるだろうか。 

 

週刊現代(講談社) 

 

 

 
 

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