( 183048 )  2024/06/21 16:55:53  
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2024年5月の景気ウォッチャー調査が悪く、現状判断DIと先行き判断DIが低下している。

景気が悪化しており、2023年は景気が安定していたが、今回の調査では悪い結果が出ている。

景気ウォッチャー調査と消費動向調査が乖離していたが、インフレが影響している可能性が高いことが分かった。

インフレがデフレマインドを変える可能性は低く、景気が弱まっている可能性が高いと指摘されている。

(要約)

( 183050 )  2024/06/21 16:55:53  
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「インフレがデフレマインドを変える」は幻想か(写真:Bloomberg) 

 

 6月10日に公表された2024年5月の景気ウォッチャー調査(調査期間:5月25~31日)が弱かったことについて、筆者は重く受け止めている。 

 

【グラフ】エコノミストたちの最大の謎、「景気ウォッチャー調査」と「消費動向調査」の乖離の理由がみえてきた 

 

 具体的には景気の現状判断DI(季節調整値)は45.7(前月差マイナス1.7pt)と3カ月連続で低下、先行き判断DI(同)は46.3(同マイナス2.2pt)とこちらも3カ月連続の低下となった 。 

 

 今回の悪化によって現状判断DIは2022年8月以来、先行き判断DIは2022年7月以来の低水準となった。いずれも円安懸念や実質賃金の下落が不安視された2023年よりも前の水準まで低下していることが、筆者が今回の結果を重く受け止めている理由である。 

 

■景況感の支えがなくなってきた 

 

 足元では「円安によるインフレ再高進が消費を冷やす」という見方が多くなっており、景気ウォッチャー調査が悪化するのは自然なことのようにも思える。しかし、2023年は円安が進む中でも当該調査は堅調だった。 

 

 すなわち、今回の景気ウォッチャー調査が悪化した背景は、円安など実質賃金低下の問題以外の要因が意識されているということである。 

 

 コメント集をみていると、①政府による電気代・ガス代の補助策の停止や政局の混乱を不安視するコメント(政策要因)、②GW後の人流減少、などコロナ後の旅行需要などの息切れ(ペントアップ需要要因)、③インバウンド需要の回復一巡(インバウンド要因)、などが背景にありそうである。 

 

 逆に言えば、2023年までは円安や実質賃金の減少による家計の需要減を、①政策要因、②ペントアップ需要要因や③インバウンド要因が支えてなんとか景況感が保たれていたが、これらの終了・息切れによって支えがなくなっていると考えることができる。 

 

 言うまでもなく、いずれの要因も一時的ではないため、これらのマイナス効果が今後予想される賃上げのプラス効果を上回れば、日本の景況感は一段と弱くなる可能性がある。 

 

 コロナ禍以降の景気回復局面(2020年5月が景気の谷で、それ以降は景気拡大が続いている)はすでに終わってしまった可能性もある。 

 

 

 街角景気の調査である景気ウォッチャー調査と家計の調査である消費動向調査の乖離については、エコノミストの間では1つの謎となっていた。 

 

 しかし、データが蓄積されてきたことにより、この乖離の謎はほとんど解けてきた。結論を先に述べると、両者の乖離はインフレが理由である可能性が高い。両者の差とCPI(生鮮食品を除く財、前年同月比)を並べると、かなり近い動きをしている。 

 

 すなわち、インフレ高進局面(実質賃金の低下局面)では、家計の消費マインドそのものである消費動向調査は大きく悪化する傾向があるようである。 

 

■企業サイドの「上方バイアス」 

 

 他方、景気ウォッチャー調査は企業サイドの調査であることによる上方バイアスがあると、筆者は考えている。 

 

 まず、景気ウォッチャー調査の回答企業が「インバウンド消費」も家計動向に含めてしまっている可能性がある。 

 

 また、インフレ局面では企業が「貨幣錯覚」に陥っている可能性もある。景気ウォッチャー調査のコメント集では前年と比べた売上高について言及されることが多いが、これらは名目値である。 

 

 回答者が経営者であればインフレによって売上高が膨らんだとしても景気が良いとは判断しないとみられるが、当該調査の回答者は現場の担当者が多い。結果的に、家計は実質消費が重要でも、企業は名目売上高を重視してしまっている(貨幣錯覚)可能性があるだろう。 

 

 実際に、景気ウォッチャー調査と実質消費支出は乖離が目立っていた。 

 

 これらを考慮すると、インフレやインバウンド消費の上方バイアスによって強めの推移となってきた景気ウォッチャー調査がついに悪化し始めたことは、やはり注目に値する。 

 

■「インフレで好循環」を否定するコメントが散見 

 

 今回の景気ウォッチャー調査では、インフレ・ショック(ビッグプッシュ)によって日本経済をデフレ均衡からインフレ均衡へシフトさせる……という日銀の狙いが上手くいっていない可能性が高いことも示された。具体的には、下記のようなコメントがあった。 

 

ここまで円安が続くと、一段とデフレマインドが増長するように思える。最近は見積りの段階で話が止まってしまうケースが増えてきている。高いので購入を断念したのか、もっと安い業者を探しているのか。売れなければ価格を下げるしかなく、利幅が少なくなる。地方の中小企業の現実はこのような状況である。 

 

 

政府は賃上げというが、日本国民の7割はこうした中小企業で働いている。安定して利益が出ていれば中小企業も賃上げすべきだが、為替相場が足かせとなっていて、利益が出ない業種も多々あるのが現実ではないか。 

(先行き、北関東、通信会社〈経営者〉) 

 上記はインフレ均衡へシフトさせるための「ビッグプッシュ」がむしろデフレマインドを増長しているという指摘である。人々がインフレ環境に慣れることでインフレマインドが醸成されるという期待とは真逆の意見である。 

 

 他にも、下記のようなコメントがあった。 

 

円安による物価上昇がかなり影響し、消費が低迷している。雇用状況は人手不足だが賃金が上がらないため、悪循環になっている。 

(現状、北関東、学校[専門学校]〈副校長〉) 

 人手不足環境でもインフレを上回る賃上げは期待できず、好循環よりも悪循環が懸念されるという指摘である。このコメントもまた、インフレ均衡へのシフトを否定するものである。 

 

 少なくともこれらの街角景気の声から判断すると、コストプッシュ型のインフレが「ビッグプッシュ」となって日本のデフレマインドを変える可能性は高くないと言える。今回の景気ウォッチャー調査は、賃金とインフレの好循環にはまだまだ距離があることを示していた。 

 

末廣 徹 :大和証券 チーフエコノミスト 

 

 

 
 

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