( 192468 ) 2024/07/19 16:16:32 0 00 Photo:JIJI
ユニクロを世界的なアパレルブランドへ育て上げた、ファーストリテイリングの柳井正会長兼社長。かつて柳井氏にインタビューした際に「職場のお悩み」をぶつけたところ、思いもよらぬ厳しいアドバイスが返ってきたことがある。柳井氏がカチンときたNGワードとは?(イトモス研究所所長 小倉健一)
◇◇◇
● 編集長はつらいよ
早いもので会社組織から独立して7月1日で丸3年になった。
古巣の雑誌『プレジデント』では新しい編集長が7月1日付で就任したようなので、私の肩書(?)も「前編集長」から「元編集長」へと変わったことになる。紙の雑誌単体で利益を出すのが相当困難な出版界の情勢になっているが、新編集長には腐らずに頑張ってほしいものだ。
現場の編集者・記者と、編集長の何が違うか。団体競技と個人競技の違いと言ったらわかりやすいだろうか。出版業界で働いている人は変わり者ばかりだが、特に古い歴史を持つ雑誌の現場では、やるべきことがだいたいわかっているので、個人の裁量で好き勝手やっても許される部分がある。
1人が暴走してワケのわからない色合いのページができたとしても、周りのページと並べられることで、むしろ読者にとって刺激的な雑誌ができあがったりするものだ。
何より編集長やデスクと呼ばれる管理職は忙しすぎて、現場のコントロールなど初めからあきらめているケースも多い。よって雑誌づくりの現場では、実績を残していく必要はあるものの、基本的には1人で好き勝手できたりする。
しかし、管理職となると全く違う。デスクは現場と編集長との調整をひたすらさせられながら、自分自身の成果も要求される。
● 『週刊文春』黄金時代の編集長の弁
編集長になってからは経営から言われるワケのわからない要求に答えている「フリ」をしながら、対外的にはいかに自分の雑誌が素晴らしい雑誌かを吹聴し、さらには売り上げを伸ばしていかないといけない。
「世間的に素晴らしいこと」と「雑誌の売り上げ」はだいたい反比例してしまうものなので、その矛盾をどう解消するかにひたすら頭を悩ませることになる。
悩みながらも新しいことを始めようとすると「こんなことプレジデントでやっていいのか」などと社内から突き上げを喰らう。
それをなんとか説明しにいくと、今度はそれを見た部下が「本当にプレジデントとしてやってはいけないこと」を始めようとしたりする。ここで部下の意見を潰せば、自分のやりたいことだけは突き通し、部下の方は守らないのかという批判も当然出てくる。
とはいえ、媒体として「やっていいこと」と「悪いこと」の基準を明示するのは本当に難しいものだ。現場に対して、上から一方的に方針を押し付けるようなことをしても、あまりいい結果を生まないのではないかという心配もある。
1990年代に週刊文春の黄金時代をつくった花田紀凱氏(現在、月刊Hanada編集長)は「私が読みたいと思うもの、私が知らないこと」が掲載基準と言っていて、なるほどと思った。
ただ、それにしたって、すべての基準の明示は不可能であろう。最終的には花田氏の人格を信じて、花田氏が面白いと思ったことを突き詰めていくしかない。この辺りの難しさは、出版だけでなくどの会社も抱えているのではないか。
● ユニクロ柳井氏に「仕事の悩み」をぶつけたら…
10年以上も前の話になるが、現場にいた私は(本当に好き勝手やっていたクセに)上の人が自分の意見を全然通してくれないのはおかしいと思っていた。そんな時、ユニクロを運営するファーストリテイリング会長の柳井正氏に、職場の悩みを相談するインタビュー企画を担当することになった(PRESIDENT 2011年1月17日号掲載)。
なかでも私がひときわ感情移入したのが、〈29歳・女・派遣〉の相談。「経営方針の徹底は社員の個性を押し殺すことになるのでは?」というものだった。当時の私の悩みを代弁するような内容である。
私はそのまま、柳井氏にぶつけた。結論から言うと、めちゃくちゃ怒られた。相談を伝えただけなので「怒られた」というのも変な話だが、私自身の悩みとも重なる相談内容だっただけに、まるで自分が怒られているように感じられたのだ。
柳井氏の回答はこうだった。
● 「カン違い」社員にカチン
《若くて、ちょっとできる人は勘違いしやすいのかもしれませんが、個性をだすことと、会社の経営方針に従うことはまったく別のことです。むしろ、その勘違いを指摘して、個性など殺して、「会社のやり方を徹底しなさい」というアドバイスをした上司に出会えたのは素晴らしいことだと、僕は思います》
《というのも、「会社という枠組みの中では自分の個性が発揮できない」と、こぼしている人は、確実に失敗するんです。そして、そんな勘違いを正すことは、上司の務めのひとつだと信じています》
文章は極めて冷静な筆致で書かれているが、現場での柳井氏の声は明らかに怒気をはらんでいた。サラリーマン社長にはない「何に対しても本気で臨む姿」が柳井氏にはあった。
「こうしたハラハラしたインタビューになると、記事が俄然面白くなる」。先輩編集者には後からそう励まされたものだ。柳井氏が続ける。
● 「個性を尊重しろというのは…」柳井氏の忠告
《会社をスポーツと置き換えて考えてみるとわかりやすいでしょう。会社の原理原則や経営戦略というのはサッカーなどのチームの基本戦術と同じなんです。個性を尊重しろというのは、サッカーでチームの基本戦術を守らずに勝手にプレーしますと宣言しているのと変わりありません》
《本来、会社に参加するということは、基本的なことは会社の考えどおりにしますということで、誰も個性を発揮してくれとは言いませんね。チームの基本戦術を理解して、取り決めに則ってボールを相手のゴールに入れるというのが、チームとして勝つということ。勝手にドリブルしたり、攻撃ばかりで守備をしないような選手は、いくら身体能力に恵まれていてもチームが強くなるためには必要ないのです》
《相談者の上司は、会社という組織の中でプレーをするために必要なルールや規範をしっかり把握している人だと思います。あなたは反感を持つかもしれませんが、ルールに無頓着だったり、あやふやだったりする上司より、よっぽど筋の通ったいい上司だと僕には思えるのです》
それでも、当時の私は柳井氏の言うことに納得したわけではなかった。「基本戦術」など誰も教えてはくれなかったし、「勝つ」の定義も私にはよくわからない。売れればいいのかと聞けば否定するくせに、売り上げが増えれば大喜びするのが経営者というものである。
そこで気になって、改めて柳井氏の著作を読み返し、発言をくまなくチェックしてみた。その際に、柳井氏のこんな言葉を発見して非常に得心がいったのを覚えている。
● 何でも「指示通り」では会社は潰れる
《話を戻すと意見を自由に言える社風は大切です。僕はいつも言うのだけれど、社長の指示した通りに現場の社員が実行するような会社は間違いなくつぶれます。現場の人間が「社長、それは違います」と言えるような会社にしておかないと知らず知らずのうちに誤った方向に進んでしまう。ただし、現場の社員は社長が本質的に何を指示しているのかを理解しておくこと。それを現場の判断で組み替えていくのが仕事なんです》
(PRESIDENT2007年2月12日号)
これなら納得がいくのではないだろうか。この発言を踏まえたうえで今一度、柳井氏のインタビューを振り返るに、よほど私の伝え方がマズかったのかもしれない。「不良社員が現場でワーワー言って、管理職を困らせている」。柳井氏はきっとそう考えたのだろう。 今となっては、申し訳ない気持ちでいっぱいだ(読者アンケートは非常に好評だったが)。
小倉健一
|
![]() |