( 205154 ) 2024/08/25 16:53:56 2 00 メディアで取り上げられる日本人像は嘘ばかり…実際の日本人との間にあるとんでもない乖離現代ビジネス 8/25(日) 7:00 配信 https://news.yahoo.co.jp/articles/33896f28b04866181badc48ffce3a45d6573293f |
( 205155 ) 2024/08/25 16:53:56 1 00 メディアで「美しい」日本人像が取り上げられる一方で、実際の日本人像とはかけ離れたものがある。 | ( 205157 ) 2024/08/25 16:53:56 0 00 Photo by GettyImages
メディアで取り上げられている“美しい”日本人像と実際の日本人との間には相当な隔たりがある。その驚きの理由を日本企業と個人のグローバル適応を専門とする明治大学教授・小笠原泰氏が語った。
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美談的な言説としての日本人像ばかりがメディアで取り上げられることが多い。しかし、実際のところはどうなのか?グローバル社会で生き残れる最新の日本人になるための方法が書かれた新書『日本人3.0』では、その実像に鋭く迫っている。
日本人は実は文化も伝統も大事にしていない…/Photo by gettyimages
これからの時代に生き残れる「『最新』の日本人=日本人3.0」に脱皮するにあたって、まずはそもそも日本人とはどんな生き物なのかを知って自覚しておく必要があるので、その解説を心地良い「オモテ」ではなく、ざらつく「ウラ」の視点で語ります。
私が率直に思うに、メディアで取り上げられる美談的な言説としての日本人像と実際の日本人の間には相当な乖離があります。
日本には古き良き文化と伝統があり、日本人はそれを重んじているかのような記事や政治家の発言を見聞きしますが、本当でしょうか?
もし“伝統”を重んじるなら、お正月やお盆という伝統行事や風物詩がなぜ力を失い、クリスマスやバレンタイン、ハロウィンなどといった伝統とは無関係なイベントが隆盛になるのでしょうか。「商業主義」という見方もありそうですが、正月だって同じことでしょう。
要は、成功しているかいないかの違いでしょう。昨今のおせちは、中華風やフレンチ風など様々なバージョンが出回っています。「おせち」というフォーマットを残して、おせちの中身は伝統的なものから変容してしまいましたからね。
実際、日本の伝統文化と言われる能や文楽をどのくらいの人が見ているでしょうか。
たとえば茶道はどうでしょう。これまでの人生で一回でも、茶会に参加した人はどのくらいいるのでしょうか。俳句や短歌をたしなむ人はどのくらいいるのでしょうか。お仕事がらみでもないかぎり、着物を日常的に着る人は少ないですよね。卒業式の女性の袴姿は伝統でしょうか。
シェイクスピアに発するイギリスの伝統といえる演劇ですが、オックスフォード大学においても演劇はとても重要ですし、夏になると野外ステージで劇を上演するなど、演劇はイギリスの日常の一部だと感じます。
ヨーロッパ諸国におけるクラシック音楽も同様で、バイオリンなどの楽器も日本のような「情操教育」という名の“とりあえず舐めるお稽古”、つまりうわべの習い事ではなく、子供たちにとっては“当然のたしなみ”という印象です。
フランスでは、バレエやダンスも同様で、親は子供がクラシック音楽やバレエに触れるのは当然と思っています。フランスでは、5月1日に愛する人々やお世話になった人々にスズランを贈ります。これは宮廷に由来する行事ですが、一般の人にも広く知られるようになったのは19世紀末ごろからといわれています。
いまでは栽培したスズランが主のようですが、摘んできた野生のスズランを街角で売っている人が子供も含めてかなりいます。日本では死語かもしれませんが、まさに“風物詩”そのものです。市場規模は約1億ユーロといわれています。
海外では伝統をしっかり守りぬく傾向が強い/Photo by gettyimages
戦後の日本社会は、とくにバブル景気を契機として、「新しいものの摂取とその栄枯盛衰の連続」です。別の言い方をすると「猫も杓子も参加するブームという名の消費と使い捨ての連続」とも形容できます。
生食パンではないですが、オワコンとなったブームは山ほどありますよね。長蛇の列で有名になったクリスピー・クリーム・ドーナツもそうでしょう。短いものでは、イタリア菓子のマリトッツォでしょうか。
最近は複数の味のバラエティをつけたフランスのカヌレでしょうか。まさに「焼き畑的思考」とでもいえそうです。
その一方で、日本の伝統行事や風物詩を深掘りするよりは新奇性を求めて定着したイベントもあります。クリスマスに始まり、バレンタインデー、ホワイトデー、最近はハロウィンでしょう。
そこそこ定着しつつあるのは、10月という時期に関係のない「オクトーバーフェスト」でしょう。これは毎年秋にドイツ・ミュンヘンで開催される、200年以上の歴史を持つ世界最大のビールの祭りです。さすが節操のない日本人です。
ドイツでは伝統を守るので、オクトーバーフェストはミュンヘンで9月の中旬から10月の頭までの開催ですし、ミュンヘン以外ではオクトーバーフェストという名称は使わず、シュトゥットガルトではカンシュタッター・フォルクスフェスト、ブレーメンでは、ブレーマー・フライマルクトと呼ばれています。
ここ最近のイベント的な流行は、「ヌン活」でしょう。「ヌン活」は、2022年の「ユーキャン 新語・流行語大賞」にノミネートされています。
「ヌン活」とは「アフタヌーンティー活動」を略した言葉ですが、なんかとても軽いです。悪い意味ではないですが、言葉にこだわりのない、何でも短縮して、原形をとどめない(たとえば、ガクチカ=学生時代に力をいれたこと)。この軽薄さも、日本人の本質かもしれません。
アフタヌーンティーとは、イギリスでの紅茶ブームを背景に、ヴィクトリア朝時代の世紀中ごろに英国貴族夫人の間で発祥した午後4時ごろに紅茶とクランペットという形式で始まった喫茶習慣です。その後、当時の中産階級、いまの日本でいえば中流ではなく「上級国民」の間に広がっていきます。
