( 187098 )  2024/07/03 16:37:35  
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北陸新幹線の延伸ルートに関する提言書が北陸新幹線敦賀以西の小浜・京都ルートから米原ルートに変更することを求めている。

小浜・京都ルートは条件を満たさないため、米原ルートが選ばれるべきだと主張している。

一方で、政治的プロセスや技術的検証が必要であり、議論は続いている。

(要約)

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Photo:PIXTA 

 

 日本維新の会国会議員団の馬場伸幸代表と教育無償化を実現する会の前原誠司代表は6月18日、北陸新幹線の敦賀以西について、着工のめどが立たない「小浜・京都ルート」ではなく「米原ルート」に変更することを求める「北陸新幹線大阪延伸ルートに関する提言書」を、斎藤鉄夫国土交通相に提出した。なぜ今、米原ルート案が「再燃」したのか。(鉄道ジャーナリスト 枝久保達也) 

 

● 整備新幹線の着工で 満たすべき5つの条件 

 

 小浜・京都ルートは2016年の与党整備新幹線建設推進プロジェクトチームで決定したもので、敦賀から小浜、京都を経由して新大阪駅に乗り入れる。対する米原ルートは対抗馬として検討されたもので、敦賀から琵琶湖東岸を経由して米原駅に接続する案で、当面は米原乗り換えになるが、将来的には東海道新幹線への直通運転を目指す。 

 

 「北陸新幹線大阪延伸ルートに関する提言書(以下、提言書)」は、小浜・京都ルートは巨額の事業費や難工事、地下水脈への影響等の懸念が強く、環境アセスメントは遅れ、事業遂行の展望が開けないと主張。環境アセスメントのハードルを越えたとしても、そもそも着工の5条件を満たすのか不透明と指摘した。 

 

 整備新幹線の着工は以下の5条件を満たす必要がある。 

 

 ・安定的な財源見通しの確保 

・収支採算性 

・投資効果 

・営業主体としてのJRの同意 

・並行在来線の経営分離についての沿線自治体の同意 

 

 ここで問題になるのが「投資効果」だ。これは開業後50年間の供給者便益(鉄道事業者の便益)と利用者便益(所要時間短縮など)の合計を、費用(建設費と車両費、維持更新費などの合計)で割るもので、比率(B/C)が1以上であれば、投資する価値があると判断される。 

 

● 小浜・京都ルート着工は 現状ルールでは困難 

 

 2016年の試算では、小浜・京都ルートは総費用8000億円に対して総便益が8600億円、B/Cは1.1とされており、ギリギリだった。近年の資材・人件費高騰で費用が膨らむのは間違いないので、B/Cが1を割る小浜・京都ルートの着工は困難だ。 

 

 対する米原ルートは距離が短いため、事業費は4分の1、工期は3分の2で済む。所要時間や運賃など便益は不利だが、B/Cは2.2と算出されていた。米原ルートの事業費も膨らむはずだが、仮に費用が倍になっても1以上を確保できる計算だ。着工条件を満たすのは米原ルートしかない、というのが米原派の主張だ。 

 

 そもそも2000年代前半まで、森喜朗元首相をはじめとする北陸政財界、橋下徹大阪府知事(当時)、関西広域連合、そしてJR西日本も、早期着工・早期開業を重視して米原ルートを本命視していた。だが、過密ダイヤの東海道新幹線に乗り入れる技術的ハードルが高く、米原乗り換えが長期化するおそれがあった。 

 

 こうした中、国交省は2012年、北陸新幹線に在来線を走行可能なフリーゲージトレイン(軌間可変電車)を導入し、敦賀開業時から京都・大阪方面への直通運転を目指す方針を示した。米原ルートは開通しても乗り換えが残る、小浜ルートはフリーゲージトレインで利便性を確保しつつ事業化できる、そんな牽制の意味合いもあったのだろう。いずれにせよ、2016年に営業主体となるJR西日本が小浜・京都ルートを提示したことで事実上、議論は決着した。 

 

 では、それを再度ひっくり返して米原ルートに戻すことは可能なのか。関西に強い影響力を持つ野党第2党の動きは無視できないが、小浜・京都派は、ルート選定は終わった話であり、議論すら起きていないと主張している。沿線自治体では6月20日、石川県議会がルート再考を国に求める決議案を可決したが、石川県の馳浩知事は小浜・京都ルートを支持しており、富山県、福井県、滋賀県、京都府も同様だ。 

 

 与党整備新幹線建設推進プロジェクトチームは6月18日、現行の小浜・京都ルートを維持し、米原ルートへの変更には応じないことを確認し、2025年度末までの着工を目指す方針を決定した。 

 

 最大のネックは「投資効果」のクリアだが、「B/Cは形骸化している」「B/Cの計算方法を見直すべき」「便益をより広い範囲でとらえた方が良い」との声があり、ルールそのものを変えてしまえば何とでもなる、というのが本音だろう。 

 

 

● 米原ルート案が 再燃した理由 

 

