( 202675 ) 2024/08/17 16:59:52 1 00 8月5日に日経平均株価の大幅下落や円高ドル安の影響で金融市場が不安定化し、日本銀行への批判が高まっている。 |
( 202677 ) 2024/08/17 16:59:52 0 00 市場の急変に植田和男・日銀総裁への風当たりも強い(写真:ロイター/アフロ)
日経平均株価が8月5日に過去最大の下落幅を記録したほか、為替相場では急激な円高ドル安が進むなど、金融市場が不安定になっている。そのやり玉に挙げられたのが日本銀行だ。7月末の金融政策決定会合で0.25%の利上げを決定するなど政策変更に動くが、市場の動揺を受け批判にもさらされている。果たして「主犯」は日銀なのか。元日銀の神津多可思・日本証券アナリスト協会専務理事が解説する。(JBpress編集部)
【写真】内田・日銀副総裁の追加利上げ慎重発言で株価は下げ止まったようにみえるが…
(神津 多可思:日本証券アナリスト協会専務理事)
■ 米雇用統計をきっかけに株を売って、債券を買う動きに
8月の第1週、金融市場が大きく動いた。内外の様々な要因が絡み合ってのことなので、いくつかの要因に分解してその理由を考えた方が良さそうだ。
少し遠回りだが、内外の金融資産のポートフォリオを入れ替える際の考え方から入ろう。
まず、円建ての資産にするか、それとも外貨建てにするかという切り口がある。もう1つ、同じ通貨建ての資産でも、リスクの高い資産、例えば株式で運用するのか、あるいはリスクの低い資産、例えば国債あるいは預金で運用するのかという切り口がある。
このような2×2のシンプルなマトリクスで考えた場合でも、投資の意思決定においてはさまざまな先行きの展開を予想しなくてはならない。
これから経済に変調が起こりそうだと考えた場合には、リスク資産である株式への投資割合を減らし、より安全な国債などの比率を高めるよう、配分を見直す。米国で8月2日の金曜日に発表された雇用統計をみて、米国経済が後退局面に入りそうだとの見方が広がった。それをきっかけに株式を売り、債券を買う動きが起こった。
米国の景気が悪くなるなら、米国の連邦準備制度理事会(FRB)は利下げに動く可能性が高まる。そうなると日米の金利差は縮まる。その結果、為替レートには円高の力が働く。
■ 日銀の利上げに「時期尚早」との論調
この2つの動きが、つまり株安と円高が同時に起きたのが、週明けの8月5日月曜日の東京市場だった。円高は、海外事業を展開している企業の、連結決算上の海外ビジネスの評価を円建てでは圧縮する。それがさらに株安を生むという悪循環もあった。
金融市場がそうした展開になった背景説明として、その前の週、7月31日の日本銀行の政策金利の引き上げが時期尚早だったからだという論調がにわかに出てきた。
本当にそうなのであれば、利上げの日から株安が始まっても良さそうなものだが、実際には当日は、日経平均で前日比500円を超す株高で終わっている。
■ 円安解消に利上げを求めていた政治家もいたはずだが…
日本銀行が利上げに踏み切る前、政府与党の政治家からも、円安が行き過ぎており、利上げすべきだとの声が出ていた。今になって、日本銀行の利上げが時期尚早だったと言うなら、利上げを求める声に対して、その時点で反論すべきだった。
株安が進行した中、周囲を見回して批判されることがなさそうなので、今頃そういうことを言い出すというのであれば、何ともいただけない。
たしかに、日本銀行が利上げをしていなければ、その後に米国の景気先行き不安が生じたとしても、円高の度合いは小さく、したがって株価も8月5日のように急落しなかったかもしれない。
そういう意味で、日本銀行のアクションがその後に金融市場で起こったことの一因であることは否定できない。しかし、だからと言って主因とも言えないのは上述の通りだ。
■ キャリー・トレードの巻き戻しも
今回の急速な円高の背景に、もう1つキャリー・トレードの巻き戻しということが言われる。
これは、ごく簡単には、日米金利差が当分は変わらないという予想を前提に、低金利の円を借りてドルに替え、高金利で運用する投資と言ってよい。そういう取引を行っているのは主に海外勢、ヘッジファンドなどと言われており、その取引の規模も既存の統計では正確には把握できない。
実感としても行き過ぎていた1ドル160円程度の為替レートも、そのキャリー・トレードがあってのことと言われている。そして、この取引においては、先行きの金利差がどうなっていくかの判断が重要になる。
急速に金利差が縮小するなら、早く手仕舞いをしなくてはいけない。それは、従来とは反対方向のドル売り円買いをより大量に行うことであり、その分、円高も速く進む。
■ 日銀総裁会見、公表分以外のやりとりをどう英語で発信するか
海外勢主体のそうした取引が為替レートを動かすのであるから、日本銀行が先行きどういうスタンスで金融政策を運営しようとしているか、リアルタイムに正確な情報が彼らに伝わらないといけない。
その観点からは、日本銀行の金融政策決定会合の後の総裁記者会見の内容も、英語でも正確にリアルタイムで発信されなければならない。
総裁記者会見では、公表文の内容を確認するやり取りもある。それらについては、日本銀行の真意を正確に反映させた英語の公表文があるので、その内容について海外勢が誤解することはないだろう。
