( 176158 )  2024/05/31 17:27:15  
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労働者本人が代わりに退職の意思を伝える「退職代行サービス」が注目を集めています。

一部では「マナーが悪い!」との批判もありますが、一考するべき視点があると著者は述べています。

記事では、善悪の視点や適切な会社の離職対策、悪意のある会社の存在などを考察しています。

最後に、退職代行を利用する際の合理性や注意点についても触れられています。

(要約)

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写真はイメージです Photo:PIXTA 

 

 労働者本人の代わりに職場に退職の意思を伝える「退職代行サービス」が大盛況と話題です。「マナーが悪い!」「単なる情弱ビジネス」との声も一部で上がっていますが、本当にそうでしょうか…?実は、批判する人が見落としている視点があるのです。(百年コンサルティング代表 鈴木貴博) 

 

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● 退職代行が大盛況! 「マナーが悪い」との批判もあるが…? 

 

 五月病という言葉がありますが、今年5月、退職代行サービス会社が何度かメディアで取り上げられました。この時期、新卒社員の退職代行依頼が多いというのです。 

 

 若手社員の4割が20代のうちに転職する時代ですから、その中には配属ガチャで嫌気がさして速攻で会社を辞める人が出てくるのも時代の流れかもしれません。 

 

 ただ、「辞めるのであれば自分から言い出すべきだ」という意見があります。退職代行会社を使うというのはマナーが悪いと考える管理職は少数派ではありません。その考えは正しいのでしょうか?今回はこの問題を記事にしたいと思います。 

 

 退職代行会社とは、自分から辞めたいと言い出せない社員に代わって、本人の退職の意思を会社に伝えるのが業務です。弁護士法人が運営する場合と、そうでない会社があります。 

 

 弁護士ではない場合、粛々と退職の手続きを代行するのは大丈夫ですが、交渉事は非弁行為として禁止されています。具体的には未払いの残業代を取り返そうとか、パワハラについての謝罪を求めようといった場合は弁護士系の退職代行を使う必要があります。 

 

 弁護士系は5~10万円、それ以外は2~5万円と報酬額が違う理由はそこにあるようです。 

 

 さて、会社を辞めるのに退職代行を使うのは悪いことなのでしょうか? 

 

 結論から言えば使ってもいいという話になるのですが、それを一部というかかなり多数派の管理職のひとたちはなぜ「悪い」ないしは「少なくとも気分が悪い」と考えるのか?3つの切り口で説明したいと思います。 

 

● 視点1 善悪とは何か? 

 

 あなたが管理職や先輩社員だったとして、部下や若手社員がある日、挨拶もなしに退職代行会社を使って辞めてしまったとします。それを「やり方が悪いぞ」と考える場合、それはなぜなのでしょうか? 

 

 

 この「善悪とは何か?」という一見単純な話は、実は哲学者の間で長年の議論になっているテーマです。たとえば19世紀以前と20世紀で善悪の基準は異なります。 

 

 「なぜ社会にはやってはいけないことがあるのか?」という問題に対してイングランドの哲学者ホッブスは「万人の万人に対する戦い」という概念を提示しました。 

 

 簡単に言うと人間が自分の利益のために何でもしていいという自然状態だと、他人が自分の持ち物を盗んだり、誰かがマイホームに住み着いて自分を追い出すようなことが日常的に起きてしまいます。 

 

 何しろ、何をしてもいいのです。毎日が戦いになり、隣人はみな敵です。そんな世の中は大変なので、私たちは自由の中から「悪」を決めて、それを制限することで住みやすい社会を構築したという考えです。 

 

 さて20世紀以降、世界が大衆の時代を迎えると以前にはなかった善悪が出現します。他人がそれを不快に感じるという基準です。 

 

 わかりやすい例としてひとつ挙げさせていただくと、2年ほど前にSNSで話題になった「下着ユニバ事件」があります。テーマパークで下着を思わせる露出のコスプレで撮影したインスタグラマーの行動が炎上したのです。 

 

 19世紀以前のホッブスらの基準で考えればなんら他人への危害のない行動ですが、それを私たちはなぜ「悪い行動だ」と感じたのでしょうか。 

 

 ニーチェの道徳論の思想からそれを理解することができます。ちなみにニーチェは1900年に逝去した19世紀の哲学者ですが、来るべき20世紀の大衆化の時代を看破した思想家として知られています。 

 

 ニーチェによれば大衆社会では「他と違う行動をする者は道徳的に悪だ」という考え方が社会に広がります。 

 

● 昭和世代と若者で 善悪の基準そのものが異なる 

 

 そしてこの20世紀の思想は、私のような昭和のおじさん世代に強固にしみついてしまった社会規範でもあります。40代以上のいわゆる平成世代もどうでしょうか?少なからず同じような感覚を持っているのではないでしょうか? 

