( 185068 )  2024/06/27 16:46:00  
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元ゴールドマン・サックスのトレーダーであり著者である田内学氏が、15年前に否定した就活生が最強の能力を持っていたことを語っている。

その学生は統計の問題に自信満々で挑戦し、自己信頼を示していたが、結局は口先だけのものだった。

しかし、彼が同僚との取引でお客様からの支持を集めることに成功するなど、仲間を巻き込む力が最も重要な能力だと指摘されている。

また、アフリカ支援に熱心な元就活生の銅冶氏のエピソードが紹介され、仲間作りの重要性や夢に向かって進む強さも伝えられている。

(要約)

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15年前、「単なるビッグマウス就活生だ」と断じた彼は、「社会人として最強の能力」を持っていました(撮影:今井康一) 

 

経済の教養が学べる小説『きみのお金は誰のため──ボスが教えてくれた「お金の謎」と「社会のしくみ」』著者である田内学氏は元ゴールドマン・サックスのトレーダー。資本主義の最前線で16年間戦ってきた田内氏はこう語る。 

 

【写真で見る】「ダメ就活生」と思っていた彼。著書『きみのお金は誰のため』では、「堂本さん」というキャラのモデルになっていて、小説の中でも活躍してもらっている 

 

「みんながどんなにがんばっても、全員がお金持ちになることはできません。でも、みんなでがんばれば、全員が幸せになれる社会を作ることはできる。大切なのは、お金を増やすことではなく、そのお金をどこに流してどんな社会を作るかなんです」 

 

今回は、ある就活生が教えてくれた「社会人として最強の能力」について解説してもらう。 

 

■「いま面接してきた学生、やばかったよ」 

 

 本当に優れた学生の魅力は、しょぼい面接官のモノサシでは測れない。 

 

 ゴールドマン・サックスで面接官をしていた15年ほど前のことを思い出して、僕は反省している。社会人として最強の能力が何かを、ある学生から学んだのだ。 

 

 「いま面接してきた学生、やばかったよ」 

 

 同僚がニヤニヤしながら話かけてきたのは15年ほど前のこと。当時、僕らは採用活動にたずさわっていた。 

 

 その学生はどんな人物なのだろうかと興味津々だった。同僚は、その学生に統計の問題をたずねたらしい。 

 

 「2個のサイコロを振って出た目を足したとき、どの数字がいちばん出やすいですか?」 

 

 正解は7。統計学的に約20%の確率で7が出る。 

 

 その学生は自信満々に12と答えたという。12を出すには2個とも6が出ないといけないので、確率はわずか3%弱しかない。 

 

 ところが、その学生は、同僚の目を見て自信満々にこう言ったそうだ。 

 

 「僕はここぞというときなら100%の確率で6を出せます。信じてください」 

 

 思わず、「新田明男かよ」と言いたくなった。 

 

 マンガ『タッチ』に登場する強打者の新田は、ここぞというときにホームランを打つ。監督からも「わしが心底打ってほしいと願う場面での新田は10割なんだ」と恐れられていた。新田明男のような人物はそうそういない。いるのは、大口をたたいて印象を残そうとするビッグマウス系就活生だ。 

 

 僕らはトレーディング部門の採用活動をしていたため、統計の問題を“自信”で乗り越えようとする彼を面接で通すことはなかった。 

 

 

■もっとも大切なのは「仲間を作る」力 

 

 しかし、翌年の4月、その彼が会社にやってきた。すぐ隣の営業部で採用されたのだ。アメフト部出身で、マッチョな体格に全身こんがり焼けた肌、にこやかな顔立ちだが鋭い目つきが印象的だった。 

 

 彼の仕事は、お客さんである銀行にさまざまな金融商品を売ることだった。金融商品を組成したり値付けしたりするのが僕らトレーダーの仕事だったため、彼と関わることが多かった。 

 

 営業マンは商品に詳しくなければいけないが、彼は飲み込みが遅かった。特に僕が扱うデリバティブ商品は複雑で、なかなか理解してもらえなかった。「100%の確率で6を出せます」という自信は、やはり口先だけのものだったのか。 

 

 そんなある日、彼のお客さんであるメガバンクと大きな取引をすることになった。しかし、彼は泣きそうな声で「自信ないっす」と言う。 

 

 さて、困った。 

 

 ミスがあれば、お客さんが怒るかもしれないし、取引で大損するかもしれない。心配になった僕は、彼とお客さんの通話に乗って、そのやりとりを聞くことにした。 

 

 そこで、ようやく理解したのだ。彼が「必ず6を出せる」と言っていた本当の意味が。 

 

 電話の向こうのお客さんも彼とのやり取りに不安を感じていた。そして、こんな提案をしてきた。 

 

 「〇〇君、取引内容わかる?  難しそうなら僕がトレーダーと話そうか?」 

 

 驚いた。通常あり得ない会話だ。 

 

 相手はメガバンクの担当者。半沢直樹のような厳しい世界だ。ところが、そのお客さんは直接トレーダーと話そうと気遣ってくれている。それだけ彼が愛されていたのだ。よく考えてみると僕も同じだった。僕も彼を気遣って電話に出ていた。 

 

 いつもの僕なら、物分かりの悪い人には厳しい。彼の上司に文句を言って、担当を変えさせたかもしれない。 

 

 だけどそうはならなかったのは、彼を応援したかったからだ。彼は、仕事熱心で、誠実で、魅力的な人間だった。僕やお客さんがサポートしたように、これまでも彼は周りを巻き込んで成功してきた。その意味で、彼のサイコロは全面6だった。 

