( 203902 ) 2024/08/21 16:44:58 0 00 写真はイメージです Photo:PIXTA
ウクライナ侵攻やパレスチナ情勢、北朝鮮のミサイル発射など、国際情勢の緊迫度は増すばかり。日本の防衛費は2023~27年度の5年間で計43兆円に増額することになったが、その財源は歳出改革や余剰金など、不確定要素のある税外収入に頼るところが大きい。日本の抑止力を強化するために不可欠な“持続可能な財政”について、増税の決断も含めて本気で向き合う時がきている。本稿は、佐藤主光『日本の財政―破綻回避への5つの提言』(中公新書)の一部を抜粋・編集したものです。
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● 中国・ロシア・北朝鮮に囲まれた 日本の厳しすぎる安全保障環境
コロナ後の新たな危機が安全保障だ。2022年2月に始まったロシアのウクライナへの全面侵攻や、2023年10月から多数の死傷者を出しているパレスチナ情勢など、今、国際情勢の緊迫度が増している。そして、日本を取り巻く東アジアの安全保障環境も戦後最も厳しい中にある。北朝鮮はミサイル発射を続け、そして中国が軍事力を大きく強化し、台湾有事が目下の懸念となっている。
そこで日本政府は、新たな「防衛三文書」(国家安全保障戦略、国家防衛戦略、防衛力整備計画)を定めた。防衛三文書では、これまでの「敵基地への攻撃手段を保持しない」としてきた政府方針を転換し、相手国のミサイル発射拠点等を叩く必要最小限の自衛措置として、「反撃能力」の保有を打ち出し、相手の射程圏外から攻撃できるスタンド・オフ防衛能力を高めるという。
経済学では、国民全体が受益する一方、市場経済の中で自主的に提供することが困難な財貨を「公共財」という。国家の防衛は典型的な公共財であり、その確保は国の責務となる。ただし、そのためにはやはり財源が必要だ。
防衛費は2023~27年度の今後5年間で、合計43兆円に増額する。そして、巡航ミサイル「トマホーク」を含む防衛装備品、及びその部品・弾薬などを調達し、戦闘継続能力を強化する。その一環として、2023年度当初予算の防衛費は約6兆8000億円と、前年度に比べて約1兆4000億円の増加となった。そして27年度までには、国内総生産(GDP)比の防衛費を、現行の1%台から2%(11兆円規模)に引き上げる。そのため、27年度以降、1年あたり約3兆6000億円の財源が新たに必要とされる。
● 税金以外の収入を積み立てる 「防衛力強化資金」を創設
政府はこの増額分を裏付けるため、2023年2月3日に防衛財源確保法を閣議決定した。その中に、税金以外の収入を積み立てて複数年度かけて使う防衛力強化資金が創設されている。2023年度の同資金への積立は、前述の防衛費とは別に3兆3806億円余りに上る。
財源としては、外国為替資金特別会計からの繰り入れ、医療機関への支援等コロナ対策の不用分、商業施設「大手町プレイス」の売却収入等が充てられている。
政府は追加歳出の3兆6000億円のうち、約4分の3は防衛力強化資金のほか、歳出改革や剰余金(予算の使い残し)等税外収入で賄い、残りの1兆円は、法人税、所得税、たばこ税を増税し、「財源は今を生きる世代全体で分かち合っていく」とした。
政府・与党が取りまとめた「令和5年度税制改正大綱」によれば、法人税には税率4~4.5%の「付加税」を課して、7000~8000億円を確保する方針だ。所得税については東日本大震災(2011年)の復興財源である「復興特別所得税」を回す。同税は2013年からの25年間、所得税額に2.1%を上乗せして徴収されている。この復興特別所得税の税率を1.1%に引き下げ、その分を新たな付加税として課す一方、復興財源の確保のため、課税期間を14年間延長する。こうした所得税及びたばこ税の増税からは、各々2000億円程度の財源を賄うという。
財政学では理論上、景気後退や自然災害等からの回復に必要な支出増、具体的には景気を底支えするための公共事業や被災者支援、災害で毀損したインフラ施設の復旧などは、「一時的」な支出として、その財源は当面、国の借金である国債で調達する。元利は、景気が回復し、災害から復興した後に償還すればよいと考える。しかし、防衛費に限らず、少子化対策など、一定の継続性のある支出増については借金ではなく、課税など恒常的な財源が望まれる。
● 赤字国債ありきの議論に 政治家も国民も馴れすぎた
