( 194261 )  2024/07/24 16:12:55  
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トヨタ自動車の豊田章男会長の発言について、ネットやSNSで反応が激しい。

一部では「トヨタイジメ」を止めるべきだと支持する声もあり、トヨタの戦略と政府の方針が食い違うとの指摘もある。

一方で、トヨタの下請け問題を引き合いに出し、「下請けイジメ」は解消すべきだとする意見もある。

トヨタの業績は順調で賃上げも行っているが、一般庶民の賃金は悪化しており、「トリクルダウン」が機能していない現状が批判されている。

日本経済はサービス業が中心であり、小規模事業者の賃上げが必要だという意見もある。

日本経済を支えるのは大企業だけではなく、全国民を含む小さな会社への賃上げが必要との主張もされている。

(要約)

( 194263 )  2024/07/24 16:12:55  
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豊田章男会長の発言をめぐって、ざわざわ 

 

 「今の日本は頑張ろうという気になれない」「ジャパンラブの私が日本脱出を考えているのは本当に危ない」――。 

 

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 トヨタ自動車(以下、トヨタ)の豊田章男会長が報道陣に向けて発したこれらの心情を巡って、ネットやSNSではバチバチのバトルが過熱している。 

 

 発言に好意的な皆さんは、自動車メーカーが日本政府から嫌がらせのような規制をされていることなどを挙げて、理不尽な「トヨタイジメ」をやめるべきだと訴える。 

 

 『ITmedia ビジネスオンライン』で自動車ジャーナリスト・池田直渡氏が2023年の年初に寄稿した「トヨタは日本を諦めつつある 豊田章男社長のメッセージ」という記事もあらためて注目され、日本政府が表明した「2035年までに電動車100%(純ガソリン車販売禁止)」が、トヨタの戦略と大きく食い違うことを理由とする人もいる。また、豊田会長がこの発言の際に報道陣に対して「もうちょっと正しい事実を見て、評価してほしい」と訴えたことから、日本メーカーの足を引っ張るような“偏向マスゴミ”が悪いという人たちもいる。 

 

 一方、発言を批判する皆さんは、「不正が発覚したのに認証制度のほうが悪いと言ってみたり逆ギレ感が強い」などと主張。さらに、トヨタの子会社が下請け約50社に金型を無償で保管させたとして下請法違反が勧告されたことなどを引き合いに、「国に文句を言う前にまずは下請イジメをやめろ」という辛辣(しんらつ)な意見も散見される。 

 

 ただ、個人的にはこのようなバトルが盛り上がることは悪いことではないと思っている。豊田会長が訴えていることも、それに反感を抱く人たちの主張も、人口減少であらゆる市場がシュリンクするこれからの日本で極めて重要なテーマだ。これをきっかけに国民的議論が盛り上がり、政治も動き、課題解決へと向かう可能性もゼロではないからだ。 

 

 ただ、その一方で、バトルの中には「日本経済にとってマイナスになるのでは」と心配してしまうようなビミョーな主張もある。例えば、「トヨタが日本を見捨てたら日本人はもっと貧しくなる」というものだ。 

 

 

 確かに、トヨタの日本経済への影響力はハンパではない。野村総合研究所によると、2019年の自動車生産(付加価値ベース)が名目GDPに占める比率は3.17%だという。国内シェアの半分を握るトヨタが日本から去れば、GDPが下がることは容易に想像できる。 

 

 さらに、地域経済も打撃を受ける。約7万人の従業員が国外に流れるだけではなく、自動車産業は裾野が広いので関連企業、下請け企業などもトヨタを追って海外に軸足を移す。もちろん、トヨタに関わるすべての人が移転するわけではないが、「産業の空洞化」は避けられないだろう。 

 

 しかし、だからといって、「トヨタが日本を見捨てたら日本人がもっと貧しくなる」というのはさすがに飛躍している。データに基づく論評とは言い難く、「なんとなくこんな感じじゃね?」的なムードに流された盛った話だと言わざるを得ない。 

 