 

 最近、彼と社会学者の宮台真司氏と3人で鼎談したことがあった。そのとき、宮台さんは彼のそのエピソードを絶賛された。 

 

 「英語ができないなら、英語ができる仲間がいればいいんです」 

 

 仲間を作る力こそが、生きていく上で大事な能力だとおっしゃっていた。 

 

 

 現代社会においては、お金を稼ぐために、僕らにはさまざまな能力や知識が求められる。英語などの言語能力、論理的思考力、伝える力、金融リテラシーに情報リテラシー。昔に比べると学校で学ぶ範囲は広がっている。これからはAIを使いこなせる力も必要になるだろう。 

 

 すべて1人でこなすのは大変だが、彼のように苦手なことを仲間に頼るという選択肢もある。ビジネスでもなんでも、成功している人たちのほとんどは、仲間作りが上手い人に思える。何かの能力がずば抜けて高いことで成功している人もいるが、それはほんの一握りだ。 

 

 昔から人間は家族や仲間、地域の中で支え合って生きている。お金が発明されてからは、知らない人々とも協力できるように社会が広がった。つまり、お金という道具は協力者を増やすための道具である。 

 

 こうした社会のしくみを考えると、彼のように、仲間を増やす力が最も重要な能力だと言えるだろう。 

 

■「アフリカの人が自走できる社会を作りたい」 

 

 さて、当時の彼の話には続きがある。 

 

 無事にメガバンクとの大きな取引も約定してしばらくした頃、彼は偶然にも僕と同じマンションに引っ越してきた。 

 

 彼のプライベートを垣間見ることになった。音楽をかけてテラスでバーベキューを楽しんでいる姿を見かけた。 

 

 いわゆる「パリピ」、そんな印象だった。 

 

 僕も彼のホームパーティに誘われた。パリピたちと話が合うのか不安だったが、参加してみると彼やその友人たちの意外な一面を知ることになった。 

 

 「彼らと、アフリカ支援しているんすよ」 

 

 そう言いながら、彼が見せてくれた写真にはアフリカの子供たちがたくさん写っていた。 

 

 アフリカのスラムには、ご飯が食べられなくて教育も受けられない子たちが多くいる。 

 

 その子たちのために学校を作ったり、寝泊まりできる場所を作るために支援しているという。その支援とは、ただお金を集めるだけではない。卒業旅行でアフリカを訪れて以来、毎年アフリカに行って自分の手足を動かして支援をしていた。 

 

 「いつか、アフリカの人が自走できる社会を作りたいんです」 

 

 夢を語る彼の名前は、銅冶勇人(どうや・ゆうと)。 

 

 

10年前、銅冶さんは会社を辞めて、夢に向かって歩き始めた。アフリカで作った服を売るアパレルブランドCLOUDYを立ち上げた。 

 

 最近、テレビなどのメディアで見かけるようになったし、大活躍しているようだ。彼は自信がないことは仲間に頼ることができる。それこそが、彼の強さなのだろう。 

 

 お金の役割や社会の仕組みを伝えるために、小説『きみのお金は誰のため』を執筆した際、さきほどの銅冶さんと宮台さんの話は非常に参考になった。 

 

■「仲間作りの秘訣」とは何か?  

 

 銅冶さんは、「堂本さん」というキャラのモデルになっていて、小説の中でも活躍してもらっている。 

 

堂本は切実な表情で、現地のことを詳しく教えてくれた。 

「世界中から服が送られてくるせいで、特に西アフリカには高いお金を払って服を買う人がほとんどいません。現地で服を作っても売れないから、産業が発展しないんすよ。だから、アフリカで作った服を、日本に持って来て売っているんすよ」 

熱心に耳を傾ける七海が、「なるほど」とあいづちを打つ。 

 

「明治の近代化と同じことをされようとしているんですね。黒船が来航してから、日本が急速に成長したのも、繊維産業からでしたよね」 

「そうなんすよ。それに、アフリカの文化とか伝統には本当に魅力を感じています。僕はそれを日本で伝えたいんすよ」 

(中略) 

ノートパソコンのスクリーンにアフリカの小学校の風景が映し出される。画面の中央には手作りの長机が並び、ぎゅうぎゅうになって座る子供たちの笑顔があふれていた。 

堂本の手がマウスをクリックすると次の動画が始まった。校舎の外の様子が見える。子ども達が歌に合わせて踊っていて、何羽もいる鶏がカメラに向かって飛び跳ねていた。 

 

その小学校での生活は日本よりも不便そうだ。だけど、子供たちの目は希望に満ちていた。そして、動画に一緒に映る堂本の生き生きとした顔が、優斗には印象的だった。 

段ボールの積み上がったその部屋で、未来を作ろうとしている堂本の強い意志と情熱に、優斗の心は揺さぶられた。 

(『きみのお金は誰のため』122ページより) 

 この本の出版イベントで、“堂本さん”こと、銅冶さんと対談をしたことがある。仲間作りの秘訣をたずねたところ、彼はこう答えてくれた。 

 

 「周りのことをよく観察しています。自分が何をすれば、みんなが喜んでくれるのかなって考えています」 

 

 そのイベントの中でも、お客さんだけでなくスタッフの方たちも巻き込んで、幸せな笑いの渦を作っていた。 

 

 彼は今も多くの人を巻き込んで、日本とアフリカの未来を作り続けている。 

 

田内 学 :お金の向こう研究所代表・社会的金融教育家 

 

 

 
 

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