( 212023 ) 2024/09/15 16:37:27 0 00 Photo:JIJI
新たな経済産業政策を打ち出し、大幅な経済成長を目指す岸田政権だが、その成果は今ひとつだと感じるのはなぜだろうか。具体的な政策内容やその影響について解説し、日本経済の未来を考察する。本稿は、鈴木洋嗣『文藝春秋と政権構想』(講談社)の一部を抜粋・編集したものです。
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● 政府が打ち出す経済産業政策に 目新しいものがないのはなぜか
2013年から始まったアベノミクスの3本目の矢である成長戦略。民間投資を喚起する構造改革と謳ってはいたが、悔しいことに7年8カ月のあいだには特筆すべき成長分野が生まれなかった。ただ菅官房長官が主導したインバウンド政策は新たな成長分野となったといえよう。
実は30年前の「梶山10兆円構想」(編集部注/「週刊文春」1997年12月4日号掲載の「梶山静六・前官房長官緊急提言 わが日本経済再生のシナリオ」を指す)のなかでも、この産業政策については通産省や民間エコノミストから様々な知恵を借りた。新たな成長が見込まれる分野として、環境、宇宙開発、バイオといった分野を成長と見込んでいたが、アベノミクス同様、うまくいかない結果に終わっていたのかもしれない。ただ、ベンチャー育成やその環境整備、特許権の確立などいまの経済対策を先取りした中身もあった。逆に言えば、産業政策に真面目に取り組むならば、出てくるメニューにそう目新しいものはラインナップできないように思う。
あまり知られていないが、現在の岸田政権が決めた経済政策はかなり画期的なものとなっている。
齋藤健大臣率いる経産省では、「世界的潮流を踏まえた産業政策の転換」すなわち、「経済産業政策の新機軸」を打ち出している。市場、マーケットに任せるといった新自由主義的政策から、政府が積極的に介入し、官も民も一歩前に出て、あらゆる政策を総動員するとぶち上げた。さすがに「新しい資本主義」と呼ぶのは控えたようだが、結構な額の政府のカネを使って産業界を後押ししようという姿勢に転換している。
日本経済の現状について、経産省は「潮目が変わった」と判断している。91年以来、企業の設備投資はずっと100兆円を割っていたものが、2023年は100兆円を超えてきたことが大きい。春闘も30年ぶりの高水準となり賃金も上がり始めた。マクロに変化が見えてきたことを、その要因に挙げている。
こうした流れを見越して、21年から「経済産業政策の新機軸」と名付けた政府のカネを使った施策を次々と打ち出している。
● 政府のカネで民間のやる気を 牽引しようと目論む岸田政権
たとえば、GX(環境対応の産業構造の転換・成長志向型カーボンプライシング構想)に1.6兆円、DX(デジタル・トランスフォーメーション)で半導体、次世代計算基盤構築(AI)に2兆円、蓄電池に4000億円を支出することが決まっている。
さらに経済安保促進(重要物資の確保)で800億円を積んだ。産業の芽を育てるという意味でスタートアップ5カ年計画に、補正予算で1兆円を計上しており、税制改正も行う。リスキリング「人への投資」ということで、5年で1兆円。また、中小企業の新陳代謝(事業再構築補助金)のために総枠で2.4兆円を支援することに決めている。
ざっと、これからの3年から5年のあいだに、およそ8兆4000億円以上の資金を投入しようというのである。当時の西村康稔経産大臣は「アニマルスピリッツを牽引する『将来需要拡大』への期待」と言っていたそうだが、言っていることは的外れではない。
そして、3つの好循環、国内投資→イノベーション→所得向上に向けてがんばると言うのだ。公的投資を集中的、戦略的に投下して、好循環を生んでGDPを押し上げよう、という構想なのである。
こうしたせっかくの重要経済施策が、所得税減税問題、そして安倍派の政治資金問題で埋没してしまったことは残念だ。日本が今後、何を食い扶持とすべきか、常に議論が求められているはずである。
