( 194311 )  2024/07/24 17:07:00  
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政府内で円安に対する苛立ちが高まっており、為替相場が円安でも企業業績が改善しない理由が注目されている。

円安になっても製造業の売上高や営業利益率に大きな変化が見られず、輸出数量が増えないことが課題である。

日本企業が競争力を失って輸出が拡大できない状況が15年以上続いており、円安による経済効果が限定的であることが明らかになっている。

(要約)

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〔PHOTO〕iStock 

 

河野太郎デジタル相が、為替相場に関して失言を行うなど、政府内部で円安に対する苛立ちが強まっている。円安になっても一向に企業業績が改善しないことが原因だが、これはどういうことだろうか。 

 

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〔PHOTO〕Gettyimages 

 

河野太郎デジタル大臣は2024年7月17日、海外メディアのインタビューで「円は安過ぎる。価値を戻す必要がある」と述べ、日銀に追加利上げを求める発言を行った。同日の為替相場は米国の利下げ期待が高まったこともあり、急激に円高が進行。一時は1カ月ぶりなる1ドル=155円台をつけた。 

 

当然のことながら河野氏はデジタル相であり、為替については管轄外の発言である。鈴木俊一財務相は19日の閣議後の記者会見で「慎重であってほしい」と苦言を呈した。河野氏の発言があまりにも軽率であることは明らかだが、政府内部で円安に対する苛立ちが高まっていることを図らずも露呈する形になってしまった。 

 

ドル円市場は7月初旬に一時、160円を突破する状況となり、政府・日銀は為替介入を実施し、160円台が常態化しないよう何とか食い止めている状況である。しかしながら為替介入はいつまでも実施できるものではなく、米国が利下げを行うか、日銀が大幅な利上げに踏み切らない限り、抜本的に円安を解消する方法がないのが現実だ。 

 

政府としては八方ふさがりの状況だが、円安が進むと輸入物価が上昇し、国民生活が苦しくなることは当初から想定されていた事態である。政府は当初、円安になって輸入物価が上昇しても、輸出産業の業績が拡大し、賃上げが進むことで一連のマイナスを相殺できると考えていたフシがある。だが急激な円安が進み始めてから2年以上が経過したにもかかわらず、いわゆる円安効果というものは認められていない。 

 

では、現実のところ、過去2年間において日本企業(特に製造業)の業績がどう推移したのかを改めて整理してみよう。 

 

本格的な円安が始ったのは2021年からだが、前年の2020年1~3月期における日本企業(製造業)全体の売上高は約98兆円であった。翌2021年1~3月は97兆円とむしろ減少し、2022年1~3月期になってようやく106兆円まで増加した。ところが2023年1~3月期は108兆円と微増にとどまり、直近の2024年1~3月期も111兆円にとどまっている。 

 

 

この間、ドル円相場は1ドル=100円台から150円台と3分の2まで下落している。ドルベースで同じ金額を輸出していると仮定した場合、単純計算で売上高は1.5倍になっていてもおかしくない。だが日本の製造業の売上高はわずかに増えただけというのが現実だ。 

 

利益という点でも状況は同じである。2019年1~3月期における製造業の営業利益(本業のもうけ)率は4.2%だったが、2020年1~3月期には3.0%に減少。翌2021年は5.2%まで増えたものの、翌2022年1~3月期は5.4%と、ほぼ横ばい。2023年は4.0%とマイナスになり、2024年1~3月は4.9%とわずかに持ち直したに過ぎない。結局のところ営業利益率は4%台から5%台を行き来しており、円安が始まる前後で大きな変化は見られない。 

 

このところトヨタ自動車など大企業を中心に業績が過去最高というニュースが飛び交っているが、こうした大企業はグローバルにビジネスを展開しており、ドル建てでの売上高に変化がなくても、円安によって見かけ上の売上高や利益は増加する。過去最高益になっているのはこれが原因であり、あくまで帳簿上の変化にすぎない。日本の製造業全体という観点からすると、円安による業績拡大効果は観察されないというのが正しい認識ということになる。 

 

では、日本の製造業はなぜ円安になっても儲からないのだろうか。 

 

2021年以降の日本の輸出を見てみると、輸出価格は円安の進展とほぼ同じペースで上昇していることが分かる。一方で輸出数量は円安の前後でほとんど変化しておらず、むしろ若干減少しているのが現実だ。円安が進む中、日本円ベースでの輸出価格が上昇し、輸出数量に変化がないということは、ドル建てで見た場合、業績は完全に横ばいであることを意味している。 

 

整理すると日本の製造業は、円安になっても輸出数量が増えておらず、輸入コストの増大の影響もあり、円安による恩恵はほとんど受けていないということになる。 

 

 

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ではもう少し長いスパンで観察した場合はどうなるだろうか。リーマンショック後からの日本の輸出金額と輸出数量を調べると、輸出金額はほぼ為替に連動して上下していることが分かる。一方で輸出数量は為替の変動に対してほとんど変化がなく、毎年、少しずつ減少を続けている(図)。 

 

つまり日本の輸出は過去15年にわたって、数量ベースでは減り続けているのが現実なのだ。為替が円安になれば見かけ上の輸出金額は増えるが、その分だけ仕入れ金額も増加するので、企業の業績にはあまり寄与しない。肝心の数量が増えていないので、日本全体に対する経済効果も乏しい。 

 

為替が円安になったにもかかわらず輸出数量が増えないのは、すでに製造業の多くが現地生産に切り替わっており、輸出比率が減っていることが大きく影響している。もちろんすべての製品が現地生産に切り替わっているわけではなく、輸出を継続している製品も少なくないが、日本企業が作る製品は中国や東南アジアが生産する安価な工業製品とは異なり、価格を下げれば販売数量が大きく伸びるという類のものではない。 

 

値引きで数量が増やせる製品ではないにせよ、競争環境が同じであれば、数量ベースでは横ばいもしくは増加を実現できているはずだ。だが現実には輸出数量は減少している。 

 

ここから推察できることは、日本の製造業は円安になっても販売価格を変えていないものの、他国との競争に負け、販売数量を伸ばせていないという現実である。つまり日本企業の競争力低下によって、輸出を拡大できない状態が15年以上も続いているのだ。 

 

このように、円安が進んで名目上の輸出金額が増大することはあっても、輸出数量が増えないという現象は、かなり前から顕在化していた。一連のデータを冷静に分析していれば、円安によって日本経済に大きな恩恵が及ぶ可能性が低いことは容易に想像できたはずだ。 

 

だがメディアや一部の論者は、データではなく願望や感情に基づいて議論を進めており、円安になれば日本経済は力強く成長すると主張していた。日本では冷静にデータを分析することが忌避され、楽観や願望に基づいて情緒的に戦略立案されるケースが少なくない。 

 

これでは同じ失敗を繰り返すばかりであり、日本の将来にとって何のプラスにもならない。 

 

本当に日本を強く豊かな国にしたいのであれば、円安になっても企業の急激な業績拡大や経済成長は見込めないという現実を受け入れ、その上で、あらためて経済政策や産業政策について議論していく必要があるだろう。 

 

加谷 珪一 

 

 

 
 

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