 

 一方でこれは主にインターネットが原因だと思いますが、21世紀に入って大衆社会は個人優位の社会に変わります。 

 

 そして善悪の基準が「多様性の時代には少数派を不快に感じさせる行動も悪だ」という思想へと進化します。 

 

 ここは正直、細部に異論があるところではありますが、現代社会では賛否両論が起きるたびに「あなたを不快にさせたことについてはお詫びします」と言わなければならない状況が頻発します。 

 

 そこで、退職代行です。 

 

 20世紀の善悪を基準にしている側から見れば社員が退職代行を使って会社を辞めていくのは「他の社員と違う行動でマナーが悪い」と感じますし、21世紀の善悪を基準にしているZ世代の側から見れば「そういうことを平気で言うおじさん世代管理職の考えが不快だ」ということになります。 

 

 おじさん世代にとって残念なことは、時代は多様性に向かっています。 

 

 他と違って何が悪いのだと言われる時代に「人としてそのやり方はおかしい」という心の叫びは通用しなくなり始めているのです。 

 

 

● 視点2 善意ある会社の離職対策 

 

 では世の中の多くの善意ある会社では何が起きているのでしょうか。 

 

 それを理解するために私が30代のころに体験したエピソードをまず最初にお話ししたいと思います。 

 

 30代の私が、あるプロジェクトチームを率いていたときのことです。 

 

 キーマンだった部下のA君が突然、来月末で退社すると辞表を持ってきました。独立して自分の会社を始めるのだというのです。 

 

 それだけならまあ仕方ないというエピソードなのですが、A君が言うには未消化の有給が30日ほどあるのでそれを消化して辞めるというのです。数えてみると出社は明後日までです。要するに急に辞めるというわけです。その仕事はA君の専門知識が非常に重要となる仕事で、彼は毎日、顧客の事務所に半常駐の形で勤務しています。いくらなんでも2日で引継ぎは無理です。 

 

 それで私は人事に掛け合いました。顧客を考えたらそのような退職をさせたらダメだと主張したのです。最後は社長までいったのですが、結論としてはA君は2日後に円満退社となりました。会社は就業規程を守らなくてはいけないというのです。 

 

 さて、面白いのはここからです。 

 

 途方に暮れている私は社長に呼び出されました。A君から提案が来ているというのです。 

 

 簡単に言うとA君が設立する新しい会社が今までA君がやっていた仕事を下請けとして請け負うという提案です。料金はこれまで払っていた給与の4倍でした。 

 

 「で、どうする?」と社長が言うのです。A君がいないと、この仕事は回らないのは社長もわかっているのです。 

 

 ちなみにおかしな話ではありますが、私のいた会社では時代に先駆けて副業容認の就業規則を作っていました。有給休暇の時間に副業をするのは就業規則上認められると人事はいいます。有給分を考えたら収入5倍ですから、A君も考えたものです。 

 

 どうすべきか決められないで2~3日たったところで、顧客の部長から呼ばれました。 

 

 A君の退社の件は話が持ち上がったその日に先方には連絡していたのですが、そのA君から来月からは新しい会社の方に仕事を発注してくれと提案があったというのです。 

 

 幸いにしてその部長さんは私と同じ昭和の大企業の考え方を持つひとでした。 

 

 「会社としてはA君に発注したほうが得なのはわかっているけど、俺はこれを受けちゃいけないと思うんだよな」と言うのです。 

 

 それで用件としては、どうやってA君を外して業務を遂行していくかという相談になったのです。 

 

 それは新サービスを設計するプロジェクトだったのですが、結局、スケジュールを1カ月後ろ倒しにして、うちもメンバーを増員し、顧客の社内からもその領域がわかる社員をヘルプで来てもらうなどして乗り切ることになりました。 

 

 このエピソードは、今でも私は割り切れないものを感じている深い話です。ただ、このエピソードからも分かるように、「ちゃんとした会社は社員から退職の話が来たら止めることはできない」のです。 

 

 そこで多くの会社は「どうしたら社員の離職率を下げられるのか?」を考えます。ここは私もコンサルとして得意領域の話です。 

 

 4月に入った新卒が5月に辞めるケースはともかく、そうではない1~2年で社員が辞めるケースを減らすために、多くの会社では社員同士をグループ化したうえで会社とのエンゲージメントを強める施策をとるようになります。 

