( 184368 )  2024/06/25 16:28:06  
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JR東日本が推進していた「みどりの窓口」の削減計画がうまくいかなかった理由は、通勤客や新幹線利用者の減少などで予想外の状況が生じたためです。

JR東日本はデジタル化に重点を置き、モバイルサービスを強化してきましたが、利用者に十分に受け入れられず、窓口を減らすことができなかった。

企業の戦略と利用者のニーズとのミスマッチが大きな問題となりました。

(要約)

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なぜ「みどりの窓口」の廃止計画はうまくいかなかったのだろうか(Photo/Shutterstock.com) 

 

 「みどりの窓口」にできる長い行列が問題になっている。JR東日本では、「みどりの窓口」を次々と廃止し、指定席は「えきねっと」、定期券は「モバイルSuica」を使用することを呼びかけるものの、うまくいってはいない。JR東日本は企業戦略としてインターネット使用やモバイル強化を掲げているが、鉄道利用者を置き去りにして押し進めている。企業の方針第一の戦略は、時として利用者の反発を招くが、鉄道ビジネスで利用者にどう向き合うかのケーススタディーとなり得るのがこの問題だ。 

 

【詳細な図や写真】JR東日本が見据える鉄道による移動ニーズの減少(出典:JR東日本グループ経営ビジョン「変革2027」) 

 

 JR東日本の大きな駅では、「みどりの窓口」に行列ができる状態が続いている。多くの駅で「みどりの窓口」を廃止し、特急の指定席や複雑なきっぷ、あるいは定期券などを買い求める人が「みどりの窓口」に押し寄せる状況が続いているからだ。 

 

 JR東日本は、「みどりの窓口」を減らす方針を立てている。2021年5月にこの方針を立てた際に、同社管内440駅にあったこの窓口を、2025年までに140駅程度にまでする予定としていた。この方針は急激に進められ、2024年4月時点で209駅にまで減っている。 

 

 これに対する反発は大きかった。利用者の不満の声はJR東日本に多く寄せられ、ネットメディアを中心に「みどりの窓口行列問題」がさかんに取り上げられていた。 

 

 その状況を受け、JR東日本の喜勢陽一社長は、2024年5月8日の記者会見で「みどりの窓口」の削減方針をいったん凍結すると発表した。理由としては、チケットレス化が想定通り進まないこと、インバウンド対応で利用者が増えたことなどが挙げられる。 

 

 2024年6月4日、喜勢陽一社長は埼玉県内の川口駅など首都圏の15駅で「みどりの窓口」を復活させることを表明した。ただし、お盆など指定席需要が高まる時期や、年度末の定期券購入シーズンなどの繁忙期にのみ復活だ。 

 

 川口駅や北朝霞駅などの「みどりの窓口」を全廃した6駅は、臨時の窓口を設け、蒲田駅や登戸駅などの窓口を縮小した9駅では、閉鎖した窓口を復活させる方向だ。 

 

 「みどりの窓口」を一気に削減することで人件費を大きく減らし、鉄道利用者にはネットでの予約や購入に移行してもらう、というJR東日本の方針は失敗したといえる。 

 

 では、JR東日本は、一体どのような戦略を考えていたのだろうか。 

 

 

 「変革2027」は、JR東日本の長期戦略として2018年7月に発表された。JR東日本は、この長期戦略通りに事業を進めようとしている。しかし、コロナ禍の関係で、思うようにいかないこともあれば、方向性を変えなければならないこともあった。 

 

 「変革2027」では、輸送サービス事業を安定して維持しつつも、生活サービス事業やIT・Suica事業に経営資源を重点投入し、その部分を成長させ、企業全体を発展させていくという戦略だ。この戦略では、東京圏では2025年以降の人口減少を予想し、東北地方では人口減少が進むことを前提にしている。 

 

 「変革2027」で気になるのは、鉄道による移動ニーズ減少の予想を立てていることだ。2020年以降、人口減少や働き方の変化などで鉄道による移動ニーズが縮小し、固定費割合が大きい鉄道事業では急激に利益が圧迫されるリスクが高いとしている。 

