( 183553 )  2024/06/23 02:14:47  
00

2024年1月2日、羽田空港で起きた航空機同士の衝突事故では、管制官とパイロットの交信が注目された。

航空管制は空の安全を確保するうえで非常に重要である。

管制官とパイロットの交信は基本的に英語で行われ、共通言語としての役割がある。

英語を使う理由は、国際的な航空交通で共通語であるためや誤解を避けるためなどがある。

フォネティックコードという特定の言葉や用語を使用して聞きやすくする方法も重要である。

航空管制の現場でもフォネティックコードが頻繁に使われ、交信の明確さと安全性を保つために重要な役割を果たしている。

(要約)

( 183555 )  2024/06/23 02:14:47  
00

(写真:ニングル/PIXTA) 

 

2024年1月2日、羽田空港で起きた航空機同士の衝突事故では、管制官とパイロットの交信が注目されました。事故原因はまだ究明されていませんが、航空管制が空の安全において非常に重要な位置を占めていることは間違いありません。 

航空管制の世界は、意外に思えるほどに「人と人のコミュニケーション」によって成り立っています。ひとつのミスも許されないなか、管制官とパイロット、さらには管制官同士で、どのような交信を行なっているのか?  

 

【画像】現場でもっとも使われる表現一覧 

 

元・航空管制官で現在、航空評論家であるタワーマン氏の著書『航空管制 知られざる最前線』から一部を抜粋し、間断ない離陸・着陸を捌くプロフェッショナルの舞台裏に迫ります。 

 

■世界中の管制官が英語で交信を行なう理由 

 

 管制官は、安全かつ効率的に航空交通を管理するのが仕事です。しかし、実際に飛んでいるのはパイロットで、管制官は管制室またはレーダー室の内部にいます。管制官がコントロールできる方法は、無線によるパイロットとの交信のみ。つまり、コミュニケーションこそ、管制官の「最大の武器」なのです。 

 

 パイロットとの交信は、基本は英語で行ないます。国際航空機関であるICAO(国際民間航空機関)はもちろんのこと、日本の管制の〝バイブル〞である「管制方式基準」にも「管制用語は英語または母国語を原則とする」と記されています。なぜ、英語なのか。その理由は2つあると私は考えています。 

 

 1つは、当然ですが「共通言語が必要」だということ。世界中、さまざまな国で航空機が行き来し、パイロットの国籍もさまざまです。やはり共通語となると英語が適当でしょう。では、国際線が発着しない国内線専用の空港ではどうかというと、やはり英語が原則です。ただし、中国のように国内パイロットの便に限って、母国語を使っている国もあります。 

 

 ある日本人パイロットから聞いた話ですが、彼が中国の空港に行ったとき、別の飛行機のパイロットが管制官と何を話しているのかが理解できず、大きな不安を覚えたそうです。 

 

 管制官がパイロットに指示しているのか、地上車両の運転手に情報を出しているのかさえもわからなかったといいます。 

 

 管制官が何かの指示を出していることは理解できるのですが、その内容が不明なので、別の飛行機がこちらに機首を向けて動き出したりはしないかと疑念が抜けなかったそうです。パイロットの状況認識もまた、航空交通の安全には欠かせないものです。たとえ国内線であっても、やはり英語で交信するのが原則だと思います。 

 

 

■「誤解を生まないため」に英語を使う 

 

 交信に英語を使うもう1つの理由、それは、「誤解を生まないため」です。管制で使う言葉は英語を基本としていますが、日常英語そのものではありません。より誤解を生まないように定義されています。そのことについては後述しますが、まず、ふだん使い慣れた言葉(私たちにとっては日本語)が、本当にもっとも誤解を生まないコミュニケーション手段なのかどうかを考えてみましょう。 

 

 たとえば、「○○はないですよね?」という質問に「はい」と答える場合、日本語では「はい、あります」「はい、ありません」と後ろに続く言葉しだいで2つの可能性があります。「はい」だけでは意味を持たない(判断できない)こともあるでしょう。 

 

 また、日本語は表意文字で漢字を使うため、読むときにはわかりやすいのですが、耳で聞くときには同音異義語が多いのも気になります。たとえば、「こうか」は「降下」なのか「効果」なのか。「たいき」は「待機」なのか「大気」なのか。文脈を読めば間違えることはまずなさそうですが、それでも曖昧さは残ります。 

 

 誤解をなくすうえでいちばん重要なことは、耳で聞いただけで、明確にこの言葉とこの言葉は違うと区別できることです。ふだん使い慣れている母国語であるために、かえって曖昧さを許容してしまったり、微妙に違う意味に捉えてしまうこともあるでしょう。 

