( 189068 ) 2024/07/09 02:32:20 0 00 テレビ朝日ホールディングスの株主総会後に記者会見をした「テレビ輝け!市民ネットワーク」の前川喜平共同代表(右から2番目。撮影/編集部)
物言う株主(アクティビスト)の存在感が高まってきた。三井住友信託銀行の集計によると、6月の株主総会で株主提案を受けた上場企業は過去最多の91社にのぼった。
【写真】株主提案への思いを語る田中優子前法政大学総長
提案の内容は株主利益の最大化に加え、近年は気候変動問題への対応やサプライチェーン上の人権問題など、社会課題にかかわる提案が増えている。
そうした中、テレビ朝日ホールディングスでは異例の株主提案がなされた。6月28日、田中優子前法政大総長と前川喜平元文科次官が共同代表を務める市民グループ「テレビ輝け! 市民ネットワーク(以下市民ネット)」は、テレビ朝日の株主総会で「政治の圧力」をはね返すための株主提案をした。「報道の自由」を求める株主提案は、おそらく日本で初めてだろう。
市民ネットのメンバー49人は、テレ朝株4万400株を保有し株主提案権を得て、4つの議案を出した。定款の一部変更や、前川氏の社外取締役案だ。
■政治権力からの圧力か
提案の核心が、定款の一部変更である。
〈政治的な権力を持つ者からの圧力、介入により、報道機関の公正報道を保ち難い疑いのある事例が過去10年以内に存在した場合、独立の第三者委員会を設立し、調査、公表する旨の定款を追加する〉
安倍晋三政権下の2015年1月23日。当時、ニュース番組「報道ステーション」のレギュラーコメンテーターだった古賀茂明氏(元経済産業省官僚)は生放送中に「I am not ABE」と発言。これに、菅義偉官房長官(当時)の秘書官だった中村格氏(のちの警察庁長官)から掣肘(せいちゅう)を受けたと、古賀氏の著書『日本中枢の狂謀』には書かれてある。
株主提案の背後にあるのは、テレビ朝日の報道現場において、過去、「政治権力を持つ者からの圧力、介入」があったのではないかという疑いだ。
当時の状況を振り返ろう。
そのころ国内は、ジャーナリストの後藤健二さんと一般人の湯川遥菜さんがシリアで過激派組織「イスラム国(ISIL)」に拘束され、騒然となっていた。政府は在ヨルダン日本大使館に対策本部を設け、後藤さんの妻は水面下で必死にISILと身代金の交渉をしていた。
緊迫感がみなぎる1月17日、安倍首相は訪問先のカイロで「ISILとたたかう周辺各国に総額で2億ドル程度、支援を約束します」と、ISILを挑発するような演説をした。演説から3日後の20日、ISILは2人の殺害を予告する。
そこで古賀氏は23日の放送中に「後藤さんは犠牲になるかもしれない」と、安倍首相の対応を批判し、「I am not ABE」と言ったのだ。日本人全員が安倍首相と同じ考えではないというメッセージだった。
■強烈なメッセージ
すると、まだ放送が終わらぬうちに官房長官秘書官の中村氏からテレ朝の報道局ニュースセンター編集長(当時)にショートメールが入った。古賀氏の『日本中枢の狂謀』によると〈その内容は「古賀は万死に値する」といったような、強烈な内容だった〉という。
湯川さんは1月24日、後藤さんは1月30日に殺害された。
テレ朝も、金曜コメンテーターだった古賀氏を3月末で降ろす方針を固める。2015年3月27日(金)、古賀氏は報ステの放送中、「テレビ朝日の早河(洋)会長、古館プロダクションの佐藤(孝)会長のご意向で(出演は)これが最後」「菅官房長官(当時)はじめ官邸の皆さんにはものすごいバッシングを受けてきました」と暴露する。そして再び「I am not ABE」のフリップを掲げた。
当時、古賀氏の暴露発言はメディアでセンセーショナルに取り上げられたが、「安倍一強」のころでもあり、政権の放送介入やテレ朝側の忖度はうやむやにされてきた。
それから8年近くが過ぎた2023年3月の国会で、当時の安倍政権が放送局への圧力を強めていたことをうかがわせる文書が明らかになった。
この日、立憲民主党議員の要請に対し、総務省は「『政治的公平』に関する放送法の解釈について(磯崎補佐官関連)」という行政文書を公開。そこには礒崎陽輔首相補佐官(当時)が、安倍首相の後押しを受け、放送法第4条の「政治的公平」性の判断を、「放送事業者の番組全体」から「一つの番組」でもできるように総務省に迫り、押し切ったプロセスが記録されていた。
