( 214448 ) 2024/09/22 23:54:36 0 00 インタビューに答える元法相の千葉景子さん=2024年7月
2010年7月28日、法務大臣を務めていた千葉景子さん(76)は、死刑を執行する東京拘置所(東京都葛飾区)の「刑場」にいた。絞首のロープが垂れ下がる「執行室」手前の「前室」で、連行されてきた死刑囚に対し、拘置所長が「今から死刑を執行する」と告げた。死刑囚は言葉を発せず、放心状態に見えた。 目隠しと手錠をされた死刑囚が刑場に連れてこられると、刑務官がすぐにひざを縛り、首にロープをかけた。刑務官が鉄の輪を動かしてロープと首の間の隙間をなくすと、直ちに踏み板が外れて死刑囚は落下し、つるされた。その時、ガシャーンという音が響いた。 1945年から2023年までに718人が刑場の露と消えた。 しかし、死刑の実態について法務省は明らかにするのを拒み続けており、死刑に関する議論が深まらない要因にもなっている。死刑はなぜ「ブラックボックス」となっているのだろうか。(共同通信 佐藤大介)
報道機関に公開された東京拘置所の刑場。三つのボタン(中央左)が押されると、そのどれかが作動して絞首台の踏み板(奥の囲み部分)が外れる=2010年8月、東京・小菅
死刑執行の4日前、千葉さんは2人の死刑囚への執行命令書にサインをしていた。目の前に座る死刑囚は、その命令によって間もなく命を絶たれることになる。その時の気持ちについて、千葉さんは「言葉にするのは難しいですね」と複雑な表情を浮かべた。 法相が死刑執行に立ち会うのは異例のことだった。立ち会いを決めた理由を、千葉さんはこう説明する。「死刑は究極の国家権力行使。適切に執行されているか、責任者として確認する必要があると考えました」。法務省の官僚に考えを伝えると、やや戸惑いを示したが、反対はしなかった。 2人が執行される様子は、執行室がガラス張りになっている立会人のスペースから見た。「流れるように手続きが進み、執行されました。死刑囚にも刑務官にも、考える時間を与えないようにしているのではと思いました」。死刑囚の体は死亡確認までの約20分間つるされたが、1人は落下した後、体がゆらゆらと揺れていたことを覚えている。 1人目が執行された後、立会人の検事や拘置所幹部らは別室に移動し、清掃や準備が終わるのを待ったが、誰も言葉を発しなかったという。 その経験から、死刑に対してどういった考えを持つようになったのだろうか。千葉さんは「感情のない無機質さに違和感を抱いた」と言う。 「人間の死が淡々と、予定調和で行われるのが死刑という刑罰なのだと思います。人間の感情や人としての営みを徹底的に排除し、整然と人間を死に追いやるのは、私には受け入れ難いことでした」
公開された東京拘置所の刑場
そう話す千葉さんは、野党時代から死刑制度の廃止を訴えてきた。しかし、死刑執行命令にサインするつもりがないなら法相を引き受けるべきではないとの考えで、打診を受けた後は「覚悟を持って法相に就任した」と言う。 死刑を執行した際は、廃止運動の関係者などから批判された。死刑執行を命じたことは「私の中の矛盾の最たるものかもしれません」と言う。 現在も「死刑制度は反対という考えは変わっていない」と明言する。では、なぜ矛盾する判断をしたのか。千葉さんは「(死刑の)廃止でも存置でも、何か皆さんの議論を進めていくことが私の役割だと考えた」と話した。
記者会見で死刑執行について報告する千葉法相(当時)=2010年7月、法務省