 

 管制でよく使う言葉に「指示」「許可」「承認」があります。この3つは似て非なる言葉で、管制方式基準ではそれぞれ明確に定義されています。しかし、その定義をしっかり認識していないと、母国語であるがゆえにそれぞれが勝手に意味を読み取って、解釈が分かれてしまう可能性もあると私は考えています。 

 

 実際、英語を母国語とするアメリカではコミュニケーションエラーは少ないのかというと、そんなことはありません。管制を母国語で行なったからといって、ミスやエラーが減るわけではないのです。 

 

 

■聞き間違いを防ぐ「フォネティックコード」とは 

 

 管制で使う英語は、誤解を生じないように定義されていると述べましたが、その例をいくつか挙げておきましょう。 

 

 たとえば、「Yes」「No」は基本的に使いません。「Yes」と答えたいときは「affirm」「No」は「negative」といいます。それぞれ音節が短く聞き取りにくい、ほかの言葉と区別しにくいというのがその理由です。 

 

 とくに「No」は「Know」と音が同じでまぎらわしく、また「All」など「O(オー)」の音に似た母音を含む単語が多いのも理由だといわれています。アルファベットも、やはり短くて聞き取りにくいため、「A(エー)」「B(ビー」)「C(シー)」とは発音しません。誰しも日常的に、B、D、E、P、Tなどは、聞いたときにどれなのか迷ってしまい、相手に確認した経験があるのではないでしょうか。 

 

 ABCは、それぞれ、「A(Alfa:アルファ)」「B(Bravo:ブラボー)」「C(Charlie:チャーリー)」。日本語でも、電話などで発音しにくい文字を説明するときに「アジアのア」「イロハのイ」などというのと同じです。これを「フォネティックコード」といいます。 

 

 管制では、便名、空港名、航空路の名称など多くの記号を使用します。これらを無線の音声のみでやりとりする際、B、D、E、P、Tをそれぞれ「ブラボー=B」「デルタ=D」「エコー=E」「パパ=P」「タンゴ=T」などといえば、判別しやすいわけです。 

 

 フォネティックコードは数字にも設定されています。「3」を「トゥリー」と発音するのは、「th」の発音が「s」と似ているため、「9」を「ナイナー」というのは、ドイツ語の「nein:いいえ」と発音が同じなどといった理由もあるでしょう。 

 

 これらは、航空管制官など航空保安職員の教育訓練を行なう航空保安大学校で叩きこまれるので、頭に染みついています。私もふだんの英会話で、うっかり「9」を「ナイナー」といってしまった経験があります。 

 

 

■現場でもっとも使われるフォネティックコード 

 

 フォネティックコードが管制の現場でもっとも使われるのは、誘導路の指示です。ターミナルビルと滑走路のあいだには網の目のように誘導路が走っており、駐機場から滑走路に誘導するときに、どの誘導路を通っていくのかを管制官がパイロットに指示します。 

 

 この誘導路が「A-1」「A-2」「B」「C」などとなっていることが多いのですが、これをパイロットが聞き間違えて、さらに管制官も復唱の間違いをスルーすると、「道間違い」が発生します。 

 

 そのリカバリーは大変ですし、タイミングによってはヘッドオン(鉢合わせ)や接触など、重大な出来事につながりかねません。そこで、「アルファー・ワン」「ブラボー」「チャーリー」などとフォネティックコードを使うルールになっているのです。 

 

 また、パイロットとの交信中に聞き慣れない言葉が出てきたときにも、フォネティックコードで確認する場合があります。よくあるのが、機内で急病人が出たケース。管制官は必要に応じて、具体的な病名を確認することがあります。 

 

 たとえば、「てんかん」の発作で倒れた、という場合、てんかんは英語で「epilepsy」です。管制官はいくら英語が堪能だとはいっても、病名などの単語までは把握できていないこともあります。そんなときは、フォネティックコードを使って「エコー、パパ、インディア……」とつづりを伝えてもらうことで理解できます。 

 

■羽田の管制塔は「トーキョータワー」?  

 

 航空会社のコールサインにも、フォネティックコードを使うことがあります。無線で交信する際は、最初にコールサインで呼びかけます。航空会社のコールサインはアルファベット3文字で、JAL(日本航空)なら、「JAL(ジャパン・エア)○○便、こちら管制塔」と交信を始めます。「ジャル」でも「ジャパンエアライン」でもなく、「ジャパン・エア」としか呼んではいけません。 

 

 

 
 

IMAGE