( 180078 )  2024/06/12 17:15:38  
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日本の自動車産業に関する記事では、自動車メーカーが型式指定の性能試験で不正を行った問題が取り上げられています。

この問題に対し、「認証制度は無意味で不必要だ」という擁護論が存在し、制度が時代遅れで企業の競争力を損なっているとの指摘がなされています。

また、この問題が自動車産業だけでなく、他の業界でも起きうるブルシット・ジョブ(無意味で有害な仕事)につながっている可能性が指摘され、組織内での不正行為に巻き込まれないよう警鐘を鳴らしています。

(要約)

( 180080 )  2024/06/12 17:15:38  
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日本の自動車産業が揺れている 

 

 「メディアは不正、不正って騒いで“日本車の信頼失墜”とか批判しているけれど、日本の自動車メーカーは独自に世界一厳しい基準で性能試験をしているので、安全性にはなんの問題もない。日本の競争力を奪いたい連中の揚げ足取りだろ」 

 

【画像】「クソどうでもいい仕事かどうか」要チェック 

 

 「日本の自動車メーカーの職人気質やカスタマーファーストの効率化が、国の時代錯誤的な制度にマッチしなくなっただけだ。悪質性もないしこんなもん不正のうちにも入らない」 

 

 自動車メーカー5社が、自動車を大量生産するために必要な「型式指定」を取得するための性能試験で不正を行っていた問題を受けて、ネットやSNSではこんな「擁護論」が盛り上がっている。火をつけたのは、トヨタ自動車の豊田章男会長による謝罪会見での「ぶっちゃけトーク」である。 

 

「今日の会見で言うべきじゃないんですが、やはりこれをきっかけに、国とOEMがすり合わせをして、何がお客さまのために、そしてまた日本の自動車業界の競争力向上につながるか、制度自体をどうするのかという議論になっていくといいなというふうに思います」 

 

 ご本人がおっしゃるように、「不正企業側」がこのような問題提起をすることは企業危機管理では御法度とされる。聞きようによっては「そもそもこんなしょうもない制度があるからいけないんですよ」と国にケンカを売っているように受け取れるからだ。 

 

 しかし、この「提言」が、専門家や業界関係者だけではなく自動車ユーザーのハートに火をつけて冒頭のように、「マジメな民間に不正をさせてしまうような時代遅れの制度が悪い」といった擁護論が盛り上がったという流れだ。 

 

 そんな「認証制度バッシング」を見ていてつくづく感じるのは、「日本はブルシット・ジョブで成り立っている」というシビアな現実である。 

 

 ブルシット・ジョブ(クソどうでもいい仕事)とは文化人類学者のデヴィッド・グレーバー氏が提唱したもので、「完璧に無意味で、不必要で、有害でさえあるムダな仕事」を指す。今回の自動車メーカー擁護論を信じれば、認証制度は典型的なブルシット・ジョブである。 

 

 型式指定とは、このクルマがちゃんと安全に走行できることや、環境負荷を軽減できていることの「お墨付き」だと国は胸を張るが、自動車メーカー各社はそれ以前に、はるかに厳しい基準の試験を独自で実施している。 

 

 では、なんでそんな二度手間をするのかというと「大量生産」の資格を得るためだ。国の保安基準を満たしたモデルは出荷前に車検に相当する「完成検査」をパスしたと見なされ、一台一台チェックを受けなくていい。つまり、事務手続きにすぎない。 

 

 だから多くの自動車ジャーナリストやメーカー側が主張しているように、「不正だけど安全性にはなんの影響もない」ことになる。守らなくても問題のない制度など、無意味で不必要だ。 

 

 そのくせ、国が定めた基準を厳密にクリアしないといけないので、手間と時間がやたらかかってしまう。エンドユーザーのため、安全なクルマをスピーディーに大量生産しているメーカーからすれば、「有害でさえあるムダな仕事」と言っていい。だから、「こんなもん適当に数字を合わせりゃいいだろ」というモラルハザードが起きて、不正がまん延するのだ。 