いま、日本人がアフタヌーンティーと思っている、ホテルのラウンジへ行き、三段スタンドを前に紅茶とたしなむという正統な英国式スタイルは、20世紀になってからのものです。
私は1990年代初めにイギリスに数年住んでいましたが、アフタヌーンティーといえば、ロンドンのフォートナム&メイソン(18世紀初めの創業の老舗百貨店)でしょう。
面白いことに、当時バブル景気もあり、お客さんの多くは日本人でした。
そもそも一般的なイギリス人は、フォートナム&メイソンを知らないと思います。多くのイギリス人にとって、午後のティーブレイク(a cup of teaと言いながらコーヒーを飲みます)はありますが、それは小休憩で日本人の考えるアフタヌーンティーではないのです。
日本人は何にでもすぐ食いつきやすく飽きやすい…/Photo by gettyimages
さて、インスタ映えを背景に令和の日本で大流行している日本独自の変形を遂げた「ヌン活」とは具体的には、ホテルやカフェなどで提供されるアフタヌーンティーサービスを楽しむ活動のことを指し、まるで英国の貴族になったかのような非日常的な気分を手軽に味わえることから、とくに若い女性を中心に人気を集めているようです。
ふつうの人が実態をまったく知らないはずの“英国貴族”のような気分になれるのも、「みんな同じ」という一億総中流意識の正の側面でしょう。つまり現代日本人は、よくも悪くも階級意識を持っていないのです。伝統的に階級意識の強いイギリスでは、ありえないことです。
最近は、「ヌン活」にはまる人は、若い女性層以外にも広がっているようです。
年配の女性や子供、若い男性やシニア男性、加えてペットの犬までも楽しめるように場所やメニューも趣向を凝らしています。いかにも節操のない日本らしく、中華料理店でもインド料理店でも、どこもかしこもアフタヌーンティーメニューを揃えています。これぞ節操なく新奇性を外部から取り込み、換骨奪胎してイベント化する日本人の真骨頂です。
さて次は何でしょうか。
11月のサンクス・ギビングデーか、4月のイースターか。はたまた3月のセント・パトリックデーのあたりでしょうか。これはアイルランドの守護聖人のお祭りなので、ギネスビールを飲むようです。
サッカーやラグビーのワールドカップの盛り上がりを見ていて思いますが、ルールを知らなくても、その場にいて楽しく盛り上がって、終わると、「じゃあ、4年後に」でいいんです。要は、イベントの中身ではなく、イベントそのものへの“参加”が重要なのでしょう。
ジャン・ボードリヤールのいう「終わることのない記号消費」(イベントの中身の鑑賞ではなく、イベント参加が意味する記号)の最先端を行くのが、一般的な日本人なのです。まさに、イベント・アニマルです。「節操がなく飽きやすいイベント好き」が日本人の本質といっていいでしょう。
【続きはこちら】リスクなくして決して生き残れない…「これからの日本人」に必要なたった1つのこと
小笠原 泰(明治大学国際日本学部教授)
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( 205156 ) 2024/08/25 16:53:56 1 00 日本人の気質や文化について、以下のような傾向や論調が見受けられます:
- 日本人は外国の文化を受け入れ、日本風にアレンジして取り入れることが特徴とされており、「無限抱擁性」と「無自覚雑居性」と表現されています。 - 一方で、伝統文化や技術は引き継がれ、国宝や重要文化財の修復などで日本は他国の修復能力に貢献しているとの指摘もあります。 - 記事やコメントには、伝統文化を重要視する人々もいれば、現代のイベントや流行に積極的に参加する姿勢を取る人々もいるといった多様性が示唆されています。 - 一部の意見では、外国の文化への柔軟性や新しいものへの興味は強調される一方、伝統を軽視する傾向や節操のなさといった批判的な視点も現れています。 - また、日本人の実際の行動や価値観と、メディアや一部の主張で浮き彫りにされる「理想像」との間には乖離があるとする指摘もあります。 - 一部のコメントでは、日本人の文化や価値観が優れているかどうか、といった比較論に懐疑的な見方や疑問が示されています。
(まとめ) | ( 205158 ) 2024/08/25 16:53:56 0 00 =+=+=+=+= 日本人の気質を「無限抱擁性」とか「無自覚雑居性」といいます。海外から入ってきたものを、素直に受け入れ日本の(日本流の)ものにしてしまう性格です。古くは仏教が神道と習合し、キリスト教が入ってくると、デウスの神はたちまち大日如来と同じ神とされ、哲学者の西田幾多郎はカント哲学と日本の禅の思想とを融合し、新たな哲学を打ち立てるといった具合に、海外の文化を直ちに日本の文化にしてしまいます。これこそ日本文化の特徴です。 一方では、職人技や伝統技能・工法は引き継がれていて、国宝や重要文化財の修復も可能です。技術の絶えた国が数多くある中で、日本は他国の修復のお手伝いできる能力を有しています。 お茶や生花なども未だ盛んで、僕の周りにも伝統芸能が趣味という人は沢山います。 日本は世界で最も多様な伝統の国です。無限抱擁性、無自覚雑居性に自信を持つべきです。
=+=+=+=+= 以前(バレンタインやハローウインが流行り始めた頃)、小売業で働いていた事がありますが、俗にニッパチと言って2月8月はイベントが何もない売り上げの上がらない月とされていました。その売り上げの上がらない2月にイベント入れて、売り上げを上げようとしたのがバレンタインだと思っています。ハローウインもそうですね。10月も(日本的な)イベントの何もない売り上げの上がらない月。 企業の商業活動に乗せられ過ぎと言う事はできますが、「売り上げを伸ばす事」が資本主義の至上命題なんだから仕方ない。皆で楽しく(頑張って?)GDPの底上げに貢献したいるんだから、いいんじゃない? 伝統芸能の衰退は嘆かわしいと私も思っていますが…。お金と暇がなくて行けなのが哀しい…。