 日本人が貧しいのは、先進国の中でも「異常」なほどの低賃金だから、ということは今さら説明の必要がないだろう。では、なぜこんなに低賃金なのか。「トヨタが日本を見捨てたら日本人がもっと貧しくなる」というほどトヨタに依存しているのなら、今の日本人が貧しいのはトヨタにも責任がなくてはつじつまが合わない。つまり30年続く低賃金の原因は、トヨタの業績が悪い、もしくは賃金が安いからだということになってしまう。 

 

 ただ、ご存じのようにそんな事実はどこにもない。 

 

 トヨタの業績は極めて順調だ。日本の上場企業で初めて営業利益が5兆円を突破、春闘でも4年連続満額回答で、賃上げ幅は1999年以降で最高水準だという。アナリストが大好きな「トリクルダウン」というやつで、子会社や関連企業にもトヨタの賃上げが波及している、らしい。 

 

 では、この4年、日本人の賃金はどうなったのかというと、どんどん悪くなっている。OECD加盟34カ国の中で日本は韓国、イタリア、スペインと次々と抜かれて2022年は25位で「二軍」扱いだ。しかも、岸田政権になってから実質賃金は26カ月連続マイナスで、リーマンショック時を超える記録を更新中だ。 

 

 日本経済を左右するトヨタが好調で、すさまじい勢いで賃上げをしているのに、なぜわれわれ一般庶民には恩恵がないのか。なぜトリクルダウンの「ト」の字も聞こえてこないで、どんどん貧しくなっているのか。 

 

 この現象を説明できる答えは1つしかない。「トヨタ自動車」と「日本人の貧しさ」はダイレクトには関係ないということである。ただ、こんな回りくどい話をしなくとも、日本経済の客観的なデータを見ればそれは分かりきった話だ。 

 

 日本のGDPの約7割はサービス業によるもので、全就労者の約7割もサービス業で働いている。会社規模で見てもトヨタのような大企業は全企業のわずか0.3%にすぎず、99.7%は中小企業だ。 

 

 そしてその350万社のほとんどが、従業員が5人から20人という「小規模事業者」である。これはトヨタの下請けでもなければ大企業と取引もしていない、個人商店や家族経営といった零細企業であることも分かっている。 

 

 

 つまり、日本人が貧しさに歯止めがかからないのは、「サービス業の小さな会社で働く日本人」という圧倒的な多数派が「低賃金労働者」から抜け出せないことが大きいのだ。 

 

 だから、トヨタが5兆円の営業利益を出そうとも、過去最高の賃上げをしようとも「日本人の貧しさ」は特に変わらない。トヨタなんて大したことがないとかディスっているわけではなく、産業構造的にも労働者の比率的にも影響が小さいと申し上げているのだ。 

 

 このような話をすると、「トヨタのような巨大企業が元気になれば下請けや関連企業も元気になって、そこで働いている膨大な数の従業員が金をじゃんじゃん使って日本全体の景気が良くなるんだよ、そんなことも分からないのか?」などとお叱りを受けることが多い。 

 

 ただ、筆者としては、そういう「風が吹けば桶屋がもうかる」的なザックリとした経済観こそが日本を貧しくさせた「元凶」だと思っている。今回あえて指摘をさせていただいたのも、それを問題提起したいからだ。 

 

 今、社会で働く人の多くは子ども時代、学校教育で「戦後の焼け野原から世界第2位の経済大国になれたのはトヨタやホンダやソニーなど技術力のある企業がどんどん成長して、世界的大企業になったからです」と教えられてきた。 

 

 ただ、これは典型的な「日本人の好みに後付けしたサクセスストーリー」だ。 

 

 「1人当たりGDP」がある程度同じくらいの水準になった先進国同士の経済は、人口に比例する。日本が世界第2位の経済大国になったタイミングは、日本の人口がドイツの人口を追い抜いて、先進国で第2位になったからだ。 

 

 今、世界第2位の経済大国は中国だが、これについて「BYDやファーウェイの技術力が日本やドイツの技術力を抜いて世界的大企業になったから」なんて解説している専門家はほとんどいないだろう。中国は途上国ながら、「1人当たりGDP」もそれなりに高くなったことで、14億人という人口が追い風になっている。 

