( 203117 ) 2024/08/19 01:32:12 0 00 国府津駅で発車を待つJR東日本E231系による御殿場線山北行き。2012年1月15日撮影(画像:大塚良治)
国鉄分割民営化の前年の1986(昭和61)年5月22日、自民党は全国紙に意見広告を出した。それは、国鉄分割民営化後の懸案事項に関して不利益がないことを「公約」したものであった。意見広告に明記された公約は次の六つである。
【画像】JR発足後に廃止された「直通列車」を画像で見る(12枚)
●民営分割 ご期待ください。 ・全国画一からローカル優先のサービスに徹します。 ・明るく、親切な窓口に変身します。 ・楽しい旅行をつぎつぎと企画します。
●民営分割 ご安心ください。 ・会社間をまたがっても乗りかえもなく、不便になりません。運賃も高くなりません。 ・ブルートレインなど長距離列車もなくなりません。 ・ローカル線(特定地方交通線以外)もなくなりません。
連載4回目となる本稿では、「会社間をまたがっても乗りかえもなく、不便になりません。運賃も高くなりません。」について再考する。果たしてこの公約は守られているのだろうか。
東京駅に停車中のサンライズ出雲・瀬戸(画像:写真AC)
筆者(大塚良治、経営学者)は本稿を執筆するに当たって、ある平日の22時に近い時間に、JR唯一の定期夜行列車「サンライズ出雲・瀬戸」(以下、サンライズEXP。定期列車の運行区間:東京~出雲市・高松)を見るため、東京駅9番線に向かった。
同じホームの10番線では東北本線から入線した普通列車が、勤め帰りなどの人たちを乗せて東海道本線方面へ出発していく。平日21時台の東京発東海道本線普通列車の行き先はJR東日本管内の品川、平塚、国府津、小田原、熱海、および伊東であるが、JR東海管内の沼津行きも1本設定されている(2024年8月1日時点)。
JR発足初月の『JTB時刻表1987年4月号』を見ると、東京15時33分発浜松・山北行きの普通列車が目に入った。このほかにも東京発浜松行き、静岡行き、御殿場行き、伊豆急下田行きの普通列車も確認できたが、本稿執筆時では、これらの行き先の普通列車は東京駅から姿を消している。
JR東日本は、2001(平成13)年12月1日に東北本線・高崎線と東海道本線・横須賀線を新宿経由で結ぶ運行(通称・湘南新宿ライン)を始め、2015年3月14日には東北本線・高崎線・常磐線と東海道本線を東京経由で結ぶ運行(通称・上野東京ライン)を開始した。
JR東日本は発足に際して、新幹線鉄道施設を保有していた新幹線鉄道保有機構から受託した東北新幹線東京~上野間の工事を進めるなかで、同新幹線延伸工事にともない撤去された同区間の回送線の復活を企図して、同新幹線の上部に在来線(後の東北縦貫線)の施設を設置できるよう、新幹線施設の一部に準備を施していた(「上野東京ラインの建設に用いられた新技術及び施工技術」『JR EAST Technical Review』No.52-SUMMER.2015)。東北縦貫線開業により、北関東エリアの栃木県・群馬県と中部地方の静岡県を結ぶ普通列車が日常的に運行されるようになった。
他方、2004年10月16日のダイヤ改正では、東海道本線の湯河原方面と函南方面にまたがる直通列車が、53本から20本へ削減された。同日以降、東京発着東海道本線普通列車の西端は沼津となり、JR東海エリアへの乗り入れは熱海~沼津間に縮小された(2012年3月17日ダイヤ改正前日まで存続した、373系特急車両を使用した東京~静岡間の普通列車を除く)。
2005年10月1日のダイヤ改正では、JR西日本とJR九州を直通する普通列車が廃止された。2012年3月17日ダイヤ改正では、JR東日本東海道本線とJR東海御殿場線の直通列車が廃止されたが、小田急小田原線新宿発着の特急「あさぎり」(現・ふじさん)は存続している。さらに2016年3月26日ダイヤ改正で、JR西日本車両によるJR東海管内大垣行き普通列車が廃止された。
