( 176558 )  2024/06/02 00:17:10  
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日本ではSTEM分野で女性が少なく、理系進学率が低い要因は親のジェンダーバイアスや社会風土によるものであると、東京大学カブリ数物連携宇宙研究機構の横山広美教授が指摘している。

日本の女性比率はOECD加盟国の中でも最低で、女性の理系能力は高いにもかかわらずSTEM分野での進出が遅れている。

親の性別役割分担意識やジェンダーバイアスが子どもの進学意欲に影響を与えることも研究で明らかにされており、親が子どもをジェンダーバイアスから解放し、STEM分野への興味を育む声かけが重要だと述べられている。

(要約)

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東京大学カブリ数物連携宇宙研究機構教授の横山広美さん 

 

世界的に先進国では理系分野に女性が少ないが、日本は先進38カ国からなるOECDの中でも最低の女性比率だ。理系分野に女性が少ないのは能力的な理由からではなく、女子学生を取り巻く社会風土によるものと考えるのは、女子学生の理系進学を研究領域のひとつとする横山広美さん。特に、“親のジェンダーバイアス”が進路選択に大きく影響するという。横山さんに親のバイアスによる影響と子どもの理系進学への意欲を妨げない接し方について解説していただき、2024年4月に開設したお茶の水女子大共創工学部と、女子大初の工学部を設置した奈良女子大工学部の学部長にも女子学生の学習環境について聞いた。(取材・文:小山内彩希/編集:大川卓也) 

 

横山さんが所属するカブリ数物連携宇宙研究機構で取材を実施。写真提供:Kavli IPMU 

 

理系とひとくくりに言っても、看護や薬学、数物・工学など幅広いが、日本はSTEM分野で特に女性が少ない。 

 

経済協力開発機構(OECD)がSTEM分野の卒業・修了生に占める女性割合を調べたところ、2021年時点で日本は平均を大きく下回り、「自然科学・数学・統計学」の分野で27%、「工学・製造・建築」分野で16%と、いずれも加盟38カ国の最下位だ。2015年時点の調査でも日本の女性割合が最低で、数値もほとんど変化していない。 

 

理系女性率の低さは女性の能力によるものではない。 

 

PISA国際学力テストにおける日本の成績推移 

 

実際、日本の高校生の理系学力は男女ともに世界トップレベルだ。15歳を対象とした国際学力調査PISA(2022年)では、「数学的リテラシー」「科学的リテラシー」ともに日本は5位以内。 

 

男女差を見ても、男子が女子より数学的リテラシーの分野で9点、科学的リテラシーにおいては2点、平均点は高いが、最高600点の調査ではその差は小さい。それにもかかわらず理系進学率には大きな開きがあり、日本と比較して女子学生の平均点が低い国のほうが、日本よりも女性の理系進学率が高いという結果もある。 

 

日本は男女ともに理系能力が高いにもかかわらず、STEM分野における女性進出で大きな後れをとっているのはなぜか。 

 

東京大学直属の国際高等研究所カブリ数物連携宇宙研究機構(Kavli IPMU)に所属し、科学技術社会論に基づいた現代科学論を研究する横山広美さんは、背景に日本の社会風土を挙げる。 

 

「私たちの研究チームは、イギリスとの比較研究を経て、『分野の男性的カルチャー』の影響が強く、そして今まであまり注目されていなかった男性・女性はこうあるべきという『性役割についての社会風土』が、理工系の基礎となる数学や物理学の男性イメージ要因になっているのではないか、という考えに行き着いています」 

 

 

数物の男性イメージ要因モデル(※1) 

 

横山さんらの研究では、「性役割についての社会風土」が数学・物理学の男性的イメージに関わっているとわかっており、これまで知られていた3つの要因(分野の男性的カルチャー、幼少時の経験、自己効力感の男女差)に加えられた。 

 

日本では、女性が知的ではないほうがいいと思う人ほど数学の男性的イメージが強く、イギリスでは特定の分野に進学すると異性からモテないと聞いたことがある人ほど数学と物理学の男性的イメージが強い、という結果が出たそうだ。 

 

さらに、このモデルでは「分野の男性的カルチャー」が物理と数学の男性的イメージに強いインパクトを持つことが確認されている。中でも職業のイメージや、女子は男子より数学が苦手という「数学ステレオタイプ」が最も強い影響力を持っているという。 

 

論文:井上敦・一方井祐子・南崎梓・加納圭・マッカイユアン・横山広美(2021).高校生のジェンダーステレオタイプと理系への進路希望, 科学技術社会論研究.(19) 64-78 

 

また、「高校生と母親調査,2012(2012年高校生と母親調査研究会)」のデータを用いた調査では、「『男は外で働き、女は家庭を守るべきである』についてどう思うか?」という質問に対し、男子学生のほうが女子学生の2倍以上も「そう思う」と支持している結果が出ている。 

 

横山さんらはこの調査結果をもとに、高校生が理系に進学するか否かを解析。すると、「男は外で働き、女は家庭を守るべきである」という考えに「どちらともいえない」「そう思わない」と回答した生徒のほうが、支持する生徒に比べて理系進学を希望することがわかった。 

 

優秀さは男性のものという社会風土の背景には何があるのだろうか。 

 

横山さんは、高度経済成長期に確立された「父はサラリーマンで母は専業主婦」という家庭モデルからの脱却がされていないことがあると考える。共働き家庭が増えているとはいえ、夫の家事関連時間は妻の4分の1(総務省「令和3年社会生活基本調査」)であり、平等化が進んでいないことはたびたび指摘されている。 