 米原ルート案は、なぜ今年に入って「再燃」しているのか。JR西日本の長谷川一明社長は5月24日の記者会見で、「米原ルートは着工の遅れによる、もどかしさから出た表現」と述べているが、恐らくこれが正解だろう。 

 

 切り札のフリーゲージトレインは開発の難航で2018年に導入が断念されており、不便な敦賀乗り換えが長期化することへの不満と、小浜・京都ルートの建設に相当の時間を要するとの不安から、早期開業が見込まれるルートを選択せよというのが米原派だ。 

 

 問題は米原駅の乗り換えだが、前出の提言書に「リニア中央新幹線の大阪延伸後、東海道新幹線の米原~新大阪間の過密ダイヤが緩和されるため、乗り入れが可能」とあるように、2016年のルート決定時とは状況が変わっており、乗り入れは可能との立場を取っている。 

 

 これに対して国交省は6月19日、「北陸新幹線(敦賀・新大阪間)のルートに関する議論について」として、小浜・京都ルートの検討経緯を改めて確認するとともに、米原ルートの問題点を以下のように挙げた。 

 

 <東海道新幹線乗り入れ> 

・東海道新幹線の容量が引き続き逼迫(ひっぱく)している 

・運行管理システムが異なる 

・脱線逸脱防止対策の方法が異なる 

 

 <利便性> 

・米原で引き続き乗り換えが継続する 

・所要時間、運賃・料金が小浜京都ルートと比較して増加 

 

 また「福井県、滋賀県、JR西日本が小浜・京都ルートによる早期整備を求めていること」、「2019年から行ってきた環境アセスメントを改めて行う必要があること」を指摘。東海道新幹線乗り入れは技術的に困難である、乗り入れられなければ米原乗り換えは解消できない、米原乗り換えでは整備効果が小さく、誰も求めていないという理屈だ。 

 

● 米原ルートに再変更するには 政治的プロセスと技術的検証が必要 

 

 一方、提言書は「財政支援による運転保安投資を行えば直通運転が可能になる」として金で解決できる問題であり、「想定投資コストも小浜・京都ルートにかかる巨額の総工費に比すれば、ごく一部にすぎない」と主張している。 

 

 本稿ではルートの優劣については触れないが、もし米原ルートに再変更されるとしたら、「政治的プロセス」と「技術的検証」の両方を経る必要があるだろう。政治的プロセスとは言い換えれば政治的な正当性だが、現在のところルート決定の根拠は自民党と公明党で構成されるPTの結論でしかない。 

 

 低支持率にあえぐ岸田文雄内閣が解散に踏み切り、万が一、与党が過半数割れすれば、日本維新の会が参加する連立政権が成立するだろう。そうなれば彼らの参加する新たな与党PTが、議論をひっくり返すことは不可能ではない。不可能ではないが、現実性はかなり低いと言わざるを得ない。 

 

 むしろ突破口になるとしたら、国交省の「環境アセスメントを改めて行う必要がある」との主張ではないか。建設に伴う問題を検証するのがアセスであり、アセスに着手したから変えられないというのは本末転倒だ。 

 

 残念ながら現在のアセスは着工の前段階として形骸化しているが、詳細な調査をもとに小浜・京都ルートの検証を尽くした結果、米原ルートが妥当となれば政治的な正当性を得られるだろう。だがそれは、小浜・京都ルートがグズグズしているうちに勝負を決めたい米原派にとって分が悪い。 

 

 より難しいのは技術面だ。システムのすり合わせは、当事者であるJR西日本とJR東海の協力が不可欠だが、米原ルートに後ろ向きの両社が積極的に協力するとは思えない。何事も金で解決できないことはないが、米原ルート成立の前提である東海道新幹線乗り入れの可否が分からない以上、具体的な議論に進めない。 

 

 筆者の感想としては、政治・技術の両面から小浜・京都ルートをひっくり返すほどの材料は出てこないと思われる。そもそも着工5条件に「営業主体としてのJRの同意」がある以上、JR西日本が首を縦に振らなければ米原ルートの着工はできない。投資効果のルールも何かしらの特例を設けてクリアするのだろう。 

 

 だが問題はその先だ。小浜・京都ルートの工事は間違いなく難航する。2025年に着工し、工事が順調に進んだとしても2040年の開業だが、着工が5年、工期が5年延びれば2050年になってしまう。 

 

 工期が伸びれば事業費も膨張する。人件費・物価の高騰で、予算が不足する公算も大だ。整備新幹線は公共事業である。どちらのルートを取るにせよ、長期的なプロジェクトを、誰の責任で、どのようにチェックしながら進めるかは、明確化する必要がある。 

 

 そして、未来がどうあるべきかの議論も重要だが、所要時間はほとんど変わらないのに運賃・特急料金は値上がり、乗り換えを強いられている福井駅の利用者など、現実の課題にも目を向けてもらいたい。 

 

枝久保達也 

 

 

 
 

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