=+=+=+=+= この執筆者の作文を読むと、伝統文化の捉え方が極めて皮相的で、物事の本質まで到達する能力のない人物であることが伺える。そもそも日本人を論じるというよりは、自分のわずかな海外経験や、そこでの体験的知識を、日本の物やイベントと比較して、日本人にありがちな外国はヴェリーナイスで日本はさっぱりだという、一昔前の自虐的な日本人の物言いである。その意味において執筆者が日本のあわれな「伝統」の一部を一番引き継ぎ、世間に広めていると言えよう。
=+=+=+=+= おせちに洋食や中華が取り込まれる、すなわち日本化する、これこそ日本の伝統だと思います。海外の新しいものを次から次に飲み込むのが日本の伝統だと思います。過疎地でお祭りが維持できないのは仕方が無いですが、地方都市のお祭りの盛大な様子は、あれは伝統では無いのでしょうか?スーパーの和菓子のコーナーは不動の安定感があります。そもそも茶道に大衆が親しむなど、どの時代にあったのでしょうか。
=+=+=+=+= 良く言えば他国の異文化や言語が入り混じり、更にそこから日本独自の文化として生まれ変わったり発展したりと…それが極めてこの国の魅力的な部分でもある。こんなカオスなエキゾチックな国は他にない。そしていくら新しい文化が次から次へと入ってきては消えると言っても日本の伝統的な素晴らしい文化は決して消えはしない。小さくはなっても現実にほとんどすべて生き残っている。
=+=+=+=+= そもそも伝統文化って、華やかな正月や茶道だけじゃないと思いますよ。この教授の周りはそうかもしれませんが、いわゆる日本の表向きの文化とほとんどを占める士農工商の士以外の一市民の伝統文化も多くあるはずです。私の地域では派手なだんじりもあり、地蔵盆があり、墓参りがあり、成人式の袴や着物があり、ひな祭り、鯉のぼりがたなびきます。家ではお祝いに押し寿司を作り、七五三には神社にお参りして、お寺に行って心穏やかになります。クリスマスにも誕生日にもケーキも食べます。何が言いたいのかというと教授なんだからって「日本人像」ってひとくくりして「嘘ばかり、とんでもない乖離」なんて軽々しく代表してネットで言って欲しくないって事です。みんな都心の人間ばかりじゃないのに。日記に書けばいいような記事
=+=+=+=+= 記事で列挙された事例自体は概ね事実ですけど、そこまで目くじら立てて否定されることでしょうかね?
確かに悪く言えば「節操が無い」でしょうが、それが世界的に稀有で海外の方々をも惹きつける「多様性」に繋がっているようにも感じます。
カレーもラーメンもハンバーグも餃子も、元々は海外の食文化が日本で独自の進化を遂げて、今や日本食のひとつと呼べるまでに昇華しました。
ピアノもバレエもフェンシングも、習い事から始めて世界的に高く評価された方もいらっしゃいますし。
家電や自動車、カメラにバイクはじめ、世界に名だたる日本の工業製品も、そうした風土が生んだ産物なんですよね。
まぁクリスマスやハロウィンのどんちゃん騒ぎは、正直どうよとも思いつつ適度なケイオスもアリなのかも?
=+=+=+=+= 日本の音楽の授業は、座学が多いし楽器もハーモニカやリコーダー。 それに対してアメリカなんかは、本物のバンド楽器で吹奏楽をやるか、コーラスを選ぶか、実体験の場となっている。だから音楽の裾野が違う。 日本はバイオリンはお稽古ごとが多いかもしれないが、国際コンクールで活躍しているのも確か。それはそれで素晴らしい。
=+=+=+=+= 節操がなく飽きやすいイベント好き、何でも受け容れカスタマイズ、そして世界に発信する。古くは火縄銃からラーメン、カレー、漫画・アニメに至るまで。まさにお家芸、素晴らしいじゃないか。
=+=+=+=+= もともとは国土が狭く(地続きで移動できる範囲に限界がある)、かつ、狭い範囲に多くの人が暮らす環境で、農業を中心とするのが適した気候風土だと判断されていく。 その中で、いかにストレスなく生きて行くかという工夫の積み重ねが日本文化の要素だと思われます。
上流階層は、あまり遠くまで目線をやる必要がないので、その場限りの煌びやかさや内省的な方向に向かいがち。 庶民は周囲の顔色を伺い流行り廃りに反応しつつ排他的になりがちな一方、自然に抗えないことから刹那的にもなりがち。
それが近代に入って環境が激変する中で、模索が始まるわけだが、もとより個々の人格として判断していく下地がないものだから、現代に至るまで模索し続けているというモラトリアム国家になってしまった。
上では省略したが、武家文化が海外との交渉に有用な側面があったのだが戦争に繋がってしまい、コテンパンにやられたことで萎縮しっぱなし。
=+=+=+=+= 限りなくよく言えば、より良いモノを取り入れブラッシュアップする能力に富むのが日本人の特性って事でしょうね。
数多ある工業製品は勿論の事、どの家庭でも日常的に食べられているカレーやラーメンなんかはまさにその筆頭でしょ(笑)
あらゆる競合の過程で消えていくものがあるのは当然の事であって、伝統や歴史とは切り離して考える必要がある。
言葉ですらより便利で的確なものに順次置き換えられていくんだから。
=+=+=+=+= だいたいの日本人が考える日本人像とは乖離していないと思いますが。今時伝統を重んじて日本文化然とした生活をしている人の方が希少なのでは。無節操なイベント好き、これが日本人が考える一般的な日本人像でしょう。メディアには詳しくありませんが、そんなに紋付き袴や着物で茶道やらに精を出すのが一般的な日本人である!と報じているものでしょうか。
=+=+=+=+= 日本人は器用だからどんな文化も取り入れ自分のモノにしてしまう。日本人に取っては文化は消費するもので使い切ってしまえば捨てるだけだ。最近では夏祭り、盆踊りさえも地域住民の関係性の希薄化もあり廃れて行く。 その代わり「よさこい」は最近の流行りにのっている。
=+=+=+=+= イベント好きというよりは、周りが流行っているものに乗っかるのが日本人の気質なのではないでしょうか。 バレンタインやハロウィン、恵方巻きも含めて、商売やマスコミの煽りで定着したものも少なくありません。 新しいもの好きなのはあると思いますが。
