( 175398 )  2024/05/29 16:45:57  
00

北海道猟友会のハンターが、ヒグマの駆除の日当が安すぎると不満を述べている。

他の自治体では日当が増額されている中、奈井江町のハンターの日当は8500円で不満が募っている。

この問題は、日本の労働者の責任感に甘えた低賃金の悪しき商習慣につながっていると指摘されており、報酬の見直しが求められている。

(要約)

( 175400 )  2024/05/29 16:45:57  
00

ヒグマの駆除に「1日8500円」、安いよ 

 

 「高校生のコンビニのバイトみたいな金額でやれ。ハンターばかにしてない? って話ですよ」 

 

【画像】平均給与の推移を見る 

 

 北海道猟友会砂川支部 奈井江部会の山岸辰人部会長は地元テレビ局の取材に対して、そんな不満をぶちまけた。 

 

 北海道空知地方の奈井江町がハンターたちにクマ出没時の駆除を要請したのだが、その日当がたった8500円(発砲した場合は最大1万300円)しかなかったという騒動だ。 

 

 この日当に山岸部会長が不満を漏らすのも無理はない。2023年、クマの人身被害は過去最多だった。中でも北海道では、大学生を殺して遺体の一部を食べ、捜索にきた消防団員まで襲ったヒグマも現れた。「宇宙船地球号に乗る同じ仲間」みたいなきれい事では済まされない現実もある。 

 

 そこで頼りにされているのがハンターの皆さんなわけだが、当然「ボランティア」などと今どき虫のいい話はない。休業補償も必要だし、現地へ向かうための燃料費も値上がりしている。ということで、奈井江町の周辺自治体ではクマ駆除の「賃上げ」が相次いでいた。 

 

 例えば、隣接する浦臼町は出動したハンターに対し、駆除の有無にかかわらず1日1万5000円を支払う。同じく隣接する芦別市は出動1回で1万1000円、駆除した場合は1頭3万円を支払っている。 

 

 しかし、奈井江町は日当8500円。「ねえ、オレらのことナメてるでしょ」と町に対してカチンとくるのは当然かもしれない。 

 

 という話を聞くと、「小さな自治体は財政が厳しいのでしょうがない」とかなんとか擁護する人もいるだろうが、奈井江町では先ごろ22億円かけた瀟洒(しょうしゃ)な新庁舎を建てたばかりだ。 

 

 2022年度(令和4年度)決算でも一般・連結ともに赤字なし。地方公共団体の財政の全体像を浮き彫りにする「健全化判断比率」を見ても、健全化の必要となる基準を大きく下回っている。 

 

 つまり、「日当8500円を1万5000円にしたら財政が破綻します」というほど経済的に困窮している自治体ではないのだ。それは裏を返せば、この町ではシンプルにハンターという人々の労働対価を、高校生のコンビニバイトと同程度に見積もっていたということなのだ。 

 

 5月27日の報道によれば、三本英司奈井江町長がハンターへの報酬増額を検討しているという。ハンターという特殊技能を持つ人々への敬意を忘れず、その危険性や労力に見合う報酬にしていただきたい。 

 

 ただ、残念ながら、これから奈井江町のような問題が全国各地で多発していくだろう。自分を犠牲にして地域社会の安全を守ってくれるような人々が安く買いたたかれてしまい、その分野の成り手が激減していく、という負のスパイラルが起きるのだ。 

 

 なぜそんなことが言えるのかというと、日本には「低賃金」という病の原因の1つでもある「労働者の責任感に甘えすぎる問題」があるからだ。 

 

 「は? なんだよそれ」と感じた人のために、この問題を分かりやすく一言で言えばこうなる。 

 

 「技術や労力をかんがみれば本来、高い報酬を支払わなくてはいけない仕事なのに、『みんなの役に立ちますよ』などとまじめな日本人労働者の責任感につけ込んで、常軌を逸した低賃金でコキ使う日本の悪しき商習慣」 

 

 思い当たる人もいれば、まだピンとこない人もいると思うので順を追って説明しよう。 

 

