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「2浪3留京大」人力車に情熱注ぐ彼の豊かな生き方 数学が苦手なのに理系志望、彼が貫いた信念

東洋経済オンライン 6/23(日) 8:21 配信

https://news.yahoo.co.jp/articles/2930386d10b8ae01ba1cb111905049f6bc480f33

 

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濱井正吾氏が浪人生活を経験して合格した竹林昂大さんについてのインタビュー記事を要約すると、竹林さんは旭丘高校を出身とし2浪して京都大学工学部電気電子工学科に入学。

現在3留中で、人力車屋で働いたり、自転車で47都道府県を旅行したり、銭湯サークルを作ったりと、多様な活動をしながら大学生活を楽しんでいる。

竹林さんは高校時代は優等生で、優秀な成績を収めながらも数学が苦手だったが、理系を志望し浪人を決意。

予備校に通う予定だったが、自宅浪人を選択し、独学で勉強を続け京都大学には合格できなかったが、人生を豊かにする経験を得た。

(要約)

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人力車屋で働く竹林さん(写真:竹林さん提供) 

 

浪人という選択を取る人が20年前と比べて1/2になっている現在。「浪人してでもこういう大学に行きたい」という人が減っている中で、浪人はどう人を変えるのでしょうか? また、浪人したことによってどんなことが起こるのでしょうか?  自身も9年の浪人生活を経て早稲田大学に合格した経験のある濱井正吾氏が、いろんな浪人経験者にインタビューをし、その道を選んでよかったことや頑張れた理由などを追求していきます。 

今回は愛知県立旭丘高等学校から、2浪して京都大学工学部電気電子工学科に入学。現在、3留し、人力車でお金を稼いだり、自転車で47都道府県を旅をしたり、銭湯サークルを作るなどして大学生活を謳歌している6回生の竹林昂大さんにお話を伺いました。 

 

【写真】人力車屋で働きながら、自転車で47都道府県を巡る竹林さん。 

 

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■優等生だったが2浪を経験 

 

 今回お話を伺った竹林昂大さんは、愛知の名門県立進学校、旭丘高等学校の出身です。 

 

 小さいころから優等生で、「クラスでいちばんを維持するために頑張るタイプ」だった彼ですが、京都大学に入るまでに2浪を経験しました。 

 

 この浪人の経験を彼は、「胸を張ってよかったとは言えない」と語ります。のちの3年の留年も、その経験が大きいそうです。その一方で、「結果的に浪人のおかげで人生が面白くなった」と晴れ晴れとした表情で語ってくれました。 

 

 果たして彼が2浪して人生が楽しくなった理由とは何なのでしょうか。彼の人生観を大きく変えた浪人生活を深掘っていきます。 

 

 竹林さんは愛知県名古屋市中区に生まれました。父親が専門学校卒業のグラフィックデザイナー、母親が三重大学卒業の専業主婦で、子どもの意思を尊重する家庭環境の中で育ったそうです。 

 

「普段はお菓子やおもちゃを買ってくれない厳しい親ではあったのですが、やりたいことができたら、本気でやるつもりがあるのかを子どもに確認して、覚悟が感じ取れたらなんでも応援してくれました。たとえば、サッカーをしていた僕がトレーニングをしたいと言うと、それに役立ちそうな書籍やDVDをすべて買い与えてくれました」 

 

 

「子どものためになることは何でもしてくれる親のもとで育った」と語る竹林さん。彼自身は周囲の友達とのトラブルが多い子どもだったそうですが、小3のときには優等生に180度変わったそうです。 

 

■友達に怪我をさせたことで、優等生に変わった 

 

 「当時の様子を母親に聞くと、すぐ手が出る問題児だったようで、近所を歩くのが恥ずかしかったそうです。ただ、友達に怪我をさせてしまったときに、一緒に謝りに行ってくれた父親が、友達の両親に土下座しているのを見て、罪悪感を抱いたことが変わるきっかけになりました。 

 

 もちろん、いちばん申し訳ないのは友達と友達のご両親ですが、子どもの頃の自分にとって、いちばんショックで鮮明に覚えているのが父のその姿だったのです。それから自分勝手なことはできないと思い、一切人に手をあげたり、怒ったりしなくなりました」 

 

 問題児から優等生に変わっていく中でも変わらなかったことは勉強の出来だったようで、小学校のクラスではいつも成績は1位。進学した公立中学校でも、いつも5位以内には入っていました。その中でも特に英語は、抜群の成績だったそうです。 

