( 205430 )  2024/08/26 15:55:19  
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鋭い分析をする小林慶一郎教授は、日本銀行の異次元緩和の影響や金融政策の正常化について示唆している。

超低金利時代が長期間続いたことで、経済に様々な副作用が生まれ、例えばゾンビ企業の増加や産業の生産性低下が懸念されている。

さらに、政治家や官僚の考え方の変化や国による支援の増加も指摘されており、若い政治家たちが中心となる将来について二つのシナリオが示されている。

金利の正常化や財政の健全化が重要であり、若い政治家の対応次第で将来の日本経済の方向が大きく変わる可能性がある。

(要約)

( 205432 )  2024/08/26 15:55:20  
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小林氏の鋭い分析 

 

 日本銀行総裁が10年にも及ぶ異次元緩和を続けた黒田東彦氏から植田和男氏に代わり、金融政策は徐々に正常化しつつある。果たして“金利のない世界”は日本に何をもたらし、今後、“金利のある世界”へと回帰することができるのか。『日本の経済政策 「失われた30年」をいかに克服するか』(中公新書)を上梓した小林慶一郎慶應大学教授に訊いた。 

 

【写真を見る】日本経済を長期低迷へ導いたのは誰か 

 

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 日本は日銀の黒田体制下で超低金利時代が長く続いた世界的にも稀有な国である。 

 

 2016年1月、日銀は「マイナス金利付き量的・質的金融緩和」を導入し、さらに同年の9月に短期金利だけではなく、長短金利を操作するイールドカーブ・コントロール(YCC)を取り入れた。 

 

 結果、超低金利の時代が現在まで続くことになったが、植田体制で、YCCの解除や利上げが行われ、ようやく“金利のある世界”が戻りつつある。 

 

 では、この間の超低金利は日本経済に何をもたらしたのか。小林氏は長期の超低金利が低成長を招くかもしれない、と指摘している。 

 

「しかし、これは通説というわけではありません」 

 

 と小林氏が語る。 

 

「当然、金利を低下させるということは、お金を借りやすくして、景気を刺激するわけですから、経済を成長させるための政策として行われてきたわけです。ただし、短期なら有効ですが、長期にわたり低金利を維持すると副作用があると以前から懸念されていました」 

 

 例えば、「ゾンビ企業」「ゾンビ事業」の蔓延はその一つだという。 

 

「本来なら倒産してしまうような生産性の低いゾンビ企業にも銀行から資金が貸し出されることになります。短期的には失業を防ぐ効果があったとしても、長期的に見ると全体の経済成長率を下げ、経済の活力が失われていくことにつながる。また、低金利で資金を調達できるので、企業の中でも低収益・低リスクの事業を継続することが可能になります。高金利なら早く資金を返さないといけないので、低収益の事業を続けることはできませんが、低金利の場合、企業はチャレンジせずに低リスクの“ゾンビ事業”を選んでしまうことになる。実際、そういう事態になっているという話は企業の方から聞きますね」 

 

 

 また最新の研究では他の副作用も指摘されている。 

 

「一つは金利が下がり、地価が上がることによる弊害です。例えば、スタートアップに優れた事業のアイデアがあったとしても、低金利のため地価は上がっていて、アイデアを実現するための工場を作る際の大きなコストになることが考えられます。するとスタートアップの資金繰りが苦しくなるという事態になる。さらに、他の研究では、その業界の2番手、3番手の企業が設備投資をしなくなる、と指摘するものもあります。業界のリーディングカンパニーは低金利で資金を調達して、ガンガン投資をします。2番手3番手も資金を借りやすいので、同様に資金を調達します。するとリーディングカンパニーとの競争が激化するだけで意外に利益が上がらない。そのため、投資を控え、業界におけるリーディングカンパニーの独占が進み、産業としての生産性が下がるというものです」 

 

 ほかに、低金利を長期間続けた場合の問題として政治家や官僚の「マインドの変化」が挙げられる。 

 

「異次元緩和が始まり、もう10年以上経ち、さらに2016年からは長期金利もゼロ付近に抑えられてきました。10年物国債の金利が低いわけですから、16年ころから国債の利払い費が減少するということが起こっている。この間、特に若い政治家の意識が大きく変わったと感じています。“インフレを起こせばなんとかなる”といったリフレ的な考えや一時はMMT(現代貨幣理論)も流行しました。今でも自民党の若い議員の中にはそうした考えを持つ人が多い。“最終的に日銀が国債を引き受ければなんとかなる“といった財政規律を軽視する考えですね。それは財務省以外の官僚も同様で、最近になり、財政の歯止めがかからなくなるということは起こりつつあると思います。例えば、コロナ禍での給付金などでかなりの財政出動が行われましたが、感染症対策という特殊な状況下であっても、予算の出し方は他国に比べてもかなり激しかった」 

 

 

 近年では国による家計への支援も手厚くなっている。 

 

「延長されているガソリン補助金や再開された電気代・ガス代への補助金など、国民や企業に対する補助金についての考えがかなり緩やかになっているように感じます。例えば、1990年代の金融危機の時、銀行に公的資金を投入することについて、最も反対したのが他ならぬ銀行でした。政府に干渉されるのを嫌がったからですが、半導体など特定の産業を国が支援するようになった今とは隔世の感があります」 

 

 折しも永田町では岸田文雄総理が総裁選への不出馬を表明し、「世代交代」が叫ばれている。将来、低金利時代しか知らない若い政治家たちが政権の中枢を担った場合、何が起きるのか。 

 

「二つのシナリオがあると思います」 

 

 と小林氏が続ける。 

 

「一つはこれから長期金利が上がり、国債の利払い費や残高が増加していくパターンです。すると今後、大きな財政出動があれば、その分、国債の信用リスクなどマーケットからの手痛いしっぺ返しを若い政治家が経験していくことになる。それとともに、政治家や官僚が財政規律を重視していくようになる“揺り戻し”が起きるのではないか、と思います。そうなれば、10年後、15年後、金利が正常化され、財政健全化を見通せるような状況にできる可能性がある」 

 

 もう一つのシナリオは最悪のパターンだ。 

 

「若い政治家の“財政出動をし続けても問題ない”というメンタリティが変わらなければ、日銀も利上げをしづらい状況が続くことになります。すると10年後、15年後もゼロ金利が続いているということもあり得る。成長率は鈍化し、財政規律は緩んだまま。日本経済は長期衰退の道を辿ることになります。財政赤字が拡大し、記録的なインフレ、通貨安を招いた“アルゼンチン化”とも言っていい。円安は止まらず、貧しい国になっていく可能性はあり得ます」 

 

 9月に決まる新総理や今後、国を担う若手政治家のかじ取り次第で、将来の日本が途上国化していくことは十分にあり得るのである。 

 

デイリー新潮編集部 

 

新潮社 

 

 

 
 

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