しかし、政府は「必要となる防衛力の内容の検討、予算規模の把握、財源の確保を一体的かつ強力に進めていく」とするが、歳出改革から捻出される金額や、実際の余剰金がどれくらい生じるかも定かではなく、捕らぬ狸の皮算用の感は否めない。
一方で、防衛費増に伴う増税に反対する政治家も多い。建設国債が将来世代も受益する社会インフラ整備に充てられるのと同じく、防衛費も「次の世代に祖国を残す予算」として、ここで充てられる国債も恒常的な財源にすべきという主張だ。
また、強化する防衛力の中身より「先に財源論が出たので戸惑ったのが実態だ。順を追って説明し、多くの国民が納得した上で負担してもらうのが大事なプロセスではないか」(高市早苗・経済安全保障担当相(当時)2022年12月12日)など「順序が逆」との批判もある。
もっとも、2022年度第2次補正予算の編成などでは「30兆円が発射台」との主張が与党政治家からあったが、このとき予算の中身より規模が先行することに「順序が逆」との批判は皆無だった。この違いは、財源の内訳にある。コロナ禍以降の補正予算は概ね赤字国債を財源としていたが、防衛費や少子化対策の財源には、増税が含まれている。結局、財源に「痛み」を伴って初めて、予算の中身に関心が払われることが窺える。
政治家としては、国民に負担感のない借金で予算を賄う方が都合良い。それもあってか、結局、法人税・所得税等の防衛増税に関しては「2025年以降とすることも可能となるよう、柔軟に判断する」(基本方針2023)として、決定は先送りされた。防衛増税に賛成する政治家からすれば増税の「方針」を打ち出せたことになり、反対派からすれば増税時期を明記せず、「凍結」できた格好になる。どちらも自身に都合よく解釈可能な「玉虫色の解決」だったともいえそうだ。
こうした財源問題に関わってくるのが、最近の堅調な税収の伸びだ。2022年度の国の税収が71兆円強となった。税収が70兆円台に乗るのは初めてで、3年連続で過去最高を更新した。企業の業績回復のほか、物価高の影響もあり、消費税、所得税、法人税がいずれも増収となっている。剰余金(予算の使い残し)は2兆6000億円余りに達する。
皮肉なことにこの巨額の剰余金が、安定財源の確保、つまり増税の決断を危うくしかねない。財政法では、剰余金の半分は国債の償還原資にしなければならないが、残り1兆3000億円は防衛費に回すことができる。
● 莫大な軍事費を使う膨張・中国を 抑止するためのヒト・モノ・カネ
政府は剰余金を使った防衛財源を年間7000億円程と見込んでいたが、その2倍ほどが充てられる計算だ。
このような状況から、増税の時期は先送りすべきという政治的な圧力が高まってくる。もっとも、剰余金は安定的ではない。一旦、景気が下振れすれば、税収が落ち込むだろう。大きな自然災害が起きれば、その復旧・復興のために剰余金を使わなければならなくなるかもしれない。
増税を先送りして、今日、その剰余金を使い切ることは将来にそれを活用する可能性を失うことにほかならない。そうであれば、剰余金は「防衛力強化資金」等に貯めて将来に備える方が賢明ではないか。足元=現在だけではなく、将来を見据えることが防衛財源に限らず、我が国の財政を考えていく上で肝要だ。
我が国を巡る安全保障は当面厳しい状況が続くことが見込まれる。防衛費の増加は一時的ではなく2027年度以降も対GDP比で2%と現在からほぼ倍増の水準が当面続くだろう。
財源確保に加え、ここでも優先順位を付けた予算配分の見直しが不可欠だ。防衛費の増額分の中には敵国からのミサイル攻撃等に対して国民を守る避難施設(シェルター)の建設や公共施設の強靱化が含まれる。果たして、防衛費と、防災事業としてインフラ整備を進めてきた「国土強靱化」と、どちらを優先すべきだろうか。
いずれにせよ、今回の防衛費増は現在の我が国が中国など周辺諸国に比べてカネ(=防衛費)、モノ(=防衛装備品)、ヒト(=動員数)が、日米同盟があるとはいえ、著しく劣ってきたことが背景にある。相手に攻撃を断念させるよう「抑止力」を高めるには、自らの防衛力を強化しなければならないとされる。
近年、防衛の分野では戦闘継続能力が重視されているが、これと同じく、持続可能な財政が必要だろう。対GDP2%の防衛費を支えるだけの国力(経済の成長力)と安定的な財源が求められる。
佐藤主光
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