( 212386 ) 2024/09/16 17:28:23 1 00 日本の金利が上昇している背景について、日本証券アナリスト協会の神津多可思氏が解説している。 |
( 212388 ) 2024/09/16 17:28:23 0 00 乱高下する株価を前に日銀による利上げを牽制する声も出ている。写真は9月9日午前の外為どっとコムの株価モニター(写真:共同通信社)
日本銀行は政策金利を引き上げている。一方、欧米のインフレは鎮静化の方向で、欧州中央銀行(ECB)は今年2度目の金利引き下げを実施し、米国の連邦準備制度理事会(FRB)も9月に金利を引き下げることが確実視されている。8月以降の株価乱高下などを背景に日本銀行の金融政策を批判する声も聞かれるが、そもそもなぜ今、日本の金利は上がっているのか。元日銀の神津多可思・日本証券アナリスト協会専務理事が解説する。(JBpress編集部)
【実際の統計】消費者物価を見る限り、インフレ傾向が続いていることは明らか
(神津 多可思:日本証券アナリスト協会専務理事)
■ もう2年以上2%超のインフレが続いている
今年も暑い夏で、さらにまだ暑さは続いている。やっともうすぐ秋だが、かなり疲れてしまった。そこで、ここで肩の力を抜いて、なぜ今、日本の金利が引き上げのプロセスにあるのか、それこそ虚心坦懐に考えてみたい。
まず経済実態については、米国経済が本当にソフトランディングするのか不透明であり、欧州経済は必ずしも順調とは言えない。中国経済の先行きについても悲観的な見方が増えている。
そのため各国の株価も、いろいろな経済指標が出るたびに、悲観へ、楽観へとかなり振れる。そうしたグローバル経済は、日本が動かしているわけではないので、日本の株価はどうしても受け身で反応する。
かような状況にあるため、冒頭の日本銀行のスタンスに対しても否定的な議論が聞かれる。曰く、「株価下落の引き金になった」「なぜ今金利を引き上げなくてはならないのか」云々。
こうした議論においては、日本銀行の側も、それを批判する側も、従来の説明との整合性を気にせざるを得ない。しかし、個人的には、何とも水掛け論が展開されているようで、本質がすっと胸落ちしない。
日本銀行が政策金利を引き上げるプロセスに入ったのは、インフレになったからだ。
もう2年以上2%超のインフレが続いている。インフレ率は、今後は低下しそうだし、さらに言えば、このまま2%で安定するかどうかも分からない。
それでも、またデフレになるとまではみられていない。グローバル経済の変容で、プラスのインフレはそこそこ続きそうだ。そういう時に、さすがに政策金利がマイナスとかゼロということはないだろう。
■ 個人消費が不振に陥れば、息の長い経済成長は実現できない
また、7月に日本銀行が利上げをする前、対ドルで160円まで円安になった。適正な為替レートは誰にも分からないが、「さすがに円安が行き過ぎている」と、専門家も、市井で暮らす私たちも、多くがそう感じた。
そして、金融市場で、「為替レートと金利とは関係ない」と言う人はいない。金融政策は為替レートをみては動かないという公式見解は揺るがないものの、多くの人が「円安は行き過ぎだ」と感じるのであれば、是正するのは金利の動き以外にない。
特に為替レートは、誤った水準が一定期間続くと、その水準に居座ってしまうという現象「ミスアライメント」が、歴史的にも起こっている。
行き過ぎた円安は、長期的にみて日本経済にとって良いことではない。円安は、企業部門の一部には恩恵をもたらすかもしれないが、家計部門にとっては、輸入品の価格上昇などを通じてマイナスになる。貿易収支の黒字構造が消えてしまった日本ではなおさらだ。そのような状態では、持続する安定的な経済成長は望めない。
もちろん、円安の恩恵を受けた企業が賃上げで家計に還元したり、設備投資を積極化させて経済を活性させる動きが続いたりすれば話は違う。とはいえ、インフレに負けない水準の賃金上昇が続くのか、設備投資はどこまで盛り上がるのか、現時点ではなお不確実だ。
企業と家計の間の良いバランスが崩れ、家計に対するしわ寄せが行き過ぎれば、個人消費は不振に陥る。それでは息の長い経済成長は実現できない。
そういうわけで、「さすがに円安は行き過ぎだ」ということになり、であれば「さすがにゼロ金利ではない」という判断になったのが、今なのではないか。
もっとも、日本銀行がどう説明するかはまた別問題だ。「さすがに政策金利が低過ぎるので利上げした」と直截には言えない。だからと言って、それを受け止める側も、株安とか、先行きのインフレの不確実性とかを持ち出して、おかしいとまで言うのは、何とも腑に落ちない。
どうして私たちの思考回路は、「さすがに」という常識論が後ろの方にいってしまうほど硬直的になってしまったのだろうか。
■ 「失われた30年」がもたらす「業」
もとはと言えば、期待への働き掛けを重視し、短距離走で2%インフレそのものを実現しようとした金融政策が長く続いたところに原因があるのかもしれない。あるいは、もっと良くなるはずだと願い、とにかくできる政策は何でもやってきた、この30余年の経験がなせる「業」のためか。
言ったことと違うことをすれば、信認は崩れる。しかし、そもそもマクロ経済は、予め誰か思った通りになど動かない。予想していなかったことも起こるし、期待したような効果が出ないこともある。
