( 190943 ) 2024/07/15 00:57:50 0 00 教員を目指す若者の母数が減っている状況に、国はどう対応できるのだろうか(写真:mapo/イメージマート)
日本の公教育の現場では、教員のなり手が減少の一途を辿っている。2023年度(2022年度実施)の公立学校教員採用試験の倍率は3.4倍と、過去最低を記録した。その背景には「定額働かせ放題」などと揶揄されている残業代なしの長時間労働など、教員のいわゆる「ブラック」な労働環境があると考えられる。
【暗い未来】教員の質の低下が叫ばれる中、優れた人材を呼び込むことが求められるが、そんな人材は教員になるのだろうか?
もちろん、文部科学省もあの手この手の策を打とうとしている。2024年5月24日に、文部科学省の中央教育審議会(以下、中教審)の特別部会は、審議のまとめとして、教員確保のための環境整備に関する総合的な方策を公開。教員の給与増をはじめとする、多岐にわたる対策案を打ち出した。
今回の対策案は残業減を実現し、教員のなり手の減少、教員不足に歯止めをかけることができるのか。氏岡真弓氏(朝日新聞 編集委員)に話を聞いた。(聞き手:関瑶子、ライター&ビデオクリエイター)
──今回の対策案には、教員の処遇改善として、残業代の代わりに給与に上乗せされる教職調整額を基本給の4%から10%以上に引き上げることが含まれています。なぜ文部科学省は実働の残業時間に基づく残業代の支給ではなく、教職調整額の引き上げという選択をしたのでしょうか。
氏岡真弓氏(以下、氏岡):教員の業務は、管理職である校長が「これは残業である」と線引きをすることが難しいものが多々あるという意見が中教審で相次ぎました。
しかし、予算の裏打ちがなければ政策の実効性はありません。公立校の教師に残業代を支給しようとすると、1兆円以上かかるという試算があります。一方、教職調整額を4%から10%に引き上げた場合にかかる費用は、約1150億円と10分の1程度ですみます。残業代支給と比較すると、現実的な金額です。
政治的な問題もあります。教職調整額の引き上げは、2019年から2021年に文部科学大臣を務めた萩生田光一氏の特命委員会が提案しました。萩生田氏と言えば、安倍派の重鎮です。今、永田町では、裏金の問題で安倍派に対して猛烈な逆風が吹き荒れています。
そのような状態で、萩生田氏の委員会の教職調整額の引き上げが実現できるのか否かは未知数です。
──仮に、教職調整額が基本給の4%から10%に引き上げられた場合、教員の給与はいくら増えるのでしょうか。
氏岡:様々な試算がされていますが、月1万数1000円から3万円増程度と見込まれています。その程度の給与増で、これまでと同等の残業時間がまかり通るのか、と感じている現場の教員も少なくありません。
また、今回の審議のまとめでは「10%以上」とした根拠がはっきりと示されていない、という点に違和感を覚えます。
教職調整額を定める「公立の義務教育諸学校等の教育職員の給与等に関する特別措置法」(以下、給特法)が施行されたのは、1972年のことです。この時代の教員の残業時間は、月8時間程度でした。それに相応しい額として「基本給の4%」が教職調整額として設定されたのです。
令和4年度の教員勤務実態調査より推計した教員の1カ月の残業時間は、小学校で約41時間、中学校で約58時間。ここ数年でかなり改善はされましたが、月40時間を超える残業に対し、「基本給の10%」が残業代として果たして適切か、疑問に感じます。
また、今回の教職調整額の引き上げが、学生の教職離れの抑止力になるのか、ということも非常に気になります。
2021年4月には、改正給特法が施行されましたが、教職調整額に変更はありませんでした。中教審のテーマには上がったのですが結論が出ずに、3年後にもう一度検討するということで棚上げになったのです。
私が取材した学生の中には、教職調整額の廃止を期待して、大学院に進学した人もいました。よりよい環境、給与で教員として働きたいと考えていたのです。彼は、今回の審議のまとめについて「非常に残念だ」と語っていました。
給与増は「教職が社会から評価されている」「社会的に強いニーズがある」という受け止め方もできます。したがって「自分は絶対に教員になるんだ」という強い希望を持つ学生にとって、教職調整額増は魅力的なものだと思います。
ただ、教職に就こうか、一般企業に就職しようか悩んでいる学生が非常に多いのが現状です。そのような学生の背中を押すには、今回の教職調整額の引き上げは、ややインパクトが弱いのではないかと感じています。
■ 財務省が言う教員給与引き上げのメリハリとは?
