( 185448 )  2024/06/29 00:01:28  
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コロナ禍を機にオンライン診療の実施要件が緩和され、初診からオンラインで受診できるようになり、勃起障害(ED)に悩む男性にとって治療へのアクセスが容易になった。

男性患者の体験や医師の専門知識を取材し、40代以上の男性が婚活や妊活でEDに直面するケースが増えていることが明らかにされた。

勃起障害は年齢とともにリスクが高まり、ED治療薬が効果的であることが説明された。

オンライン診療の普及や正しい知識の普及が必要であり、男性の性機能についての教育が重要であることが示唆された。

(要約)

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画像はイメージです(写真:イメージマート) 

 

コロナ禍を機にオンライン診療の実施要件が緩和され、初診からオンラインで受診できるようになった。これによって治療につながりやすくなったのが、勃起障害(勃起不全、ED)に悩む男性だ。ある男性患者は「オンラインがなかったら病院へ行かなかったかも」と話す。40代以上で婚活を始めたり、子どもを授かりたいと考えたりする男性も増えている。婚活や妊活でEDに直面した男性と、男性の性機能を専門とする医師に取材した。(取材・文:キンマサタカ/Yahoo!ニュース オリジナル 特集編集部) 

 

北村さん(仮名)(写真:本人提供) 

 

勃起不全は不意にやってくる。 

 

北村泰人さん(仮名、40代)は都内在住の会社員。離婚歴があり、子どもはいない。半年ほど前に、マッチングアプリで知り合った女性と、結婚を前提に付き合うようになった。はじめて彼女と一緒にホテルに泊まった夜、どれだけ努力しても勃起しないことに気がついた。 

 

「その日はお酒を飲みすぎたから、調子が悪かったのかなと思っていました」 

 

北村さんの仕事はサービス関連業。責任ある立場を任されて久しく、共働きだった元妻とはすれ違いが多かった。「それが離婚の大きな原因だった」と振り返る。 

 

離婚して1年以上が経ち、仕事はさらに多忙を極めた。朝から晩まで仕事の毎日でプライベートの時間はほとんどなく、誰かとセックスする機会には恵まれなかった。自分がEDに陥っているとは思ってもみなかった。 

 

最初の失敗のときも、北村さんは深刻に考えていなかった。酒を飲みすぎると勃(た)たないことがあるのは、よく知られていることだ。 

 

1週間後、酒を飲まずにトライしたが、うまくいかない。何度目かの失敗をした夜に、ようやく何かがおかしいと気づいた。憔悴する北村さんの背中を、パートナーがやさしくさすってくれた。 

 

「今思えば、自分は男性として終わったような気がしたんでしょうね。ずいぶんと落ち込みました。それに、若いうちからEDになることもあると、知識としては知っていましたが、自分には関係ないと思っていたんです」 

 

パートナーの助言もあり、北村さんはオンラインで泌尿器科のあるクリニックを受診。医師の問診で「勃起障害」と診断された。ED治療薬を処方され、翌日には自宅に薬が届いた。北村さんはそのスピード感に驚いた。 

 

 

北村さんが処方されているED治療薬(写真:本人提供) 

 

勃起障害は、「性交を行うのに十分な勃起を達成できない、または持続できないこと」と定義される。勃起障害かどうかをチェックするには、「勃起の硬さスケール」が用いられる。アメリカで開発されたEHS(Erection Hardness Score)を、日本性機能学会が日本向けに改良したものだ。 

 

スケールは、0から4の5段階に分かれている。 

 

グレード0:陰茎は大きくならない。 

グレード1:陰茎は大きくなるが、硬くはない。 

グレード2:陰茎は硬いが、挿入に十分なほどではない。 

グレード3:陰茎は挿入には十分硬いが、完全には硬くはない。 

グレード4:陰茎は完全に硬く、硬直している。 

 

順天堂大学浦安病院泌尿器科准教授の白井雅人医師によれば、「EHS 3以下は勃起障害と診断されます。2以下と3以上には大きな溝があり、膣内に挿入できるかできないかで、男性の生活の質にかかわってきます」(白井医師) 

 

最大の要因は加齢によるもので、白井医師は「50代なら50%、60代なら60%という具合に、年齢=%の確率で発症します」と言う。40代でも約2割がEDの自覚がある。 

 

高血圧や糖尿病、肥満、喫煙もEDのリスクを高める。そのほかに、慢性腎不全などの病気に起因するもの、心因性のもの、外傷によるもの、前立腺の手術の合併症として起こるものなどがある。まれにだが、一度も勃起したことがないというEDもある。 