=+=+=+=+= 伝統を重んじる国民ですが、それ以上に良いものを取り入れて自分たちの物にするという文化を持っています。 どれもが日本人であり、それだけ多様性を持った国民だと言う事です。 褒められる事もあれば非難される事もある。 メディアで取り上げられてる程日本人は気にしてません。 高度成長期には日本の異常な文化を取り上げるメディアが多かったですが、今はそれを気にする人は高齢者だけです。
=+=+=+=+= 私は和服しか着ない人間だが(仕事柄ではなく個人の嗜好で)単に着物をよく着るというだけで伝統云々いえるかどうかは怪しい。いわゆる「着物のちゃんとした着方」なんてものは歴史としてはかなり浅く、それは普段から着てればよくわかる。 早い話が公式な場はともかく、昔の人は日常から「ちゃんと」なんて着てない。それは現代人の洋服を「ちゃんと」着るかどうかはTPOやその人の嗜好によるのと同じ。常に着ている衣服なんだから、着やすいように着るのが当たり前の話。 茶道もそうだが、全国に数多いる抹茶好きが全員茶会に参加するわけなんてないし、茶道界の伝統=抹茶や茶の歴史じゃない。抹茶なんか普通に溶いて飲めばいいんだよ。 その他の伝統云々も一度日常のレベルまで落とし込んで、そこから見ないと本質は見えてこないと思うけどね。
=+=+=+=+= 他国の文化も受け入れることに寛容で、それを独自にビジネスであれ広げることが出来るってことでもある。 どこの国でも過去から未来へと変革は悪いことではない、国によってはトップが変わったり、侵略で過去のものが否定されて破壊されて歴史的なものが否定されると言うこともあるが、日本は意外と植民地化もなく、近代化に関して古いものも残そうと言う人の声も大きかった(声が大きい≠マジョリティ意見ではない)。 そもそもメディアは日本人が伝統どうのこうの言ってるか?昨今の大量に来る外国人観光客にインタビューして、歴史的建造物が多く残されているから、そう言う答え多く、そのまま取り上げて電波にのせてるだけでしょ。
=+=+=+=+= 日本人は日本と言う島国で、その狭いコミュニティから村八分にならないように生きてきただけです。 お互い、顔を合わせれば同調しているような行動を取るが、ひとたび、顔を合わさない所に行けば、あーだのこーだの批判する。 自動車の運転もそうで、お互い、直接的に顔が見えず、どこかでまたお互い顔を合わす事が無いと分かれば、ルール無視の追い越し、すれ違い。 これ、全部がオープンカーでお互い顔ばれしている状況で運転していれば、ある程度、おりこうさんの運転になるのでないか?と想像しています。 ホテルの宿泊も日本人はフロントでは良かったように店員さんに伝えるようですが、帰ったら口コミでぼろくそ書くのが日本人だそうです。 結局は村八分にならないように人前ではみんなと同調して生きてきたのが、外国の人には美しく見るようです。 全員とは言いませんが、匿名のネットに書き込んでいる内容が日本人の本性でしょう。
=+=+=+=+= >俳句や短歌をたしなむ人はどのくらいいるのでしょうか。
いくらでもいます。月刊の俳句雑誌には毎月数千句も応募が来ます。佳作入選するだけでも容易ではありません。ネットには俳句のサイトも沢山ありますしバラエティー番組でタレントが作った俳句を「添削」しているような国ですよ。おせち料理だってフランス料理が入ったおせち料理なんて食べている人は一握りでしょう。地方にいけば黒豆だけでも自宅で煮るとかしている家庭はまだいくらでもあるのでは?お盆やお正月になれば奥様に嫌がられながらも帰省しますし。初詣に一つの神社に数百万人も訪れる国なんてないですよ。そもそも外国人観光客が山ほど日本に来ているのは伝統的なものがたくさん残っているからではないですか。 時代に合わせて変質はするでしょうけれど、嘘ばかりと言う事は無いと思います。
=+=+=+=+= 正月前には材料を買って和風のおせちを作る お盆もお彼岸も普通にする お茶席にも何度か上がったことがある サッカーもバレーボールも国際試合の会場には行かないが地元チームのファンだ 従姉妹はピアノで大学から音楽教師に、小学校の同級生は中学の時にバイオリンでかなり有名な楽団と共演しプロになった 理論だけで語らずに現実を見て言うべきだ
=+=+=+=+= 見える伝統文化を大事にする事がだけが日本人の証明ではない様に思う。 普段の日々の生活の中で、周りとの合わせたり、他人に迷惑をかけない様にしたり、自然に恐怖を感じながらも自然を大事にしようと思ったり、東京オリンピックや野球のWBCの時の様に、敵味方関係なく頑張ってる人を応援できたりなどなど、そんな些細なところで日本人らしさが出てくるのではないか? 勿論、中にはおかしな人もいるが、段々そんな人は社会からはみ出てしまう。 それはそれで昔の村八分の様に日本人の悪い所もあるだろうけど、伝統文化を大事にしてないから乖離してるわけではない様に思う。
=+=+=+=+= そこら辺の感覚は江戸時代には爆発してるよ日本人は 年中行事・イベント新しいのを創ったり取り入れたり、人も伝統を重んじる人新しいことに興味ある人ごちゃごちゃ ハロウィンだってハロウィン自体は新しく入ってきたものだけど江戸時代吉原で遊女がコスプレしてパレードするってのすでにやってたりする
=+=+=+=+= 外国の所の比較では???と思った。 日本人だって子供の教育なら空手や剣道や習字やら習う子供は多いのだが。 確かにすたれていく文化もあるだろうけど、祭り等残っている文化もあるし、いいと思ったり楽しいと思う行事を外国から好きに取り入れてアレンジすることの何が悪いのだろう。 外国に迷惑かけていないのなら大きなお世話だと言いたい。
=+=+=+=+= 色々な物に目移りする軽薄な日本人の様に言われますが、それだけ日本が昔(戦前)と比べて豊かになったと言う事です。豊かになって外国から色々な文化や物が入って来たから選択肢が増えた。 豊かだから、それらを取り入れる事が出来る、それだけの事だと思います。かつてはまずしかった東南アジアやアフリカでも、先進国の文化や物を積極的に取り入れ、それらの国の首都では日本の地方都市より遥かに豊かな物で溢れ、流行が取り入れられている。日本だけに限った話しではないと思いますが。
=+=+=+=+= 日本人は遥か昔から、ざっくばらんでテキトーだからなぁ。昔のほうが今の「名ばかり多様性」よりも、よっぽど自由奔放だし。
