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8月14日、岸田文雄首相が自民党総裁選に不出馬を表明し、首相退陣を決定した。

岸田は内閣支持率が低迷し、次の選挙で勝利する見込みが薄いとの判断が重なった結果だった。

岸田は内閣府の特命大臣として存在感が薄く、外務大臣としても国民の記憶に残る功績を残せなかった。

政治姿勢や政策も評価が分かれ、特に政治改革に関しては方向性が定まらず、日和見主義的な政策が続いたとの批判がある。

最後には、政権の支持率低下や問題行動により、岸田首相は政権の座を去ることとなった。

(要約)

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記者会見で自民党総裁選への不出馬を表明した岸田首相=8月14日、首相官邸(写真:共同通信社) 

 

 (舛添 要一:国際政治学者) 

 

 8月14日、岸田文雄首相は、9月の自民党総裁選に出馬しない意向を表明した。首相退陣である。内閣支持率は低迷を続けたままであり、次の総選挙で自民党を勝利に導くことは無理だという党内外の判断が、その決定へとつながったようである。 

 

【写真】韓国の尹錫悦大統領と都内のレストランにてビールで乾杯する岸田文雄首相。尹大統領との間で日韓関係を好転させたのは岸田首相の功績のひとつと言えるが… 

 

■ 存在感の薄かった同僚大臣 

 

 私は、2007年から2009年まで、安倍晋三、福田康夫、麻生太郎の三首相に厚生労働大臣として仕えたが、岸田は、安倍・福田内閣で沖縄及び北方・科学技術政策・規制改革などの担当大臣を務めた。 

 

 同僚大臣であるが、閣議や国会の予算委員会などで岸田がどのような発言をしたかは全く記憶にない。厚労大臣の私は年金記録問題や薬害肝炎訴訟など大きな問題を抱え、連日、野党やマスコミに追及されていたが、岸田は内閣府の特命大臣であって、世論が注目するような重要課題には無縁であった。したがって、私には、岸田の発言などに注目するような暇はなかったのであろう。 

 

 しかし、同じ同僚の石破茂防衛大臣、鳩山邦夫法務大臣などの発言はよく覚えているし、岸田と同じ内閣府特命大臣であっても、金融・行政改革・公務員制度改革担当の渡辺喜美の言動もよく記憶に残っている。 

 

 岸田は、もの静かで、大人しく、波風を立てない存在であった。別の言い方をすれば、存在感の希薄な政治家であった。 

 

 岸田の思い出と言えば、同じ自民党の国会議員として岸田の広島の選挙区に応援に入ったときに、岸田が街頭で熱心に辻立ちしている姿である。地道な「田の草取り」を欠かさない努力を高く評価したものである。 

 

 岸田は世襲政治家で3代目に当たるが、私は、彼の父親の岸田文武議員と宮沢喜一首相と食事を共にする機会があったが、お二人とも宏池会を代表するような育ちの良い「お公家」であった。岸田文雄も、その系譜の中にある。 

 

■ 外務大臣としても国民の記憶に残らない 

 

 2009年9月に民主党が政権に就いたが、2012年12月に自民党は政権に復帰し、第2次安倍政権が誕生した。岸田は外務大臣に就任し、第3次安倍内閣・第3次改造が行われた2017年8月3日まで、その地位にあった。河野太郎が後任外相になったが、実に4年半以上も日本外交の舵取り役だったのである。 

 

 これだけ長い期間にわたって外務大臣を務めたら、普通なら「岸田外交」と呼ばれるような実績が積み重ねられるはずである。しかし、そのようなことはないし、岸田が首相になる前に外相だったことを覚えている国民もあまりいない。ここでも、驚くべき存在の軽さなのである。 

 

 要するに、外務官僚の敷いたレールを踏み外すことなく、進路を定めていくので、官僚は大歓迎なのである。 

 

 さらに言えば、安倍首相が外交で指導力を発揮していたので、秘書官のように静かに控えている岸田外相は、安倍にとっては好ましいかぎりであった。 

 

 

 岸田は、2017年8月の改造で、党の政務調査会長に就任し、安倍首相が退陣する2020年9月まで、そのポストにあった。安倍内閣の後を継いだ菅義偉内閣は、2021年10月4日、わずか1年で幕を閉じ、岸田文雄内閣が誕生する。 

 

 私は政界を退いていたが、岸田が首相の座に上り詰めたとき、この大人しい政治家がいつまで政権を維持できるのか疑問に思ったものである。 

 

■ 「謳い文句」なき政権 

 

 菅や岸田が、強力な長期政権を謳歌した安倍晋三と常に比較されるのは仕方ない。ただ、菅の場合は、安倍政権の官房長官であり、いわば安倍と菅は一体と見られた。これに対して、岸田は、安倍とは対極的な政権を構築するのではないかという期待を持たせた。具体的には、ハト派で、ソフトで、皆の言い分に耳を傾ける謙虚さである。岸田は、2021年9月の総裁選で、「聞く力」や「丁寧で寛容な政治」を力説した。 

 

 そして、その姿勢は、政策面での国民の期待にもつながった。経済について言えば、アベノミクスからの脱却である。 

 