 

北村さんの症状は過労とストレスによるもので、薬で劇的に改善した。医師の指導のとおり、性交渉の1時間前に服用して行為に臨んだところ、勃起は硬さを取り戻し、最後まで衰えることはなかった。終わったあとにはパートナーと喜びを分かち合った。北村さんはその後も、定期的にオンラインで薬を処方してもらっている。パートナーとの関係も良好だ。めでたしめでたしだが、北村さんの本音は、それとは少し別のところにあった。 

 

「彼女とセックスできたことより、『まだ男性機能を失っていない』という安心のほうが大きかったんです。それまで当たり前だと思っていたのに、突然勃起しなくなる。いずれ年老いたらそうなるのだろうとは思っていたけど、いざ自分がそうなると、『まだ早い!』というのが正直なところでした。薬で改善したときはほっとしました。地獄のあとに天国を見た思いでした」 

 

 

白井雅人医師(撮影:キンマサタカ) 

 

勃起に対する男性の心理は非常に繊細だ。ある日突然「勃たない」状況に襲われ、そんなはずはない、自分はまだそんなに老いていないと焦れば焦るほど勃たなくなる。大学病院で診療にあたる白井医師は「診療にはカウンセリングの側面もある」と話す。 

 

「バイアグラのようなお薬を使いましょうというのと並行して、勃起不全の患者さんに対しては、ゆっくりと話を聞いてあげなければいけないんです。勃起がうまくいかないことによる心の傷もありますから。やっぱり、勃起がうまくいかないのは苦しいし、悲しいことなんですね」 

 

白井医師によれば、勃起障害の多くは薬で改善する。国内ではバイアグラ、レビトラ、シアリスといった薬が承認されている。併用してはいけない薬や、心筋梗塞や脳梗塞から半年以内は服用できないなどの禁忌があるので、必ず医師が処方しなければならないが、安全性は確立されている。 

 

にもかかわらず、多くの男性にとって勃起の悩みで病院に行くのはハードルが高い。その理由は、ED治療薬に対する男性自身の偏見だ。 

 

筆者は40代の男性だが、今回の取材にあたり同世代の知人に「勃起薬を使っている人を知らないか」と声をかけた。すると複数の人から「お前もまだまだやるね」とニヤッとされた。筆者が自分で使うためにリサーチしていると思われたのだろう。「バイアグラ=好色」という思い込みを目の当たりにすると同時に、勃起障害に苦しむ人への視点が欠けていることに気づかされた。 

 

伊地知さん(仮名)(写真:本人提供) 

 

妊活のプレッシャーからEDを発症するケースもある。 

 

都内に住む自営業の伊地知太郎さん(仮名、40代)には、5歳の長男がいる。半年ほど前、妻から「2人目がほしい」と言われた。妻はまもなく40歳になる。タイムリミットを考えると、行動に移すならば今しかない。そう相談を受けた。2人目がほしいという思いは、伊地知さんも同じだった。 

 

その日を境に、排卵日を狙い撃ちして性交渉が予告されるようになった。それと同時に、伊地知さんはEDを発症した。伊地知さんはこう話す。 

 

「その日が近づくと、数日前から気分が落ち込みました。そして、本番になると勃起しない、それを繰り返したんです」 

 

妻への愛情を失ったわけではない。以前と比べて回数が減ったとはいえ、性交渉はある。だが、夫婦共同でミッションを遂行しようと思えば思うほど、自分の思うようにいかなくなった。 

 

「パートナーへの愛情とはまったく別の問題です。ダメだったらどうしようという不安が余計にプレッシャーになったんだと思います」 

 

伊地知さんは、友人の紹介でオンラインクリニックを受診。妻ははじめ、オンラインで処方された薬を飲むことを不安がったが、きちんと医師の問診を受けたことで、その不安は払拭された。 

 

白井医師は、伊地知さんのケースについてこう話す。 

 

「うまくいかなかったらどうしようという予期不安が原因になって、かえって勃起が起こりにくくなることはめずらしくありません。どこかで悪循環を断ち切らないといけないので、まずは薬を使ってみましょうというのは有効だと思います。 

 

私のところに来る(妊活中の)患者さんには、パートナーの方に『排卵日を教えないで』とお願いすることもあるんですね。プレッシャーを与えないためです。場合によっては、シリンジ法(採取した精子をシリンジで膣内に注入する)をすすめることもあります。子づくりとセックスを分けるということです」 