それも一つの伝統だけど、戦争で負けてGHQにずっと支配されている状況が続いて完全に節操がなくなり、伝統はおろか領土意識も国益意識も無いヘロヘロに教育されちゃった。
日本の領土を不法に占拠したり、日本の評判や信頼を世界中で貶めている国のカルチャーやコスメに夢中なくらいだし、欧米や中国のマーケティングにも無警戒。
日本の多様性は四方を海に守られていたガラパコスな時代には良いけれど、グローバル化が進んだ今では外国の「狩り場」にされるだけだから、未来はちょいと厳しいかな。
=+=+=+=+= 日本人は強い文化や宗教性がないので、他国に移住するとたちまちその国の文化風習に染まると言う。 柔軟性があると言えるが、節操がないとも言える。あるいは皆がそうするから私もそうすべしと思うのだろうか。 シベリア抑留時、多くの日本兵がソビエト共産主義になびき、染まっていったが、ドイツ兵は頑なに拒んだという。 他者思想を受ける入れる事は、自己否定にもつながり、強い文化や宗教を持つ人達には大きな抵抗を伴うのだ。 多くの日本人は、そのことの重要さを認識しておらず、そもそも強い自己を持っていないのだ。 また、そんなもの持っていては、日本社会で生きていけない。 そこをなんとか。話せば分かる。である。 ある英国人は言っていた「日本人はカメレオンである」と。
=+=+=+=+= 古い物を変えないのが日本の文化ではない。むしろ何でも受け入れて何でも日本化してしまうのが日本の伝統。ひな祭りも端午の節句も七夕祭りも外国由来とは誰も意識していないし、どれも元の行事とは似ても似つかないものに変わっている。
=+=+=+=+= 玉石混交の国だろうね。 高齢者は消える。そしてこの国はどんどん変わっていくのでは。
子供たちにはひな祭りや柱の背比べ、七夕、大掃除、正月のお参り、節分ほかいろんなことを教えてきた。孫にも同じようにしてきた。 しかし、隣近所から子供たちの声が聞こえなくなったら、鬼は外の声が待ったく聞こえなくなった。 子供が消え、高齢化が進み、もう伝統などは日本全国虫食い状態でなくなっていっているのではないか。
昭和には何とか続いたが、平成になると地域によっては祭もなくなった。盆踊りなど半世紀前から衰微し、今は細々と続けられているだけだ。
今は、企業が儲けのためにやるクリスマスだバレンタインだと日本とは全く関係ないものが流行っているが、これもその時の若者だけのものになり、年寄りは興味を示さなくなるだろう。 これからどうなるか。
=+=+=+=+= 大陸から入ってくる新しい文化をありがたがり、舶来品に大枚をはたく。太古の昔から日本人はそうだった。それを惨めだと感じた政治家がこうあって欲しいと作った日本人像に一部の人間が乗っかっただけで、本質は変わらない。自分たちより優れた文化を認め、敬うことも忘れなかった昔の人の方が素直で良かったのでは。自分たちの優位性を主張し始めると争い事が始まるのは人間の性なのだから。
=+=+=+=+= 昔「日本全国酒飲み音頭」って言う歌がありました。毎月の行事でお酒が飲めると。 確かに日本人は熱し安く冷め安い、新し物好きな所はありますが、いいものは取り入れて独自に発展させてきた文化です。 今伝統と言われて生き残ったものも当時とはまるっきり同じではないと思います。
=+=+=+=+= なかなか的を射た記事ではないかな?という印象を受けました。
ただ、絶対数は少ないにしろ、伝統文化を重んじる人、楽しんでいる人が一部いて、こういった人を尊重するのが日本人の傾向にあるような気がします。
衰退しそうな伝統文化に対して、税金を投入して、補助金を出して延命を図ることなどに対して、かなり寛容だし、こういった補助金を廃止する事に対して、アレルギー反応を起こす国民は多いようなイメージがありますね。
=+=+=+=+= 目の付け所というかタイトルは面白いが、中身は論考が浅く思えました。海外由来の伝統を軽薄なイベント化しているところなんかは、別にどうだっていいやって話でした。「伝統と精神性を重んじる日本人」という言説と対比して論ずるべきは、実は決して冷静ではなく熱狂と集団ヒステリーに流されやすい気質とか、意外と周囲に厳しく相互監視を是とする社会とか、なんでも「なんたら道」という形で形式美を求めつつ他国の文化には非寛容だとか、誇り高さを標榜しながら対外的には卑屈で被差別妄想的なところとか、いろいろ論点はありそうです。
=+=+=+=+= あまり同感出来ませんね。 自説を述べるだけで事実に基づいたいない。
>お正月やお盆という伝統行事や風物詩がなぜ力を失い、クリスマスやバレンタイン、ハロウィンなどといった伝統とは無関係なイベントが隆盛になるのでしょうか。
お正月は今でも全国各地津々浦々の神社仏閣に行列が出来る。 特定の若年者層が大騒ぎしているだけのバレンタインやハロウィン、クリスマスなどに比べても圧倒的な大イベントですよ。 お盆にしても全てが帰省では無いにしても、実家に帰省する人達を中心に全国的な大渋滞。 廃れているイメージは全く有りません。
一部報道に日本を美化しすぎる部分は確かに有りますけど、やはり言われているような日本人の特性は有りますよ。 伝統は重んじるし、基本的に真面目、綺麗好き、時間に正確、このあたりは海外の状況を知る人ほど実感するのでは無いでしょうか。
=+=+=+=+= 確かに日本人は海外の文化(得に西欧)をありがたがり、自国の文化を卑下するところがあるかな。 それはオリンピックを見てもどこの国の人だよ?という感じの選手のキラキラネームのオンパレードを見ても感じるしハロウィーン等々外国のお祭りがブームになっても自国の伝統行事とかは衰退する一方だ。 ヤフコメでも食文化が大切なんていってるが、それは肉を食べる事だけであって本当の意味での日本古来からの食文化は衰退してるでしょ? 古来は中国、戦後は米国を含めた欧米文化。 浮世絵なんかもそうだったが 今までの継承してきたものはダサいとなりゴミと同じ扱い。 それが欧米で評価されると急に日本人はすごいとなる。 今まではそれでうまくやってきたけど。
古来より日本人は力のある方になびいてしまう現実主義者なんだと思う...
