( 195457 )  2024/07/28 00:50:24  
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中高年男性が将来の不安から副業を始めている様子が増えており、特にスポットワークが人手不足を埋める役割を果たしている。

スポットワークとは、アルバイトアプリで一回限りの数時間だけの働き方のことで、求人数や登録者数も増えている。

時給は最低賃金かそれ以上だが、経験者や有資格者を求める場合もあり、長期希望の求人も多い。

中高年も活躍しており、体力や環境によっては辛いと感じることもあるが、収入を増やしたり新たな経験をすることができる。

スポットワークは個人の能力や評価に基づく現代の働き方であり、社会の変化やニーズに応える新たな働き方の一つである。

(要約)

( 195459 )  2024/07/28 00:50:24  
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寿司チェーンでのスポットワークを体験した筆者(写真:moonmoon/イメージマート) 

 

 最近、おじさんが意外な場所で働く姿を見かける。給料が上がらない、本当に年金もらえるの?  AIに仕事を奪われる…!  将来の不安から副業をはじめる中高年男性が増えているのだ。 

 

【写真】「人の縁が広がらない、寂しい世界だよね」とスポットワークについて語るGさん。普段は一人親方として高速道路の基礎工事の現場で働いているが、こちらのほうが充実感があるようだ 

 

 おじさんたちはどんな副業をしているのか、どれくらい稼いでいるのか、あるいは全く稼げていないのか。組織をはみ出し、副業をはじめる全力おじさんの姿をより深くリポートする。(若月澪子:フリーライター) 

 

■ スポットワークは人手不足の見本市 

 

 人手不足が、日本のあらゆる職場でヒビ割れを起こしている。このスキマを埋めようと外国籍の人が投入されているが、まだまだ足りない。 

 

 今、人手が足りない職場は、アプリで「助っ人」を集めている。スポットワークである。 

 

 スポットワークとは、「タイミー」や「シェアフル」などのアルバイトアプリに掲載された、一回限りの数時間だけのスキマバイトに入るという新しい働き方だ。求人数、登録者数ともに拡大を続けており、「多様な働き方」の一つになりつつある。 

 

 業界最大手「タイミー」のアプリで東京都内の求人を見ると、飲食店をはじめ、フードデリバリー、物流倉庫の作業、配送作業、コンビニのレジ、保育士、美容師、介護施設など、まるで人手不足業界の見本市だ。 

 

 ただ、応募条件が「経験者のみ」「有資格者のみ」「社員希望のみ」「長期希望のみ」という求人が多く、「誰でもいいから来て!」というワケでもなさそう。「スポットをきっかけに、長く働いてくれる人を確保したい」という発注側の思惑が垣間見える。 

 

 いずれも時給は最低賃金かプラスαくらい。時給1300円あれば高いほう。それでも一つの時間に何人も募集するわけではない。とりあえず1人来てくれればいいのだ。 

 

 「着物姿で3年以内に3年以上、畳の日本料理店で働いた経験のある方のみ応募可」って、そんなレア人材を強気の低賃金で募集するあたりが、マッチングアプリの妙である。 

 

 タイミーの登録者は、大学生や会社員、フリーターなど20~30代が半分以上を占めるという。しかし、今後は役職定年や定年退職を迎えるミドルシニアの参入も期待されている。 

 

 スポットワークはおじさん(おばさん)でも勤まるのか。 

 

 筆者はスポットワークのアプリから「初心者歓迎」という回転寿司の求人にエントリーしてみた。日曜日の午前11時から午後3時、時給は東京都の最低賃金を17円だけ上回る1130円である。 

 

 

■ 「大人のキッザニア」だったタイミー体験 

 

 都内の幹線道路沿いにある寿司チェーン。 

 

 こういう日雇いをしばしば経験している筆者としては、スポット仕事の最初の難関は「従業員出入口がわかりにくい」ことだと思う。出入口を探して周囲をぐるぐる周り、遅刻しそうになることもあるので、30分くらい余裕を持って到着。 

 

 「いらっしゃいませえー!」 

 

 鉄の扉をそおっと開けると、調理場には5~6人の寿司職人が、ネギトロを巻き、バーナーでマグロを炙り、ボールに大量の玉子を割る真っ最中だった。すでに週末ランチのバックヤードは戦場と化している。 

 

 「タイミーから来ました」と告げると、以後、ここでの呼び名は「タイミーさん」である。名前は聞かれも呼ばれもしない。 

 

 調理場には主に中高年の男女が10名ほど、ホールは高校生か大学生くらいの男女が10名ほど。外国籍らしき人が1名いる。誰が社員で、バイトで、タイミーさんなのかはわからない。 

 

 壁に貼られたQRコードをタイミーのアプリで読み込ませ出勤完了。渡された板前風の白衣に着替える。なんだかキッザニア(職業体験ができるテーマパーク)みたいだ。 

 

 ボールいっぱいの魚のアラを、グツグツと煮えたぎる大鍋に入れてかき回すおばちゃんの後ろを通り、洗い場に連れていかれた。 

 

 「残飯はこっち、紙ごみはこっち。食器に洗剤は付けないでください。機械が故障する原因になるので」 

 

 今どきの飲食店に「皿洗い」という仕事はない。皿から残飯を取り除いて、食洗器に入れる仕事を命じられる。「タイミ―さん」の定番である。 

 

