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日本の企業では今まで社員のキャリアを会社が決めることが一般的だったが、自己選択や自律的なキャリア志向が重視されるようになってきている。

例えば、さくら構造という企業では「上司選択制度」を導入し、社員が自分の希望する上司と働くことができるようになっている。

他にも、初任配属確約や「偶然の要素」を計画的に取り入れることを推奨する考え方が広まりつつある。

今後は働き手が自分のキャリア形成を積極的に考え、企業との関係をよりバランスの取れた形に進化させる「下剋上」とも呼べる動きがさらに広がっていく可能性がある。

(要約)

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さくら構造が導入している「班長活用マニュアル」(写真:さくら構造提供) 

 

 予期せぬ「転勤ガチャ」や「配属ガチャ」で人生を狂わされた人も少なくないだろう。だが、辞令一つで勤務地やキャリアを押し付ける時代は転機を迎えつつある。AERA 2024年8月12日-19日合併号より。 

 

【図を見る】「転勤辞令が出たら退職を考えますか?」はこちら 

 

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アエラのアンケートでは、配属や転勤をきっかけに周囲の人間関係に苦しむ声が寄せられた。 

 

新卒で配属された地方勤務が合わず「メンタル不調になり、地元に戻り、転職した」(埼玉県の20代女性)ケースや、大阪府から愛知県に単身赴任中の50代男性が「出向先の社員から煙たがられ、心身ともにつらい」と吐露する事例も。 

 

専門家からは「日々の働く意欲の明暗を分けるのは、日常的な職務でかかわる半径10メートル以内の人間関係」だとの指摘もある。 

 

 周囲の人間関係のミスマッチをなくすにはどうすればいいのか。「上司ガチャ」による離職を防ぐ画期的な人事制度を導入している会社がある。建物の耐震性を高める「構造設計」を主力事業とする「さくら構造」(北海道札幌市)だ。 

 

 専門性が高い職種が多い同社では、社員が一線で活躍できるまでには一定の経験の蓄積が不可欠という。しかし、「先輩や上司とのミスマッチ」が原因で離職する若手も少なくなかった。そこで導入したのが「上司選択制度」だ。管理職である班長一人ひとりの「能力・性格・特徴」などをまとめた「班長活用マニュアル」を社内に公開し、それぞれの管理職の強みと弱みを理解した上で上司を指名できる。 

 

■希望の上司の部署へ 

 

 入社2年目以降の社員が対象。19年の制度導入以降、これまでに計10人が希望した上司の部署に異動した。「班長活用マニュアル」には、それぞれの得意分野や技術も記載されている。「この分野を極めたい」と考える社員は、その分野に詳しい上司のもとで働くことができる。同社の田中真一社長は言う。 

 

「目指すキャリアに合わせて自己選択をする責任が生まれたことで、若手の成長や離職率の低下にもつながりました。また、上司が強み・弱みを自己開示することで、互いの弱みも受け入れ、フォローし合うフラットな職場環境を生むきっかけにもなっています」 

 

 

 同社は、社員が希望しない限り、会社都合で転居を伴う転勤辞令を出さないことも制度化している。この制度を逆手にとる形で、社員の側から「札幌本社で働きたい」という希望を出し、東京事務所からの異動が実現したケースもあるという。さらには、勤務地と上司を選択できる制度を組み合わせ、札幌本社所属の社員が北海道にとどまったまま、東京事務所の上司のもとで働くことも可能。この場合、オンライン会議システムでのコミュニケーションや指導がメインになるという。田中社長は「今後も社員が働きやすい環境づくりに力を入れていきたい」と、さらなる「社員ファースト」に努める意向だ。 

 

「自分のキャリアの責任は自分にある」と考え、自分の価値観に基づいて自分でキャリアを選択していく自律的・主体的なキャリア志向や、「仕事が全て」という価値観から「仕事は人生の一部」という価値観へのシフトも若い世代ほど顕在化している。 

 

 そうした流れを背景に、大手企業を中心に導入が目立つのが入社後最初の配属部署や勤務地を確定する「初任配属確約」だ。入社するまでどこに配属されるか分からない不確実性や不安の解消に努めることで人材確保につなげる狙いがある。新卒者の動向に詳しいリクルート就職みらい研究所の栗田貴祥所長は「一律的な人事制度に合致する人だけを選んで採用すれば事足りる、という時代ではなくなりつつあります」と話す。 

 

 とはいえ、日本の企業の多くはいまだに社員のキャリアは「会社が決めてあげる」もので、「個人はそれに従うもの」という慣習から抜け出せていない、とも栗田さんは指摘する。 

 

 リクルートが人事部門担当者を対象に今年2月に実施した調査で、内定承諾前に配属先を確約することの課題として、「希望と合っていない時に入社辞退がある」といった懸念の声も寄せられた。これは何を意味するのか。こう回答した企業は、内定承諾前の配属先の確約を、「学生が希望する部署への配属」を前提とした採用選考ではなく、「企業の人員充足の観点での配属」と認識していることが浮かぶ。 

 

 

「本人の希望を聞く、という発想がそもそもなく、これまで会社主導の人事を展開してきた日本型企業ならではのバイアスが浮き彫りになった形です」(栗田さん) 

 

「転勤ガチャ」や「配属ガチャ」という言葉に踊らされると、転勤や異動にネガティブなイメージしか抱けなくなる面も否めないが、もちろんマイナス面ばかりではない。栗田さんも「一概に個人の要望をそのまま聞き入れればいい、というわけでもない」と強調する。 

 

 その論拠の一つが、米スタンフォード大学のクランボルツ教授が提唱した「計画的偶発性理論」だ。この理論は「個人のキャリアの8割は予期しなかった偶発的な出来事によって決まる」とのデータを示した上で、キャリア形成を図る上で偶然の要素を計画的に採り入れることをすすめている。 

 

■「下剋上」の動き加速 

 

 この「偶然の要素」が会社からの異動の提案であるケースもままある、というわけだ。その点、中堅以上の世代は我が身を振り返り、「偶発性理論」を皮膚感覚で肯定できる人は少なくないだろう。一方で、そうした実体験に乏しい学生や若手に対してはより慎重なアプローチが求められる、と栗田さんは説く。 

 

「初任配属確約は、まずは会社のメンバーになってもらうためには有効な制度だと思います。ただ、その後は会社が継続的に個人のキャリア形成をサポートする『キャリアコミュニケーション』が、長く会社に定着してもらうためには不可欠です」 

 

 働き方の多様化が進み、構造的な人手不足が深刻化する中、働き手が会社に対して優位な立場で権利を主張する「下剋上」ともいえる動きは今後さらに加速しそうだ。(編集部・渡辺豪) 

 

※AERA 2024年8月12日-19日合併号より抜粋 

 

渡辺豪 

 

 

 
 

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