 

 

 それを見据えて、IT・Suica事業の強化や、スマホで完結できるように鉄道事業を変化させるなどの構想を練ってきた。 

 

 大半のことを「モバイルSuica」や「えきねっと」でできるようにし、窓口や鉄道で働く人を減らし、鉄道利用者にできることはやってもらおう──それが鉄道利用者の利便性でもある──という考えが、「変革2027」での鉄道事業関連の記述を読むと考えられる。 

 

 つまり、人口減少や働き方の多様性、スマホ社会。このあたりを見据えて、JR東日本は長期戦略を立てていたのだ。 

 

 ところが、コロナ禍により、通勤客や新幹線・特急利用者が大幅に減少した。そこで、JR東日本は「人はもう戻ってこない」と判断し、「みどりの窓口」削減を一気に推し進め、通勤電車などは減らしていった。 

 

 しかし、JR東日本の戦略とは裏腹に、新型コロナウイルス感染症が2類から5類に移行したことで、多くの人が鉄道に戻ってきた。訪日外国人も以前より増え、以前から「使いにくい」と言われていた「えきねっと」を多くの人が使わなければならない状況になったのだ。 

 

 

 JR東日本としては、多くの鉄道利用者に「えきねっと」を利用し、新幹線などに乗ってもらおうと考えていた。定期券も、徐々にではあるが「モバイルSuica」で使用できる範囲を広げ、通勤定期券から通学定期券へ、利用対象者も大学生以上から中高生以上へと拡大していった。 

 

 また、「えきねっと」を使わない人のためにも、「指定席券売機」だけではなく「話せる指定席券売機」を設置し、窓口がなくてもオペレーターを通じて特急券や定期券を簡単に買えるようにしている。 

 

 形式的には、窓口を減らしてもいいところまで持ってきた。ここまで整えたなら、「みどりの窓口」を減らしてもいいはずだとJR東日本は考えたのだろう。 

 

 しかし、複雑な乗車券の発券やきっぷの払い戻しなど、「みどりの窓口」以外ではできないことも多かった。きっぷの払い戻しは、最近できるようになったものの、「指定席券売機」などで対応できないことが多いうちに、「みどりの窓口」を減らしていったのだ。 

 

 また、「えきねっと」だけではなく、「指定席券売機」も使いにくいという声をよく耳にする。「えきねっと」も「指定席券売機」も、「みどりの窓口」で駅員が使用するマルス端末とそれほど操作性が変わらないものだからだ。 

 

 マルス端末を使用する駅員はきっぷのルールを熟知しており、日々使用する中で操作に慣れているが、一般の鉄道利用者にそれを求めるのは難しいだろう。 

 

 このように、デジタルを活用して固定費を減らそうとするJR東日本の戦略は、うまくいっているとは言い難い。また、鉄道そのものについても、乗客減ゆえに本数を減らすというのは、コロナ禍終了後の現状において失敗している。現に、通勤電車の混雑はひどい状態だ。 

 

 こうして企業が戦略を立てる中で想定していたことが、うまくいかないようになり、利用者の間では不満が高まっている。 

 

 2024年6月4日、JR東日本は中長期ビジネス成長戦略「Beyond the Border」を発表した。Suicaを進化させ「生活のデバイス」にすることでデジタル化を進めるというものだ。 

 

 流れとしては、「変革2027」の延長線上にあると言っていい。2028年度には新しい「Suicaアプリ(仮称)」を導入、一種のプラットフォームにしていく。 

 

 

 だが現状は「みどりの窓口」の行列が示すように、デジタル戦略に利用者がついていけていない面があるともいえる。 

 

 利用者の要望をしっかりと受け入れ、使いやすいシステムにし、何もかもデジタルでできるようになってから対人サービスを減らしていく、というのが企業戦略を上手に進めていく上でも必要だろう。 

 

執筆:鉄道ライター 小林 拓矢 

 

 

 
 

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