( 186645 ) 2024/07/02 16:12:54 0 00 同じく物価高騰が続くシンガポールと日本の「違い」とは(Photo:RuslanKphoto / Shutterstock.com)
ついに160円台を突破した歴史的な円安の影響もあり、物価高騰が深刻化している。日々の暮らしへの負担は重くなる一方だが、日本と同様に物価高騰に直面しているのが、同じアジアのシンガポールだ。同国のインフレ率は日本よりも高く、家賃は米国の約1.6倍、食料価格は日本の約2倍と物価の高騰が目立つ。しかし、同じ物価高騰に直面していても、シンガポールと日本ではある「決定的な違い」が存在している。それは一体何か。同国の経済情勢を日本と比較しつつ解説する。
【詳細な図や写真】シンガポールのインフレ率は高い水準にある(Photo:Timothy Roesdiah / Shutterstock.com)
今年4月に158円台を付け、34年ぶりの円安水準となった円相場。円安はその後もさらに加速し、2カ月あまり経った同6月27日には、160円台後半に突入。37年半ぶりの円安水準を記録している。
そんなとどまるところを知らない円安の影響も手伝い、日本と海外の物価ギャップが無視できない水準まで来ている。
物価については、ハワイやニューヨークなど米国の主要都市の動向が注目されがちだが、アジア圏でも物価の上昇が止まらない国がある。シンガポールだ。
シンガポールのインフレ率(消費者物価指数=CPI)は2023年に4.8%上昇、2022年の6.1%増から若干物価上昇圧力が和らいだものの、依然として日本や欧米主要国と比べると高い水準にある。
Numbeoの物価データによると、家賃を含まないシンガポールの生活費は、4人家族の場合、5,477シンガポールドル(約66万7,000円)と、物価が高いと言われる米国よりもさらに10.5%高い水準にあるのだ。また、シンガポールは家賃高騰も続いており、家賃水準は米国に比べ63.5%も高いとされる。具体的な数字を出すと、シンガポールの1ベッドルームの家賃は中心部で3,740シンガポールドル(約43万円)となり、日本の8万6,000円を大きく上回る。さらに、3ベッドルームの場合は7,193シンガポールドル(約83万円)にまで家賃が上がる。
この数年、シンガポールでは家賃の高騰が続いており、契約更新時(通常2年)に10~20%家賃が上昇したケースも珍しくない。中には100%近い上昇があったと報告されるなど、特に中心部では家賃上昇が続いている。
不動産・家賃の価格は、モノやサービスの価格に転嫁されるため、それらの価格も高くなるのが通常だ。
食品や飲料の価格を見ると、レストランでの食事は日本と比べると約2倍ほどの水準となる。安価なレストランで食事をすると、シンガポールでは約15シンガポールドル(約1,740円)、日本では約1,000円かかる。ミドルクラスのレストランでの2人分の食事代は、シンガポールで約95シンガポールドル(約1万1,020円)、日本では約5,000円だ。
日系レストランの進出が進むシンガポールでは、ラーメンを楽しむことができる店も多いが、トッピングなしのレギュラーメニューは1杯17~18シンガポールドル(約2,000円)ほどと、これもやはり2倍ほどの価格が相場となる。
一方、日用品の価格もシンガポールのほうが総じて高い。たとえば、牛乳1リットルの価格はシンガポールで約3.81シンガポールドル(約442円)、日本では約205円。パン500gはシンガポールで約2.53シンガポールドル(約294円)、日本で約205円だ。肉類や卵、チーズなどもシンガポールのほうが1.5~2倍ほど高い。
交通費に関しては、シンガポールの地下鉄・バス運賃は日本とほぼ同水準だ。片道の運賃はシンガポールで約2シンガポールドル(約232円)、日本で約220円。一方、ガソリン価格はシンガポールのほうが高く、1リットルあたり約2.84シンガポールドル(約330円)、日本は約164円だ。
このように、シンガポールの家賃や物価は、日本に比べてかなり高い水準にあるが、経済成長やそれに伴う給与水準の上昇により、実質の負担はそれほど増えていない印象だ。
シンガポールの世帯収入(中央値)は、2023年に1万869シンガポールドル(約126万円)と前年比で2.8%増加した。厚生労働省の調査によると、日本の平均世帯収入は2021年に545万円だった。日本と比較すると、シンガポールの世帯収入は2倍以上となり、高い物価を許容できる水準にあることがわかる。
民間部門の給与上昇率は、おおむねインフレ率と連動しており、過去数年は毎年約4%の上昇を続けてきた。2024年は6%の給与上昇が見込まれているという。
このところシンガポールでも人材獲得競争が激化しており、需要が高い職種においては、さらに高い給与上昇が予想されている。人材紹介会社Morgan McKinleyの調査では、企業の人事担当者の80%がスタッフ獲得競争を「やや激しい」または「非常に激しい」と回答しており、人材獲得を巡る競争が賃上げ圧力につながっている。
