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JR東日本は、乗車券などを対面で販売する「みどりの窓口」の削減計画を進めているが、経費削減以外に、「みどりの窓口」のスペースを有効活用して新たな収入源を確保する狙いもある。

コロナ禍で外国人観光客数が回復し、窓口削減による混乱や不満が生じていることから、JR東日本は一時的に削減計画を凍結するなどの措置を取っている。

これにより、鉄道業界は今後、利用方式の変化や経費削減と収益最大化のバランスを模索し続けることになる。

(要約)

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東京駅の「みどりの窓口」、JR東日本は駅窓口削減を凍結(写真:共同通信社) 

 

 JR東日本は、乗車券などを対面で販売する「みどりの窓口」の削減計画を進めている。その背景には、鉄道の利用スタイルが大きく変化したことがある。すでに鉄道利用者のうち9割以上がIC乗車券もしくは「モバイルSuica」といったチケットレスで乗車しており、紙のきっぷはほとんど使用されなくなった。駅の券売機も年を追うごとに撤去されつつあるが、みどりの窓口の積極的な効率化によって、利用者が混乱をきたす事態も起きている。その問題点や今後の動向について、フリーランスライターの小川裕夫氏がレポートする。 

 

【写真】行列ができる「みどりの窓口」 

 

■ 想定以上の鉄道需要を失った「コロナ禍」 

 

 JR東日本が乗車券類を有人販売する「みどりの窓口」の数を急速に減らしている。だが、拙速すぎる削減・廃止に対して利用者が大混乱をきたし、ついには同社が計画の一時凍結を発表する事態に追い込まれた。 

 

 世間の耳目を集めたみどりの窓口の削減・廃止問題は、何も今に始まった話ではなく、JR東日本は2021年5月に打ち出していた。発表当初は、みどりの窓口の削減に関心を寄せる人も少なかったが、3年の歳月を経て表面化した格好だ。 

 

 2021年は、前年に新型コロナウイルスの感染が拡大したことによって大きく鉄道利用者が減少し、売り上げも大幅に低下した年である。コロナ禍で想定以上の鉄道需要を失ったことに加え、リモートワークの普及も利用者減に拍車をかけた。 

 

 現在はコロナ禍も収束して鉄道需要は戻りつつあるが、今後は人口減少も加速するため、以前の需要まで戻ることは期待できない。 

 

 そんな状況の中、鉄道事業者はホームドアの整備や立体交差化による踏切の廃止といった安全対策、駅・車両などをバリアフリー化するために莫大な予算を必要としている。これらの予算を捻出するためには、“無駄”を削らなくてはならない。 

 

 鉄道事業者が未来へ投資する資金は、応益負担の原則から考えれば運賃の値上げをするのが筋だろう。しかし、昨今の社会情勢を鑑みると、運賃の値上げは簡単に断行できない。そうした事情が複雑に絡み合い、鉄道事業者は利益確保のために経費を切り詰める努力を続けてきた。 

 

 

■ 駅構内から消え始めた「時計」「時刻表」 

 

 そうした経費削減の流れから鉄道事業者が着目したのが、誰もが所有しているスマートフォンだ。NTTドコモモバイル社会研究所の調査によると、すでに国民の97%がスマホを所有している。タブレットと合わせると、2台所有者も珍しくない。 

 

 スマホを使えば各駅の時刻表を簡単にネットで調べることもでき、鉄道各社のHPなどを見ればリアルタイムで列車がどこを走っているのかを知ることも可能になった。 

 

 スマホがあればいくつかの駅機能を廃止できる、と考えたJR東日本がまず狙いを定めたのが駅の時計だった。 

 

 同社の試算では、駅構内の時計は年間で約4億円もの維持費がかかっていたというから、それを撤去するだけでも大幅に経費を削減できる。そこで、2021年11月より利用者の少ない駅から時計の撤去が開始された。 

 

 当初は特に話題にならなかったが、利用者の多い駅へと波及してきた2022年2月ごろから、テレビや新聞が報道するようになる。これが世間の関心に火をつけた。 

 

 もちろん時計がなければ利用者は時間を把握できないが、現在はスマホで時刻を簡単に確認できるので、特段不便になるとはいえない。「仕方がない」と理解を示す利用者の声も多かったようだ。 

 

 また、スマホの普及によって駅に掲示されている時刻表も2024年初頭から消え始めた。 

 

 駅に掲出される時刻表は、鉄道営業法で一駅につき最低でも時刻表を1つは掲示しなければならない規則になっている。そのため、全撤去というわけにはいかないが、数を減らすことでダイヤ改正時に張り替える作業を省力化でき、これも経費削減につながっている。 

 

■ 窓口廃止で混乱に拍車をかけた「インバウンドの復活」 

 

 JR東日本は、2025年度までに首都圏で231駅から70駅程度、地方では209駅から70駅程度までみどりの窓口を削減するとの目標を示していた。 

 

