( 201229 ) 2024/08/13 15:05:50 0 00 鹿児島県警・野川明輝本部長。自分の保身のためなら性被害者も部下も平気で切り捨てか……。 - 写真提供=共同通信社
ストーカー、強制性交、盗撮……鹿児島県警の警察官による不祥事が相次いでいる。勇気をもって真実を告発した元警官二人が逮捕され、真実を伝えようとしたジャーナリストが家宅捜索を受けた。県警本部長の処分は「訓戒」で終わりでいいのか。警察も大新聞もテレビも裁判所も忖度だらけの日本の現状に「黙っていられない」元文春編集長が声をあげた――。
【図表】不祥事のデパート鹿児島県警・身内の性犯罪と隠蔽
■戦前でも実行しなかったジャーナリズムへの弾圧
雑誌の後ろには「編集人」と「発行人」という二つの肩書が印刷されています。読者も、いや出版社の社員も、なぜ「発行人」が必要なのか知らない人が多いでしょう。発行人の役目とは、以下のようなものです。
戦前、特高警察の検閲が烈しくなると、編集人が警察署に引っ張られ拘禁されることが相次ぎました。そこで、出版社は発行人という、編集長より重責(ということになっている)職責の人間をたて、彼らが犠牲になって編集人の作業が中断されないよう、代わりに拘束されたり尋問されたりしていました。
警察もこのカラクリはわかっていても、自由にしていたようです。こんな昔話を持ち出したのは、戦前の警察でさえ、ジャーナリズムには一定の自由を認め、拘束や家宅捜索は慎重にしていたという事実も知ってほしいからです。
その、暗黒の戦前でもほとんど実行しなかった、ジャーナリズムへの弾圧を、鹿児島県警が平然と行いました。記者を任意(実際には強制)で警察署に連れてゆき、家宅捜索令状をだして「証拠物品」を押収、PCは複製したあと返却されたといいます。公務員の守秘義務違反の証拠押収という名目です。
ここにいたった、事件の経緯をまずまとめてみましょう。
2024年3月下旬、「HUNTER」というウェブメディアに所属していた記者に、その証拠物件は郵送されてきました。すると、その翌月の4月8日に、鹿児島県警曽於署の藤井光樹巡査長が、内部文書を第三者に漏洩した容疑で鹿児島県警に逮捕されました。さらに、同日に鹿児島県警は、「HUNTER」を運営する代表者の自宅を家宅捜索したのです。
押収したデータの中に、藤井巡査長からの告発とは別に、県警の生活安全部長だった本田尚志・元警視正による「告白書」もありました。そこには以下のような内容の事件がもみ消されそうになっていることが記されていました。
2023年12月に、鹿児島県枕崎市でトイレに侵入して女性を盗撮した事件が起き、容疑者として枕崎署の警察官が浮かびます。県警の生活安全部長として本田尚志・元警視正は「早期に捜査に着手し、事案の解明をしよう」と考え、上司の野川明輝・県警本部長の指揮を仰いだところ野川本部長は、「最後のチャンスをやろう」「泳がせよう」と言い、強制捜査にゴーサインを出さなかったというのです。
それ以外にも、捜査上知り得た住所などをもとにストーカー行為を行っていた警察官や、ストーカー事件が2件起きているのに、事実上もみ消した霧島署の前署長が、こともあろうに本田元警視正の後任として、ストーカー事件を扱う県警生活安全部長に昇進している事実が告発されていました。これらのストーカー行為は本部長指揮の事件となりましたが、明らかにされることはありませんでした。警察を定年退職した直後の本田元警視正が、これらの事実を広くジャーナズムに告発したいと、資料を「HUNTER」の記者に送っていたわけですが、本田元警視正は5月31日にいきなり、国家公務員法違反で逮捕されたのです。
■5カ月も「泳がせていた」容疑者を慌てて逮捕
盗撮容疑の枕崎署の巡査部長は5月13日に逮捕されましたが、12月の事件発生から、内定に実に5カ月もかかって容疑者を「泳がせていた」事件なのに、「HUNTER」の運営者の家宅捜索からわずか1カ月間で逮捕になったというのは実に不可解です。「本当は事件をもみ消そうと思っていたのに、告発書がでたため」事実関係を隠蔽(いんぺい)するために仕方なく「解決」したとしか思えません。