=+=+=+=+= 英国に2年ちょっと滞在してましたがアフターヌーンティーは記事にあるようなお茶する為の小休憩ではないよ。 日本で言うところの モーニング、ランチ、ディナー と同列です。 つまり時間的にランチとディナーの隙間を埋めるものであり、Tea だからと言って紅茶を飲むとは限らない。 その時間に意識して飲食をする行為が Tea なのです。 また、その隙間時間にあえて時間を取って仲間と会話を楽しむのがTeaの本質。 逆に小休憩的にお茶やコーヒーをすするのは単なるブレーク。 日本でもちょっと惣菜をつまんだりお茶飲む事をモーニングとランチとは言わないですよね? Teaは意識的に少し本格的に飲食と会話をする行為であり、まさに日本の女子がやってるヌン活がTeaなのです。 そしてそこには階級など関係ない。 記者は表層的な活動としてヌン活を批判的に描いてますが実は日本女子の方が本来のTeaをよく理解できています。
=+=+=+=+= 何を今さら。
昔から大型ショッピングセンターができて地元商店街を枯渇させたなんて有名な話。 記者様がわざわざ書くほどのことでもない。
で、その乖離で何を訴求したいのかな? それでも外国人が見る日本人像もあるし、 日本人が認識して今さら日本人像もある。 その「オレが見た、私が見た日本人像」を否定して、 「違う日本人像を知っている俺って高尚だろ」とでも言いたいのかな?
私からして見れば上記のように誰でも知っていることと主観のGAPに今まで気付かず、 今さら記事にするのってかなり恥ずかしい行為に見える。
まあ、これも主観(笑)
=+=+=+=+= 日本が伝統を重んじるというのはどこの吹聴でしょうか? 強いて言うなら面白そうな他国の文化や目新しい文化を柔軟に取り込んできたのが伝統というのが正しいでしょう イギリスやフランスがクラシック必須というのもいつの時代の話をしてるのか上流階級の話をしてるのか疑わしいです イギリスやフランスこそ移民達による外来文化の流入やリベラルな若者による伝統に対する無関心と破壊が日本以上に盛んな印象です
=+=+=+=+= 外国人に認められたり興味を持たれたりする伝統文化は本物として大切にするがそうでなければ古臭いとして軽視する。どこまでいっても日本人は欧米の価値観を絶対視する人が多いように感じる。
=+=+=+=+= メディアにしても一般にしても、日本人論の(というより民族論自体の)もっとも間違ってると感じるのは、それが優れているか劣っているか、と論じたがる点。 日本人はこうである、と皆が語るのはただの願望で、筆者の言う通り実態とはまったく乖離している。節操なく無定見で、伝統には淡泊で他人に冷たく、嫌がらせは大好き。これが日本人の真実だと思う。 しかしそれは同時に、新しいものを受け入れる度量があり、宗教などを妄信せず、他人に気を遣うと同時に自己防衛に熱心、ともいえる。 一般に流布する理想像と実像が異なるのは事実。しかし、それは世界中どの国でも同様であり、優劣とは関連性がない。
=+=+=+=+= よくある「日本人は自国文化を大切にしない」論ですよね。 フランス長く住みましたが、フランス人もイギリス人も、というかアジア、アフリカ含めたどの国の人も自国文化に詳しくないです。 フランス人にフランス文学や絵画の話しましたが、皆全く知らない。オックスフォード大出身のイギリス人はシェークスピアなんて読んだことも観たこともない、と言ってました。 そんなもんです。
=+=+=+=+= 節操の無い雑食性も突き詰めれば、「空気を読む習性」だと思う。ちょっとした面白さのアヤが瞬く間に共感されプチ流行となり、特に女性の流行に乗っかって同化する力は脅威的だ。SNSなどでのテンプレ構文的なネタ投稿も上手い。茶道にしても、能楽にしても、大昔は伝統だからやってますではなくて、純粋に流行ってたんだろう。 だから伝統を維持する国民性ってのは、そもそも誰も思ってない。
=+=+=+=+= YouTubeやメディアで他国人とは違う日本人の美徳をよく取り上げているが、私はこれを日本人に対する教育だと思ってる。こうしなさいというと反発するが、日本人はみんなこうしてますよと言われることで刷り込まれる。
=+=+=+=+= すごい上っ面の記事ですね…挙げられた欧米諸国で、日本並みに伝統衣装を日常で着る習慣なんかもう廃れてるだろ…日本の神道みたいな原始的な宗教も、キリスト教に駆逐され跡形も残っていないだろうし、伝統なんか守っていないよ…そもそも移民が増えすぎてそういう欧米の伝統を皆守っているみたいな言説も、移民達には当てはまらないわけで
=+=+=+=+= 少し前に即位の礼をTVで観たが、巨大な体育館のような建物に、古代の高御座を持ち込み、その上に、古代中国人の衣装をアレンジした服を着た、天皇皇后が立って、背広を着て、化けそこないの英国貴族のような姿の首相からのお祝いを受けていた。コレを`外人`として観た場合「これはいったいどこの時代の、どこの国だ?」と思ってしまう。 「日本」には元々、他国の文明・文化の模倣とアレンジで「それらしく」作っただけで、文化や文明と呼べるモノはなく、お正月やお盆が廃れれば、ハロウィンやクリスマスが、取って代わる、それだけの事だよ
