( 200317 )  2024/08/10 15:50:12  
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岸田文雄首相が、国立公園に高級ホテルを誘致する計画を表明したことに対して、自然保護団体やネット上で様々な批判が起きている。

しかし、国立公園内にはすでに多くの宿泊施設が存在し、それが「安宿」ばかりであり、一部の高級ホテルの誘致が環境保護やネイチャーツーリズムにメリットをもたらす可能性があるという主張もある。

廃屋の問題や地域経済の活性化を考えると、高級ホテルの誘致は一因として重要であるとも指摘されている。

ただし、自然保護を重視する立場からは、まず現状の問題解決や環境保護に予算を充てるべきであるという意見もある。

また、外国人観光客誘致や観光資源の分散化によって、観光立国と自然保護を両立する施策が必要とされている。

(要約)

( 200319 )  2024/08/10 15:50:12  
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岸田文雄首相 Photo:JIJI 

 

● 五輪選手もビックリ 岸田首相への罵詈雑言 

 

 「あまりに短絡的だ!もはや開発じゃなく環境保護の時代だろ」 

 

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 「日本の美しい自然を外資に売り渡すなんて、この売国奴!」 

 

 7月19日に開かれた「観光立国推進閣僚会議」で、全国35カ所の国立公園すべてに高級ホテルを誘致することを表明した岸田文雄首相がボロカスに叩かれている。 

 

 ここまで批判が盛り上がった背景には、自然保護活動に取り組んでいる「公益財団法人日本自然保護協会」が、「自然環境保全上の問題が多い」と意見書を出したことも大きい。 

 

 これを受けてネットやSNSでは、オリンピック代表選手への誹謗中傷さながら、岸田首相への罵詈雑言が飛び交い、政権批判が溢れ返ったというワケだ。 

 

 ただ、今回ばかりはさすがに気の毒だ。この方針は安倍政権時の16年、「明日の日本を支える観光ビジョン(2016年3月)」の柱のひとつに国立公園が位置づけられたことから動き出した「国立公園満喫プロジェクト」によって専門家らの議論や検討が進められてきたものであり、岸田首相が思いつきでぶちまけたわけでもない。 

 

 しかも、現在の国立公園を取り巻く環境や課題を踏まえれば、「高級ホテルを誘致する」というのはそれほど悪い施策ではない。ネイチャーツーリズムの観点からも、環境保護の観点からみても双方にメリットのある解決策だ。 

 

 そもそも「国立公園に高級ホテルを誘致」することに反対している人たちの主張を見ていると、「国立公園」をスタジオジブリのアニメに登場するような「手つかずの自然があふれる保護エリア」のようなイメージを抱いている人が多いが、これは大きな誤解である。 

 

 「特別保護地区」として開発が厳しく規制されているところもあるが、その広大なエリア内には人も住んでいるし、民間が一緒になって国立公園を盛り上げようという開発エリアがかなりある。それがよくわかるのが、国立公園内の延べ宿泊者数(日本人及び外国人)である。環境省の推計によれば、2023年度は3271万人だ。 

 

 では、これだけすさまじい数の観光客が一体どこに泊まったのか。大自然の中で野宿という観光客もいるが、そのほとんどはホテルや旅館である。 

 

● 岸田首相が売国奴なら 有名観光地はほとんど売国奴 

 

 環境省の「宿舎事業を中心とした国立公園利用拠点の面的魅力向上に関する現状と課題」(23年1月30日)によれば、国立公園内の宿泊事業者は約1400だという。 

 

 つまり、「自然豊かな国立公園に高級リゾートホテルを開発するなんて許せない!」と怒っている方たちには大変申し上げづらいのだが、すでに日本の国立公園には膨大な数の宿泊施設が溢れかえっており、国内外の観光客もバンバン利用をしている。関東の方ならば、日光や箱根などを旅行するするだろうが、あの辺りもすべて国立公園であり当然、高級ホテルも誘致されている。今回のことで岸田首相が売国奴ならば、日本国内の有名観光地はほとんど売国奴になってしまうのだ。 

