( 178238 )  2024/06/07 02:22:25  
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ドラマ「セクシー田中さん」に関する問題に関する調査報告書が公表され、SNSで炎上している。

日本テレビと小学館の報告書には食い違う証言があり、物語が混乱している。

原作者と日本テレビがドラマ化の過程で対立し、脚本の修正をめぐる問題が生じた。

脚本家との不信感や撮影の問題などがあり、原作者が脚本家の交代を求める事態に至った。

報告書は第三者委員会ではなく役員と弁護士の作成で、当事者の認識の食い違いが多くみられる。

報告書には「なお」という言葉が多用され、双方の証言の相違が示されている。

後編では報告書に欠けた問題の本質を探る。

(要約)

( 178240 )  2024/06/07 02:22:25  
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(画像:ドラマ「セクシー田中さん」公式サイトより) 

 

 セクシー田中さんの問題に関する調査報告書が公表されました。日本テレビ側の報告書は97ページ、小学館側の報告書は90ページとそれぞれ事実認定から改善案の提言まで大きなボリュームをさいています。 

 

【写真】小学館の調査報告書 

 

 トラブルの過程で人命が失われた痛ましい案件だけに、真実を知りたいと考えるひとたちの注目を集めた報告書でした。結果としてその内容がSNSで炎上しています。大きな理由はふたつの報告書の内容がいわゆる「藪の中」になっている点でしょうか。それぞれの当事者の証言が随所で異なっている点が散見されるのです。 

 

■ドラマ化の過程で何が起こっていたのか 

 

 問題の概要をまとめますと、小学館で連載中の漫画『セクシー田中さん』を日テレがドラマ化することとなり、原作者はその条件として原作に忠実に制作してほしいと要望します。特にドラマ終盤の9・10回はまだ原作に描かれていない回なのでオリジナル展開は認められない旨を伝えていました。 

 

 ドラマ化の過程で後述するように原作者の意図に反する展開が提案され、その都度原作者は修正を依頼するのですが、そのやり取りに原作者は徐々に消耗していきます。最終的に原作者は脚本家の降板を要請し、9・10回の脚本を自ら執筆することでドラマは完成します。 

 

 その後、降板することになった脚本家がインスタグラムに心情を公表します。それに対して反論する形で原作者がXとブログに事実経過を記載する投稿をします。結果、原作者の苦労に同情が集まり、脚本家への非難が集中しました。 

 

 そこで最悪の事態が起きます。原作者は関係者に「予期していなかった個人攻撃となったことを詫びるコメントを出して、投稿を取り下げる」と連絡した後、「謝罪コメントを出して、Xの投稿を削除、ブログを閉鎖し、以後連絡が取れなくなった」のです。翌日原作者の訃報が届きます。 

 

 今回のふたつの報告書はどちらも第三者委員会の報告ではなく、両社の役員と依頼を受けた弁護士のチームが作成しています。双方のポジションで、何が起きたのかの証言が集められ、まとめられています。 

 

 『藪の中』は芥川龍之介の小説で、藪の中で起きた事件についての当事者それぞれの証言が食い違い、相矛盾する物語です。今回の報告書でも当事者の認識が食い違う箇所が多数見受けられます。 

 

 異なる証言を併記する際に弁護士は「なお」という言葉を多用します。この「なお」の出現回数は日テレの報告書で32カ所、小学館の報告書で29カ所ありますから、そのことだけからも双方の言い分が大きく違うことが理解できるかと思います。 

 

 

 ただし小説の『藪の中』とは違い、それぞれの立場で弁護士が委託を受けて調査された報告書を読み解くと、徐々に何が起きていたかがわかるように作られています。ふたつの報告書からわかる問題の構造を異なる3つの視点でまとめてみたいと思います。 

 

 先に申し上げておきますと、本記事は前後編の構成で、前編で語られる原作者の視点のストーリーは、後編の別のふたつの視点でのストーリーを通じて事件の様相を変えていきます。 

 

■①原作者の視点 

 

 小学館の報告書では担当編集者の証言から原作者の視点で何が起きていたのかが詳述されています。 

 

 日テレからドラマ化の依頼があり、小学館の編集者と日テレのプロデューサーが最初に顔合わせをしたのが2023年3月9日でした。その際、編集者は過去の映像化の経験から「原作者が自分の作品を大切にする方であり、作品の世界観を守るために細かな指示をする」ことを伝えています。 

 

 ちなみに漫画原作のドラマ化においては過去、『おせん』や『いいひと。』などの作品で「原作レイプ」と非難されるほどの大幅な改変が行われてきたことが問題視されています。 

 

 この後に起きる事態を見ると『セクシー田中さん』については原作の世界観を大事にするという認識は小学館、日テレ双方で共有されています。原作に沿ったストーリーでドラマ化が進む中、事態は細部のこだわりで発生します。 

 

 さて報告書によれば最初の掛け違いは4月、日テレから脚本になる前のプロットが送られてきたところから始まります。 

 

