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日本の経済アナリストは、岸田首相の「骨太の方針」に対して、プライマリーバランス(PB)の黒字化目標が増税を正当化する可能性があり、それを批判している。

PB黒字化による緊縮財政は個人消費を抑制し、日本経済にマイナス影響を与えるとして、財政出動を主張している。

森永氏は、国債の利払い費の増加を理由にPB黒字化が必要とされる論理を疑問視し、増税や余力の不足が警告されている状況で、財政健全化政策が供給力を低下させかねないと警告している。

(要約)

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岸田首相には余計なことはしてほしくない?(写真:つのだよしお/アフロ) 

 

 「骨太の方針」が21日、閣議決定され、プライマリーバランス(PB)の黒字化目標が3年ぶりに明記された。 

 経済アナリストの森永康平氏は、増税を正当化しかねないPB黒字化は日銀の金融正常化への動きと表裏一体の関係にあり、「余計なことはするな」と噛み付く。 

 PB黒字化に向けて緊縮財政にかじを切れば、低迷する個人消費はさらに弱まり、日本経済にとってマイナスが大きい。むしろ今こそ財政出動をためらってはならないと主張する。 

 (湯浅 大輝:フリージャーナリスト) 

 

【写真】金融正常化に動く日銀の植田総裁 

 

■ 懸念していた最悪の「ダブル引き締め」 

 

 ──骨太の方針が閣議決定され、3年ぶりに国・地方の基礎的財政収支(プライマリーバランス=PB)の黒字化が明記されました。 

 

 森永康平氏(以下、敬称略):PB黒字化明記に対する私の正直な感想は「既定路線だな」というものです。 

 

 私は岸田首相が就任した2021年10月から「“ダブル引き締め”が心配だ」と指摘してきました。ダブル引き締めとは、(1)日銀による利上げ、(2)財政支出にキャップをはめる、の2つの政策を指します。 

 

 植田総裁が就任してから日銀はマイナス金利を解除する方針を示し、長短金利操作(イールドカーブコントロール=YCC)を撤廃しました。実際に短期・長期ともに過去1年間で金利は上がっているわけです。 

 

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 金利が上がるとどうなるか。財務省が「国債の利払い費が増えるから財政支出のキャップをつくらないとマズい」という議論に持っていくと懸念したのです。 

 

 骨太の方針にPB黒字化が明記されたと聞いて、私の予想は残念ながら当たってしまったと思いました。 

 

 ──財務省は「2027年度に長期金利が2.4%に上がると、国債の利払い費が(2024年度の)1.6倍程度に増える」と試算しています。 

 

 

■ 国債利払い「金利上昇に耐えられない」は本当か 

 

 森永:そもそも、「異次元の金融緩和」政策で金利を下げてきたわけですから、金利のコントロールが効くことはこれまでの歴史が証明しています。 

 

 なぜコストプッシュインフレ下において金融緩和の解除を急いだのかがそもそも分かりませんが、実態として(YCC撤廃後)国債の利回り(10年もの)は1%台までしか上がっていないわけです。「2.4%」と予想するのは腑に落ちません。 

 

 もう一つ疑問があります。「金利上昇に耐えられない」は本当なのか、という点です。実際、現在のインフレ率は3%台(名目値)になっています。インフレが進んでいるということは、税収がその分増えていくことを意味します。 

 

 こういうことを考えますと「国債の利払い費の負担」だけを強調する手法はチェリーピッキング的だとも言えます。「金利が上がる→財政余力が必要だ→PB黒字化が必要」という論理は財務省が使う「自己実現的予言」とも表現すべきレトリックだと感じます。 

 

 ──実質賃金は過去最長のマイナスが続いています。そもそも、金利ある世界でやっていけるだけの余力が日本経済にはあるのでしょうか?  