その時、「前に言ってしまったから」という理由で、アクションを変えないのは、長い目ではかえってマイナスだ。前提条件が変化すれば、それに応じたアクションも変わって然るべきだ。
そういう「豹変」の時、公式声明は苦しいものになるが、それを受け取る側も君子であれば、まあそういうものだとなるだろう。しかし、残念なるかな、私たちは小人なので、どうしても「革面」になってしまう。面を革(かく)すとは、上っ面だけを変えて本質を改めないことを意味するという。
前提条件の変化の最たるものが、外生要因による昨今のインフレだ。インフレによる弊害が顕在化してきたとはいえ、日本経済の景色は随分と変わった。ようやくある種の躍動感が出てきた気はしないだろうか。そのダイナミックな感覚こそ、日本経済が随分と長い間忘れていたものである気がしてならない。
経済がよりダイナミックに動くのであれば、金融環境もそれに呼応してダイナミックに動いた方が良い。「2%インフレになるまで微動だにしない」「2%インフレが確実でないのだから動くべきではない」というのは、どちらも「昭和の頑固おやじ」のような思考回路に感じられてならない。私たちの思考にも躍動感を取り戻すべき時ではないか。
確かに、このままインフレ期待が2%にスムーズにアンカーされるなどという、都合の良いことが本当に起こるかどうか。これまで日本経済がなかなか思った通りにならなかったことを振り返れば、あやしいと思っていた方が安全だろう。しかし必要になったら、また金融環境を緩和的にすればいいのである。
■ 経済のダイナミズムに合わせた柔軟な金融政策を
金融緩和の度合いを、「さすがに1ドル160円はないだろう」という時には速く、風向きが変わってきたらゆっくり、そう調整していくのは、金融政策として当然のことではないか。
その延長線上で、金融を緩和した方が良さそうになったら、現在の利上げのロジックに縛られずに金利を引き下げればいい。それが長い目でみて日本経済にプラスになると判断されるのであれば。
そういう対応をすると、また、「言っていることが違う」「過去の利上げは間違いだった」という非難が出てくるのだろう。でも、望んでいた状態が実現するまでは陣立てを崩すなという頑なな姿勢でやってきて、それでも思った通りにはならなかったことを我々は見てきたのではなかったのか。
このあたりで経験に学んで、今、感じられる経済のダイナミズムに合わせて、金融環境の振れがあっても構わないのではないか。それこそが、ビジネスモデルの新陳代謝を後押しし、構造的に日本経済の生産性を高めることにつながっていく。
金融政策は本来、マクロ安定化政策であり、景気循環に沿って反循環的に動くものだ。にもかかわらず、2%インフレになるまで、景気循環を無視して、必要なら景気拡大局面でも金融緩和を強化するということをやってきた。
そういう時期が長かったため、金融政策の変更を受け止める側の頭も固くなってはいまいか。
これまでと同じ思考回路で考えた予想が裏切られたので、「株安の犯人を利上げにしてしまえ」「まだ利上げはしなくてよい」等々の主張をしているところはないか。
ここで肩の力を抜いて、新鮮にもう一度考えてみたい。
■ 「2%インフレ」という旗は降ろさない
インフレ率がここまで上がれば、さすがに金利も上がる。将来、インフレ率が下がってくれば、また金利も下がる。当たり前のことに思えないだろうか。
もちろん、長期的に「2%インフレを目指す」という旗は降ろさない方が良い。「1%インフレでよし」としてしまえば、また日本経済を外生的な需要ショックが襲えば、マイルドなデフレにも陥りかねない。
「またデフレが来るかもしれない」というセンチメントは、たとえそれがマイルドなものであっても、せっかく盛り上がってきた企業のリスクテイクに向けた姿勢を挫きかねない。
一方で、だからと言って、短期の実質金利が大幅マイナスの緩和環境をずっと続けた方がいいことにもならない。
金融市場のダイナミズムと、実体経済のダイナミズムは、相互に影響し合いながら経済成長を支えるものだ。もし次にマイナスの需要ショックが来たら、その次の景気拡大期にこそ2%インフレを実現するという目標を掲げつつ、必要な金融緩和は柔軟に行うという姿勢で良いのではないか。金融市場の側も、そういう金融政策をフラットに受け止めたいものだ。
1990年代初頭にバブルが崩壊し、30年余りをかけて日本経済はここまで来た。かつてのような元気な日本経済に戻るまで、時代のスピードが2倍になっているとしても15年、3倍でも10年はかかる。
大変な30年だった。だからこそ、今のチャンスは逃さないようにしたい。固い頭では、これまでと同じような過ちをまた繰り返してしまう。
もう秋風が立つ頃だ。日本経済も、のびやかに、しなやかに、いざ前へ。
神津 多可思(こうづ・たかし)公益社団法人日本証券アナリスト協会専務理事。1980年東京大学経済学部卒、同年日本銀行入行。金融調節課長、国会渉外課長、経済調査課長、政策委員会室審議役、金融機構局審議役等を経て、2010年リコー経済社会研究所主席研究員。リコー経済社会研究所所長を経て、21年より現職。主な著書に『「デフレ論」の誤謬 なぜマイルドなデフレから脱却できなかったのか』『日本経済 成長志向の誤謬』(いずれも日本経済新聞出版)がある。埼玉大学博士(経済学)。
神津 多可思
|
![]() |