( 208566 )  2024/09/04 17:11:22  
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東京都内で暮らし、働く女性が結婚を機に地方に移住する「移住婚」への支援金構想が、最大60万円の支援金新設を含む予算案に批判が集まった。

この構想は批判を受け、予算要望が取りやめられる異例の事態となった。

一方、未婚女性に限定し、就業などの条件を課さないこの構想には多くの欠陥があるが、本質的には地方への移住により地方の出生数を増やし、人口減少対策を図ろうとしている。

しかし、実際のデータからは、東京都の出生率が全国平均を上回るなど、地方知事たちの主張と異なる事実が示されている。

また、合計特殊出生率の計算方法から誤解が生じ、東京都の出生率が低いのは独身女性の流入などによる影響もあることが分かる。

結局、地域単位での出生率競争よりも、日本全体として出生数を増やす方策が問われており、多くの若い女性が東京に集中する現状が関係していると指摘されている。

(要約)

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〔PHOTO〕iStock 

 

東京23区に在住・勤務する女性が結婚を機に地方移住する「移住婚」への支援金構想が批判を呼んだ。 

 

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内閣官房が地方創生や地方の女性人口確保策の一環として、最大60万円を支援する制度を新設すべく関連予算を2025年度予算への盛り込みを検討していたものだ。この構想がメディアを通じて明らかになるとSNSなどで「女性に限定するのはおかしい」「60万円では引っ越し代金にしかならない」などといった批判が相次いだのだ。自民党内にも否定的な声が上がり、内閣官房は予算要望の取りやめを迫られる異例の事態となった。 

 

未婚女性に限定し、移住先での就業などの条件を課さないこの構想は「欠陥だらけ」と言わざるを得ないが、問題にすべきは事業の実効性より、むしろその狙いのほうだ。未婚女性を地方へ移住させれば、地方の出生数が増え、人口減少対策となると考えていることである。 

 

8月2日の全国知事会で、東京一極集中が人口減少の要因となっているとした地方の知事たちの発想に通じるものがある。 

 

地方の知事たちが主張の根拠の1つにしているのが、東京都の合計特殊出生率(1人の女性が生涯に出産する子供数の推計値)の低さだ。厚生労働省の人口動態統計によれば2023年の東京都は0.99(全国平均は1.20)でしかなく、断トツの最下位である。 

 

専門家は「超過密の東京都は住宅費や教育費が高く、子育てに向いていない」などと分析しており、こうした点を踏まえて「出生率の低い東京都に出産可能な女性が集まっているから少子化が進むのである。東京一極集中を是正しなければ、出生数減は止まらない」と訴えているのである。 

 

これについては、島根県の丸山達也知事が全国知事会直後の8月8日の記者会見で明言している。「子育て世代と言われる年代の方々が一番集積してる地域が日本で一番出生率が低いということは、出生率を引き下げる要因になってる」と述べた。さらに、「最下位よりも1つ高いとこに行った分だけ、少しだけ出生数は増える」との持論も展開した。 

 

 

若い世代を次々と飲み込んでいく東京は「ブラックホール」に例えられたりもする。だが、若い女性を東京都から地方へと移住させれば、日本の出生数は本当に増加するのだろうか。 

 

いくつかのデータをチェックしてみると、地方の知事たちの主張とは異なる東京都の姿が見えてくる。 

 

例えば、人口1000人当たりの出生数を表す「出生率」だ。2022年の東京都は全国平均(6.3)を上回る6.8で全国8位に位置している。 

 

それ以上に注目すべきは、出生数の減り具合だ。東京圏への女性の転入超過が再び始まった1995年と2022年の東京都の出生数を比較してみると、前者は9万6823人、後者は9万1097人だ。5.9%しか減っていない。全国平均35.1%減はもとより、2位の沖縄県(18.8%減)、3位の福岡県(23.2%減)と比べてもその低さが際立つ。 

 

反対に、最も大きく減ったのは東京都より合計特殊出生率が高い秋田県で60.1%減だ。青森県(57.2%減)、岩手県(55.5%減)、福島県(54.4%減)、山形県(50.7%減)も半分以下となっている。 

 

「東京都が出生数を減らしている」との主張の誤りは、2009年の出生数と比較することでより明確になる。 

 

2009年以降、東京圏への転入超過数は女性が男性を上回るようになったためだ。しかも、女性流入者の中心は進学や就職で上京した20代である。もし地方の知事たちの主張が正しければ、2009年以降の東京都の出生数は激減していなければならない。 

 