 

「『これからは英語くらい喋れないといけない』と父に言われ、幼稚園から高校2年生くらいまで英会話の先生に英語を教えてもらっていました。中2まではサボっていたのですが、一念発起して本屋の英語の教材コーナーで英文法書を買ってきて、朝の1限の前にある読書の時間で、1年間かけて読破しました。英会話を習っていることを知ってる友達に『なんか喋ってや!』と言われて、喋れなくてごまかす自分が許せなかったんです」 

 

 中学からクラブチームでサッカーを始めた竹林さんは、その移動中にもずっと英語の文法書を読んでいたそうです。そうした努力を続けた結果、彼は中3で英検準1級を獲得しました。 

 

 内申点で最高の45/45点の成績を記録しながらも気を抜かず、友達と一緒に図書館で閉館の21時ごろまで勉強していた竹林さんは、学区で一番の偏差値だった県立の進学校、旭丘高等学校に進学しました。 

 

 こうして高校に進学した竹林さん。周囲がみんな優秀なので驚いたそうですが、英語で学年トップクラスの成績を取り、「ここでも自分は通用する」という確かな実感を得たそうです。ほかの科目でも真ん中より少し上くらいの成績は取れたようで、頑張ったらやっていけるかなと思えたそうです。 

 

 

 高校1年生の冬にはフリースタイルフットボールにはまったという理由で、これまで続けてきたサッカー部をやめましたが、部活をやめて時間ができた分「今できることをやって、やりたいことができたときに役立てられるように」と勉強にもより力を入れるようになりました。 

 

 いつも前向きに目の前のことをこなしてきた竹林さん。しかし、このあたりで自身の最大の欠点に向き合わざるをえなくなります。それが、「数学の問題が早く解けない」ということでした。 

 

 「高校2年生のとき、定期テストで13点を取ってしまいました。思えば、公立中学校のころからほかの科目はみんな95点なのに数学だけ70点くらいだったんです。文章題など、時間を割いて考える問題ではいい点数が取れていたのですが、当時から四則演算のような単純な計算を早く解くことができなかったんです。だから、センター試験では時間内に問題をすべて解き切るのが難しいと感じました」 

 

 この当時の旭丘高等学校は1割が東京大学、1割が京都大学、1割が国公立の医学部に進む感じだったそうで、真ん中から少し上の成績だった竹林さんは「めっちゃ頑張ったら東大に行けるかも」と思い、東大・京大の理系を第1志望にして勉強に励んでいました。 

 

■数学が苦手なのに理系を選択した理由 

 

 しかし、なぜ数学が苦手な竹林さんが、理系を選択したのでしょうか。その理由をお聞きしたところ、彼は「迷ったらきついほうを選んだほうが、自分のためになる」という信念を持っていたからでした。 

 

「旭丘高校は文理選択が遅くて、選ぶのが高2の10月、文系・理系に実際に分かれるのが高3からでした。当時の僕は英語と古文が得意で、苦手科目は数学・物理・化学でした。模試では英語の偏差値が84だったので、適性的に文系なら東大・京大も狙えるかもしれません。 

 

 でも、自分は理系の勉強が好きでしたし、理系の道に憧れていたんです。毎日風呂に入りながら考えていて、10月30日には一度、先生に『文系で行きます』と伝えたのですが、その日の風呂で、『男ならここで逃げるな!』と思って、10月31日に理系の道を選びました。 

 

 いばらの道に進むことを決めた竹林さんは、それ以降の模試は基本的に東大・京大の理系の判定はほぼD判定。もう高3のころにはすでに「周囲も(浪人を)するだろうから」という理由で浪人の覚悟が決まっていたようです。結局、現役時のセンター試験は7割に終わり、京都大学の工学部を受験するも、合格点から200点程度足りずに落ちてしまいました。 

 

 

 「現役のときに全然間に合ってなくて、受かる見込みゼロで突っ込みました。周囲も6割浪人するので、現役は練習で、1浪で(志望校に)ゴールすることを目指そうという感じでしたね」 

 

■予備校ではなく自宅浪人を決意 

 

 こうして浪人を決意し、駿台予備学校に通う予定だった竹林さん。しかし、3月末のアルバイトで思わぬ出来事が起こります。 

 

「予備校に入るまでに社会経験をしようと思って、引っ越しや居酒屋のアルバイトをしていました。そのときに知り合った方で、宅浪(自宅浪人)で広島大の医学部に受かった方がいたんです。 