問題は、公表文から離れたやりとりの部分だ。
特に、先行きの金融政策運営のスタンスについては、上述の金利差の見通しに直接結びつくだけに、日本語がどう英訳されているか気になる。リアルタイムでの翻訳は、聞いている人が自由に行っているのだろうから、日本銀行の真意を反映した英語になっている保証はない。
そうした部分については、総裁記者会見において日本語で返答が行われる際に、同時に英語でも情報発信しなければならない時代なのかもしれない。英語表現も同時に伝える対応は、植田総裁であれば十分可能だ。
■ 金利の誘導目標「0.125%」という選択肢もあった
ところで、7月末の利上げで政策金利の誘導目標は+0.25%程度となった。3月のマイナス金利解除の際、政策金利は0~0.1%程度とされたので、今回の利上げ幅は0.25%より小さいことになる。
今後の利上げについても、0.25%幅で行われることが暗黙の前提になっているように思われるが、現在の日本経済の現状からして、その幅は最適なのだろうか。
1~2%の実質経済成長率、2%のインフレ率を念頭においても、0.25%幅で金利を変更するのでは、1回の政策変更として大き過ぎないだろうか。0.25%という幅は、かつてのもっと経済の変動が大きかった頃のレガシーになっているかもしれない。
そうだとすると、0.25%をいつも前提にしていたのでは、政策変更のタイミングが遅くなる、あるいは政策変更をした場合にやり過ぎるリスクも大きくなる。また将来への不確実性が大きい時には、漸進的に、しかしできるだけ素早く金融環境を変えた方が良いこともあり得る。
今回の変更も、例えばもっと早い段階で+0.125%程度という誘導目標にできていれば、先行きの内外金利差の見方が、今回ほど大きく変化することはなかったかもしれない。
そうした思考の柔軟性は、日本銀行がいつアクションを変えるかという見方についても必要になっている。
■ 後追いだったインフレ圧力対応を見直すべき時
今回、日本銀行の利上げを予想していなかった見方に共通するのは、あらかじめ何らかの利上げの要件を定め、それらが全てクリアされなければ動かないはずだという思考パターンではないだろうか。それが裏切られただけに、時期尚早論にもつながるのだろうが、それはあまりにも「デフレ」の時期の考え方に囚われていないか。
期待に働き掛ける面を重視し、具体的に条件を定め、中央銀行が自らのアクションを縛るという金融政策が長く行われてきた。それもあって、上述のような硬直的とも言える思考パターンになりやすいのだろう。
しかし今はインフレの時代だ。政府はまだ「デフレ」脱却宣言をしていないが、もう2年以上2%を上回るインフレが続いている。その理由はどうであれ、現実のインフレに対応する金融政策となることが当然ではないだろうか。
円安は一定のタイムラグを伴って確実に国内物価に対しインフレ要因となる。そもそも1ドル160円程度の行き過ぎと感じられた円安が、企業と家計に対しアンバランスな影響を与えていた。国民の中央銀行である日本銀行は、そうしたことも勘案して金融政策を運営する段階に来ている。
これまで日本銀行は、インフレ圧力に対し後追いで動いてきた。しかし、もはや2%を超えるインフレに入って3年目である。日本銀行が、これまでのビハインドの部分を取り戻し始めてもおかしくはない。
インフレが国民の生活に悪影響を及ぼしている今、すでに発表された経済指標などが、日本銀行の先行きの物価見通しをはっきり上振れさせるものでなければ日本銀行は動くべきでないというような発想は、あまりにも固定的だろう。金利ある世界に入った今日、思考ももっと柔軟なものに戻って良いのではないだろうか。
■ リスクをとらないとリターンは期待できないはずだが
冒頭の金融資産のポートフォリオの入れ替えは、取りも直さずリスクテイクの話だ。リスクをとって、実際に資金を動かすのは本当に怖いことである。
しかし、そのリスクを乗り越えない限りリターンもまた期待できない。大きなショックがあった時、味方が多くつきそうな犯人捜しを行い、後出しで批判コメントを出すような姿勢はそのリスクテイクからは遠い。
そして、風見鶏的にそうしたコメントを都合よく取り上げる報道が受け入れられているとすれば、日本社会にはリスクテイクのために自分で判断するという姿勢がまだまだ足りないのかもしれない。
リスクを取る経済では、それぞれの経済主体が自分で判断し、自分の資金をかけて行動することが一層求められる。横並びの安全コメントが横行するのであれば、新しい発展に向けよりリスクを取って動く状況には、日本経済はまだ十分至っていないのかもしれない。
神津 多可思(こうづ・たかし)公益社団法人日本証券アナリスト協会専務理事。1980年東京大学経済学部卒、同年日本銀行入行。金融調節課長、国会渉外課長、経済調査課長、政策委員会室審議役、金融機構局審議役等を経て、2010年リコー経済社会研究所主席研究員。リコー経済社会研究所所長を経て、21年より現職。主な著書に『「デフレ論」の誤謬 なぜマイルドなデフレから脱却できなかったのか』『日本経済 成長志向の誤謬』(いずれも日本経済新聞出版)がある。埼玉大学博士(経済学)。
神津 多可思
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