 オペレーションするのは2台の食洗機。 

 

 一つは回転寿司の色皿だけを洗う専用マシーン。スタート地点の水槽に皿を入れると、皿が自動でコンベアに乗せられ、洗われ、乾かされ、積み上げられていく。 

 

 もう一つは、レンジフードくらいの大きさの業務用食洗機。中ではザバァーっと暴風雨のような高圧洗浄が荒れ狂っている。 

 

 ホールとキッチンからは、汚れた皿と鍋が容赦なく持ち込まれ続けた。二つの食洗機を効率よく動かそうと皿や鍋を投入するうちに、機械の奴隷と化している自分に気づく。あっという間に2時間ほどが過ぎた。 

 

 

■ タイミーより怖いギャルからの評価 

 

 最初は楽しかったが、同じことの繰り返しなので、徐々に飽きてくる。くたびれる。店員やバイトの親しげな会話にも入れない。 

 

 「ああ、私もバーナーでえんがわを炙ってみたい、あと腰が痛い……」 

 

 4時間もやると疲弊する。中高年がタイミーで働くなら、体力がないと無理かもしれない。 

 

 「洗い場なんて肉体労働のうちに入らないよ」と言うおじさんに出会った。彼は半年前からタイミーを使い、回転寿司はじめ、ファミレスやイタリアン、中華料理店などの洗い場に50回ほど入ったという埼玉県在住のGさん(52)。 

 

 「初めてタイミ―に入ったのが仕事が休みの年末年始。家にいると酒飲んじゃって金がかかるし、それなら働いていたほうがいいと思って」 

 

 かすれ声のGさんは、日焼けしたマッチョおじさん。普段は工事現場の一人親方として現場仕事をしている。今いる現場は高速道路の基礎工事だという。 

 

 Gさんの本業の月収は手取りで50万円ほど。今のところ生活に困ってはいないというが、退職金もボーナスもない個人事業主だから、働けるうちにお金を少しでも増やしたいという思いがある。 

 

 Gさんは今、本業の後に週に1~2日、1回3~4時間ほど、都内の飲食店に入っている。この半年で20万円以上は稼いだ。やはり中高年の副業に「体力」は欠かせない。 

 

 そんなタイミーおじさんにも敵がいる。 

 

 「あるファミレスに入った時、店員がギャルばっかりで。アレは無理だった」 

 

 「それなー」「まじかー」という会話が飛び交うギャルだらけの厨房で、Gさんは完全に浮いたという。「臭いと思われてないか」など、ギャルからのジャッジを恐れるおじさんは多い。 

 

 「でも一番最悪なのが、全く指示のない店。終了時間になっても「上がっていいよ」という声かけもなし。ムカついたから『もう二度と行かない!』って、レビューに書いた」 

 

 タイミーでは、働く側が雇う側を評価することができる。評価の低い職場は選ばれなくなる。 

 

 一方で働く側も、雇う側から「グッド」か「バッド」で評価される仕組みだ。ちなみにGさんは「グッド率100%」だという。 

 

 

■ タイミーおじさんの仕事哲学 

 

 Gさんの人生は波乱に富んでいる。 

 

 「実は大学出てるんですよ。二部だけど法学部。卒業後はスーパーに就職したけど1年半で辞めた」 

 

 その後はフリーター、自殺未遂、工場や訪問販売など仕事を転々とした。そのたびに人に助けられたという。 

 

 「40歳手前で工事現場に入った時、ある親方に気に入られて、仕事をもらえるようになって。名刺まで作ってくれた」 

 

 それからは建築業界に根を下ろし、今はGさんが人に仕事を紹介する立場になった。その頃に妻にも出会っている。 

 

 「オレは人に助けられて生き延びている。自分が恩を受けた分、今度は自分がよくしなきゃという思いでいる。だからタイミーみたいな働き方は不思議だね。一日だけ働いて、帰るだけ。人の縁が広がらない、寂しい世界だよね。便利だけど、反面これでいいのかなとも思う」 

 

 Gさんがスポットワークを続けられるのは、本業があるからこそなのかもしれない。 

 

 仕事も結婚相手も、機械が選んでくれる時代だ。個人と労働と通貨がアプリで統合され、山や谷を巡る一つの川になり、ビッグデータとして大海に吐き出される。人間は「グッド」か「バッド」で評価されるただのIDである。 

 

 「普段いる建設現場は古い業界だから、若いヤツが中途半端なことをしていると、メチャクチャ怒るおじさんもいる。でも、それには愛を感じるよ。パワハラだと言われちゃうから、そういうのはダメなんだろうけどね」 

 

 仕事に愛とか持ち出すのは、古い人間の「不適切な表現」になるのだろうか。スポットワークには、愛の入り込むスキマもないのだろうが。 

 

 若月澪子(わかつき・れいこ) 

NHKでキャスター、ディレクターとして勤務したのち、結婚退職。出産後に小遣い稼ぎでライターを始める。生涯、非正規労働者。ギグワーカーとしていろんなお仕事体験中。著書に『副業おじさん 傷だらけの俺たちに明日はあるか』(朝日新聞出版)がある。 

 

若月 澪子 

 

 

 
 

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