 みどりの窓口がなくなれば、使い勝手が悪くなる。そんな不安を払拭するため、同社は2020年からはカメラとマイクを駆使してオペレーターが遠隔対応する「話せる指定席券売機」の導入を進めていた。みどりの窓口をなくしても、その機能を代替できるシステムを導入することでサービスに支障が出ることはないと踏んでいたようだ。 

 

 しかし、その思惑とは異なる状況が発生する。コロナ禍で大幅に減少していた訪日外国人観光客数の回復が想定以上に早かったことだった。 

 

 2023年の訪日外国人観光客数は、約2506万人まで戻ってきている。これはコロナ禍前の約8割の水準にあたる。一気に円安が進行した2024年は、さらに外国人観光客が増加する傾向にある。 

 

 外国人観光客が複雑なきっぷの仕組みを熟知して自力で購入できるなら、みどりの窓口がなくても問題は起きない。しかし、IC乗車券やモバイルSuicaなどを使って、列車を駆使する外国人観光客の姿は想像しにくい。 

 

 きっぷの購入だけなら、まだ何とかなったかもしれない。みどりの窓口は発券だけではなく、使用前の乗車券などを払い戻す業務も担当している。これら払い戻しも話せる指定席券売機で扱っているが、操作にまごつく人も続出したという。 

 

 減る有人窓口、増える訪日外国人観光客──。この状況が同時に進行すれば、混乱が起きるのも自然な成り行きと言える。 

 

 また、外国人観光客や高齢者だけではなく、通学定期券・通勤定期を購入しようとする中学・高校の新入生や新社会人なども慣れない機械の操作に時間を要してしまったことだろう。 

 

 そもそも従来のみどりの窓口だったら、ひとつの窓口に1人の職員が配置されていたが、話せる指定席券売機は遠隔でオペレーターが利用者とやり取りするシステムのため、1人の窓口担当者が複数の利用者を同時に対応しなければならない。当然ながら、利用者を待たせる時間が発生し、混雑時には待ち時間が長くなる。そのため、話せる指定席券売機の前には長蛇の列ができてしまい、それが利用者に不満を抱かせることにつながった。 

 

 外国人観光客への対策として、JR東日本のみならず、大手の鉄道会社で多言語が表示できる券売機を導入しているが、そうした券売機が増えても、外国人たちは対面式の有人窓口を利用しようと考える。それは異国の地を旅する者にとって自然な心理でもある。これらの要因が重なり、JR東日本に怒りの矛先が向けられた。 

 

 

■ “稼ぐ場所”へと姿を変えつつある「みどりの窓口」 

 

 みどりの窓口の削減は、JR東日本が取り組む経営合理化の一環であることは言うまでもない。しかも、単に経費を削減するだけにとどまらない。それまでみどりの窓口だった場所が空きスペースになることで、飲食店やポップアップストアとして活用され、“稼ぐ場所”へと姿を変えることができる。 

 

 例えばJR京浜東北線の王子駅は、字面が「玉子(たまご)」に似ていることから、「幻の卵屋さん」を期間限定で出店して人気を集めた。このように、みどりの窓口を廃止することはJR東日本にとって経費削減と同時に賃貸収入という副収入も期待できる。 

 

 今回、みどりの窓口の廃止が問題化したのは、今年5月初旬。コロナが収束し、GWの旅行需要が高まったタイミングで起きていることを考えると拙速だったと言える。しかし、だからと言ってJR東日本が今後もみどりの窓口を維持していくのかと問われれば、残念ながら答えは「NO」だろう。 

 

 それを如実に示したのが、7月1日にJR東日本が100パーセント出資のJR東日本不動産を設立することを発表したことだった。 

 

 JR東日本は国鉄の資産を引き継ぎ、その有効活用を図ってきた。国鉄から引き継いだ社有地は簿価で2兆円超とも推定され、それらの大部分は車両基地や変電所、駅として使用されていた。そうした鉄道関連施設は時代とともに統合・廃止などの効率化を進め、多くの土地は遊休不動産になっていた。 

 

 また、高架化などを進めたことによって、線路の下に余剰スペースが生み出される。それらを有効活用することを見込み、1989年に不動産の開発・管理・運営を手掛けるJR東日本都市開発という子会社を立ち上げている。 

 

 同社はそれらを商業施設やオフィスとして賃料を稼げる不動産へと転換する事業を担っているわけだが、このほど設立が発表されたJR東日本不動産も目的は同じだ。 

 

 そのほかJR東日本は2005年にオフィスビル等の貸付業を主業務とするJR東日本ビルディングを設立しているほか、2021年には不動産ファンドビジネスに特化したJR東日本不動産投資顧問も立ち上げている。 

 

 不動産に関連する子会社・系列会社を多く抱えていることからも、JR東日本の不動産事業に対する意気込みが感じられる。そして、みどりの窓口を廃止して生まれた空きスペースは、次々と賃貸されていくことになる。 

 

 今回の一件は、以前からJR東日本が進めてきた“脱鉄道依存”のビジネスモデルを象徴させる出来事だったと言えるだろう。 

 

小川 裕夫 

 

 

 
 

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