 

 親に予備校代100万円を払わせるのが申し訳なかったのと、宅浪でも受かる人がいることがわかったために、先生や親の反対を振り切って、駿台への入学の申し込みをキャンセルしてしまいました」 

 

 こうして8時ごろに起きて、近所のスターバックスやドトールに行って勉強する生活を送ることになった竹林さん。「最初のほうは体を動かすことも大事だと思い、1日4~5時間の勉強だった」そうですが、夏ごろからは20~21時ごろまで勉強するようになったそうです。 

 

 数学・物理・化学の教科書をしっかり読み直して基礎を固め、成績もそれなりに上がったようで、最初はD判定だった模試も最後のほうはC判定が取れるようになってきました。 

 

 センター試験では数学がI+AとII+B合わせて102/200点だったものの、全科目の合計は83%で(京大に受かるかは)五分五分だと思った」竹林さんは、この年も前期で京大工学部、後期で京都工芸繊維大学を受験する決意を固めます。 

 

 しかし、この年も残念ながら合格点に30点ほど届かずに落ちてしまいました。 

 

 「センター試験は解けないとわかっていたので、それでもこのパーセンテージならいけるんじゃないかと思っていました。2次試験でも得意の英語は解けていて121/150点だったのですが、それでも数学でミスをして45/200点しか取れませんでした」 

 

 この結果を受けて、後期で京都工芸繊維大学に挑んだ竹林さんは、大学で挽回することを心に決めます。合格したら京都工芸繊維大に進むつもりで、大学近くの下宿も契約をしていたそうですが、ここも落ちてしまったそうです。 

 

 

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(まとめ)記事では、異論も賛成もあり、彼の人生選択に対する様々な意見が寄せられていました。

彼の行動を称賛する声もあれば、浪人や留年に対する批判的な意見も見られました。

一部のコメントでは、彼の個性や将来の可能性を期待する声もありました。

また、彼の背景や家庭環境に関する考察も見られ、異なる視点からの意見が多数ありました。

さまざまな意見が寄せられる中で、個人の人生選択に対する尊重や自己満足についての考えも示されていました。

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・この記事ではオマケのように書かれていますが銭湯サークルの活動の方で彼は先月関西ローカルのニュース番組でも取り上げられていました。笑顔いっぱいで楽しげに体を動かして汗を流す姿から、彼は今の自分を精一杯楽しんで充実した時間を過ごしているのが分かりました。浪人、留年をとやかく言う書込みが多いですが、人事も経験した私からしたらその時間と経験を積んだ彼は是非とも採りたい人材です。 

 

 

・元々の学習能力の高さに加えてご自身を俯瞰して見られる賢さが備わっているのでしょう。浪人した原因についても、しっかりとした自己分析ができている。大学も3留と一見遠回りをしているように見えるが、多面的に物事を見ることができるからこそ、大学の勉強以外にも色々とやりたいこともでてきてしまうのでしょうね。 

 

こういう方って、社会に出たら大成する可能性が高いと思う。20代前後の回り道なんて、人生90年と考えれば大したことはない。今後の活躍が楽しみにな方ですね。 

 

 

・電気電子工学科は数学ができないと苦しいですよね。興味が湧くのかなあ。私は昔、電子工学科にいたのですが、結局、文転してそちらで何とかなって、大学教員をやっています。人それぞれでしょうが、得意なことを伸ばした方が楽しいような気がします。 

 

 

・京大工学部卒です。 

国語が全然アカン、地理と化学がメチャ得意、 

英語と数学がそこそこ。 

という条件だと、意外と京大工学部が合格可能性としては阪大東工大・早慶理工より高くなる。英訳と有機化学と奇問数学に特化した通信講座で補強さえすれば、超優等生でなくともクリアできる。意外とコスパいい学部かも。 

 

 

・東洋経済誌はこうした記事が大好きです。卒業した学校を自慢しているようでは、仕事はできない。せいぜいが労働だと思います。仕事と勉強ができることは全く異なる。 

 いまだにこれが理解できない。卒業した大学の自慢合戦しているようだと、プロ野球に喩えれば、ドラフト一位で入団して活躍できずに、球界を去る野球選手と同じです。 

 しかしパスポート、つまり学歴がなければ一流と言われる企業の門にすら近づけない。ましてやその中の一員にはなれない。現実を見据えての大学選びが受験産業と結びついて、ビジネスとして成り立っている。その先にあったのが失われた30年、否、これ以上の弱体化する日本社会ではありませんか。 

