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河野太郎氏の「すべての国民に確定申告」構想は、現在の年末調整を廃止し、確定申告をすべての国民に義務づけるものである。

議論を呼んでおり、一部では税務署の負担増や不正申告のリスクが指摘されている。

一方、税理士や税制改革支持者からは、デジタル化によって手続きが簡素化され、国民が納税意識を高める効果が期待されている。

ただし、確定申告のシステム整備や国民のデジタルリテラシー向上が必要とされている。

(要約)

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河野太郎氏の「すべての国民に確定申告」構想をどう考えるか(写真:時事通信フォト) 

 

〈移行期間を経たうえで年末調整を廃止して、すべての国民に確定申告をしていただきます〉──自民党総裁選に出馬する河野太郎氏は、9月3日、自身のXアカウントにそうポストした。年末調整とは、給与所得者がその年に納めるべき所得税を雇用主側が代わりに計算し、過不足を精算する制度。年末調整により、毎月の給与や賞与から天引きされた所得税の合計額が多過ぎた場合は、還付が受けられる。 

 

河野太郎氏がXに投稿した内容。「デジタルセーフティネットをつくる」と主張している 

 

 冒頭の河野氏の投稿については、スポーツ紙や通信社などのネットメディアが相次いで報じ、炎上状態になっている。Xのポストには「税務署(の業務)がパンクする」「確定申告なんて面倒くさい」「マイナンバーカードで所得を把握されるなんて怖い」といったコメントが飛び交い、河野氏に罵詈雑言を浴びせるアカウントも少なくなかった。 

 

 しかし、もともとの河野氏のポストを読み返すと、(長文で、何を言いたいのかつかみかねる部分もあるが)支援を必要とする人を迅速支援するためのデジタルセーフティネットの構築が主たる目的で、そのために所得や税・社会保険料の情報を一元的に集約するシステムをつくると述べている。 

 

 それによって確定申告も簡単にできるようになり、〈雑所得の経費だけ手入力が必要になりますが、その他の入力、計算は自動でできるので、個人の確定申告がほとんど手間要らずで出来る〉ようになるとしている。そこで、〈年末調整を廃止して、すべての国民に確定申告〉をしてもらえば、会社は業務コストを大幅に削減できると主張しているようだ。 

 

 誤解している人が多いかもしれないが、給与所得者である会社員は確定申告をしていないわけではなく、会社が代行しているだけである。マイナンバーの登録に関係なく、税務署は会社員の所得をきっちり把握している。 

 

 では、河野氏が言うような確定申告のシステムができれば、税務署の業務がパンクすることなく、国民は手間いらずで確定申告できるようになるのか。元税務署職員で『税務署の裏側』(東洋経済新報社)など多数の著書がある税理士の松嶋洋氏に聞いた。 

 

 

「自動化が本当に実現するなら、給与所得者の大半はほとんど手間をかけずに確定申告ができるようになるでしょう。しかし、実際に申告するとなると、税務署は怖いですから、内容が正しいかあらかじめ税務署に見てもらいたい、といったニーズは一定数あると思われます。そうなると、税務署が実施する確定申告の相談業務の負担は必然的に増えることになります」 

 

 さらに税務署の事務負担はそれに留まらないという。 

 

「給与所得者は源泉徴収であらかじめ所得税を多めに納めていることが多く、その場合、確定申告をして払いすぎた税金の還付を受けます。現状では、社員が会社に扶養控除や配偶者控除などを申請し、会社が年末調整で返していますが、それがなくなるなら税務署が返す必要があり、そうなると、正しく送金する手間も膨大になります。 

 

 加えて、不正な申告で還付を受けようとする人は必ずいますので、税務署はそのためのチェック体制も増強する必要があります。現状、年末調整の計算ミスは会社が責任を持つので税務署の調査はやりやすいですが、サラリーマン一人ひとりが申告するとなると、税務調査の手間は大きく増えるでしょう」(松嶋氏) 

