( 178083 )  2024/06/06 18:26:08  
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日本の長期金利が1%を超え、国債価格が下落する中、日銀の財務体質悪化を懸念する声が上がっている。

しかし、金利上昇による評価損自体が大きな問題とは言えず、日銀の信用度が高いことから財務に大きな影響はない可能性がある。

市場では円安が進み、長期金利が上昇しているが、日銀はゼロ金利解除や金利上昇を一定程度容認し、市場が日銀の決定に影響を与える可能性も指摘されている。

日本政府の信用を背景にした日銀の信用度が特筆され、日銀の実質的な債務超過が直ちに深刻な問題を引き起こすとは考えられていない。

そのような状況の中、市場には日銀が早めに市場に正常化の道筋を示す必要があるとの見方も存在している。

(要約)

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長期金利の上昇により日銀の財務体質悪化を懸念する声が上がっているが、それは問題の本質ではない(Photo:Muhammad Alimaki/Shutterstock.com) 

 

 日本の長期金利がとうとう1%を超えた。市場の一部からは国債価格の下落によって日銀の財務体質の悪化を懸念する声が上がっている。たしかに金利が上昇すると日銀の財務は悪化するが、評価損の増大そのものは大きな問題ではなくなっている。 

 

【詳細な図や写真】債券市場では国債を売る動きが活発となっており、長期金利がジワジワと上昇しており、1%を超えている(Photo/Shutterstock.com) 

 

 このところ債券市場では国債を売る動きが活発になっており、長期金利が上昇している(国債の価格が下がると金利は上昇し、国債の価格が上がると金利は下がるという関係が成立する)。金利が上昇しているのは、日銀が国債の金利を低く抑えるイールドカーブ・コントロール(YCC)と呼ばれる政策を今年3月に撤廃し、長期金利について市場に任せる方針を明確にしたからである。 

 

 本来、中央銀行というのは長期金利についてはコントロールの対象とせず、あくまで金融機関とのやり取りに関連する短期金利をコントロールすることをその責務としてきた。だが異次元の緩和策を実施するにあたっては、長期金利の制御が必須となり、国債の買い入れ額を調整することで意図的に長期金利を低く抑えるYCCと呼ばれる政策を導入し、それに伴って長期金利は長くゼロ近傍に張り付いていたままとなっていた。 

 

 日本経済は物価上昇が進んでおり、金利の動向を市場に任せれば、長期金利が上昇することはほぼ確実と言える。しかしながら、現時点の物価上昇率であれば、金利が短期間で急騰する可能性は低く、日銀としても、すぐに長期金利は上がらないという算段だったに違いない。 

 

 だが、こうした状況を想定外の円安が変えつつある。 

 

 外国為替市場では急ピッチで円安が進んでいる。政府が2度の為替介入を実施したこともあり、1ドル=160円手前で何とか押しとどめられているものの、今後も円安は進みやすい状況が続く。 

 

 円安が進むと輸入物価の上昇を通じて国内のインフレが激しくなるので、国内市場にとっては物価上昇圧力となる。長期金利は最終的には物価見通しと連動して動くことから、円安と物価上昇が進むという見立てが強くなれば、長期金利の上昇幅も大きくならざるを得ない。 

 

 こうした状況から債券市場では国債を売る動きが活発となっており、長期金利がジワジワと上昇。とうとう1%を超えた。もともと日銀は秋の金融政策決定会合でゼロ金利を解除し、長期金利のさらなる上昇について一定程度容認し、金融正常化への道筋をつけるとともに、円安に対する防波堤にするつもりであった。 

 

 

 だが、日銀の意図とは裏腹に、ゼロ金利解除前に長期金利は上昇を始めてしまった。これは何を意味しているのかというと、日銀の行動が市場を変えるのではなく、市場が先に動き、日銀の決断を逆に市場が促すという、いわゆる催促相場になっている可能性が高い。 

 

 日銀は秋にゼロ金利を解除する予定だったが、一部ではそれを前倒しするとの見方も出てきている。こうした状況になると、仮に利上げの前倒しが行われなかった場合、市場の失望を誘い、さらに国債の金利が上がって、より大規模な利上げが求められるという、日銀にとって好ましくないスパイラルに陥る可能性も出てきている。 