 

 そう聞くと、「日本の自動車メーカーの競争力向上のため、そんな意味のない制度はさっさとやめちまえ」と思うだろうが、そういう善悪論だけで語れないのがブルシット・ジョブの悩ましいところなのだ。 

 

 

 日本の自動車メーカーが、自分たちで厳格な安全・環境負荷の審査をしている点だけに注目をすれば、認証制度は間違いなく「完璧に無意味で、不必要で、有害でさえあるブルシット・ジョブ」である。が、ちょっと視点を変えると、自動車メーカーの利益を守ってくれる「産業保護システム」という側面もある。 

 

 なぜかというと、ベンチャー企業が自動車ビジネスに新規参入してくることを阻んでくれているからだ。 

 

 今回、大手自動車メーカーがそろいにそろって不正に走ったのは、この認証制度が現場に大きな負担となっていたからだ。先ほども申し上げたように、自動車メーカーは独自に厳しい基準で試験を行っており、より高い性能を求めて何度もやり直しを行う。 

 

 ハードな試験に明け暮れて疲弊している現場の人々が、自社のやり方と異なる試験も行って、自社とは異なる基準もクリアしてくれと命じられたらどうか。「チッ、余計な仕事を増やしやがって」とイラッとするのではないか。中には「こんなもんテキトーでいいだろ」と手を抜く人もいるのではないか。 

 

 このように大企業でさえ敬遠する「ムダな仕事」を、人もカネも余裕がない小さな会社がこなすのは不可能だ。もし画期的な技術を持つ自動車ベンチャーであっても、国から「大量生産」のお墨付きをもらえなければスタートラインにも立てない。 

 

 つまり、認証制度というブルシット・ジョブは、ポッと出の新規プレーヤーが自動車マーケットにズカズカと入ってこれないような、「参入障壁」となっている側面もあるのだ。 

 

 実はこれは自動車産業だけではない。このような「行政手続きの煩雑さ」というブルシット・ジョブによって、日本政府は新規参入を制限してきたのだ。 

 

 それは海外企業を見れば明白だ。ビジネスの世界でよく言われることだが、日本は「テストマーケティングに最も適している国」だ。人口が1億人もいて、生活水準もそれなりに高いので消費意欲もある。しかも、客は品質やサービスに世界一うるさいので、ここで顧客満足を得られれば基本的にはどこの国でもやっていける。 

 

 もはや過去の栄光ではあるが、「メイド・イン・ジャパン」が世界を席巻したのは、日本人技術者の手先が器用とかいうレベルではなく、「先進国で世界2位の人口規模を誇る市場」と「品質やサービスに厳しい消費者」によって、鍛え上げられた点も大きいのだ。 

 

 そのため、かつては「日本市場」を狙って、世界中からさまざまな企業が参入を検討した。が、自動車市場を見ても分かるように、外資系企業はそれほど入ってきていない。日本社会にまん延するブルシット・ジョブのおかげだ。 

 

 経済産業省の「令和4年度わが国のグローバル化促進のための日本企業および外国企業の実態調査報告書」を見ると、外国企業が考える「マイナス要素」がまとめられている。 

 

「規制や制度といった観点では『行政手続きの煩雑さ』や『事業規制の開放度』といった弱みも挙げられており、実際に外国企業からは『オープンでない』や『官僚主義で非効率』『煩雑な紙ベースの税制および規制要件』といったコメントも散見されており、このような点も日本のビジネス環境の魅力度を下げている一因であるといえる」 

 

 つまり、「閉鎖的なムラ社会で行政も民間もブルシット・ジョブが多い」というのは、日本に進出したい企業にとっては大きな「マイナス」だが、新規参入をしてほしくない国内企業にとっては、自社の権益を守ってくれる心強いサポートとなっている。 

 

 

 認証制度は、まさしくこれだ。このブルシット・ジョブはかつて、日本の自動車マーケットの守り神だった。煩雑で時間のかかる手続きが、ポッと出のベンチャーや海外メーカーの参入障壁となって機能していたおかげで、トヨタもホンダも自国マーケットを脅かされることなく、安心して技術を磨くことができた。 