──教職調整額引き上げの障壁として、どのようなことが想定されますか。
氏岡:財務省は、一律に教員の給料を上げることに反対しています。教職調整額は基本給の4%です。それを引き上げるとなると、長期的な予算が必要になります。
教職調整額を一律に引き上げるとなると、実際の残業が多い教員と少ない教員が、同様の給与増の恩恵を受けることになります。メリハリをつけて教員の給与の引き上げをすべきだ、というのが財務省の考えです。
ここで言う「メリハリ」は、「頑張っている教員には、相応の給与増をしてもいい」ということです。
どのような尺度で「頑張っている」か否かを評価するかという点について、財務省も文部科学省も確かな案を持ち合わせていません。
とはいえ、先ほど説明したように、実働の残業時間で残業代を支払うとなると莫大な予算が必要となります。教員の処遇改善をしたいなら、文部科学省の中で他の予算を削り、それを処遇改善の予算にまわすべきだ、というのが財務省の姿勢です。
──今回の審議のまとめには「将来的に教師の残業時間を月20時間に縮減する」「就業から始業までに11時間以上の継続した休息時間(勤務間インターバル)を確保することを促す」など、教員の残業時間減に向けた提言も見受けられました。
氏岡:勤務間インターバルについては、既に取り組んでいる自治体もあります。ただ、多くの教員が仕事を持ち帰っていると聞きます。見かけ上、インターバル11時間を実現することは可能ですが、持ち帰り仕事を考慮すると正味のインターバルは10時間、9時間と減っていくというのが現場の教員の声です。
勤務間インターバルを11時間以上にするためには、人員が必要です。すると、また財務省から「人員確保の予算はどうするのだ」というお金の問題が立ちはだかりますが、これが本筋だと思います。
次に、「将来的に残業時間を月20時間以内にする」という目標についてです。
先ほど、小学校教師の残業時間は月あたり約41時間という話をしました。目標を実現するためには、残業時間を現状の半分以下にしなければいけません。かなり厳しい目標であることは確かです。
中教審は、2019年に学校における働き方改革について答申をとりまとめました。それ以降、学校現場は創意工夫をこらして働き方改革をやってきたと思います。これ以上何をやればいいのか、と頭を悩ませている校長先生も多くいるはずです。
勤務間インターバルの制限にしろ、残業時間減にしろ、先生の数を増やさなければ実現は難しい。現場の教員に、どのような改革を一番望むか尋ねると、決まって「時間」と「人手」の話になります。教員は、お金よりも時間や人手を必要としているのです。
一方で財務省は、少子化が進む現状を鑑みて、教員増のために予算を割くことに慎重な姿勢を示しています。いったん教員採用数を増やして、何年か後になって「子どもの数が減ったので退職してください」ということはできませんので。
■ 学校現場が悩んでいる本当の教員不足
──どのようにすれば、教員の残業時間を減らすことができるのでしょうか。
氏岡:2022年度からは、小学校の教員の持ち授業時数の軽減のため、公立学校の5、6年生で教科担任制が導入されました。ただ、人員確保が難しく、まだすべての小学校で高学年の教科担任制が実現しているわけではありません。教科によるばらつきもあります。
今回のまとめでは、小学校中学年から教科担任制を推進することに言及されていましたが、ここでまた、指導を行える教員を確保できるかという課題が生じるでしょう。
2019年の働き方改革で、文部科学省は学校の仕事を棚卸しし、「学校以外が担うべき業務」「学校の業務だが教員が担う必要のない業務」「教員の業務だが負担軽減が可能なもの」に仕分けしました。その結果、登下校の見守りなど一部の業務を、保護者や地域が担うようになりました。
今後、そういった仕分けを難しいけれどより徹底することで、教員の残業減は実現できるかもしれません。
──今回のまとめで、評価すべきポイントはありますか。
