( 208591 ) 2024/09/04 17:40:37 1 00 日本は円安の影響で国際的な技能工獲得競争で敗れるリスクが高まっており、これにより企業が事業を続けられなくなる可能性がある。 |
( 208593 ) 2024/09/04 17:40:37 0 00 by Gettyimages
円安のために、国際的な技能工獲得競争で、日本が敗れる場面が生じている。必要な技能工を外国から獲得できなければ、企業は事業を続けられない。「製造業には円安がよい」という考えを改めるべき時が来た。
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今年の5月、日本の造船会社がインドネシアからの技能工を採用する予定だった。提示した時給は1200円。ところが、韓国が1700円で提示して、結局、韓国に取られてしまった。担当者は、「昔はこんなことはなかった」と肩を落としているという(「働くなら日本より韓国?」朝日新聞、2024年8月25日)。
これは、由々しき事態だと思う。
造船業において、韓国は日本の強力なライバルだ。そして、日本でも韓国でも、技能労働者の人手不足は大変深刻だ。だから、有能な労働者を韓国に取られてしまうのは、日本の造船業にとって死活問題だ。今後とも日本で造船業を維持するためには、この問題について真剣に考える必要がある。
問題は、造船業だけではない。すでにさまざまな分野で、技能労働者の不足が深刻な問題になっている。そして、外国人労働者は、すでに、重要な位置を占めるようになっている。
だから、この問題を解決できなければ、日本経済を維持することは不可能になるだろう。
上記の記事は為替レートの問題については触れていないのだが、実は、他国との賃金格差の問題は、為替レートによって大きく影響を受ける。今年の5月の円の対ドルレートは、1ドル=155円程度という円安になっていたので、それが前記の獲得競争に影響した可能性は高い。
仮に円レートがもっと円高であったら、こうした事態にはならなかったろう。では、そのときに、どの程度のレートになっていたら、日本が勝てただろうか?
冒頭で示した韓国の時給1700円は、日本の1200円の1.42倍だ。だから、韓国ウォンの対ドルレートが変わらず、日本円の対ドルレートが1.42倍になれば、両国の賃金水準は等しくなる。
そのためには、円ドルレートが、現実のレートであった1ドル=155円ではなく、109円程度であった必要がある。
正確に言えば、つぎのとおり。今年5月の実際の為替レートは、1ウォン=0.11円程度であった。だから、韓国が提示した額(1700円)は、現地価格では15454ウォンだったことになる。仮にこの時の為替レートがもっと円高で、1ウォン=x円なら、15454ウォンが1200円に換算されるとする。つまり、15454x=1200。これを解くと、x=0.0776となる。つまり、円が1.417倍ほど円高であればよい。対ウォンでは感覚的に掴みにくいと思う人が多いかも知れないので、対ドルレートで言えば、1ドル=155円ではなく、109円程度であれば、日本が勝てたことになる。
もし実際の円ドルレートがこれより円高であれば、日本は技能工獲得競争に勝てただろう。
だが、現在のレートは1ドル=145円程度なので、いま日韓が競争すれば、やはり韓国の勝ちになる。
1ドル=109円とか110円という水準は、いま考えると、とんでもない円高に思える。しかし、2022年の初めには、実際のレートがその程度の水準だった。そして、2021年には105円程度だったのだ。
だから、「昔はこんなことはなかった」というのは、まったくそのとおりなのである。
1ドル=110円がわずか数年前の為替レートであったことが信じられないほど、いまの為替レートは円安になってしまっている。
1ドルが160円に近づくという異常な状態からは脱却したものの、110円までの円高が簡単に進むとは思えない。
今後の為替レートは、FRB(アメリカ連邦準備制度理事会)が、どの程度のスピードで、どの程度の水準まで、政策金利を引き下げていくかに依存する。ただ、日本がそれを待っているだけでは、110円までの円高が進むことにはならないだろう。したがって、日本の金融政策でも、本格的な変更が必要だ。
一般に、円安になると製造業の利益は増大する。だから、製造業は円安を歓迎する傾向がある。上で述べた「日韓人材獲得競争」は、そうした状況が、基本から大きく変わっていることを意味するのだ。
円安が進むことによって、日本が必要な労働力を確保できなくなり、そのために国際競争から脱落してしまうという危険が、現実の問題として生じているのである。
製造業は、「円安になればよい」という安易な考えを改め、為替レートが製造業にいかなる影響を与えるかについて、もっと真剣に考える必要がある。
人材獲得競争に影響するのは、賃金だけではない。もう一つの重要な要素として、永住権を得られるかどうかという問題がある。
途上国からの技能労働者の多くは、単に出稼ぎ労働をしようと考えているのではない。家族を帯同して一緒に生活したいと考えているし、できれば、永住権を獲得して移住したいと考えている。
上記の記事によれば、韓国は、この点についても積極的だ。
日本にも、特定技能制度がある。これが認められれば家族帯同が認められるし、永住権の申請もできる。造船業は、この制度の対象とされている。ただし日本の制度の制約はかなり厳しく、この点でも日本は韓国に比べて見劣りがする。
だから、本当は、賃金が等しくなるだけでは十分でない。もっと高い賃金を日本がオファーできなければならないのだ。
国際的な人材獲得競争は、いうまでもなく、造船業に限った問題ではない。様々な分野で同様の問題が生じている。前項で述べた特定技能制度はこの問題に対処するために作られたものだ。
ただし、この制度がうまく機能するためには、日本の賃金が高くなければならない。競争相手国より低いのでは、どんな制度を作っても人材獲得は困難だ。
日本国内での賃上げだけでなく、為替レートを円高に導くことによって、国際的な面での日本の魅力を増していくことがどうしても必要とされる。
これまで、多くの日本人は、日本が認めさえすれば、外国から労働力はいくらでも獲得できると考えていた。確かに、ある時点まではそうだった。しかし、韓国を始めとして近隣国の所得が著しいスピードで上昇しているため、もはや日本が求めても外国人労働力が日本に来てくれないという状態になっているのである。冒頭で述べた造船業の問題は、それを象徴するものだ。
現在の日本で、人手不足が最も深刻な分野は、介護だ。介護を受けたくても人手が足りないという事態が、既に現実の問題になっている。
この分野においても、外国人の労働者が強力な支援になる。しかし、これまで述べてきたのと同じ問題がある。
しかも、介護の場合には、人材を求めている日本の競争相手国が、造船業の場合よりはるかに多い。造船業の技能工を求めている国は、それほど多くはないが、介護の人材が必要というのは、どの先進国でも同じだからだ。したがって、国際的な競争は造船業の場合より厳しいと考えるべきだろう。
従来はフィリピンから日本に来ていた介護労働者が、最近の円安のために日本に来なくなり、オーストラリアに向かっているとの報道もある。今の円安状態から脱却できなければ、この傾向はさらに加速してしまうだろう。
それにもかかわらず、介護は特定技能制度の対象とはされていない。介護の場合には、介護福祉士資格があれば、在留が可能となるためだと説明されているが、介護福祉士資格の取得は容易でない。
こうした現状について、本格的な見直しが必要だ。
野口 悠紀雄(一橋大学名誉教授)
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