職種別の年収を見ると、金融機関のマネージングディレクター(MD)クラスで50万~70万シンガポールドル(約5,800万~8,100万円)と高額だ。上級レベルのITエンジニアでも20万~30万シンガポールドル(約2,300万~3,500万円)の高給が提示されている。
シンガポールの高い給与水準は、優秀な人材の獲得・定着を企図した政府の外資誘致政策の表れでもある。今後もデジタル人材などの需給逼迫が続くと見られ、賃上げ圧力は根強く残りそうだ。
シンガポールのこうした毎年の給与上昇を支えているのが、同国の堅調な経済成長だ。シンガポールの1人あたりGDPは9万米ドルほどで日本の3倍近い高水準にあるが、依然として経済成長は続いており、その恩恵が国民に還元されている。1人あたりGDPは2010年ごろまで日本のほうが高かったが、日本の低迷を尻目に、シンガポール経済は成長を加速し、この10年で大きな差を生んだ。
シンガポール統計局の発表によると、2023年の実質GDPの成長率は1.1%となった。これは2022年の3.8%から減速したものの、コロナ禍からの着実な回復を示すものとして評価されている。
業種別に見ると、最大の成長率を示したのはホテル業だ。成長率は12.1%と他セクターを大きく引き離した。これに、情報通信5.7%、建設5.2%、不動産4.9%、飲食4.1%など軒並み高成長を記録。唯一、製造業だけが4.3%のマイナス成長となった。シンガポールの製造業は電子機器や精密機器などハイテク分野の比重が高く、世界的な需要減の影響を受けたと見られる。
対日本で注目したいのは、為替レートだろう。シンガポールドルは、金融当局(MAS)による金融引き締めにより、このところ対米ドルで上昇傾向にあり、結果として対日本円のレートも大きく変化しているのだ。2010年ごろ、1シンガポールドルは60円台で推移、その後も80円ほどで推移していたが、2024年6月末時点では118円まで上昇している。シンガポールドルの対日本円での価値は、この10年で2倍近く上昇した格好だ。
シンガポールが高い経済成長を実現してきた背景には、政府の戦略的な財政政策がある。中でも重要なのが、シンガポール特有の歳入の仕組みと的を絞った投資だ。
シンガポール財務省の分析によると、政府支出に占める開発支出(Development Expenditure)の割合は約25%に上る。この数字は、多くの先進国で開発支出の割合が低下傾向にある中で際立っている。シンガポール政府は、イノベーションやデジタル化の加速、研究開発の推進、貿易円滑化、港湾・空港への投資など、将来の成長の源泉となる分野に重点的に資金を投じているのだ。
政府予算案によると、2024年は1,314億シンガポールドル(約15兆円)の予算が組まれる見込みだ。最大となるのは、教育や研究開発、またヘルスケアを含む社会開発で、561億シンガポールドルが充てられる。2022年ベースでみると、実に予算全体の50%が社会開発に充てられた。
教育分野では、初等教育から生涯教育まで継続的な投資が行われており、シンガポールの人材基盤の強化に寄与している。2022年度の教育予算は136億シンガポールドル(約1兆5,795億円)と、政府支出全体の13.3%を占めていた。手厚い教育投資により、国民1人ひとりが変化の激しい環境でも新たな機会をつかみ、生活水準を向上させる基盤が整えられている。
その一方で、シンガポールの政府支出の対GDP比は17.9%(2022年度予算ベース)と、OECD諸国平均の40.6%を大きく下回る。つまり、歳出規模を抑制しつつ戦略的投資を行うことで、強靭な財政基盤と経済成長の両立を図っているのだ。
教育面では、他国に比べ政府支出の割合が少ないにも関わらずPISAスコアでは世界トップを獲得している。
またヘルスケアでも高寿命などの成果を生み出しており、重点的に投資をしつつ、しっかりと成果を出していることが伺える。
財政の持続可能性を支えているのが、外貨準備の運用益を財源の一部に充てる仕組みだ。外貨準備の運用益のうち一定割合は、歳入項目のNet Investment Returns Contribution(NIRC)として活用される。2022年度は215億シンガポールドル(約2兆5,000億円)と歳入全体の26.4%を占め、教育予算の1.6倍に相当する規模だった。また2024年の予算案では、235億シンガポールドルがNIRCによって賄われる見込みだ。
シンガポールは所得税や法人税が他国に比べ低いことで有名だが、このNIRCこそが、税率を低く維持する重要なカギとなっている。低税率は消費を活性化し、経済の好循環を生み出すだけでなく、海外の人材や企業を魅了する要因にもなる。シンガポール経済を見る上で、欠かせない仕組みと言えるだろう。
執筆:細谷 元
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