=+=+=+=+= 日本人と言ってもいろいろな人がいるわけだし一言で日本人としていろいろ語ることに意味なんかないんじゃないの? やるんだったらちゃんと全体像が分かると統計処理をしてデータをもとに論理的に語らないと単なる個人の意見でしかないよね。大学教授ならそのくらいのことはやってよ。
=+=+=+=+= 何処の国でも同じようなもの 史上最悪の今回のパリ五輪でフランスに対する認識が間違っていたと気がついたように イメージと現実は違うもの まだ日本はそうは乖離していない方ではないか。
=+=+=+=+= 言われていることはよく分かりますが、・・・ >「メディアで取り上げられる日本人像は嘘ばかり」 ←ということは、論理的には、「日本の現在の主要メディアは、日本人が持っている変わらない(あるいは「極めて変わりにくい」)本質的なものについて興味がないから、皮相的な者しか取り上げない」ということを意味するのではないでしょうか? 要するに、「興味と視野の狭い現在の主要メディアの報道だけを見ていたのでは、本当の日本人像は分からない」ということを・・・
=+=+=+=+= こんな話、大学教授様に言われなくてもほとんど全ての日本人が自覚してる事でしょ。「私らキリスト教じゃないのにクリスマスやってんのおかしいね笑」って、列島で過去何億回も言われてきたはずです。
そして「だから何?」という話です。新しい文化を無節操に受け入れる事と、伝統を重んじていない事を、イコールで結ぶ定理を勝手に自作して断じているだけで、詭弁とすら呼べない幼稚な論法に思えます。
ラグビーのルールが分からないのに盛り上がるのがだめだと言う教授は、夏祭りを見かけても歴史や由来や主催者が分からない限りは飴の一本も決して買わないことでしょう。随分と楽しい人生ですね。
=+=+=+=+= 宗教に観念を支配されていない点で思考が自由。逆にとらえれば信念がない。正月に神社へ詣でて、葬儀では焼香をする。非合理的な行為を慣例で踏襲することを是とする。侵略されるので抑止力を備えようと指導者が唱えると事実と思いこむ。自分で考えて判断することを恐れる。封建時代の愚民教育が根付いている。
=+=+=+=+= 高尚な芸術に触れるのが英国やフランスの常識みたいに仰るが、それが当たり前なのは上流階級だからでしょ。 節操がないのは、英国もフランスも同じ。節操なく移民を大量に入れたのは、節操がないからでしょ。
=+=+=+=+= そもそもメディアはアニメの順位を見れば信用出来ない。タッチやエヴァがダントツのワンツー人気。うるせいやつらのラムにみんなメロメロとか、これだけでメディアがどんなものかわかる。
=+=+=+=+= 「節操がなく飽きやすいイベント好き」が日本人の本質
あまりにも短絡的な結論で驚きます。 日本人の本質ではなく、単に法的・経済的に自由度が高くなった社会で共通して起こる現象じゃないでしょうか。 著者はストローマン論法が癖になっている人と私は見ました。
=+=+=+=+= 所詮は金儲けじゃないですかね。儲かりそうなモノにはすぐに飛びつき、寄ってたかって無茶苦茶にしてしまい、廃れたらまた次の金儲けネタを探す。金のためなら恥も外聞もなく何でもする。宗教観が無いから平気でお客様を「神様」などと言ってしまう。
=+=+=+=+= 祭のあとの散らかったゴミや、自販機横のゴミ箱に燃えるゴミやらプラごみやらが押し込められるのを見ると、色んな記事に書いてある日本人像とは明らかに乖離してると感じる
=+=+=+=+= 春と秋の彼岸、夏のお盆、七五三、七夕、ひな祭り、神社仏閣へのお参り、暦、 朝顔市 ほおずき市、大安・吉日、土用丑の日ウナギ、煮魚、焼き魚、刺身、天婦羅、歌舞伎、巷談、寄席....色々あるぜィ 忙しくて目が回る。
=+=+=+=+= 的を得てる。岸田のような薄っぺらい人間ばかりの自民党「今だけ、金だけ、自分だけ」は議員だけでなく日本社会そのものです。極々変わり者の日本人だけが伝統や武士道精神を受け継いでいます、それは極々変わり者だけの範囲の話です。これは自然になったのではなく、戦後西側陣営による意図的な作戦でなったのです。真実の歴史や西側陣営の洗脳が解けた時、日本人は記事にある乖離していない日本人に戻るでしょう。期待をこめて。
=+=+=+=+= 日本人は文化と伝統を重んじる、 が勘違いなら、 ここの記事も日本の一面に過ぎない。 何なら、人間の一面と言ってもいい。 島国な分、それが如実に現れやすいということはあると思う
今の若い人は還暦の私と比べて、価値観も行動様式も多様化しているので、更に複雑になっている。 一つの傾向にまとめるのは、返って何も見ていないことを表しているように感じる。
良くも悪くもウケるからだろうけれど、取り上げられるのが偏狭な世界はもううんざり。
=+=+=+=+= 商業施設の障害者専用駐車場に健常者が堂々と停めるのも日本が1番多い。外国でそれすると周りの人達が必ず注意する にほんしは見て見ぬふりしか出来ない 何が日本人の美徳だ
=+=+=+=+= いろんな記事は一部を一般論的に書いている。そこを読み手側がどう受けとるかの事。
それと日本を美化している点についてだが、 外国から帰ってくるとマジでその通りと思ってしまう。