 

■ さらなる増税が予想される 

 

 森永:そんな余力はないでしょう。実質GDPの個人消費は4四半期連続のマイナスになっていて、これはリーマンショック以来です。リーマンショック時は世界的な金融危機が起きていましたが、現在金融危機は起きていませんし、もっと言えば「リベンジ消費」が期待されているほどです。 

 

 日本のGDPに占める個人消費の割合は約55%ですが、その消費力が極端に落ち込んでいるのが現状なのです。 

 

 国家も企業も、中長期的な成長を見込むのであれば「投資」をしなければなりません。国家の場合はそれが「財政出動」にあたります。PB黒字化を目標にするということは、国債発行に上限を設定することの他に、歳入を増やさなければなりませんから、さらなる増税が必要になることは目に見えています。 

 

 ただでさえ弱っている国内経済に「PB黒字化」を金科玉条としたマクロ経済政策を打ってしまうと、供給力がさらに先細ってしまいます。 

 

 もし本当にPB黒字化をはじめとした“財政健全化”を目指すのであれば、歳入アップを目指すべきでしょう。 

 

 「日本は人口減少していくから財政出動しても無駄だ」という意見もありますが、例えば台湾のTSMCの半導体工場を誘致した熊本の菊陽町では、これから所得も上がるでしょうし、人口も増えていくでしょう。投資をすることによって、結果的に税収も増えていくのです。 

 

 むしろ、PB黒字化を金科玉条のように掲げて、投資(=財政出動)をしないことになれば、民間の懐は寂しくなり、税収も吸い上げられなくなります。結果として、歳入と歳出のバランスが崩れ、PB黒字化という目標から遠ざかってしまう可能性すらあるのです。 

 

 

■ 外圧でしか国内投資を盛り上げられない情けなさ 

 

 森永:もっとも、国家は企業とは違い、通貨を発行できますから、国債はそもそも「借金」なのかという疑問は当然浮かびます。自国の通貨を持たないEU諸国と比較したときに、極端に厳しい財政規律を守る必要があるのでしょうか。 

 

 国債の発行残高が増えると「円の信任が毀損される」というお決まりの反論がきます。 

 

 中には「昨今の円安は、コロナ禍で政府が“バラマキ”した結果だ」という見方もありましたが、円安が進んでいるということは、ドル高を意味します。アメリカ政府は日本以上に債務超過にあることは周知の事実ですし、コロナ禍で日本以上の財政出動をしているのです。 

 

 「緊縮財政派は何を心配しているのだろう」と疑問に思います。ただ、国家と企業・家計の財政を混同して語る人があまりにも多いので、私は国債はそもそも借金なのか、という話からはしないようにしています。 

 

 ただ、明るい兆しもあります。それは、庶民の生活があまりにも苦しくなってきているので、マクロ経済政策に関する関心が高まっていることと、円安と日本の賃金の安さで、外資企業を中心とした投資が日本国内に集まってきていることです。 

 

 後者に関しては、TSMCのケースが典型例ですが、東アジアの地政学的リスクが高まるにつれて、日本を製造業の一拠点にしようという動きが盛んになっているのです。 

 

 現在の円安は国外のインフレを輸入しているのが主要因で、これを改善するためには製造業の国内回帰をはじめとした供給力強化が必要です。外圧によってしか変われないのはなんとも情けない話ではありますが、それでも民間主導で投資が増えてきているのは歓迎すべき話だと思います。 

 

 ──自民党の積極財政派は議連を立ち上げ、若手議員を集めるなど党内での影響力が拡大しているのではないかという報道もありましたが。 

 

■ 政府や日銀は余計なことをするな 

 

 森永:議会制民主主義は、「数」の論理で政策が決定されるという側面は見逃せません。積極財政派は自民党内のみならず、国民の中でも少数派なので、政策に反映されるのはなかなか難しいのが現実ではないでしょうか。 

 

 直近に行われた各知事選や補欠選挙の結果を見ていると、裏金問題で自民党への国民感情は非常に悪化しています。庶民の生活が苦しいのであれば、短期的には減税や現金給付、社会保険料の減免などで本来対応すべきなのですが、その真逆を行っているのが財政健全化政策です。 

 

 先ほどもお話しした通り、現在は外圧でやっと日本経済に明るい兆しが見えてきました。デフレ脱却も射程圏内に入ってきていますし、民間企業は賃上げを頑張っています。 

 

 政府や日銀に対しては「PB黒字化のような余計なことをせずに、黙ってなさい」というのが、私の正直な感想です。 

 

湯浅 大輝 

 

 

 
 

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