 

 まず、日本が世界の中でも異常なほどストライキや、職場の上司に直接、給料アップを要求する人が少ないことに異論を挟む人はいないだろう。 

 

 この原因はさまざま考えられるが、1つは日本人の「責任感」の強さが関係していると思っている。われわれは世界的にも珍しい軍隊のような集団教育を小中高と12年間受ける。「自分勝手なことをしてみんなに迷惑をかけてはいけません」「学校、クラスという組織のルールを破ってはいけません」という感じで、「全体のために個を殺す=責任感のある立派な日本人」という思想を徹底的に刷り込まれるのだ。 

 

 バカバカしいと内心思いながらブラック校則に従って、学校行事などでは仲の悪いクラスメートたちと「一致団結」してチームワークを築かないといけない。 

 

 そういう「責任感」を幼いうちから植え付けられて大人になった人が、会社から提示された賃金体系に不満を言えるだろうか。社員のみんながおとなしく従っている給料やボーナスに異論を唱えられるだろうか。 

 

 できるわけがない。酒場やSNSではいくらでも悪口や文句は言えるが、現実の職場に立つと上司に「給料が安い」と文句も言えないし、ストライキなどできるわけがない。 

 

 なぜかというと、「他の同僚に迷惑がかかるだろ」とか「自分の給料だけ上がればいいなんて無責任じゃないか」なんて言われてしまうと、幼少期からたたき込まれた「みんなに迷惑をかけてはいけません」がトラウマのようによみがえるからだ。 

 

 よく日本人労働者は「社畜」と揶揄(やゆ)されるが、実はそれは臆病で長いものに巻かれているだけではなく、過剰な「責任感教育」によって、自分自身をがんじがらめに縛って萎縮していることも大きいのだ。 

 

 さて、そこで話を今回のクマ駆除に戻そう。猟友会の皆さんは、狩猟免許という特殊な技術を持っている。本来ならば、自治体はその希少性、特殊性をかんがみた高い報酬を支払うのが筋だが、自治体としては当然、コストは低く抑えたい。そこで日本人が幼い頃から受けている「責任感教育」を利用したのだ。 

 

 先ほども申し上げたように、日本人は「みんなのため」と言われるとおとなしく従う傾向がある。しかも、「組織のルール」にも従順だ。つまり、「みんなのためにクマ駆除に協力してください。報酬は日当8500円。これは町で決めたルールなのでご了承ください」と高圧的に要求をすれば、ハンターの皆さんも「安いな」「やってられねえよ」と愚痴りながらも従ってくれる、と踏んだのだ。 

 

 しかし、物事には限度がある。これだけ物価が上昇して賃金が上がらず、急速に日本人が貧しくなっていけばどんなに「責任感」をちらつかされても、奈井江町のハンターたちのように「ノー」と言う人たちは増えていくはずだ。 

 

 筆者がこのように考えるのは、やはりクマ駆除をする猟友会の皆さんと同じような境遇の人々が「労働者の責任感に甘えすぎている問題」に直面しているからだ。 

 

 その代表が、災害時には地域に密着して人命救助や避難支援をする「消防団員」だ。あまり意識したことがないだろうが、実は消防団員とクマ駆除に駆り出される猟友会の皆さんはよく似ている。 

 

 

 1つめの共通点は、普段は別の仕事をしている人たちが「有事」の際に出動するスタイルで、出動する際に報酬が支払われるという点だ。 

 

 総務省の「非常勤消防団員の報酬等の基準」によれば、災害に関する出動については、1日当たり8000円が標準だ。上記以外の活動は日当4000円。そう聞くと、「おや?」と思った人も多いだろう。消防団員の災害時の報酬は、奈井江町がハンターに支払おうとしていた日給8500円と近い。つまり、奈井江町ではクマ駆除の報酬を、消防団員の災害出動を基準に考えていた可能性があるのだ。 

 