● 岸田政権のスタッフたちは 菅義偉の仕事ぶりを見習え
これまでマクロ的な視点から経済施策を見てきたが、レイヤー(階層)の異なる視点も必要だと思う。それはショートレンジの経済政策である。
ひとつは菅義偉が得意として展開したような施策だ。個別の国民的な課題を吸い上げ、それを課題として短期集中型でアプローチしていく。大きな進展をみせたものだけ挙げても、菅が官房長官時代に示した観光立国の推進(ビザ緩和、免税品の拡充、公共施設・迎賓館の一般公開)、農林水産業改革(TTP、輸出促進、農協・漁協改革)、この2つは官房長官に成り立ての頃から、意欲を示していたのを直接聞いている。
このセリフはドスが利いていた。いちご農家出身の菅は農協改革について若いときから関心を持っており、それを政治の場で実現しようとしていた。
さらに、ふるさと納税の利用拡大、外国人人材の活用(特定技能労働者制度の創設)、携帯電話料金の引き下げ、洪水対策(ダム事前放流メカニズムの構築)がある。新型コロナへの対応策の陰でその業績が埋もれてしまっているが、実は経済安全保障の分野で、産業のコメといわれる半導体供給網の整備にも相当にちからを入れて目配せしていた。
それぞれの施策は、事前に業界の事情なり、その業界を担う組織を調べ上げたうえで、改革に着手する。その際、改革に反対する抵抗勢力は力づくで排除する。手法はシンプルだ。
簡単なようだが、それぞれ既得権があり役所の壁もあって、容易に改革ができないのだが、それを菅はシナリオを考えて実行していく。長く永田町を見てきたが、菅のようなタイプは非常に少ない。
課題の大きさに大小はあるが、菅のように、国民のニーズを汲み上げてそれに対応するアプローチをもっとトライすべきではないか。
国家の政権構想としては、マクロ的な3政策(金融政策、公共投資、産業政策)を掲げながら、一方でショートレンジの政策メニューを組み合わせていくのがベストではないかと考えている。
● 「経済戦略」がないからこそ 「失われた30年」を招いた
次代を担う政治家たち、官僚のみなさんにお願いしたいのは、まずは現状分析をきちんとやってほしいということだ。岸田政権が打ち出した「新しい資本主義」のように、キャッチフレーズ先行で、あとから中身を詰めるようなやり方は間違っている。
現状を徹底的に分析してこそ、自ずと次の道、採るべき政策が見えてくるのではないか。そして、実現すべきと決めたら、霞が関を動かし、国会審議のスケジュールに乗せる(「政治とはスケジュールである」と喝破したのは、政治評論家の後藤謙次である)。それを一気通貫させてこそ、政策が前に進んでいくと思う。
この30年を振り返って痛感するのは、この国に大枠の「経済戦略」がないことである。戦略がないからこそ「失われた30年」を招いた。それは数十兆円単位で富が失われてきたことに他ならない。あるいはもっと大きな国益を失っているのかもしれない。かつて国家戦略がなく世界の40カ国以上と戦って敗れた太平洋戦争と同様、この国は依然として大戦略を立てることが不得手のようだ。
ならば、戦略をもつ政治家を選んでほしい。そうした人物に政権を担ってもらいたい。そのためのサポートとして、官邸に「経済戦略センター」といった組織をつくり、しかるべき報酬を払って優秀な人材を集めて戦略を練るべきではないか。政権が交代するたびに、場当たり的な経済政策が出てくるのは不幸の連鎖である。たとえば、アベノミクスの8年弱を検証するなど、中長期的なビジョンをチェックしていく組織があれば、政策の継続性はかなり違ってくるのではないか。もっと手っ取り早く官邸スタッフに「経済担当補佐官」を常設するのも一案である。
これからの時代は、継続性のある「経済戦略」の担い手が求められている。それには霞が関はもちろん、民間からもポリティカルアポインティ(政治任用)で人材を登用する。何よりトップである総理大臣に、「経済戦略」の重要性を理解する器が必要なのだが……。
鈴木洋嗣
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