=+=+=+=+= メディアが取りあげる美談はメディア側の陳腐な意図によって作り上げられているものが多いことに気づいてないのかな? スポーツ関連の「○○ジャパン」みたいなネーミングでウケを狙っているようなもの。 何事も自分の視点で考えメディアみたいな陳腐な奴らに左右されないこと! グローバルに染まらなければ可笑しいというのもヘンナモノ。
=+=+=+=+= 能や文楽や着物やお茶はガラパゴス的に特殊な進化をし過ぎて絶滅危惧種に なって海外の人に珍しがられているが一般日本人からは無い物扱いされている
=+=+=+=+= 久しぶりに楽しい記事を読みました(^。^) まぁ、メディアも読まれてなんぼ、見てもらってなんぼ、だからねぇ。 とにかく商売する側は、何とか目新しい事をやって、売上を確保したいし。 皆さん、それに乗せられていますね(^_^) ところで、日本人は伝統を重んじる、って誰が言ったんだろ? そんな自覚は、ないんだけど(笑)
=+=+=+=+= 別にそんなに卑下する必要もないし、国民を一言で言い表すなんて無理がある。 ただ、日本人の強い同調圧力は外国人には異質に見えるだろうね。良い意味でも悪い意味でも。
=+=+=+=+= そんなに日本人を貶したいのかねえ。 伝統を大事にしない欧米人なんてザラにいますよ。 比率で言ったら日本人がかなり伝統を守ってる。 正月に初詣しない日本人なんてまず居ないでしょ。 クリスマスを祝わない欧米人は普通にいますよ。
=+=+=+=+= この記事、冷静に読んでみたら 何の教養も無い、誰でも短時間で思い付くような飛ばし記事だとわかる。 書くこと無いから、小学生の自由研究みたいな記事書き始めた現代ビジネス
=+=+=+=+= オックスフォード大学へ進学できる、クラシック音楽を嗜む家庭は、ヨーロッパでも一般家庭ではないんじゃないか。
=+=+=+=+= よさこい祭りやソーラン節を東京でやり、 ねぶた祭りも茨城で見られるのが日本のいいところ 何でもありなんだよ
=+=+=+=+= 海外の事象や物を採り入れ、自分達流にアレンジ、発展させるのが日本の伝統。昔からず~っとそのままが伝統ではない。
=+=+=+=+= それらしく聞こえる左派の記事。お盆も正月も力を失っていない。ただクリスマスなどを楽しみたいだけ。大学教授として、なんの根拠もなくそれらしいことを言って、恥ずかしくないのかね?
=+=+=+=+= ほとんどの日本人は流行に流されず、慎ましい生活をしてます。それこそ伝統的な生活ではないか。
=+=+=+=+= 何か、読んでて、的が外れてるような気がする。文化の本質や各国の文化に対する現実が見えてない。
=+=+=+=+= 多様化しただけかと。 1億人もいるので、新しいもの好きな人も増えましたね。それだけの話。
=+=+=+=+= 全くその通り。ただのイベント好き。だから世界選手権とかは見ないのにオリンピックだけで盛り上がれる。
=+=+=+=+= 嘘ばかりというか、それも一面に過ぎないってだけの話だと思うが… 同じ日本人でも100人居れば100通りの性格があるわけで。
=+=+=+=+= そもそも大半の左翼メディアは世論とかけ離れたことを拡散させるのが自分達の仕事だと思っているから。冷たい目で無視するのがいい。
=+=+=+=+= 伝統を重くとらえずフランクに変えて行ける事が日本文化の強みなはず。
=+=+=+=+= 庶民と教養人や一流職人を一緒くたにしてはいけないよ。
単純化は書物にしやすく金に成るが、「文化人」の堕落。
=+=+=+=+= だったらどうした?
中島みゆきの世情の歌詞にある ♪包帯のような嘘を見破ることで学者は世間を見たような気になる を連想するよ
=+=+=+=+= この記事も俺の思ってる「主語の大きい言説は信用できない」の事例に1つ追加されたわけだが。
=+=+=+=+= いかにも現代ビジネスらしい、偏向していて、狭量な記事ですね。 事象の全てを悪意で捉えて、マイナス思考の論調だ。 読むに値しない駄記事!
=+=+=+=+= 日本人は日本人てマナー素晴らしいねって言う番組や記事が好きなだけです。 実際には街も山もゴミだらけです。
=+=+=+=+= 流されやすいというか、染まりやすいというか、同調することが美徳と思ってるというか、、
=+=+=+=+= 何てもガラパゴス化して日本でしか通用しない
ものに固執するのが得意です
=+=+=+=+= 何が言いたいのかよくわからない記事かと。問題提起となる前提が微妙。
=+=+=+=+= まあ、筆者が新しいものに飛びつく日本人を憎んでる、ってのだけはよく分かった。
=+=+=+=+= 物事を本質的に考えない、軽佻浮薄な人間が多いということだ。
=+=+=+=+= 年末掃除とお年玉という伝統に苦しむ大人の一人ですが・・・
=+=+=+=+= いったい何が言いたい。余りに凡庸な論評に若干の衒学をのせて。
=+=+=+=+= メディアに従順な人が多いが本質では・・・
=+=+=+=+= 基本的に色々と流されやすいよね
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