 

 そう聞くと、「既に宿泊施設がそんなにあるのだから、わざわざ高級ホテルなど誘致しなくていいじゃないか!」という意見が飛んできそうだが、実はそれがもうひとつの大きな誤解だ。 

 

 

 確かに、国立公園内にホテル・旅館が溢れているがそれは世界の観光ビジネスの常識から見れば「安宿」がほとんどで、高級ホテルが圧倒的に足りていないのだ。 

 

 先ほどの環境省の資料によれば、国立公園内の宿泊施設のうち75.1%が5000円~1万5000円だった。「高級ホテル」の基準である5万円以上はなんと1.5%に過ぎない。 

 

 つまり、歯に衣着せぬ言い方をすれば、日本の国立公園は「安宿」が溢れる「安い観光地」だったのである。 

 

 「それの何が悪い!すべての人が利用できるのが国立公園だろ」というお叱りが飛んできそうだが、はっきり言わせていただくと「悪い」。国立公園内の環境破壊につながるからだ。 

 

● 国立公園の自然を 破壊してきた「安宿」 

 

 実は国立公園が今、頭を痛めているものは「廃屋」である。自然豊かな国立公園になぜそんなものがたくさんあるのかと首を傾げる人もいるだろうが、この多くはかつてこの地にあふれた「安宿」の残骸なのだ。 

 

 《1980年代から1990年代前半にかけて団体旅行に対応するための施設の新設・改修を行なってきたが、バブル後団体旅行が減少して個人旅行が主流になってきており、投資回収や設備更新等の課題から、経営破綻をする宿泊施設が後を絶たない。(中略)上記の経緯から宿舎事業の廃屋化が国立公園内の利用拠点の大きな課題となる》(宿舎事業を中心とした国立公園利用拠点の面的魅力向上に関する現状と課題 P13) 

 

 これは今、日本が直面している「安いニッポン」問題にも共通する。なぜ日本の外食、小売、宿泊などサービス業が、他の先進国と比べて異常なほど安いのかというと、「先進国の中でアメリカに次いで人口が多かった」ということに尽きる。 

 

 つまり、価格を下げても消費者が次から次へとやってくるという「薄利多売」が成立したのである。それは国立公園内のホテル・宿も同じだ。バブルまでは人口も多く、ゴールデンウィークや夏休み、冬休みの繁忙期に団体客がドカっと押し寄せた。だから、1泊5000円でも経営が成り立った。 

 

 そういう「薄利多売」のビジネスモデルが、バブル後の日本では通用しなくなってしまったので「安宿」の多くは廃屋になってしまった。つまり今、国立公園の自然環境が悪化しているのは、長くこの地で「安宿」ばかりがあふれて、「安い観光客」をターゲットにしてきたことが最大の原因なのだ。 

 

 このような過ちを繰り返さないためにも、高級ホテルの誘致が必要だ。 

 

 「1泊100万?やっぱり日本は安いね」なんてセレブが世界中から集まれば、国立公園内にある他のホテルの価格も上がっていく。そうなると当然そこで働く地元雇用の従業員の賃金も上がる。地域経済も活性化すれば自治体も潤う。自治体は国と「協議」をして、国立公園内の施設を整備することができるので、財政に余裕が生まれた自治体は自然保護にも力を入れられるというわけだ。 

 

 実はこのあたりの「効果」については、「国立公園に高級ホテル誘致」に意見書を出した日本自然保護協会も全否定をされているわけではない。 

 

 

 《一部、国立公園内の既にホテルなど宿泊施設が整備されている集団施設地区や、市街地を含む普通地域に新たな宿泊施設を誘致することは否定されるものではない》(国内35カ所全ての国立公園における民間活用による魅力向上事業推進に関する意見書) 

 

 意見書を最後まで読むと、国立公園は地域でそれぞれ特色があるので、高級ホテルを誘致することが環境破壊につながるところもあるということに懸念を示して、まずは「廃屋化した宿泊施設の撤去やリノベーション、荒廃した登山道の整備、国立公園内の自然環境の現状把握や生物多様性の保全活動等」をすべきだと主張されている。 

 

● 自然を守るためのカネ どこから捻出する? 