 

 

・不思議な人だな。自分に甘いだけの人かと思ったら文系脳なのに、理系の最高峰に入ってしまうガッツがあったり。自由人な感じでサラリーマンには向かないかも知れないけど、個人塾とか開いたら人気でそう。頭いいし面白い経験が多そうだし。 

 

 

・下記の記述から、典型的な文系脳が理系に入った感じ。入試の数学に苦労してるようでは、大学の理系の勉強についていけないだろうな。弁護士とか目指した方がいい 

 

「旭丘高校は文理選択が遅くて、選ぶのが高2の10月、文系・理系に実際に分かれるのが高3からでした。当時の僕は英語と古文が得意で、苦手科目は数学・物理・化学でした。模試では英語の偏差値が84だったので、適性的に文系なら東大・京大も狙えるかもしれません。 

 

高校2年生のとき、定期テストで13点を取ってしまいました。思えば、公立中学校のころからほかの科目はみんな95点なのに数学だけ70点くらいだったんです。 

 

 

・京大なら2浪でもギリギリ許されるな 

留年は大学や専攻によるから何とも言えないけど 

 

私もそれなりの高校、当時、公立高校として東大進学者数が全国一の学校だったけど、そもそも高校のテストって基準ないよね。クラスほぼ全員赤点とかあったし。私も数学で0点だったことありますよ。河合塾の全国模試では偏差値77でも、校内での偏差値は30代だった気がする。 

 

そもそも点数取れるかどうかで理系・文系選んでないからね。中学時代は数学は得意科目でどんな問題でも解ける、解けない問題があっても回答見て次に同様の問題が出たら絶対解けるみたいな自身があったけど、高校の数学でつまづいて数学が苦手になった・・・けど進学先は理系だった。でも信念なんてなかったよ。今でも何が正解だったか分からない。逆に信念持ってると強いよね。生きる目的意識みたいな。私は今夜お迎えきてもいいくらいの気持ちで毎日過ごしてるからね。 

 

 

・大学の自慢話かこの方の人生観か。よくわからない記事ですが、人生はフリースタイルだと思います。決まりきったレールから脱線して警察だけには絶対にお世話にならず、違う人生を楽しみながら味わう。良いと思いますよ。 

 

 

・日本では、ストレートで大学を卒業しないと、ひどく不利になると思います。 

歳を食って京大を卒業しても、私大の現役組に勝てません。 

日本のサラリーマン社会は、とにかく一選抜での昇進しかない、敗者復活のない競争です。 

そのあたりが日本がダメになったと原因の一つでしょう。 

ただ、サラリーマンにならなければ、全く問題は無いはずです。 

 

 

 

・好きにしたらいいと思うし、他人があれこれ言うことではない。 

周囲の東大京大で4年以上遅れた人間や退学した人間でも、その業界では知られている会社や自営で普通に生活している。 

そう言う意味では、好き勝手やっていても人生のリスクヘッジとなる強力なカードであると言える。 

 

 

・世間がみると、①数学や物理が強くて将来そこを生かして伸びてゆくであろう田舎国立の工学部と、②数学苦手でその分野で伸びしろがない京大工学部のひとなら、まちがいなく②を優秀と見ちゃうんだよな。 

 

要するに、世間の評価なんてその程度だし、逆にいえば「数学が強い・弱い」ってのも所詮は「自称」「自分の思い込み」の世界なんだよな。絶対的な基準なんて無いのだから。 

 

となると、他人の価値観にあわせず、自分の思うところにしたがって楽しい人生を送るのがベストってことよね。 

 

他人の価値観をとやかく言う必要もない、それは大きなお世話じゃないだろうか。 

 

 

・自分の人生なのだから好きなようにすればよい。他人と比べる必要はない。親御さんや周りの人たちも理解があるのだろう。 

ただ、将来留年や人力車などがもとで割を食うようなことがあっても、それは自分の選択だからとあきらめよう。 

 

 

・若い頃は色々大学の勉強もせずに自転車で色んなところ回って楽しかった。この人みたいに割といい大学いきながら。でも親の支えあってのことで自分で道を切り開いてるわけでもないし、人様にアピールしたい気持ちにはならなかったかな。そこから道を変えて色々頑張って、大学の肩書きは無意味だという心境になって、あの頃も勉強していればという気持ちも出てきた。振り返るとこういう自分探し?自己満?は自分のためだけのためなら糧にはなるけど、もっとすっ飛んだエピソードだったり、生涯を通してそういうことやって語らないと映えないんだよな。 