 

 しかし、それから時代は流れ、日本の自動車メーカーは世界で勝負をするようになり、各国での厳しい規制をクリアするため、メーカー独自の試験で、独自の安全・環境基準を目指すようになった。認証制度は国内市場への参入障壁というプラス要素が薄まって、メーカー各社の競争力向上の足を引っ張るというマイナス要素だけが「悪目立ち」するようになってしまったのである。 

 

 とはいえ、今も参入障壁としての恩恵がないわけではないので、自動車業界としてもこれをスパッとやめることもできない。そんな問題先送りをしている間に、現場の負担がどんどん増えていく。そして、その「むちゃ」のつじつまを合わせるように、現場でこっそりと「不正」が始まっていくというわけだ。 

 

 このような「ブルシット・ジョブ型不祥事」はこれから日本で増えていくだろう。分かりやすいのはマスコミである。 

 

 この業界もベンチャーや外資系企業の参入はハードルが高い。限られた企業の記者だけしか政府や役所の記者会見に出られないなど「記者クラブ制度」という参入障壁があるからだ。この産業保護策のおかげで、日本のマスコミ企業は他の先進国ではあり得ないほどの巨大企業に成長できた。 

 

 しかし、ご存じのようにネットやSNSの発達によって、自由な取材言論活動が盛んになったことで、記者クラブの中で取材することは典型的なブルシット・ジョブになった。記者会見はすぐにネットやSNSで中継されるし、特ダネは“文春”や“新潮”などにリークされる。なまじ記者クラブに加盟しているので、役所側の機嫌を損ねることができず「自主規制」が多くなる。当然、そんな偏向ニュースにイラつく人々からは“マスゴミ”などとなじられてしまう。 

 

 

 つまり、かつて新規参入の障壁だった記者クラブは今や、「完璧に無意味で、不必要で、有害でさえあるムダな仕事」に成り下がってしまっているのだ。 

 

 当然、現場の記者はこんなブルシット・ジョブはやりたくない。しかし、認証制度と同じで、まだ既得権益を守ってくれている側面もあるのでなかなかスパっとやめられない。結局、疲弊して不正に走っていく。少し前、小林製薬の紅麹問題で、読売新聞のデスクが取材したコメントを勝手に捏造(ねつぞう)してクビになったが、これもブルシット・ジョブ型不正だろう。 

 

 ムダな会議、ムダな手続き、意味のない打ち合わせ、日本のビジネスシーンに、ブルシット・ジョブがあふれていることに異論を挟む人はいないだろう。ただ、それは裏を返せば、「ブルシット・ジョブの恩恵を授かってきた人々」がビジネスの世界にはたくさん存在しているということだ。 

 

 そういう既得権益者たちは文句やグチを言いながら結局、ブルシット・ジョブを止められない。ああでもない、こうでもないと「変革ができない理由」を並べて問題を先送りする。そこで1番のしわ寄せを受けるのが「現場」で働く弱い立場の人間だ。認証不正のように、現場の実態とかけ離れたブルシット・ジョブを会社から命じられて、納期や成果を求められるうちに心身を追い詰められてしまう。どう考えても達成できないスケジュール、何をやってもクリアできない目標を前に「こんなもんやってられるかよ」と心がポキンと折れる。 

 

 しかし、組織人として「できません」は口が裂けても言えない。住宅ローンも残っているし、子どもの教育費もあるので辞表を出すわけにもいかない。そうなると、あとに残された道は、データの改ざんなどの不正しかないのではないか。 

 

 日本を代表する自動車産業で起きたことは、他業界でも起きる。ビジネスパーソンの皆さんはぜひとも「ブルシット・ジョブ型不正」に巻き込まれないようお気を付けいただきたい。 

 

(窪田順生) 

 

ITmedia ビジネスオンライン 

 

 

 
 

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