 長く続いたデフレからの脱却への道を歩み始めたことは確かであり、物価も賃金も上昇した。また、日経平均株価も、政権発足時には2万8444円だったのが、1万円近く上昇した。植田日銀総裁は、金利の上昇に踏み切ったが、それが為替相場の乱高下を生んだ。 

 

 しかし、それまでは円安が進行し、輸入品の価格が高騰したため、国民の生活は改善しなかった。 

 

 安倍晋三と違って、前政権の政策を大きく転換させるときに、大々的なスローガンを掲げて、国民の支持を動員するということを岸田はしない。もちろん「新しい資本主義」を謳っているが、抽象的で何を意味するのか分からない。アベノミクスの代わる「キシダノミクス」のような謳い文句はなかった。 

 

 したがって、岸田が何をやりたいのか、歴史の中で自分の役割をどう位置づけるのかという事を明白な形で国民に示すことができなかった。大きな課題を掲げて、その解決に向かって国民に協力してもらうという政治の基本的視点は、岸田にはなかったのではないかと疑ってしまう。 

 

■ 日和見主義的政策 

 

 たとえば少子化対策にしても、国民やマスコミが関心を抱けば、それに追随する形で、目玉政策にする。しかも、少子化の原因について深く探求するのではなく、ばら撒き的に予算をつけていく。このような手法を繰り返せば、財源がいくらあっても足りない。 

 

 物価対策としての様々な対策、定額減税などは、まさにばら撒きの典型であり、どこまで効果を上げているか不明である。 

 

 外交・防衛につい言えば、尹錫悦大統領と信頼関係を構築し、日韓関係を好転させたことは評価できる。 

 

 また、ウクライナ戦争、ガザでの戦闘など、国際情勢が緊迫化する中で、アメリカとの同盟関係を強化したことは、西側全体の安全保障を強化する上でも役だった。しかし、その代償として、防衛費の急増をもたらしたことも付記せねばならない。 

 

 

■ 方向を間違った政治改革 

 

 2022年7月、参議院選挙の遊説中に安倍元首相が銃撃され、命を奪われた。この事件をきっかけに、自民党と世界平和統一家庭連合(旧統一教会)の関係が浮き彫りに出て、自民党は厳しい批判に晒された。この頃から、岸田内閣の支持率が急落していった。 

 

 統一教会対策として、岸田政権は2022年12月には不当寄付勧誘禁止法を成立させ、教団の解散命令請求も行った。しかし、多くの自民党議員が教団と緊密な関係を維持してきたことに対する国民の不信感は容易にはぬぐえなかった。 

 

 2023年12月には、自民党派閥のパーティー収入の裏金問題が明るみに出た。パーティー券をノルマ以上に売った議員には、その超過分をキックバックすることにしている派閥があり、政治資金収支報告書には記載されていなかった。 

 

 安倍派、二階派、岸田派がその悪習を続けてきたことが明らかになり、大きな政治問題となった。関係している議員は政府や党の役職から退いた。そして、岸田は岸田派の解散を決め、麻生派を除いて他の派閥も同様な措置をとった。そして、岸田は、政治資金規正法を改正し、パーティー券購入者の公開基準を引き下げるなどした。 

 

 しかし、これは私に言わせれば、本末転倒な愚策である。裏金にせず、きちんと政治資金収支報告書に記せば何の問題もないのである。派閥が問題ではないのに、派閥を解散してしまった。そうすれば政治改革ができたと誤解しているようだ。 

 

 政治にはカネがかかる。政治資金の集金に厳しい規制がかかる中で、広く薄く浄財を集めることのできる政治資金パーティーは健全なものだと思う。今アメリカで大統領選挙が行われているが、個人の寄付はもちろん、政治集会での集金は日本のパーティー券収入と同じである。 

 

 派閥を解消したり、パーティー券購入者公開基準を変更したりしても、根本的な問題は解決しない。キックバックという悪習を止めれば済む話である。 

 

 派閥は、新人議員の教育のためにも、また自民党内で競争条件を作るためにも大きな利点を持っている。岸田の宏池会の大先輩、大平正芳は、派閥のことを「切磋琢磨」する場だと評した。岸田はそのことを知っているのか。 

 

 異常なような弱点を克服することもなく、支持率の低下に歯止めがかからないまま、岸田は政権の座を去っていく。 

 

 【舛添要一】国際政治学者。株式会社舛添政治経済研究所所長。参議院議員、厚生労働大臣、東京都知事などを歴任。『母に襁褓をあてるときーー介護 闘いの日々』(中公文庫)、『憲法改正のオモテとウラ』(講談社現代新書)、『舛添メモ 厚労官僚との闘い752日』(小学館)、『都知事失格』(小学館)、『ヒトラーの正体』、『ムッソリーニの正体』、『スターリンの正体』(ともに小学館新書)、『プーチンの復讐と第三次世界大戦序曲』(インターナショナル新書)、『スマホ時代の6か国語学習法!』(たちばな出版)など著書多数。YouTubeチャンネル『舛添要一、世界と日本を語る』でも最新の時事問題について鋭く解説している。 

 

舛添 要一 

 

 

 
 

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