( 194557 )  2024/07/25 15:19:45  
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2022年3月から運用が始まった都提供の東京都ドクターヘリ事業について、週刊文春の報道に対し都の担当者が反論。

「都民の命を守るために導入された事業は『負の遺産』ではない」「キャンセル率の高さ」は運用法の違いによるものであり、ドクターヘリの重要性を強調しました。

ドクターヘリは覚知要請や接触後要請によって運用され、速やかな医療対応を可能にしています。

キャンセル率の高さの裏には、患者の状態や他の患者への医療資源の振り分けの必要性があると説明されています。

(要約)

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2022年3月から運用が始まった「東京都ドクターヘリ」=都提供 

 

 小池百合子・東京都知事が主導して2022年に導入した東京都ドクターヘリ事業。「都民の命を守るべく導入された事業は、いまや『負の遺産』」という週刊文春の報道を受け、都の担当者がAERA.dotの取材に応じた。「医療現場で奮闘する人たちの気持ちを踏みにじり、誤解を与える内容」で、「実情」は異なるという。記事が「ムダ遣い」と切り捨てた、高キャンセル率の理由を明かした。 

 

【写真はこちら】東京都ドクターヘリが訓練を行う様子 

 

*   *   * 

 

「ドクターヘリによって都民の命が救われているという事実があります。あの記事に書かれているような『負の遺産』になど、まったくなっていません」 

 

 東京都保健医療局の担当者は真剣な表情でこう切り出した。 

 

■「キャンセル率の高さ」が示すもの 

 

 あの記事とは、6月6日発売の週刊文春の「小池百合子(71)の公約 『ドクターヘリ』で都民の血税2.7億円ムダ遣い」のこと。ドクターヘリ事業について、「異常なキャンセル率の高さ」と「運航業者」の2点から問題提起した。 

 

 記事では、全日本航空事業連合会が作成した「2023年度ドクターヘリ事業運航実績」のデータを引用し、キャンセル率を割り出している。 

 

“都のドクターヘリの運航回数1360回のうち、患者を運んだ回数は306回、患者を運ばずに戻ってきたキャンセルの回数は1054回だという。計算するとキャンセル率は77%、実に約8割となっている”(週刊文春)。近隣の埼玉県は10.7%、千葉県は27.9%で、東京都を除いた全国平均は18%とし、“東京都の数字がいかに異常であるかが判る”(同)。 

 

 担当者はこう憤る。 

 

「『飛べば飛ぶほど儲かる』など、悪意のある見出しがつけられている。消防指令室の要請で飛ぶヘリなので、事業者が勝手に飛ぶということはありえない」 

 

 取材を進めると、「キャンセル率の高さ」の背景にある、別の実態が見えてきた。 

 

■覚知要請と接触要請の違い 

 

 ドクターヘリは、医師と看護師を救急現場に運び、機内で治療を開始するとともに、高度な医療機関へ患者を搬送する航空機だ。 

 

 東京都には現在、2種類のドクターヘリが存在する。2007年にスタートし、東京消防庁が管轄する「東京型ドクターヘリ」(主に伊豆諸島で運用)と、2022年にスタートした保健医療局管轄の「東京都ドクターヘリ」(主に多摩地域で運用)だ。 

 

 キャンセル率でみると、東京型ドクターヘリはほぼゼロなのに対して、東京都ドクターヘリは約8割と、確かに大きな開きがある。だが、これは、運用法の違いにより当然、生じる差だという。 

 

 ドクターヘリの出動要請には大きく分けて「覚知要請」「接触後要請」の2種類がある。 

 

「覚知要請」は、119番通報の内容によって、消防がただちにドクターヘリを要請する。統一した基準で要請が行えるよう、「高いところから人が転落した」「人が突然倒れた」などの内容(キーワード)が通報に含まれていた場合、消防はドクターヘリの出動を要請する。 

 

 

■日本一早い都のヘリ 

 

 東京都ドクターヘリは、ほとんどが「覚知要請」で運用されている。 

 

「『道で突然人が倒れて意識がない』などの人命にかかわるような救急要請があったときは、いち早く患者さんに医師が接触することを目標にドクターヘリを飛ばします」(担当者) 

 

 ヘリの出動要請と同時に、消防指令室は救急現場に近い消防署に救急車の出動を指令。現場に到着した救急車は公園や河川敷、学校の校庭などのドクターヘリが着陸するランデブーポイントに患者を運び、ヘリに引き継ぐ。だが、出動したヘリがこの途中でキャンセルされるケースがある。 