 原作をもとにしたドラマが作られる過程では、ドラマ制作チームと原作者の間でラリーとよばれるやり取りが行われます。まずプロットが提示され、何回かのラリーが行われ、それがおおむね認められた段階で脚本が書かれ、そこでもラリーが行われ、第二稿、第三稿と進み、最終稿が完成します。 

 

 日テレから送られてきたドラマのプロットに対して、原作者は登場人物の性格のとらえ方について説明したり、細かい修正を伝えます。ラリーでは原作者は修正等を求める都度、その理由までをも明確に書き、編集者が日本テレビに伝える作業を繰り返しています。 

 

■脚本家に伝えられなかったという原作者の要望 

 

 第3話のプロットでは原作のエピソードの順番入れ替えで流れが悪くなっている点を指摘して、「田中さんの頑なな心が、朱里や笙野達との小さくて大きなエピソードを順番に積み重ねる事によって、少しづつ(原文ママ)溶かされていく様子を丁寧に描いてるつもりなんですが…」と原作中のエピソードの順番を原作に従ってほしい理由を伝えています。 

 

 

 ところが報告書ではこれらの原作者の要望は「脚本家には伝えられなかったようである」と記されています。この事実は、本件の大きな要素です。いくら説明をしてもその内容が十分には反映されない脚本に対して不信感が大きくなり、6月には原作者は脚本家を信頼できないと感じ始めます。 

 

 ドラマラストでは漫画で用意している結末を伝えているのにもかかわらず、プロットでは異なる結末が提案されます。そのため6月の段階ですでに原作者は終盤のドラマオリジナル部分は自分で書きたいという意向を示すことになります。 

 

 7・8月になるとラリーの中身はさらに詳細になります。要望を伝えても直らない、それでさらに詳しく説明を加えるという循環が起きています。原作者からの要望はこの頃には指示に変わり「脚本家による変更は不可」とまで伝えるようになります。 

 

■原作者が脚本家の変更を求めた経緯 

 

 この間、いくつか決定的な問題が起きます。ひとつは第3話の脚本で「ハリージ衣装でドラムソロを踊る」となっていた問題です。ベリーダンスの歴史的、文化的背景としてありえない演出なので修正を求めたところ、ドラマ制作側は「すでに撮影を終えている」と虚偽の理由で修正できないと伝えます。 

 

 実際はその5日後に撮影が行われ、それが発覚したことでその3日後に撮り直しが行われ手打ちになります。原作者はダンスの混乱の原因は、舞踊を脚本家が勝手に変えたことに起因していると憤慨します。そして、「脚本家は8~10話もう他の人に変えてして欲しいです。さすがにそろそろ限界(原文ママ)」と日テレに伝えます。 

 

 その後、第9話の脚本に創作シーンが加えられたことから原作者が脚本家の交代を求め、10月22日に日テレがそれに応じます。これが小学館の報告書から読み取れる原作者に起きた事態のあらましです。 

 

 一方で、この問題はドラマの制作現場から見ると違った形に見えます。 

 

 この事件、日テレのドラマ制作の現場では何が起きていたのでしょう。日テレの報告書からその状況が読み取れます。 

 

 ドラマ制作にあたってはまず原作をもとにドラマ化するためのプロットを作成し、ラリーの後で原作者からOKが出たら脚本作成に進みます。 

 

 小学館の報告書では触れられていないのですが、このプロットや脚本を作成するのは脚本家単独ではありません。コアメンバー5名(後半から6名)による合議で決まるのです。 

 

 

 『セクシー田中さん』のコアメンバーが誰なのか報告書では名前は仮名で、所属は不記載になっているのですが、おそらく日テレドラマ班のプロデューサー、アシスタントプロデューサー(AP)、制作会社の演出、助監督、そして脚本家などの陣容でしょうか。 

 

■脚本を書きあげるまでの流れ 

 

 漫画原作者の要望は小学館の編集者と日テレのプロデューサーの間でやり取りされます。そのことからSNS上では原作者の意見を無視してストーリーを作っていたのはプロデューサーではないかという非難が散見されます。ただその見方も正確ではありません。 

 

 ドラマのストーリーのアイデア、つまりプロットと脚本は5人のコアメンバーが行う「本打ち合わせ」と呼ばれる会議で検討されます。本打ちの会議は毎回2時間以上の話し合いになることが多く、合計で30回程度行われています。その決定に沿って会議メンバーでもある脚本家がプロットないしは脚本を書きあげると報告書に書かれています。 

 

 ではこれらコアメンバーの視点でみると事態はどのように推移していたのでしょうか?  後編では日テレの報告書と小学館の報告書を読み比べることで、ドラマの制作現場では何が起きていたのかを見ていくことにしましょう。 

 

後編記事:「セクシー田中さん」報告書に欠けた“問題の本質” 

 

鈴木 貴博 :経済評論家、百年コンサルティング代表 

 

 

 
 

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