 2つめの共通点は、クマ駆除のハンターと同様に、命の危険があることだ。消防団員は地域社会の人々なので、災害が起きた時、遠方から駆けつける消防士よりも早く現場に到着できるという強みがある。が、それは裏を返せばそれだけ災害に巻き込まれる危険性が高いということだ。 

 

 それがうかがえるのが、東日本大震災だ。消防職員27人が殉職したのに対して、消防団員はなんと254人も亡くなっている。 

 

 そして3つめの共通点が、「現場の負担が急激に重くなっている」ことである。 

 

 先ほど申し上げたように2023年、クマ類による人身被害は198件(219人)で過去最多となった。それだけ自治体から猟友会に声がかかって駆除やパトロールに動いたというわけだが、一方でマンパワーはかなり厳しい。 

 

 狩猟免許を持つ人は4562人(2022年)。過去最少だった2006年度から900人ほど増えたというが、ピークだった40年ほど前の半数に満たない。しかも、高齢化が進んでいる。60歳未満の割合は43.5%なので、過半数はシニアハンターだ。ということは、これから年を追うごとにハンターは加速度的に減っていくことは目に見えている。クマの人身被害はこれからますます増えていく恐れもあるというのに、だ。 

 

 これは消防団も同様だ。人口減少で火災は緩やかに減っているが、ゲリラ豪雨や土砂崩れなど水害が増えている。地震と人口減少は何ら関係がないので、消防団が果たす役割はどんどん増えている。 

 

 しかし、こちらもマンパワー的にはアップアップだ。戦後間もない1954年の202万人をピークに減少が続き、2023年は76万人まで減っている。 

 

 これだけ分かりやすくマンパワーが減れば当然、急な災害には対応できない。その典型例が、東日本大震災の被災地にもなった岩手県釜石市だ。NHKの報道によれば、市内の消防団員は震災前から260人以上減って528人(2023年4月)だという。 

 

 そんな人手不足の釜石市消防団に2024年1月22日の午前9時、消防本部からポンプ車の出動要請が来た。地域で起きた火災の初期消火をしてほしいというのだ。 

 

 しかし、ポンプ車を動かせる最低人員の3人も集められなかった。多くの消防団員が会社勤めで出勤したばかりだったということもあるが、根本的なところでは消防団員が少ないからだ。 

 

 さて、このような消防団と猟友会の共通点を見ていけば、筆者が何を言わんとしているのかお分かりだろう。 

 

 本来、地域の災害に命をかけて立ち向かう人たちなので、その危険性や労力に見合った報酬が支払われなくてはいけない。しかし、支給されているのは、高校生のコンビニバイトと同程度の日当8000円だ。 

 

 

 この異常なまでの搾取具合は、さながら「ブラック企業」のそれとそっくりではないか。 

 

 ご存じの方も多いだろうが、ブラック企業には「やりがい搾取」というものがある。社員に「夢」「自己実現」「成長を実感」「絆」など「やりがい」を与えることで、常軌を逸した低賃金や長時間労働に耐えさせるというものだ。 

 

 勘のいい方はもうお気付きだろうが、実はハンターや消防団員の方たちが直面している「働く人の責任感に甘えすぎる問題」というのは、この「やりがい搾取」の一種だ。 

 

 「地域社会の安全を守る」「地域防災の要」など「やりがい」を与えて、「私がやらなくては誰がやるのだ」と責任感を刺激する。もちろん、そこまでは決して悪いことではないが、問題はその労働に見合うだけの対価を支払わないことだ。だから、ブラック企業から従業員がどんどん逃げ出すように、クマ駆除や消防団にも人が集まらない。 

 

 つまり、今回の問題は、人口減少かつ低賃金で貧しくなった日本でいよいよ国や自治体もブラック企業のように「やりがい搾取」に力を入れ始めてきたことを示しているのだ。 

 

 というわけで、公共事業など政府や自治体から仕事を請け負う企業の皆さんは、安く買い叩かれないように気をつけていただきたい。 

 

(窪田順生) 

 

ITmedia ビジネスオンライン 

 

 

 
 

IMAGE