現実はどうか。2010年の東京都の出生数(10万8135人)と2022年を比較すると15.8%しか減っていない。2位の沖縄県(20.5%減)にかなりの差を付けてのトップである。この間の全国の減少率は28.1%だ。 

 

「少子化を加速させる」どころか、最小限に食い止めてきたというのが東京都の真の姿なのである。 

 

さらに細かく東京都の出生数の推移を見てみるとと、コロナ禍前の2019年までは概ね10万人台の出生数をキープしている。地方が出生数を大きく減らす時期にあって、東京都は少子化と"一番縁遠い場所"であり続けたということだ。 

 

「出生率最低の東京都が少子化の元凶」という主張は、データの裏付けのない"都市伝説"なのである。 

 

 

誤解が生じるのは、出生数の減少が全国で最も緩やかに進行しているにもかかわらず、合計特殊出生率は「1」を割り込む全国最低であるという"ねじれ"が起きているためだが、なぜこのようなことになるのだろうか。理由は合計特殊出生率の計算式にある。 

 

合計特殊出生率に関しては、「1人の女性が生涯に出産する子供数の推計値」と説明されるため、出産した女性が何人子どもをもうけるかを示す数字であると勘違いしている人が少なくない。だが、実際は15~49歳の女性の年齢ごとの出生数を女性人口で割ったそれぞれの出生率を足して求めた数値である。要するに、「分母」となる女性人口には10代後半の未婚者や子どもを持たない既婚者が含まれているのだ。 

 

それは、全国各地から若い独身女性が大規模に流入することで「分母」が大きくなるということでもある。「分母」が大きくなれば、必然的に合計特殊出生率の数値は押し下げられる。これが"ねじれ"の正体だ。 

 

東京都の合計特殊出生率がいかに実態とかけ離れた数値となっているかは、結婚している女性1000人当たりの出生数を表す「有配偶出生率」を見れば分かりやすい。内閣官房によれば、2020年の東京都は67.5で全国34位だ。断トツの最下位ではない。 

 

他方、独身女性の流入が東京都の合計特殊出生率を押し下げているということは、人口流出が顕著な地方では反対のことが起きているということになる。実は、未婚女性が減少する地方ほど合計特殊出生率は高めとなりやすい。 

 

典型的なのは、高齢化や過疎化が進んでいるのに合計特殊出生率が上昇している自治体だ。一部のメディアが「奇跡の村」などとして子育て支援策の成功例のように取り上げるケースが散見されるが、その大半は出生数が減少しいる。メディアの担当者が無理解で、「見せかけの改善」を取り違えた典型的なミスリードである。 

 

地方の知事たちの主張もこれと全く同じである。各県の見せかけに過ぎない合計特殊出生率の高さを根拠として、「若い女性が、出生率の高い地方に移り住めば出生数が増える」と説明しているのである。 

 

だが、大都市に移り住んだ若い女性の多くは各種世論調査に対し「地元に希望する条件の仕事がない」「閉鎖的な地域社会の雰囲気や、固定的な性別役割分担意識が嫌だから」と回答している。各地方がこうした点を改善することなく、地方移住だけを推進してみても日本の出生数が増えることはないだろう。 

 

そもそも、外国人人口が少ない日本のような国においては、合計特殊出生率というのは国全体の少子化傾向をとらえる指標として活用するならともかく、人口移動の激しい都道府県で比較することには意味がないのである。さらに人数の少ない市区町村を比較するのはなおさらだ。 

 

むろん、出生数減少ペースが緩やかだからといって東京都に出産しやすく、子育てしやすい特別の環境が広がっているわけではない。小池百合子都知事の政策が特段優れているということでもない。地方から次々と「未来の母親候補」が流入することで、出生数の大幅下落を免れてきただけの話である。 

 

こうしたカラクリは地方に若い女性がいてこそ成り立つことであり、それが激減してしまえば破綻する。東京都の出生数減少ペースがいつまでも緩やかであり続けるわけではない。 

 

日本全体の出生数を見たとき、2019年以降は前年比で5%を超す落ち込みの年が目立っている。もはや、どこの都道府県で子どもが生まれやすいかを分析している段階ではなくなってきているということである。 

 

いま問われているのは「場所」ではなく、どうしたら日本全体として出生数を増やすことができるかという「方策」だ。その答えは、多くの若い女性が東京に集中する理由の中にある。 

 

イメージ先行の「東京ブラックホール論」にとらわれ、いつまでも都道府県単位で人口に関する数値を競っていては、遠からず日本全体が沈むこととなる。 

 

河合 雅司(作家・ジャーナリスト) 

 

 

 
 

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