 

 

・3留して大学生活を楽しんでいる彼には大企業に就職という路線は考えてなさそう。 

でも自分が決意した事に対しては頑張り続ける事が出来そうなので、人生をかけると決意した仕事が見つかれば、成功しそうだ。 

 

 

・愛知県て公立王国で、公立のレベルが高いとされているんですけど、内申点比率が高いんですよね。 

ここにも書いてあるけど、旭丘高校レベルになると、内申点が44〜45でないと、学力試験で満点取っても落ちる事がある。 

内申点が45(9教科オール5)なんて常識的にはありえないと思っているんですけど、愛知県では普通なんですよね。 

 

 

・受験勉強努力されたのは分かりますが、それほど数学苦手なのに理系の工学電気系ですか? この分野専門知識を学ぶために、また、研究活動をするためにも、高度な数学的素養は必須です。 この人はまだ教養部なんでしょうけど、国立理系専門課程になると、多くの私文みたいにサークルとバイトが大学の主生活なんてこと出来ませんよ。 

 

 

・「迷ったらきつい方を選んだ方が自分の為になる」 

これ、なかなか実行できない。一歩間違えると 

取り返しのつかないことになる。漢だね。純粋。 

健康な体に生んでくれた親御さんにまず感謝されたし。 

 

 

・>きっと、第2志望の大学に進んでいたらコンプレックスを抱いて後悔したと思うので、2浪してでも京大に進学できて本当によかったなと思います 

 

学歴を超えた面白そうな人かも?と期待しながら読んでいたけど、結局、第一志望に行けなかったら学歴コンプレックスに陥るよくあるあるタイプってことでがっかりした。 

この人なら一浪で京都工繊に入っても楽しめたんじゃないかなと思うのだが、ダメなのか。学歴コンプは根深いな。 

あんまり身の丈超えた目標にこだわり過ぎず、やりたい学問ができる先を選んで大学に入ってから勉学に励むのが正解なんだと再認識させられる記事でした。 

 

 

・学生時代の知り合いにKO大を2浪1留(1留以降は知らないのでそれ以上の可能性も)の人がいたが、その後どんな人生を送っているのか凄く興味がある。 

フェイスブックとか探したけど、見つからず。 

 

 

 

・この人の人生だから好きにすればいいけど 

2浪は仕方がないとしても3留は感心できないよね 

卒業してから自分が選んだ道を進んだほうが良いと思うよ 

このまま人力車の車夫や人力車の会社経営を生業にするとしてもさ 

 

 

・俺も一浪二留で旧帝文系だが、浪も留も楽しかったな。一番自由だった。就職したり社会人になれば金はあるが自由が薄れるから楽しんだほうがよい。学歴のよさはレールから外れてもどうにかなる点だけだから。その旨味をいかせ。私は日本一の会社に3年ずれてはいったが、激務だったから転職したが、ズレてても、転職でも学歴があればダイジョウブイ。 

 

 

・岩波書店の創業者である岩波茂雄は留年を繰り返したために同級生が大量にいたので執筆の依頼をする相手に事欠かなかった、という逸話もある。 

 

 

・経済的に恵まれた家庭か否か。その違いただその一言に尽きる。一浪する時点でその人は敗北者。敗北者なりに自分らしい人生を模索すればいいが、同じ過ちは二度としないように肝に銘じないとズルズル9浪みたいなお粗末な結果になる。 

 

 

・京大って研究しにいくようなところなのに最近は学歴厨が予備校で教えられた受験テクニック使って受かっちゃうんですよね 

で、結局授業についていけなかったり研究に興味持てなかったりでよくわからん活動家になる 

これを美談として取り上げていいのか? 

志を持って興味のある学部に入って憧れの教授の下研究してる学生、院生もたくさんいるのにこういう予備校の宣伝記事を鵜呑みにして入ってくる学生を量産して大丈夫なん? 

 

 

・中3で英検準1級はとても優秀ですね! 