千葉さんは執行後の記者会見で自らが立ち会ったことを説明し、刑場の報道機関への公開と、死刑制度の在り方を検討する法務省内の勉強会設置を決めた。「死刑についての議論をするにも、あまりに情報がなさすぎる」という疑問が、踏み込んだ対応につながった。 法相在任中、千葉さんは死刑執行の順番をどう決めているか、法務官僚に質問したことがあった。基本的には刑の確定順だが、心身の状態や再審請求などを勘案しているとの説明を受けたものの、具体的な基準や選定者は「はっきりせず、よくわからなかった」と明かす。 刑場公開後も、法務省は死刑に関する情報公開に後ろ向きで、国会での議論も進んでいない。勉強会は、存廃両論併記の報告書をまとめたのみで終結した。死刑は「ブラックボックス」のままであり続けている。 「私が投じた一石は、小石か砂利だったかもしれません。しかし、情報を公開した上で、国会や市民が刑罰の在り方を考えることの必要性は、今も変わっていないと思います」。千葉さんは、言葉に力を込めた。
死刑執行停止を訴えて記者会見する元裁判員の田口真義さん(左)ら=2024年5月、東京・霞が関
そうした思いは、東京地裁の裁判員だった田口真義さん(48)も同じだ。2009年に始まった裁判員制度では、市民が死刑の選択を判断することもある。「国は死刑の判断に関われと言いながら、その実態を何も伝えていない」とし、2024年5月に死刑の執行停止と情報公開の徹底を求める法相宛ての要望書を提出した。 同様の要望書は2014年にも提出したが、法務省からは何の反応もなかった。 「人々が死刑の実態を知ることで、漠然とした賛成意見が揺らぐのを恐れているのではないでしょうか」。田口さんはいぶかりながら、こう話す。「情報を公開して議論をしてこそ、刑事政策が正当性を持ちます。国は逃げるべきではありません」
死刑執行について、法務省は情報を公開しない姿勢を長らく続け、1998年11月になって、ようやく執行の事実を人数のみで発表するようになった。それまでは、どの死刑囚に死刑が執行されたかは、報道各社の「特ダネ合戦」の対象になっていた。 2007年12月に、執行された死刑囚の氏名、生年月日と犯罪事案および執行場所も公開されるようになり、執行後には法相が臨時記者会見を開いて、これらを説明している。しかし、執行に至る検討内容や「なぜこの死刑囚を選んだのか」という理由、執行の様子などは、死刑囚の遺族に不利益が生じ、死刑囚の心情の安定を害するとして、一切明らかにしていない。 内閣府の2019年の世論調査では、80%余りが「死刑もやむを得ない」と回答し、死刑制度を維持する理由として、法相などがしばしばこの調査結果を引用している。しかし、死刑についての情報がほとんどない中での調査に基づく数値が「民意」とされている、との指摘も根強い。ある法相経験者は「執行の実態を知れば、死刑に対する世論は変化するだろう。それが嫌で、法務省は情報を公開しないのではないか」と話した。
佐藤大介
「お答えを差し控える」。2018年7月、オウム真理教の元幹部13人に死刑が執行された際、上川陽子法相(当時)は臨時記者会見で事実関係を読み上げると、執行の詳細に関する記者に質問に同じ回答を繰り返した。その数は7人を執行した6日は15回、6人を執行した26日は10回にのぼる。 過去の法相も、在任時に行った死刑執行の記者会見で、執行対象者を選んだ理由については説明を避けている。「お答えを差し控える」はもはや常套句だ。しかし、死刑執行という究極の国家権力を行使した責任者の姿勢として、疑問はぬぐえない。 いつ、誰を死刑に処するかの権限は事実上、法務官僚に握られており、執行の状況も含めて、外部からの検証を加えることはできない。 自らの考えとの矛盾に悩みながら執行命令書にサインをし、執行に立ち会った元法相の千葉景子さんは、インタビューの最中、何度も思い詰めるように考える仕草をした。死刑執行を見届けた経験は、一生頭の中から消えることはないという。 後任の法相たちが口にする決まりきった回答からは、千葉さんの思いが引き継がれているとは考えられない。死刑がブラックボックスであり続けている根底にあるのは、法相としての責任感の欠如だ。 ※この記事は、共同通信とYahoo!ニュースによる共同連携企画です
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