 

 

 ただ、こういう教育の効果は絶大で「三つ子の魂百まで」ではないが、日本人の多くは大人になってからも「日本経済をけん引しているのは大企業、だからとにかく大企業を応援しなくては」という「大企業中心主義」ともいう経済観に支配されている。 

 

 これが日本経済の「失敗の本質」である。 

 

 先ほどから繰り返しているように、日本の貧しさの元凶は、サービス業の小さな会社で働く日本人が常軌を逸した低賃金だからだ。 

 

 なので、日本経済復活のためには全国民の7割が働く350万社の小さな会社の賃上げをしなくてはいけない。ただ、これが難しい。小さな会社は常に資金繰りに困っていることに加えて、事業資金とオーナ経営者のサイフが同じであることが多い。つまり、政府が税金を用いて、小さな会社に「賃上げをしてね」と補助金をバラまいたところで、運転資金にまわされるか、経営者の懐に入るだけで、末端の労働者に還元されない。 

 

 そうなると残された道は、最低賃金の引き上げしかない。経営者にピンハネをされないように、日本全国あらゆる産業が平等に賃金のボトムアップをしていくことで、賃上げの好循環を生み出すのである。実際、先進国の多くはこのような手法をとっている。 

 

 しかし、大企業中心主義の日本ではそういう発想にはならない。「春闘」でトヨタやらの大企業が賃上げをしていけば、トリクルダウンで日本全体に賃上げの波が広がっていく、という「風が吹けば桶屋がもうかる」的な経済政策を何十年も続けてきた。 

 

 ただ、結果はご存じの通りだ。毎年、アナリストの皆さんが「今年の春闘の賃上げの影響は夏くらいから見えてくるでしょう」と予想するも、日本人の7割は低賃金のままということが延々と繰り返されている。大企業の好業績や賃上げと、庶民の貧しさのギャップがどんどん開いているのだ。 

 

 冷静に考えれば当たり前だ。1万社程度の大企業の賃上げが、350万社の中小企業に波及するわけがない。しかも今、国内で労働組合は2万程度しかない。その全てが労使交渉で過去最高の賃上げを成し遂げたところで、日本企業の圧倒的多数派である従業員数5~20人程度の「小規模事業者」への影響はほぼゼロだ。 

 

 それくらいの規模の会社は労組もないし、オーナー社長が「ごめん、今年はきついからボーナスなしね」なんて感じで、自分のさじ加減で給料を決めているからだ。 

 

 このような現実とデータを直視すれば、「日本企業の99.7%、350万社を対象に賃上げと価格転嫁を促すため、全国一律で最低賃金を引き上げていく」という政策のほうが、はるかに現実的だし「平等」ではないか。 

 

 しかし、そうはならない。政府もアナリストも専門家もマスコミもあくまで「大企業」にこだわる。トヨタが世界を制すれば、日の丸半導体が過去の栄光を取り戻せば、その勢いで日本経済も復活して、景気も良くなって自然に日本人労働者の賃金も上がっていく、という東京五輪や大阪万博を開催して日本が元気だった時代の成功シナリオをどうにか「再現」しようと必死なのだ。 

 

 歴史を見ると、日本人はこういう「過去の栄光」にとらわれたときが最も危ない。日米開戦前、軍のエリートたちや、さまざまな研究機関が何度シミュレーションしても「日本敗戦」という結論は変わらなかった。最初の1年は攻勢をかけられても、圧倒的な戦力・資源の差があるのでボロ負けをすることが見えていた。 

 

 しかし、軍部は日米開戦に踏み切った。日露戦争で大国ロシアを短期決戦で打ち破った「過去の栄光」があるので、米国も先手必勝でガツンとやれば、日本の勇ましさに米国民が戦意消失するので、長期化せずに停戦交渉に持ち込める、というかなりご都合主義的な「風が吹けば桶屋がもうかるストーリー」に流れたのだ。これが「超大甘」な分析だということは、その後の日本の悲惨な負け方が全て物語っている。 

 

 

 
 

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