JR東日本・JR東海の境界駅・熱海駅(画像:大塚良治)
JR会社境界駅での系統分割により、境界駅からの始発列車が増えて、着席の恩恵に浴する人が生まれるなどのメリットはある。また、直通運転が増えると、遅延が広範囲に波及するデメリットも生じる。
それでも、直通運転のメリットは大きい。例えば、JR東日本の2016年3月期の鉄道運輸収入増収額790億円のうち約35億円は、上野東京ライン開業の効果によるとされた(『JR東日本2016年3月期決算説明会資料』)。
直通運転開始により利便性が向上することで、新たな需要の創出も期待できる。また、従来の直通運転の継続は、地域間交流の維持に貢献する。ただし、裏を返せば、新たな需要の創出や地域間交流が見込めない場合、あるいは直通運転にともなうコストの負担が重い場合には、直通運転取りやめの判断に至りやすくなるということでもある。
JR会社間直通の在来線列車の削減は、JRにとって
「メリットが乏しい」
との判断の結果だと推察される反面、JRと私鉄の直通運転は首都圏では増えた。2031年度には、JR西日本と南海電気鉄道を結ぶなにわ筋線の開業も計画されている。JRと私鉄の直通運転が増えた理由は単純で、JRと私鉄は相互補完関係にあるからである。
JR会社間運賃分配(画像:大塚良治)
直通運転により利便性が高まれば、JRと私鉄双方の乗客増が期待できる。また、JRと私鉄を直通利用する場合、JR運賃と私鉄運賃は単純合算されるため両者の運賃収入は減らない。こうしたことが、JRが私鉄との直通運転に前向きになれる要因として考えられる。
それに対して、JR会社間をまたがり利用する場合、JR各社の運賃収入が減少する場合がある。例えば、
・湯河原~宇佐美(18.5km) ・湯河原~函南(15.4km)
の普通旅客運賃(大人)はともに330円(きっぷ運賃)であるが、JR東日本にとっては、後者の区間では自社の取り分が少なくなってしまう。それは、熱海~函南(9.9km)の分をJR東海に配分しなければならないからである(表参照)。
表によると、湯河原~函南では、運賃収入330円のうち
「212円」(約64%)
がJR東海へ配分され、JR東日本には118円しか残らない。しかも、JR東海には、熱海~函南の普通旅客運賃(同)200円よりも多くの額が配分されるという矛盾も生じる(実際にはこのような矛盾が生じないような調整が施される可能性はあるかもしれない)。この例を見れば、JR各社がJR会社間の在来線列車の直通列車を維持するメリットが乏しい場合があることが理解できる。
いずれにしても、東海道本線という同一路線であるにもかかわらず、熱海を境に、あたかも
「別路線のような運行体系」
となっていることは、利便性低下を招いている。また、定期券を除いて、湯河原方面⇔函南方面をまたがってのICカードの利用もできない。
JR東日本東海道本線と伊東線の直通列車も多くはないが、それは別路線であるから不思議ではない。ただし、JR東日本東海道本線と伊東線、さらには伊豆急行線まではICカードのまたがり利用は可能である。湯河原以東からJR東海函南方面へのICカードのまたがり利用はできず(定期券は利用できる)、全くの他社である伊豆急行線ではまたがり利用ができる現状は、“皮肉”であるといわざるをえない。
敦賀駅に停車中の北陸新幹線の車両。同新幹線はJR東日本とJR西日本にわかれる(画像:大塚良治)
JRグループでは、1996(平成8)年1月10日の三島会社(JR北海道・JR四国・JR九州)の運賃改定により、本州3社(JR東日本・JR東海・JR西日本)と初めて格差が生じたことを皮切りに、特急料金などの各種料金でも各社ごとの料金体系導入が進んだ。