さすがに、この問題を重視したのか、警察庁は特別監察を実施すると宣言しましたが、野川鹿児島県警本部長は、内部告発した本田警視正を内部通報者として保護すべき対象ではないと答え、いまだに国家公務員法違反としています。その上、犯人隠避で刑事告発されていた野川本部長は早々に不起訴と判断されました。
組織の幹部が外部メディアに通報したことを理由に職員を処分して、さらに隠蔽しようとした行為は、兵庫県知事の手法にそっくりです。兵庫県知事に対しては、議会による百条委員会が設置され、市民の中からはリコールといった動きもでています。ところが、警察は基本的に閉鎖的な組織。警察庁は7月21日、申し訳のように、「鹿児島県警枕崎署員による盗撮事件で、捜査状況をきめ細く確認し、指示すべきだった」として、野川明輝本部長を長官訓戒としましたが、なんとかこれでおさめようとする態度がミエミエで、百条委員会についても、現状鹿児島県議会は消極的な態度をとっています。
私は、この問題は重大事だと事件発生時から注視していましたが、大手の新聞や報道機関の反応は鈍感でした。「ただのフリーライターだから、いい加減な取材をしているから、警察に家宅捜索を受けたのだろう」といった安易な考えがあるようにみえます。本来は、この鹿児島県警による隠蔽事件と、ジャーナリストに対する家宅捜索という弾圧に対して、新聞協会も日本民間放送連盟も、大々的に取材しキャンペーンを張るべきなのです。
もちろん国防上の機密など国家公務員が絶対に守秘義務を遵守すべき機密もあるでしょう。その漏洩事件で国益を損なう恐れのある事案であれば、報道機関に対する家宅捜索も完全に否定するものではありません。しかし、この事件は本部長のクビを守るという以外にこんな荒っぽい捜査をやる必要がないことなのです。
■保身が最優先で性被害事件をもみ消し続ける
ストーカー、強制性交、盗撮など……鹿児島県警の警察官が、相次いで性加害の不祥事を起こしていることは、確実に野川本部長の責任問題につながります。もし、自分のクビを最優先に考えて「もみ消し」をし続ける本部長の不正に直面し、良心に耐えかねて、退職後に「告発」にいたった行為だとしたら、本田・元警視正の行動は、むしろ公益通報保護制度によって保護される対象として扱われるべきものなのです。
なんでも秘密にしたがるのが警察。なんでもキャリア官僚がエライのが警察という組織の特徴です。
私自身、かつてジャーナリストの江川紹子さんと、当初からオウム真理教の関与が疑われていた「坂本弁護士一家行方不明事件」を追いかけているとき、神奈川県警が絶対に、この事件を「拉致事件」と認めず、「失踪事件」として押し通していたことに、愕然とした体験があります。
当時の県警本部長は、人事異動まで数カ月、拉致事件なら未解決事件となり、彼の経歴に傷がつく。これが警察の本音です。「拉致」と「失踪」では、捜査体制も捜査陣の意気込みもスピード感もちがいます。あのとき、大々的な捜査をしてオウム真理教を徹底的に捜査しておけば、松本サリンも地下鉄サリンも防げた可能性さえあるのに、一キャリア官僚の経歴を守るために、その機会を自ら放棄したのです。
その結果、オウム真理教という怪物は、あの時点で「何をしても大丈夫」と自信を持つようになってしまいました。今回、明るみになった一連の警察の「もみ消し」未遂事件の中には、強制性交事件の容疑者が警察OBの息子という事件もあります。絵に描いたような隠蔽策です。こんなことを許しておいていいのでしょうか。