市民ネットはテレビ朝日の株主総会で、この行政文書も視野に入れ、「報ステ」への政権幹部からの介入の存否、その経過、会社側の対応について、第三者委員会を設けて調査、公表するよう定款の変更を求めた。
共同代表の田中優子氏は、株主提案に込めた思いをこう語る。
「後藤健二さんは法政大学の卒業生です。2015年、私は法政大学の総長をしていました。『I am not ABE』と古賀さんが掲げた思いは鮮明にわかります。日本では、危険な戦地に行くのはフリーのジャーナリストばかりで、大手の新聞社やテレビ局の社員は行かない。そういう実態も知りました。近年、安保3文書の閣議決定や、南西諸島への自衛隊配備など、戦争の足音が響いています。ここでメディアが自由にものを言えなくなったら、日本はまた破滅します。だからテレビ朝日を応援して、報道の自由を守りたいのです。テレビ局は被害者だと株主総会で申し上げました。政権の介入があったにしろ、なかったにしろ、事実を調査し、公表すれば、将来にわたって視聴者の信頼を得られると期待したのです」
■「圧力はない」が抗議もせず
この議案についてテレビ朝日は株主総会に先立だって「ご指摘のような事実は一切ございません」とする回答書を株主に公表したうえで「第三者委員会を設けることは業務を著しく阻害する」と提案への反対を表明した。
実際の株主総会で篠塚浩社長は、次のように答弁した。
「報道機関ですので、政権あるいは与野党を問わず政党、省庁、警察、検察、地方自治体などは大変重要な取材先です。報道局のスタッフは取材活動の一環として、日頃から政治家、官僚を含む多くの方々と面会だったり電話だったりやりとりをさせていいただいている。取材対象とのやりとりなので詳細は申し上げられませんが、一般論として、先方が当社のことに関して感想を述べることはありうると思います。ただ、あくまで取材活動中のやり取りでございますので、それが我々のその後の報道とか、コメンテーターの降板とかに影響を与えるってことは一切ございません」
議長の早川会長も口を開いた。
「官邸からですね、あるいは政権から私どもの責任者のところに何らの圧力も介入もございません。ただ、1点だけ申し上げれば、現場間でメールとかなんかのやり取りはあったかもしれません。しかし、それは圧力とか介入だと我々が受け止めるような情報は当時は上がってきておりません。従いまして、それによってコメンテーターの人事や制作責任者の人事を行ったというのはまったくありません」
一方で、古賀氏の『日本中枢の狂謀』を出版した講談社に抗議を出したのかという質問には篠塚氏が「古賀氏の個人的な見解ですので、抗議文等は出しておりません」と回答した。
古賀氏が告発した内容は、単なる「個人的な見解」で済ませおいていいのだろうか。2015年1月23日に古賀氏が「I am not ABE」と発言した後、テレビ朝日内で誰が、どのような反応をしたのか。古賀氏がコメンテーターを降りる背景でどのような動きがあったのか。これらを知ることは、政権とメディアのかかわりを考えるうえで重要な意味を持つ。不断の検証が必要だろう。
市民ネットによる4つの株主提案はいずれも否決されたが、総会後の記者会見で前川氏は手応えを口にした(7月4日に公表された資料では、株主提案の賛成率はいずれも1%台だった)。
「今回の株主提案は資本主義と市民主義の結合。大きな一歩です。視聴者を代表するグループが株主総会に出てきたことを、会社側は無視することはできないでしょう。もちろん来年も、内容を詰めて提案します」
テレ朝の株式は系列の朝日新聞社が24.72%、東映が17.51%を保有している。いわゆる持ち合いだ。だが、株の持ち合いは海外の投資家から批判を受けており、日本でも解消が進んでいる。朝日新聞社とテレビ朝日も安穏としてはいられないだろう。
安倍政権によるコーポレートガバナンス改革で、日本企業の経営者は株主の声を無視できなくなった。それゆえに安倍政権への資本市場の評価は高かった。しかし結果的に、今回、メディア企業の経営者は、思わぬ形で安倍政権との関わりを問う株主の声に対峙させられたといえよう。
山岡 淳一郎 :ノンフィクション作家
|
![]() |