氏岡:文部科学省は、知恵を絞り出して、やれることを文書としてとりまとめたという印象を抱いています。現実的にできることを考えたと感じています。
また、2019年の答申はあくまでも「働き方改革」に主眼が置かれていましたが、今回の審議のまとめは、先生の処遇改善や学校の運営体制をどうすべきかといった、様々な観点で対策が練られていました。そこは評価すべき点だと思います。
──今回のまとめで、不足していると感じた点がありましたら教えてください。
氏岡:先ほどお話したように、教員になろうか悩んでいる学生にとっては、物足りないまとめだったのではないでしょうか。
国立や私立の学校の教員には、実働に応じた残業代が給与に上乗せされて支払われています。国立や私立ができるのに、なぜ公立校だけそれができないのかという疑問が生じます。
1972年に施行された給特法がそもそもの発端なのですが、なぜこれを廃止できないのかという点を説得力のあるかたちで示すべきだったと思います。
次に、今、学校現場が悩んでいるのは教員不足です。これは、「教員採用試験の受験者減」とは別に、非正規の教員のなり手が不足しているという問題です。
現役で働いている教師が産休に入る、休職となるとなったときのピンチヒッター、すなわち非正規の教員がいないのです。非正規の教員のなり手の拡充について、今回の審議は不十分だったと感じています。
さらに今、学校現場で問題となっているのは保護者対応です。保護者の方から無理難題を押し付けられ、教員がその対応に時間を割かれることもあります。
■ カスハラ的な保護者に疲弊する現場
氏岡:教員では対応が難しい保護者に対して、学校と保護者間の問題を解決する弁護士、スクールロイヤーを介入させる取り組みは、既に多くの自治体で実施されています。
ところが、スクールロイヤーに行き着くまでの保護者対応は教員の仕事です。多忙な中での保護者の苦情対応、それが何日も何日も解決しないというストレス……。この問題も、学生の教職離れを招いている原因の一つだと考えられます。
今回のまとめでは、スクールロイヤーへの言及は数行にとどまっています。過剰な苦情、不当な要求への対応策について、深く突っ込んだ議論をしてもよかったのではないかと思います。
──今後、公立学校教員のなり手不足解決に向けて、文部科学省や各自治体に期待することがありましたら教えてください。
氏岡:「教員のなり手不足」には2つの側面があります。一つは非正規の教員、すなわち、先ほどお話したピンチヒッターの先生が不足しているという点です。
2000年前後は教員はまだ人気の職業で、教員採用試験の倍率は平均で10倍超でした。不合格となり浪人する人も少なくなかった。かつて教職浪人生の多くは、講師登録名簿に登載し、非正規での採用待ちをしていました。
ところが、教員採用試験が低倍率になったことで教職浪人生が減り、講師登録名簿の登録者数が全国的に減少傾向にあると文部科学省は分析しています。ここに対して、具体的にどのような策を講じるのか、非常に難しいと感じています。
教員免許は持っているものの、講師登録名簿への登録を躊躇しているペーパーティーチャーの背中を押すような講演会や説明会を開催している教育委員会もあります。ペーパーティーチャーを実際の教育現場に入りやすくするような、なだらかなスロープをつくる努力を、各自治体でするべきだと思います。
また、定年を過ぎたベテラン教員の再任用も積極的に行っていかなければなりません。以前、取材した学校では、70歳を過ぎた教員の方が再任用で活躍していました。
もちろん、70歳過ぎた体育の教員がどのように教えるのか、と疑問を持つかもしれません。でも、その方は自分では教えずに、上手な子を先生役にして手本を見せてもらうという工夫をしていました。現場でも、まだまだ工夫の余地があると感じた事例でした。
もう一つの側面は、学生の教職離れです。これは、正規教員のなり手が減っていることにつながっています。
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