 

 市場の一部からは、金利の上昇に伴って日銀が保有する国債の価格が下がり、日銀の財務体質を悪化させているとの指摘が出ている。 

 

 国債の価格が下がれば、600兆円の国債を保有している日銀にとって理論上、巨額の含み損が発生する。日銀は現時点における国債の評価損は9兆4,337億円であるとしている。2024年3月期における日銀の純資産は約5.8兆円、債券の損失引当金は約7.0兆円なので、今のところ、損失額はこれらを足し合わせた自己資本を下回っている。だが、さらに金利が上がって債券価格が下落した場合には、日銀が実質的債務超過に陥る可能性は否定できない。 

 

 だが筆者は、日銀の債務超過転落がすぐに深刻な問題を引き起こすとは考えていない。それは一部の論者が指摘するように日銀が簿価会計だからというテクニカルな理由ではない。 

 

 時価会計、簿価会計は財務諸表に記載する際の単なるルールの問題であって、時価会計であろうが簿価会計であろうが、市場は常に実勢価格で資産を評価する。したがって、簿価会計であることそのものがリスク回避の理由にはならない(これは財務会計の基礎知識がある人なら当然の認識である)。 

 

 では、なぜ日銀の財務は現時点では大丈夫なのかというと、政府の信用を背景に持つ日銀の信用度は一般的な民間企業とは比較にならないからである。 

 

 日銀は金利の上昇で巨額の含み損を抱えるが、日銀当座預金や日銀券の担保となっている資産勘定の多くは国債である。つまり国債が、日本円(あるいは日銀)の信用を担保しているという図式であり、政府の信用が失墜しない限り、多少債務超過であったとしても、「日本円に価値なし」として円を手放す人はそれほど多くないだろう。 

 

 だが逆に言えば、日銀の信用が政府によって担保されている以上、政府の国債発行が過剰であり、返済能力に疑問符が付いた時点で、政府、日銀もろとも信用失墜を引き起こす。 

 

 この手の話をすると、日本政府のCDS(クレジット・デフォルト・スワップ)の価格が低く推移しているので問題ないとの意見が必ずと言って良いほど出てくるのだが、これは完全に論点がズレている。日銀はいくらでも日本円を発行できるので、日銀が国債を引き受けている限り、政府の支払いが止まることはない。したがって、理屈上、日本政府はデフォルトなどするはずがない(デフォルトというのはあくまで支払いや返済が滞ったことを指す)。だが日本円の信用が下がれば、円安が加速するのはほぼ確実である。 

 

 

 問題はデフォルトではなく、日本円の信用が低下し、際限のない円安が進むことである。 

 

 現在、為替市場では想定外とも言える円安が進んでいる。直接的な理由は日米の金利差だが、それだけでここまでの円安になるはずがない(実際、円安が始まった当初は、ほとんどの専門家が、1ドル=120円は超えないと強く主張していた。150円を超える円安を当初から予想していたのは、筆者ら数名しかいなかったはずだ)。 

 

 一般的な予想を超えて円安になっている理由は、日銀による国債の過剰引き受けによって「日本円そのものの価値が棄損している」と多くの投資家が認識し始めたからである。 

 

 私たち国民がもっとも懸念すべきなのは、日本円の価値がどれだけ下がるのかであって、デフォルト云々といった政府の事務手続きについてではない。1ドル=100円から150円に下がっただけで、これだけ生活が苦しくなった現実を考えれば、この影響がいかに深刻なのかは説明するまでもないだろう。 

 

 政府が国債を大量発行し、日銀が過剰にそれを引き受けているという現実は、すでに私たちの生活に相当な悪影響を及ぼしている。この問題の深刻さを考えた場合、日銀の実質的債務超過など大した話ではない。政府・日銀はできるだけ早く、正常化の道筋について市場に示す必要があるだろう。 

 

執筆:経済評論家 加谷 珪一 

 

 

 
 

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