 

 もっと簡単に説明すると、同世代社員同士が仲良くなるように、そして会社のビジョンやミッションに共感するように社員教育をするのです。 

 

 すると、このような問題が起きます。 

 

 この会社ではもう学ぶことがないとか、人間関係が嫌で辞めたいとか、正当な理由で社員が会社を辞めたいと感じても、それを口にしづらくなるのです。 

 

 なにしろ上司や先輩との間に人間関係ができてしまいます。言い出すこと自体が苦痛になり、たとえ言い出しても引き留められる。面倒なことになると感じるのです。 

 

 そこで退職代行に頼ることになります。自分の代わりに人事部に電話をしてくれて、「依頼者は退職したいと言っています」と伝えてくれます。 

 

 一方で人事部も労働法規の教育を受けていますから、引き留められないことは知っています。だから退職代行に頼めば粛々と退職の事務作業が進むのです。 

 

 

● 視点3 悪意のある会社の存在 

 

 さて弁護士ではない退職代行会社が繁盛している理由は、世の中の多くの会社が労働法規に従ってくれているからです。 

 

 退職代行会社が上司ではなく人事部にまず連絡を取る理由も、ここにあります。 

 

 ただ、世の中には一部とはいえそもそも社員を辞めさせない職場があります。 

 

 「辞めるんだったらお金を払え」と言われた実例があると言うと、大企業に勤めている人は信じないかもしれませんが、実際、研修費を払えとか、違約金を払えと言われたことがある人はいます。 

 

 退職代行の方によればアルバイトでも退職代行を使うケースが少なからずあります。シフトを勝手に入れられ毎日働かされて、辞めるんだったら店がつぶれるから賠償金を払えとまで言われます。法律知識がない若者はそれを信じてしまうのです。 

 

 人手不足の職場では退職届を受理しないと言うケースもあります。違法なのですが、仕事がまわらなくなるので、とにかく受理を拒むわけです。その際、嫌がらせとして未払いの賃金は放棄しろとか、退職金は出ないとか、超法規的なことを上司に言われる場合も出てきます。 

 

 そうなると退職するためには会社との交渉が必要になります。 

 

 そもそも普通の社員にはそんな交渉の技術もありません。それでプロである退職代行を使うしか方法がなくなります。交渉が前提ですから弁護士の運営する退職代行会社しか選択肢がなくなります。これが料金が高い方の退職代行も繁盛している背景です。 

 

 さて、この話はこの後、もうひとつ別の論点があります。 

 

 その前提でここまでの話をまとめると、21世紀のこの世の中、退職代行を使って退職すると言う行動には一定の合理性があるということです。 

 

 普通にちゃんとした会社を辞めるために2万円支払って心理的に嫌な退職手続きを代行してもらうというのは経済合理的な行動です。普通ではない会社となんとか関係を断ちたいと考えて、たとえ弁護士に10万円を支払ってでも退職を勝ち取りたいというのも、経済合理性で考えれば割に合う行動だと言えます。 

 

 そしてそのように行動する若者を、「人間として、マナーとして許せん」と考える管理職や経営者は、善悪に関する常識が古いということになります。 

 

 そこで最後にもうひとつだけ考えてみたいと思います。退職希望者が退職代行を使うと損をするのはどのような場合なのでしょうか? 

 

 それは会社を辞めた後も、前の会社といい関係を続けたい場合です。 

 

 会社を辞めた後も、何らかの形で元上司に相談に乗ってもらうとか、昔の同僚と普通に会える関係性を持ちたいとか、そういった自然な関係を持ちたいと思ったら、会社の辞め方は普通に行ったほうが得策です。 

 

 ここで言う「普通に」とは、「昭和の管理職がかちんと来ない辞め方をする」という意味です。  

 

 法律上、社員にはいつでも辞める権利があるというのは正しいです。 

 

 一方でたとえ昭和のおじさんでも憲法で定められた信条の自由を持っています。 

 

 何か言うたびに若い社員から、「それはパワハラですよ」と注意を受ける世代でも、最後の最後で「口には出せないけれどもよく思わないぞ」と腹の中で考える権利だけは法律で認められているのです。 

 

 そう考えると退職に関して総合的に見ると、目的が縁を切りたいのかそれとも卒業をしたいのか、そのどちらなのかによって退職代行を使うかどうか判断するのがいいように思えます。あくまで昭和世代の評論家としての意見ですが。 

 

鈴木貴博 

 

 

 
 

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