( 202680 )  2024/08/17 17:05:57  
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日本の株価は、他国と比較して急激に下落しており、円高の影響が大きい。

円キャリートレードが主な要因だったが、アメリカの利下げにより「円キャリー取引の巻き戻し」現象が起き、円高に転じた。

この影響で円安による企業利益の減少が起こり、株価が下落している。

日銀の政策不作為が円高を引き起こしたとされ、今後も円高が進行する可能性がある。

ただし、実際の円安や円高がどれほど進展するかはFRBの政策決定に依存し、日本の経済政策が円安や円高に与る影響は限定的と予想される。

(要約)

( 202682 )  2024/08/17 17:05:57  
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by Gettyimages 

 

日本の株価下落率は、他国と比べて際立って高い。それは7月末ごろから円高局面に転換したからだ。これまで円キャリー取引によって円安が進んでいたが、それが、いま逆転している。中期的に1ドル130円台の円高に進む可能性が高いが、それより円高になる可能性もある。 

 

【写真】日経平均の大暴落は「超円安」依存経済への警鐘だ…! 

 

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7月の終りから、アメリカの株価下落に端を発し、世界の株価が下落した。ここで注目すべきは、日本の株価下落率が、欧米のそれに比べて遥かに大きいことだ。 

 

日、米、英の3国について、終値を、株価下落が始まる直前の7月30日と、一番底である8月5日とを比べると、つぎのとおりだ。 

 

まず、今回の株価下落の震源地とも言えるアメリカのダウ平均株価は、7月30日には4万0734ドルだったが、8月5日には3万8703ドルに下落した。この間の下落率は、5.0%だ。 

 

イギリスのFTSE指数は、7月30日には8292だったが、8月5日には8008となった。この間の下落率は、3.4%だ。 

 

これに対して、日本の日経平均株価は、7月30日には3万8525円だったが、8月5日には3万1458円となった。下落率は18.3%と、極めて高い値だ。 

 

8月5日の下落幅4451円は、1987年のブラックマンデーの翌日につけた3836円を超える過去最大値だった。また、8月2日の下落幅2216円は、史上第3位の下げだった。 

 

しばしば、「世界の株価を下落させた原因は、アメリカの景気減速」と説明される。 

 

このこと自体は間違いではないのだが、それだけでは、なぜ日本の株価下落率が際立って高いのかを説明することができない。その理由を明らかにすることは、日本株の将来を見通す場合に、重要な情報となる。 

 

なぜ日本の株価下落率がこのように大きいのか? 

 

それを解く鍵は、各国為替レートの変動率にある。 

 

円、ポンド、ユーロの最近の動向を比較すると、つぎのとおりだ。 

 

まず円は、2024年の初めから円安基調が続き、7月10日には、1ドル=161円まで円安になった。しかし、11日から円高に転じ、その後はほぼ継続して円高が進んだ。この過程は、7月末の日銀政策決定会合で利上げを決定する以前から続いていたことに注意が必要だ。 

 

そして、8月5日には、144円になった。わずか1月足らずの間に、20円近くの円高が進んだのである、その後、やや円安になったが、8日に147円になった後は、再び円高に向かっている。 

 

一方、ポンドを見ると、7月中旬に1ポンド=1.3ドル程度だったのが、8月初めに1.27ドル程度へと減価している。ユーロの最近の状況を見ると、7月末に1ユーロ=1.85ドル程度だったのが8月初めに1.90ドルへと増価してはいるが、大きな変化ではない。 

 

このように、7月末以降、ポンドは減価している。ユーロは増価しているものの、率は高くない。これらと比べると、最近時点での日本円の増価率は、著しく高い。とくに、7月31日以降、急速に円高が進んでいる。 

 

こうなるのは、円の場合には、「キャリー取引の巻き戻し」現象が起きていたからだ。この間の事情を以下に説明しよう。 

 

 

2022年以降、アメリカがインフレ対策のために政策金利を急速に引き上げた。他国の中央銀行もそれに追随したが、日本銀行だけは、それまでのマイナス金利を継続した。 

 