社団法人日本新聞協会と社団法人日本民間放送連盟は「報道機関で取材活動に従事するすべての記者にとって、『取材源(情報源)の秘匿』は、いかなる犠牲を払っても堅守すべきジャーナリズムの鉄則である。隠された事実・真実は、記者と情報提供者との間に取材源を明らかにしないという信頼関係があって初めてもたらされる」としていますし、最高裁は「取材源の秘密は、取材の自由を確保するために必要なものとして、重要な社会的価値を有する」と述べています。
たしかに、鹿児島県警とモメ事になれば、地元の新聞社は記者クラブに依存しているだけに困るでしょう。それでも、地元の新聞社は頑張って記事にしています。だからこそ、新聞協会や日本民間放送連盟といった、もっとも大きな組織こそ、鹿児島県警および警察庁に対して強烈に抗議し、二度とこのようなことが起こらないように徹底的に問題を報道すべきなのです。また、これは、日本国憲法によって保障されている自由に対する侵害なのですから、国会の場でも、野党を中心に厳しく追及するべき問題です。
■新聞協会はなぜ抗議しないのかと思ったら…
警察庁長官は国会答弁で、「特別監査をいれる」と釈明しましたが、身内の調査がどれほど大甘になるかは目に見えています。ましてや、相手はキャリア官僚です。私の知人の警察キャリアは、「一生で一回しか手錠をかけたことがない」と言っていました。それも部下が被疑者を制圧し、いつでも手錠が嵌められる段階になってから、「○○さん、手錠をどうぞ」という世界です。本部長に逆らえない警察官も大勢いることでしょう。しかし、まずは冷静に考えてみてください。これは公務員法違反に関わるような重大機密ではなく、野川本部長のキャリアにとってのみ不都合な真実であったことを通報されたにすぎないという事実なのです。
私自身、事件の取材の過程で得た資料が欲しくてやってきた警察官に対して、資料の拠出を断ると、「家宅捜査礼状を出しますよ」と脅された経験があります。また、脱北者を日本に連れてきて、講演をさせたときは、警察から「ホテルを教えてくれ、その廊下の警備をしたい」と言ってきました。もちろん、このときも断りました。われわれの手で十分に警備できる自信があったのと、警察に接触されると何をされるかわからないという疑いの念があったからです。
なぜ、新聞協会は今回の事件で抗議しないのかと思っていたら、案の定、読売新聞にこんな記事がでました。コメントしているのは、なんと警察大学校の元校長の田村正博・京都産業大教授(警察行政法)。
6月18日付のこの記事には「県警の最高幹部だった前生活安全部長が重要な個人情報を意図的に漏えいした事実は深刻な問題だ。警察への不信感が高まっており、県警には徹底的な調査と説明責任が求められる。警察庁や公安委員会の対応も重要だ」というふうに、情報を漏洩したことのみに論点をすりかえる意図をもって書かれており、情報源を特定して、ジャーナリストに対して家宅捜査したことなど問題にもしていない記事になっています。
さすがに、最近になって朝日新聞、毎日新聞などが社説などで取り上げていますが、新聞界全体の動きにはなっていません。しかし、小さな積み重ねが大きな言論弾圧につながってゆきます。一番心配なことは、この暴挙には裁判官も加担しているという事実です。裁判所から家宅捜査礼状がでたということは、裁判所も本田・元警視正が機密を漏洩したという見方をして、その証拠を確定するためにジャーナリストへの家宅捜索令状の発行を認めたことになるのです。これは、重大な意味をもちます。裁判所は警察以上にこの問題に神経を配るべき組織だからです。
のちに検事総長となる松尾邦弘・法務省刑事局長は、取材源の秘匿について「大変重要なこと」「最大限尊重する」と国会で答弁し、捜査にあたって「そういう重要性も当然念頭に置きまして、それを最大限尊重するような運用をする」と約束し、したがって、「報道機関が取材の過程で行っている通信につきましては、基本的には通信傍受の対象としない」と明言しています。今回、はたして裁判所は、こういう前例を調べて令状をだしたのでしょうか。
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