トップ進学校は地域のトップ集団だから誰かはビリを取るのですが、赤点を取っても先生方に叱られる事もないです。 

塾に一度も行った事がない子も割といて、現役で東大や京大に合格していました。 

天才には敵わないです。 

 

 

・親に感謝しなさい。普通の人は2浪3留なんてしたくてもできません。それにしても、ストレートで卒業した人と同じように「京大卒」になるのはやるせないですね。 

 

 

・京都での下宿代・学費、国民年金保険料など、バイトでどれ程負担されてるのか分かりませんが、河合塾の授業料など、親御さんに感謝ですね。 

 

 

・東京大学では留年には悲壮感漂うが、京都大学の場合は留年は「勲章」 

こんないい加減さが、逆にノーベル賞受賞者を生み出す土壌となる。 

常識に囚われていたら、学術研究は詰む。 

 

 

・浪人も留年も金が無いと出来ないんだよ?しかも自宅外。学生のバイト代ごときで賄えるはずもない。自分語りする前に、スポンサーに感謝すべきだろうね。 

 

 

 

・>「浪人してでもこういう大学に行きたい」という人が減っている中で 

 

ヤフコメは団塊ジュニア近辺が多いからか、浪人に肯定的な見方が多いですね。 

しかし、今の若者が親におんぶに抱っこで大学進学にしがみつく風潮ならどうでしょうか? 

おそらく「働け」と眉をひそめる様な論調になるでしょうね。 

 

 

・旭丘から京大、優秀だね。 

首から上で仕事しないともったいないけど、彼の選択した人生だろう。 

 

 

・最難関な大学だとは思うけど、こういう大学とかでも30歳くらいで卒業した人は、どういう就職をしているのだろう。 

 

 

・素晴らしいと思うし、こういう人を受け入れる土壌があるのも京大の強みだと思う。 

 

 

・旭のOBですけど、高校時代のことを思い出しまして、笑いました。こう言う感じの生徒が多かった。校風なのかな。 

 

 

・現役か一浪で早慶など私大文系、総合商社とかに行ってほうが今より幸せなのでは? 

 

 

・まあ、別にニュースにするようなことでもなかろう。 

すべて自分のやりたいように好きなようにやってくれ。 

 

 

・すうじであそぼという漫画に出てきてる人ですか?たまたまキャラが被ってるんですか??京大生で人力車て! 

 

 

・京都工芸繊維大、このレベルでも落ちるんだよな。第一志望がここだとなかなか受からない。 

 

 

・喫茶店で長時間勉強するのはやめて欲しい。他の人が入店できなくなるでしょ。 

 

 

 

・個性が強すぎて、組織には馴染みにくいと思った 

 

 

・浜井っていうヤツは9年間浪人して早稲田大に入って教育評論家になりたかったんだな 

 

 

・電気電子工学は面白いのではないかな。 

 

 

・こういう人が企業の重役になると、その会社は良くなる。 

 

 

・この手の人は、院行って大学教員の道か、医学部再受験で医師転身てのが 

アルアルですね 

 

 

・自己満なだけよ。家がOKだしてるならご自由にって感じだけど。 

 

 

・次回はもう少し短めの記事にしてね 

 

 

・好きにすればいい。 

自身の人生だわ。 

 

 

・この記事で、彼から何を学べばいいのかな? 

 

 

・さっさと辞めて働いた方がいい。 

親にとって大迷惑 

 

 

 

・専門を活かしそうには思えないな。 

 

 

・2浪もすれば大概なんとかなる。 

 

 

・2浪3留とかふざけ過ぎだろ。 

 

 

・二浪は良いとしても、留年はアカン 

 

 

・人それぞれの人生 

 

 

・いろんな箇所で退路の絶ち方が独特だなw 

 

 

・二浪京大だったら,現役中部大くらいだな 

 

 

・素晴らしい 

 

 

・本人の自由かもしれんが、こんな学生でも国立大学なんで税金から間接的に支援受けてると思うとなんだかなぁと感じる 

 

浪人時代か卒業してからやりゃいいのにと思う。海外大学のように成績不振学生は留年でなく退学にする制度が必要だよ 

 

 

・この人自身のSNSでLGBTの方、特にゲイの方に対し偏見に満ちた持論を展開して、差別的な暴言をいくつも投稿していて、とてもこの記事にあるようなことにとてもではありませんが、好意的に共感できません。 

 

 

 

・回り道の途中みたいですが、卒業しなければ 

2浪京大中退 

しかも〇〇大学中退なんて日本でしか通用しない。 

ただの高卒。 

 

 

・このままずるずるいって、卒業できないじゃないか?仮に私の息子なら勘当してるね。 

 

 

・ただわがままなだけだと思います。 

 

 

・取り敢えず 

勉強しろよ 

 

 

・親の学歴まで書くか…(笑) 

 

 

 

 
 

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