また、整備新幹線の開業の際にも、既存新幹線とは別体系の料金が導入され、会社間をまたがって乗車する場合、運賃は通算されるものの、新幹線特急料金などは会社ごとの料金を合算することになった。
例えば、東海道・山陽新幹線(東海道・山陽新幹線は国鉄時代からの同一料金体系が現在も継続している)と九州新幹線、東北新幹線と北海道新幹線は別路線であるため別料金でもそれほどの不自然さは筆者としては感じないが、北陸新幹線は上越妙高でJR東日本とJR西日本にわかれることから、同一路線であるにもかかわらず、上越妙高を越えて利用する場合、運賃は通算されるが、特急料金などについては両社の料金が合算される。
東京からの新幹線特急料金(普通車指定席・通常期)の比較では、東北新幹線一ノ関(445.1km)まで5580円(はやぶさ利用の場合は420円増)(運賃7480円)であるのに対して、金沢(450.5km)までは6900円(運賃7480円)である。金沢までの運賃は一ノ関までと同額であるが、JR東日本・JR西日本の特急料金が合算されるため、JR東日本区間完結の一ノ関よりも特急料金は割高となっている。
一方、JR発足以降、JRグループの運賃改定はコロナ禍前まで、消費税率変更時などを除いて最小限にとどめられた。このことは国鉄分割民営化の成果の一部であるといえる。物価や人件費などの上昇に対応した運賃値上げまで否定すると、鉄道経営が成り立たなくなることや、大手私鉄では1987(昭和62)年4月1日以降複数回の運賃改定が実施されたことなどを考慮すれば(ただし、大手私鉄も一部の事業者を除いて、1997年の消費税率変更以降、コロナ禍前までは2014年と2019年の消費税率変更に対応した運賃改定のみ実施)、JRの運賃が高くなったとまでは言い切れない。
JR東日本長野駅に停車中のJR東海の特急しなの名古屋行き(画像:大塚良治)
JR会社間の在来線直通列車は削減され続けたことから、会社境界駅での乗り換えは増えた。「会社間をまたがっても乗りかえもなく、不便になりません」については、残念ながら守られていないと評価せざるをえない。この公約が守られていない理由は、
「JR各社ごとに抱える事情」
がいくつもあり、JR他社との利害が一致しないことがあるからだ。
先日訪ねた長野駅では停車中の特急しなの名古屋行きの出発を見送った。この特急はJR東海とJR東日本を直通するが、2016年3月26日ダイヤ改正前日までJR西日本大阪発着の設定もあった。
車両を保有するJR東海にとってはダイヤ調整の手間などを考えると調整相手は少ない方がよいとの考えや東海道新幹線の利用を増やしたいとの事情があり、JR西日本にとっては北陸新幹線のライバルとなるしなのの運行に協力するメリットはないとの考えなどがあったと考えられる(JR東海による公式発表では、名古屋~米原間の乗車率低迷が廃止の理由とされる(信濃毎日新聞『さよなら、大阪発着「しなの」 25日最後の運行』)参照)。これらが、しなの号大阪直通廃止の背景にあったのかもしれない。
筆者が当媒体に以前書いた「JRはなぜ『直通列車』を削減するのか? 国鉄分割がなかったら今より多く存続していたかもしれない」(2023年10月15日配信)でも述べたことであるが、直通運転の維持を鉄道事業者任せにせず、直通運転の維持や復活に向けて、国や沿線自治体などのステークホルダー(利害関係者)と協働して取り組む必要がある。
JR会社境界駅での分断解消が、地域間交流を活発化する可能性がある。亀山でJR東海とJR西日本にわかれている関西本線で、亀山を越える直通列車を運行する社会実験が計画されている。両社で保安装置が異なるなどの課題はあるが、関係自治体とJR2社の間で課題解決方法を検討し、実りある実験が実現することを期待したい。
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