 

「現場に到着した救急隊長が傷病者を観察し、軽症や中等症でヘリでの搬送の必要がないと判断した場合、医療資源を他の重症者に割り当てるため、キャンセルします」(同) 

 

 一方、「接触後要請」は救急車が患者のもとに到着し、救急隊員や救急救命士が観察を行い、患者の状態が重篤で早期の医療介入が必要と判断した場合、ドクターヘリを要請する。 

 

 東京型ドクターヘリは、主に伊豆諸島の患者を都市部の病院に搬送する際に使用されているが、「島にいる医師が患者の容体を判断して消防庁に入院の要請をかけます。そのため、ヘリが飛び立ってからキャンセルになることはほとんどありません」(同)。 

 

「覚知要請」で運用すれば、キャンセル率が高くなることは都も十分認識している。 

 

■救急救命「2分で出動」の重さ 

 

 さて、ドクターヘリを考えるうえで、もうひとつの重要な要素がある。「時間」だ。 

 

 覚知要請と接触後要請では、119番通報があってからヘリを要請するまでの時間に大きな差が生じる。東海大学医学部の総合診療学系救命救急医学が2018年に公表した「ドクターヘリの課題に関する研究」によると、覚知要請の場合、ヘリ出動要請までの中央値は5分、接触後要請の場合は17分だ。 

 

 多くの自治体では、覚知要請と接触後要請を組み合わせたドクターヘリの出動要請基準を設けている。ただ、119番通報からヘリを要請するまでの時間は全国平均13.9分(2022年度実績/日本航空医療学会資料から)であることから、実際の運用のほとんどは接触後要請と推定される。 

 

 ほとんどが覚知要請で運用される東京都ドクターヘリの場合、これが「2分」とずば抜けて早い。119番通報からのタイムラグはほとんどないといっていいだろう。 

 

 一刻を争う救急救命の現場で、この時間の違いは大きい。 

 

「例えば、心臓停止の場合、治療開始が1分遅ければ死亡率が10%上昇するといわれています。ドクターヘリの現場は、患者に接触するまでの時間を1分、2分でも短縮しようと日々努力しています」(杏林大学病院高度救命救急センターの担当医師) 

 

 

■大動脈破裂の男性を迅速に救命 

 

 東京都ドクターヘリが投入されるのは、救急車による搬送よりヘリのほうが病院に短時間で到着できるなど、医療行為が早く始められる多摩地域などだ。例えば、奥多摩町で発生した患者を救急車で搬送すると一番近い救命救急センターまででも約1時間かかる。一方、ドクターヘリであれば、乗せてから最短10分ほどで患者に対して医療介入が始められる。 

 

 こんなケースがあった。 

 

 多摩地域の公共施設で、ある80代の男性が腹部を押さえて倒れた。救急隊が現場に到着したときには、血圧が測定不能なほど低下していた。その23分後、患者はドクターヘリに搭乗した医師に引き継がれ、機内の超音波検査によって腹部の大動脈が破裂したと推定され、応急処置が施された。その情報は杏林大学病院高度救命救急センターに伝達され、ヘリの到着と同時に所見に沿った治療が開始された。緊急手術後の経過は良好で、19日目、自ら歩いて退院した。 

 

■「キャンセル率」だけを下げても 

 

 接触後要請で運用すれば、確かにキャンセル率は下がるに違いない。ただ、救命率の低下や後遺症の増加を招く恐れがある。 

 

 全国的にみれば、救急車の過剰利用が社会問題化し、条件付きで選定療養費の請求に乗り出した病院がある。ドクターヘリの運航にかかる費用は、NPO救急ヘリ病院ネットワークがまとめた「ドクターヘリ運航費用の負担の多様化に関する有識者懇談会 報告書」(2015年)によると、1飛行あたりおおむね50万円(年間400回飛行の場合)だという。 

 

 都の担当者たちは一刻も早い人命救助のために尽力してきた。年間300人を超える患者を医療につなげた東京都ドクターヘリを「ムダ」と切り捨ててよいのか。 

 

「キャンセル率は低いに越したことはない」としたうえで、都の担当者はこう続ける。 

 

「ドクターヘリを導入した一番の目的は人の命を救うことでした。東京都ドクターヘリは、人命を最優先して運用されているのです。そのことを多くの人に知ってほしい」 

 

(AERA dot.編集部・米倉昭仁) 

 

米倉昭仁 

 

 

 
 

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