( 200952 )  2024/08/12 16:16:33  
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7月末に財務省を退官した神田真人前財務官が座長を務め、国際収支をテーマに懇談会を主催して報告書を作成した。

しかし、報告書では過小投資、労働市場の流動性が原因とされているが、その根拠には疑問が残る。

また、過小投資の解決策として外国からの投資を呼び込むことが提案されているが、内部投資活性化を優先すべきであると指摘されている。

報告書のロジックには疑問があり、批判的な意見もある。

(要約)

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Photo by gettyimages 

 

7月末で財務省を退官した神田真人前財務官は、自らが座長を務めて懇談会を主催し、7月2日に「国際収支から見た日本経済の課題と処方箋」という報告書を出した。それで、日本経済の課題を解決できるものなのか。 

 

【写真】ナゼここで…?日銀の「利上げ」が「意味不明」な理由 

 

この懇談会は、学者・エコノミストを20人も集めて行われた。財務官が自ら座長になるのも異例だが、退任直前の3月26日に第1回、その後、第5回まで懇談会を開き、実質的に3ヶ月という超スピードで報告書を作っている。いわば神田氏の卒業記念文集のようだ。 

 

懇談会メンバーは、親財務省のいつもの人ばかりだ。議論の時間から推測できることだが、まともな議論もなく、財務省の見解をそのまま垂れ流している。 

 

余談だが、メンバーの中には、筆者と「共演NG」の人もいる。土居丈朗・慶応大教授と斎藤誠・名古屋大教授だ。 

 

土居氏は、2003年の日本財政学会第60回大会に提出した筆者の論文「財政投融資の将来負担 星・土居論文の反論として」について、討論者として指名したのにドタキャンした。斎藤氏は、2003年5月の経済セミナー「インフレ目標政策と等比級数」の中で彼の数学モデルの誤りを指摘した。 

 

斎藤氏への批判は論文にしようと思ったが、数行で終わったので、経済セミナーに他の話とともに書いた。両者ともに、単純な数学的な誤りなので抗弁の余地はないはずだが、日本の経済学界において今ではなかったことになっているらしい。 

 

そうした人物と財務官僚がまとめた報告書であるが、バブル崩壊後の30年間の日本経済停滞について、「既存の雇用や企業を守ることに主眼を置いた支援策が長らく実施されたこと等から、資本・労働が生産性の低い分野に固定され、賃金上昇や設備高度化が総じて停滞してきた」からと断じている。 

 

この根拠となっている資料は、労働市場の流動性と生産性や賃金成長率の関係を各国比較で示すものだけだが、本当に労働市場の流動性がバブル前後で大きく低下したのだろうか。もともと日本は労働市場の流動性は低かったのに、バブル崩壊前後で経済成長率が変化したのは、労働市場の流動性ではなく他の要因だろう。 

 

 

写真:現代ビジネス 

 

筆者の解答は7月24日付け本コラム「なぜ『日本の名目GDP』は停滞を続けるのか?この国の経済にかけられた『2つの呪縛』の正体」に記している。 

 

たしかに過去30年間、日本は成長しなかった。 

 

以前の記事で解説したように、マネー伸び率は、名目経済成長率と相関係数0.9程度の極めて高い相関をもっているので、マネー伸び率はそのまま名目経済成長率の順位となっているとみていい。 

 

ざっくり言えば、1980年代までは結構まともな金融政策が行われていて、それにより高度成長が実現していた。しかし1990年のバブル崩壊後、日本は「羹(あつもの)に懲りて膾を吹く」かのような緊縮気味の金融政策を続けた。日銀官僚の無謬性にもとづく間違った金融引き締め策が繰り返され、結果として、マネー伸び率は世界最低水準となり、失われた20年がつくられた。 

 

写真:現代ビジネス 

 

それに加えて、前記のコラムでも指摘したように、日本だけが公共投資を怠ってきた。G7の公共投資の推移をみると、1991年を1とすれば、2023年には英4.4、加4.2、米3.4、仏2.3、独2.2、伊2.1であるにもかかわらず、日本だけが減少して0.9と異様な低値になっている。 

 

実は政府投資は、各国の名目GDPと大いに相関が高い。日本以外の国では0.9以上の高い相関になっている。政府投資は政策的に動かせるので、この高い相関は因果関係を示唆する。しかし、G7諸国の中で、日本だけが公共投資と名目GDPに相関関係がみられないのがまったく不可解だ。公共投資の抑制も、失われた20年と大いに関係がある。 

 

しかし、財務省の報告書では、こうしたマクロ経済の基本的な事実を無視して、労働市場の流動性を日本経済停滞の原因としている。過小投資は認識しているようだが、その処方せんが、「流動性を高めて海外から投資を呼び込もう」というものになっている。 

 

過小投資であれば、まずは国内投資の活発化を図るのが政策の筋であるが、それを言い出すと、国内投資のうち政府が関わる公共投資の過小という指摘を受けてしまう。 

 

本コラムでも示したとおり、それが紛れもない事実だ。 

 

しかも、政府内金利とも言える社会的割引率が、市場金利の低下にもかかわらず20年間も据え置きというのでは、政府投資が伸びるはずがない。そうした事実を気づかれないように、しかも政府投資を出さないですむように財務省が考えた「処方せん」が、「労働市場の流動性を高めて海外からの投資を呼び込む」なのである。 

 

 

写真:現代ビジネス 

 

こうしたレトリックに関しては、実に財務官僚は賢いので、マスコミや学者はコロッと騙されてしまう。 

 

しかも、「財政状況はよくないので公共投資は出せない」という布石まで打っている。それが、報告書中にある「財政健全化」の部分だ。これは、よくある財務省の「テンプレート」であり、「これから金利が上がるので、利払費が大変になるから、公共事業のための国債は発行できない」という彼らのいつものロジックである。 

 

しかし、これは事実ではない。本コラムではしばしば「広い政府(統合政府)は負債も大きいが、それ以上に資産もある」と強調している。だから日本の財政は悪くない。さらに金利が上がると、負債サイドの利払費は上昇するが、資産サイドの金融資産運用利回りも上昇するので、金利が上がって財政状況は悪化しない。 

 

これは、筆者が大蔵官僚時代に作ったALM(資産負債総合管理)システムを応用する」ことによってもわかる。実際、筆者がその部署の責任者であったときには、毎月金利が上昇したときにはどのような財務状況になるのかを大蔵省幹部に説明していた。金利が変化したときに財務状況がどうなるかを分析するのは、感応度分析といい、ALMシステムでは必須のイロハであり、今の財務省でやっていないとは言えないはずだ。 

 

ここでも、報告書のロジックは破綻している。財務官が現役最後に残した報告書といっても、この程度である。これに関与した学者や、褒めあげて媚びを売ったマスコミは猛省したほうがいい。 

 

髙橋 洋一(経済学者・嘉悦大学教授) 

 

 

 
 

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