 

「専業主婦の扶養控除など、社会の制度を見てもいまだ女性が家にいることを前提としたモデルのまま。共働きでさえ、家を守るのは女性という性別役割分業が定着し続けていることで、女性が男性と同じように機会を得ていく改革が遅れてしまったと見ています。諸外国がここ30年ほどで共働きで家事・育児を負担し合うことを学んでいくなか、日本は波に乗り切れなかった側面があるのではないでしょうか」 

 

 

横山さんは、「女性は家を守るという役割があるから優秀でなくていい、むしろとがった優秀さは男性を脅かすものとして嫌われるという遅れたジェンダー観が社会に残り続けていることで、社会人である親自身がジェンダーバイアスを内面化していないか」と指摘する。 

 

論文「一方井祐子・井上敦・南崎梓・加納圭・マッカイユアン・横山広美(2021).STEM分野に必要とされる能力のジェンダーイメージ:日本とイギリスの比較研究, 科学技術社会論研究」から作成 

 

研究では、日本社会は、「論理的思考力や計算能力は男性のほうが高い」と思っている傾向が強いことがわかっている。 

 

「悪気なく、『女子は男子より数学が苦手』というジェンダーバイアスを持っている親は少なくないのです。そういったバイアスを私たちは『数学ステレオタイプ』と呼んでいますが、親の数学ステレオタイプによっても理系への進学が左右されることがわかっています」 

 

女性の数学的能力に対する親の意識と、娘の理系進学率の関係(※2) 

 

「女性は男性に比べて数学的能力が低い」と思っている親は少ないものの、そう思う母親の娘ほど理系進学率は低く、そう思わないと回答した母親の娘ほど理系分野を専攻している傾向が強いという結果が出ている。 

 

また、理系分野に限らず、親のジェンダー平等意識は大学進学全般にも影響するという研究結果もある。 

 

「ジェンダー平等意識を測るセスラ-エスという指標を使って、親のジェンダー平等意識と娘の大学進学の関係性を調べたのですが、平等意識の低い親ほど進学全般を支援しない傾向にあることがわかりました。平等意識の高い親ほど、文系理系を問わず比較的、大学進学を応援する傾向が強いという結果が出ています」 

 

親のジェンダー観が子どもの学習意欲や進学意欲に影響を及ぼすことから、「『男の子だから』『女の子だから』といった性別役割分担意識を子どもたちに引き継がせないことが大切」と横山さん。 

 

「そして、女子生徒には『数学や物理はやればできるから怖がらずに勉強を続けてね』という支援する声かけが重要です。工学部受験の多くは数学と物理が基礎になりますが、女子生徒の多くは中学で数学や物理などを嫌いになる傾向があることもわかっています。この時期をどう乗り越えるかが、高校での文理選択にも大きな影響を与えます」 

 

 

横山さん 

 

STEM分野で女性が少ないことから、娘が数学・物理・工学への進学を考えるなかで、「親が、『就職先あるの?』と先回りして心配の言葉をかけるケースも少なくない」と横山さんはいう。 

 

そうなると、あとは想像に難くない。親を心配させてはいけないと、娘は理系の中でも薬学や看護など女性が多い分野を選ぶようになる。 

 

カブリ数物連携宇宙研究機構内の図書室 

 

「女性が働き続けることが当たり前となった時代、誰かの顔色をうかがうのではなく、自分の好きな仕事を選んで、生涯それをできることが幸せなことじゃないかと思います。カブリ数物連携宇宙特任研究機構に設置されているデータ駆動型探究センターのリーダーであるジア・リウ准教授は、ビジネスの学科を出たあとに物理の道へ進み、今では世界的な天文学者。私も理系の学部を出て今は文系の学者です。人生はいろんな寄り道をするのもあり。そして最初から好きなことを見つけて理系に進学できるのならば、それは素晴らしいこと。親は自分の安心のために進路を押しつけるのではなく、子どもを見守り続けるというスタンスが大切ではないかと思います」 

 

理系女性を取り巻く環境を変えていくには、「親の意識を変えていくと同時に社会全体のジェンダー観のアップデートが不可欠」と横山さんは続ける。 

 

「親というのは社会の一員なので、やはり企業や大学が変わらなければ親のジェンダー観が変わることはあり得ません。大学においては女性理事が歴代でひとりもいない大学は少なくないですが、女性がいないなかで『STEM分野で女性を増やす』という議論がなされても、女性が学びやすい環境が実現できるとは考えにくい」 

 

横山さん 

 

近年、理工系の大学では男女比率を是正するため「女子枠」を設置する動きも盛んだが、マイノリティーに下駄を履かせるようなアプローチになっていることにも、疑問を投げかける。 

 

「文科省からの通達により、各大学が女子生徒が希望しやすいように、真剣に取り組み始めていることは、素晴らしいと思います。一方で、共学の大学においての“女子枠・女性枠”は男性差別という批判を呼ぶし、何より女性の理系的な能力を信じておらず、女性に対しても差別的であると思います」 

 

横山さんは、こうしたアプローチが「女性に理系的な能力がないという誤った差別」を助長し、本人たちにも“女子枠で入った”というスティグマを植えつけ、能力発揮の障害になるのではないかと懸念する。 

 

「代替案がない中での苦しいアクションではありますが、ジェンダー平等が低い日本ならではの対策ではないかと心配です。社会全体のジェンダー平等を上げて、個々人の人権が尊重される社会をつくること、そして何より、女子生徒に理工系に興味をもってもらうためには中学生のときからの対策が必要ではないでしょうか」 

 

 

 
 

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