 

夫婦の営みを大事にしたい場合は、スキンシップを取るようにお願いするという。 

 

「スキンシップに対しては、男性と女性で違いがあると思います。女性は、自分のことをきちんと女として見てくれて、スキンシップが取れていれば、必ずしもパートナーが勃起しなくても、満足するところがあると思うんですね。ところが、男性の場合、勃起しないとセックスにならないという感じで、最初から諦めてしまう場合がけっこうあるんです。勃起して挿入、射精までできないなら何もしない、妻に指一本触れないという方がけっこういるんです」 

 

0か100かにこだわると余計にプレッシャーを高めてしまう。予期不安を感じそうなときに「薬を手に入れてでも」と考える男性はじつは少数派で、たいていは「病院に行ってまですることないか……」と諦めてしまうのだ。 

 

 

画像はイメージです(写真:アフロ) 

 

北村さんと伊地知さんが医療にアクセスできたのは、パートナーの理解と後押しに加えて、オンライン診療の普及が大きい。北村さんは「オンラインがなかったら(病院に)行かなかったかもしれない」と言う。 

 

コロナ禍でオンライン診療の実施要件が大幅に緩和され、2022年度からは初診からのオンライン診療が恒久的に認められるようになった。それにともない、オンライン診療に対応するクリニックは増えている。 

 

勃起障害やその治療薬については、昔から真偽不明の情報や偽造品の通販サイトが存在していて、男性でも正しい知識を持っているとは限らない。オンライン診療に不安を感じる人もいるだろう。白井医師はこう話す。 

 

「オンライン以外にも、駅前クリニックのような、簡単な問診で薬を出してくれるところもけっこうありますが、少なくとも医師が処方している限り、出しちゃいけない人には出しません。逆にいうと、医師がかかわらないものはあやしいと思ってください」 

 

薬の効果はメンタル面にも表れるようで、北村さんと伊地知さんは「『これがあれば大丈夫』と思えるようになったのは大きかった」と口をそろえる。 

 

白井雅人医師(撮影:キンマサタカ) 

 

そもそも、ある日突然勃たなくなってショックを受ける前に、加齢によるEDを遅らせる方法はあるのだろうか。白井医師は「触り続けることが大事」と言う。 

 

「オリンピック選手でも、日々筋トレをしなければ、金メダルは取れないですよね。その筋トレに相当するのが、ペニスを触ることだと思います。『性』は『生』きるにつながるとよく言うのですが、性機能は健康のバロメーターでもあります。生活習慣の改善は、性機能の改善につながります。おすすめはよく歩くこと。その点、女性の健康意識の高さに比べると、男性は甘いかもしれませんね。年だからしょうがないと諦めたりとか」 

 

筋トレも、間違った方法で行えば体を壊す。性機能を健康に維持するには、不適切なマスターベーションをしない、刺激の強いアダルトビデオを見すぎない、なども注意点だという。 

 

白井医師が所属する日本性機能学会をはじめ、いくつかの学会や団体が医科学的な見地から啓蒙活動を行っているが、十分に広まるまでには至っていない。 

 

「私も数は少ないですが、学校で性教育の特別授業を行うようなときには、正しいマスターベーションの仕方とか、コンドームの正しいつけ方といった話はするんですね。ただ、今の学校での性教育は性感染症と妊娠のことが中心で、人生を通じて豊かな性生活を送るための教育はほとんどありません」 

 

男性にとっても、性機能は人生の問題であり、幸福感やQOL(生活の質)に直結する問題だ。しかし、そういったことを学ぶ機会は少ない。 

 

加齢によるEDも、どうすれば自分とパートナーを大切にできるかというふうに考え方を変えてみれば、無理やり勃たせるだけが答えではなくなるかもしれない。 

 

「うまく勃たなくてもパートナーと仲良くしてねと、患者さんにお願いする場合もあります。挿入や射精にこだわらなくても、セックスで幸福を感じることはできますから」 

 

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キンマサタカ 

1977年生まれ。大学卒業後、出版社に就職。2015年に独立。写真家としても活躍。著書に『痛風の朝』『文春にバレない密会の方法』など。 

 

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「#性のギモン」は、Yahoo!ニュースがユーザーと考えたい社会課題「ホットイシュー」の一つです。人間関係やからだの悩みなど、さまざまな視点から「性」について、そして性教育について取り上げます。子どもから大人まで関わる性のこと、一緒に考えてみませんか。 

 

 

 
 

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