このために、日米金利差が拡大し、円キャリー取引が生じていた。これは円を借りて資金を調達し、ドルなどで運用する投機取引だ。それによって金利差分の利益を期待する。 

 

ただし、そうなるためには、日米に金利差があるだけでは十分でない。将来、仮に円高になると、金利差による利益は吹き飛んでしまうからだ。したがって、円安が続くという見通しが必要だ。 

 

日銀は、金融緩和を続けるとしていたので、将来も円高にならないと予想できた。つまり、キャリー取引で利益が上がることを保証していたのである、言い換えれば、キャリー取引を推奨していたことになる。このために、円を売ってドルを買う取引が増加し、円安が進んだ。 

 

ところが、アメリカが利下げをすると、投資家は、期待しただけの利益が得られなくなる。そこで、「円キャリー取引の巻き戻し」とか「逆回転」と呼ばれる現象が生じる。運用していたドル資産を売却し、それによって得た外貨で円を購入して返済する。このため、円高になる。 

 

一方、ここ数年の日本企業の利益増が円安によるものであるために、円高になれば、利益が減少する。したがって、株価が下がる。このプロセスは、日本の政策では止めようがない。 

 

日本では、これまでは利上げをせず、その結果、円安が進んで企業利益が増え、株価が上昇した。いま、日本が利上げするからというよりは、アメリカが利下げをするために、円高を強制される。それによって企業利益が減るので、株価が下落するという現象が起きているのだ。つまり、いま起きている株価下落は、2022年以降の日銀の不作為の結果だと解釈することができる。 

 

円キャリーの巻き戻しは、7月始め頃には、すでにかなり進んでいると言われていた。現在では、かなりが巻き戻されている。 

 

今後円キャリー取引が、これまでのように進むことはまずないので、160円を超える円安が進行することはまずないだろう。むしろ、今後も巻き戻しが進み、円高が進行するだろう。 

 

単純に、2022年以降のアメリカの利上げ過程を逆に辿ると考えれば、最終的には、アメリカの政策金利がコロナ前の水準と同じだった頃(2022年7~9月頃)の値(1ドル=130円程度)までの円高が進む可能性がある。 

 

ただし、事はそれほど簡単ではない。円キャリーがどれだけ行われるかは、金利差だけで決まるのではなく、将来の為替レートの見通しに依存しているからだ。利上げ過程では、将来円安が進むという見通しがあったので、円キャリーが膨れ上がった。しかし、今後はそれが逆になるために、円キャリーが抑圧され、その結果、22年中頃の水準を超える円高が進む可能性もある。 

 

過去においても、円キャリーの巻き戻しによって、予想された以上の円高が進んだ例が何度かあった。今回もそうならない保証はない。 

 

以上の過程が、どの程度の規模で、そしてどの程度の速さで進むかは、ひとえにFRBの利下げ決定によって決まる。そしてそれは、アメリカの景気動向やインフレの抑圧度によって決まる。 

 

仮に日銀が利上げを延期したり、あるいは、利上げを取りやめて利下げしても、効果は限定的だろう。これまで世界の大勢と全く逆の金融政策をとってきたために、情勢が変化しても対応のしようがないのである。 

 

 

2022年以降の円安は、大部分の国民にとっては、何の利益にもならないものだった。円安が放置されたために、物価が上昇し、生活が困窮した。その反面で、大企業の利益が増大し、株価が上がった。 

 

つまり、この数年間の株価上昇は、国民の犠牲の上に成り立っていたものだった。それがこれから訂正される。残念なのは、それが日本の経済政策によって実現されるのではなく、アメリカの金融政策によって否応なしに実現されていくことだ。 

 

なお、仮に円高が進行して輸入価格が下落したとしても、それによって消費者物価が下がるとは限らない。 

 

実際、2022年の秋には、円高が進み、輸入物価は下落したのだが、それにもかかわらず消費者物価は下がらなかった。これは、日本ではあまり問題にされなかったが、重要なことだ。 

 

これから輸入物価が低下した場合、それを消費者物価の下落につなげるよう求めていくことが重要だ。 

 

野口 悠紀雄(一橋大学名誉教授) 

 

 

 
 

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