 

 これまで会社側が担ってきた相談やチェックの業務が、丸ごと税務署に移行するので、大幅な負担増になると予想されるという。 

 

 その一方で、会社側は社員の確定申告という業務から解放される。かねてより「会社員も確定申告すべき」と訴えてきたアンパサンド税理士法人代表の山田典正氏はこう話す。 

 

「日本には170万程度の法人があり、社員の確定申告の業務から解放されれば、あくまで感覚値ですが、たとえば1社で平均して10時間の対応時間がかかっていると仮定すると、時間単価2000円として、全体で数百億円規模の事務コストの削減効果が見込まれます。これは企業側にとっては非常に大きなメリットです」 

 

 しかし、社員の側は手間が増えるだけで、特にメリットはないように見えるが……。 

 

「決してそんなことはありません。まず手間がそんなにかかるのかという点ですが、マイナポータルに所得や保険料などの情報集約が進めば、スマホで金額を確認して『間違いありませんか?』『はい』とタップしていくだけで確定申告が終わるようなシステムにできるはずです。実際に海外では、スマホで3分でできるような確定申告のシステムが稼働していると聞きます。 

 

 確かに扶養控除や配偶者控除などが絡むと少し面倒なんですが、これは年末調整でも確定申告でも会社員が行うことは一緒です。むしろ年末調整のほうが用紙が複雑なくらいです。だから、控除を受けられるのに、わからないからやらない、控除の存在を知らないという人が一定数いる。これが自分で確定申告をする方式になれば、控除で還付金がもらえることに気づくし、お金が戻るなら控除を受けるために申告しようというモチベーションにもなるでしょう。控除の申告をやっていない人は、年末調整でも元から控除できていません」(山田氏) 

 

 給与所得者の場合、所得税を給与から源泉徴収されているので、すでに支払い済みであり、その納税額に異論がなければ承認するだけで済む。別に控除の申告をしなくても、罰せられるわけではない。 

 

 

 また、税務署の負担が重くなるのは事実だが、やり方次第で軽減は可能だと山田氏は言う。 

 

「会社員は源泉徴収されているのだから、確定申告の時期も3月に期限を切らず、1年中いつでもできるようにすればいい。そうすれば、税務署の業務も平準化できて、負担は軽減されるはずです」(山田氏) 

 

 現行制度でも、医療費控除を受ける場合だけでなく、年の途中で退職して年末調整を受けていなかったり、住宅ローンを組んだ場合など、サラリーマンが払い過ぎた所得税を取り戻す還付申告を行なうケースは多い。その還付申告書は、その年の1月1日から5年間提出することができる(5年前まで遡ることができる)。 

 

 山田氏は、会社員などの給与所得者も自分で確定申告をするようになれば、社会が変わるのではないかと期待する。 

 

「確定申告を会社に任せきりにしていたために、自分がいくら納税しているか、年金保険料や健康保険料をいくら払っているかに無頓着な人が非常に多い。自分で確定申告をするようになれば、納税者としての“当事者意識”を持つことにつながり、政治に対する見方も変わるのではないでしょうか」 

 

 税務署のコスト増大の軽重については意見が分かれるところで、河野氏がそれについてどう考えているかは不明だが、少なくとも会社員が確定申告を自分でするようになれば、会社側はこの業務から解放され、コスト削減になるのは事実であろう。 

 

 とはいえ、現状では、確定申告の方法には、昔ながらの紙での提出と、オンライン入力で完結するデジタル申告(e-TAX)の両方がある。後者は前者に比べてかなり簡単にはなったが、それでも確定申告をしたことがない人がいきなりできるかといったら疑問である。社会の「デジタル化」が遅れている日本では、河野氏の構想通りにスムーズに移行できるようになるまで、まだ時間がかかるかもしれない。 

 

取材・文/清水典之(フリーライター) 

 

 

 
 

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