 

 そう聞くと、「まったくその通りだ!まずは美しい自然を取り戻してから、ホテルなりの誘致を検討すべきだ」と賛同をされる方も多いだろう。 

 

 が、実はこれは難しい。「美しい自然を取り戻す」のにも莫大なカネがかかるからだ。 

 

 今回の問題で「世界では手をつかずの自然がありのまま保全されている」などと主張をされている人も多いが、それは事実と異なる。世界の主だったナショナルパークは、管理方法の違いもあるが、日本と桁違いの国家予算がつく。自然環境を守るためのレンジャーやボランティアも日本より多い。 

 

 じゃあ、日本も諸外国並の予算をつけろと思うかもしれないが、それは難しい。社会保障の負担がこれほど重いとなると、真っ先に予算が削られるのは文化、教育、そして環境というのは容易に想像できよう。 

 

 では、そんな日本でどうやって「美しい自然を取り戻す」ためのカネを獲得するのかというと、今の日本で現実的なところでは「観光」しかない。事実として、既に国立公園の環境整備はそれで進められている。 

 

 例えば今、いくつかの国立公園内では廃屋の撤去が進んでいる。では、そのカネはどこから捻出されているのかというと、「国際観光客税」が充てられているのだ。 

 

 これは日本から出国する旅客(国際観光旅客等)から徴収(出国1回につき1000円)しているものだ。つまり、外国人観光客が増えれば増えるほど、「美しい自然を取り戻すカネ」が増えるということだ。 

 

● 「観光立国」と「自然保護」 一石二鳥の解決策 

 

 しかし、「外国人観光客をもっとたくさん呼ぼう」というのは国民的には受け入れ難い。ご存じのように京都やら東京という大都市圏は、オーバーツーリズムが深刻な問題になって当の外国人観光客さえも辟易としている。そこで、この問題を解決するのが「分散」である。 

 

 日本には世界に誇る魅力的な観光資源がまだあるので、そこを打ち出して外国人観光客をそちらに誘導することで、大都市圏や一部有名観光地の「観光公害」を緩和しようというわけだ。 

 

 ここまで言えばもうおわかりだろう。その観光資源こそが「国立公園」なのだ。 

 

 

 国立公園は日本全国に点在しているので、東京や京都ばかりではなく、外国人観光客がここを目指してくれれば、オーバーツーリズムも解消するし、インバウンドの恩恵が地方にも行き渡る。しかも、そこで得たカネで、国が予算を組みにくい「自然保護」「文化保護」にも力を入れられる。 

 

 まさに観光立国と自然保護を両立させる施策なのだ。と言っても、これは日本人が考えたシステムではなく、多くの観光先進国が当たり前のようにやっていることだ。日本が遅ればせながら、「自然で稼いだカネで自然保護をする」という考えが広まってきたというだけの話である。 

 

 ただ、このような説明をしたところで、「高級ホテル誘致」が感覚的に許せない人は多いだろう。「自然で稼ぐなどとんでもない、自然保護のカネはどこからか湧いて出てくるものだ」と信じて疑わない人もいる。あるいは、坊主憎けりゃ、ではないが自民党政権のやることなすこと気に入らないという人もいるだろう。 

 

 おそらく場所によっては、政治情勢や選挙とからめた反対運動も起きるだろう。 

 

 こうしてゴチャゴチャして何も決まらない間にどんどん廃屋は増えていく。「安さ」で勝負をしている限り、人口減少が進行すればするほど観光産業も廃れていく。日本の国立公園が、海外のナショナルパークのようになるのは、まだまだ遠い道のりかもしれない。 

 

 (ノンフィクションライター 窪田順生) 

 

窪田順生 

 

 

 
 

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