( 205192 ) 2024/08/25 17:22:15 0 00 欧米各国で“民衆の自分ファースト化”が進んでいる(イラスト/井川泰年)
米大統領選を今秋に控える中、それに先んじてイギリスとフランスでは解散・総選挙が行われ、政権交代・政権崩壊が相次いだ。こうした各国の選挙を見て、経営コンサルタントの大前研一氏は「イデオロギーで葛藤する時代は完全に終わった」と語る。これまでの選挙とどう変化しているのか、大前氏が解説する。
* * * アメリカ大統領選が、風雲急を告げている。周知の通り、民主党のジョー・バイデン大統領が撤退を表明してカマラ・ハリス副大統領が後任候補になり、世論調査で共和党候補のドナルド・トランプ前大統領と支持率が拮抗しているのだ。
国の趨勢が選挙で反転・リセットされる事態に直面しているのはアメリカだけではない。世界的な選挙イヤーである今年は、各国で大番狂わせが起きている。7月にはヨーロッパで政権交代や政権崩壊が相次いだ。
まずイギリスでは、保守党のリシ・スナク首相が下院の解散・総選挙に打って出て惨敗し、14年ぶりの政権交代が起きて労働党のキア・スターマー党首が新首相に就任した。
保守党政権が崩壊したのは「身から出た錆」である。すべての問題の根源は2020年末にボリス・ジョンソン首相が実行したブレグジット(EU離脱)だ。
その結果、イギリスにはEU諸国から安い農林水産物などが入ってこなくなり、物価が急激に上昇した。さらに、外国人労働者も入国が難しくなり、様々な業界で大幅な人手不足に陥った。
とりわけ国民が物価高とともに不満を募らせているのは医療システムの破綻だ。イギリスには医療費が無料になる国民保健サービス(NHS)があるものの、医師と看護師の不足によって診療の待ち時間が6時間、手術の予約は半年以上も先、などと報じられている。
物価高と医療システムの破綻が国民の生活を直撃しているのに、スナク首相は無策で、この問題を解決できなかった。だから保守党は惨敗したのである。
スターマー新首相は就任後初の演説で自身を「安定と穏健主義を主張する政治家」と評した。14年の野党暮らしを経験した労働党は頑迷固陋な左派の“組合党”ではなく、現実的で柔軟な政党になったわけで、スターマー新首相がイギリスが抱える問題の原因を分析してブレグジットの見直しまで踏み込む方針に転じれば、さらに国民の支持を得ることができるだろう。
次はフランス。6月のEU議会選挙でエマニュエル・マクロン大統領が率いる中道の与党連合は、右翼政党「国民連合(RN)」にダブルスコアで歴史的大敗を喫した。そこでマクロン大統領は下院の解散・総選挙に踏み切るという乾坤一擲の賭けに出た。
しかし、第1回投票で惨敗し、第2回投票では、急進左派「不服従のフランス(LFI)」や社会党などで構成する左派連合「新人民戦線」と多くの選挙区で候補を一本化した。結果、左派連合が最大勢力となったが、LFIはマクロン大統領が進める年金受給年齢引き上げの撤回を求めるなど両者は全く相容れない関係だ。結局、どのグループも過半数に達しなかったため、新首相の選出や組閣の連立交渉が難航している。
しかし、もはやフランスも右翼と左翼が対立するという単純な構図ではない。その象徴はRNのジョルダン・バルデラ党首である。
演説はうまいが、内容に全く主義主張がない鵺のような政治家で、極右のネガティブなイメージとかけ離れている。生成AI(人工知能)に「いま選挙に勝てる政治リーダーは?」と質問したら答えはこうなる、と思うような人物だ。
これらの選挙結果に共通するのは、民衆の“自分ファースト”化だ。もはやどこの国でも人々は「右」とか「左」とかのイデオロギーを超えて、物価高や貧困、失業といった身近な問題から自分たちの生活を守ってくれるのであれば支持する、という「自分最優先」「自己中心」の態度を取っている。イデオロギーで葛藤する時代は完全に終わったとみてよいだろう。
そして、その先駆けがアメリカである。アメリカは資本家側で保守の共和党支持者と、労働組合側でリベラルの民主党支持者に分断されて二極化していると言われるが、今は違う。国民の多くは、保守かリベラルかに関係なく、“自分ファースト”で投票する候補を選択しているのだ。
たとえば、共和党のトランプ前大統領の岩盤支持層は資本家ではなく、中西部の「ラストベルト(錆びついた工業地帯)」の労働者、いわゆるプアホワイト(白人の低所得者層)である。だからトランプ前大統領は“自分ファースト”のプアホワイトを取り込むために「アメリカ・ファースト」「メイク・アメリカ・グレート・アゲイン(MAGA)」というわかりやすいスローガンを繰り返している。
対する民主党のバイデン大統領も、巨額予算でバラ撒き政策を続けている。莫大な赤字削減は富裕層や大企業への増税で賄うとしているが、実現は容易ではなく、これまたわかりやすいポピュリズムだろう。
トランプ前大統領の主張どおりに移民受け入れを拒否すれば、人件費が上がってさらなるインフレになる。世界の安全保障にカネをバラ撒くバイデン政権の政策でツケを払うのもアメリカ国民だ。ポピュリズムの先には破綻が待っている。
では、アメリカ大統領選の行方はどうなるのか? カギを握るのは副大統領候補だと思う。その理由は、次号で詳述する。
【プロフィール】 大前研一(おおまえ・けんいち)/1943年生まれ。マッキンゼー・アンド・カンパニー日本支社長、本社ディレクター等を経て、1994年退社。ビジネス・ブレークスルー(BBT)を創業し、現在、ビジネス・ブレークスルー大学学長などを務める。最新刊『日本の論点2024~2025』(プレジデント社)など著書多数。
※週刊ポスト2024年8月30日・9月6日号
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