( 219324 ) 2024/10/06 17:33:40 1 00 9月29日にほぼ顔ぶれが決まった石破内閣について、自民党内での不満や疑念がある。 |
( 219326 ) 2024/10/06 17:33:40 0 00 石破茂首相 Photo:Tomohiro Ohsumi/gettyimages
● 「納得」も「共感」も得られていない 石破内閣の多難な船出
石破内閣の顔ぶれがほぼ固まった9月29日、自民党所属の衆議院議員から聞こえてきたのは以下のような言葉である。
「高市さんを支持した人たちが完全にパージされている」(自民党総裁選挙で高市早苗氏を支持した衆議院議員) 「かつて安倍元首相を『国賊』呼ばわりした村上誠一郎さんが総務相? 我々(旧安倍派)を敵に回すつもりか?」(旧安倍派衆議院議員)
筆者は個人的に、石破茂(67)という政治家について、裏表がない「いい人」だと思っている。もっとも、日々、永田町で、権力をいかにして手に入れ、それをどう行使するかに腐心している政治家に「いい人」など滅多に存在しないのだが、そんな中でも石破氏は稀有な存在だと感じてきた。
事実、在京ラジオ局時代、石破氏に出演依頼をして断られたことがない。どうにか都合をつけて、こちらの依頼に応じようとする人だ。
職場の打ち合わせスペースや喫煙室で話す政策論は熱を帯び、戦闘機や空母のプラモデル作りの話やキャンディーズに関する話を嬉々として語る姿は、テレビで見る石破氏と全く変わらない。
それだけに、5度目の挑戦でやっと手に入れた首相の椅子が、発足当初から「長続きしないのでは?」と危ぶまれている状況を極めて残念に思うのである。
● 人事のミスで生じる 政権基盤弱体化への不安
石破氏を取り巻く不安は3つある。
1つ目は、先に述べた自民党役員人事や閣僚人事でのミスだ。接戦で敗れた高市氏に幹事長ポストを提示しなかったこと、そして村上氏を総務相に起用した点は、その代表格である。
石破氏本人は、10月1日、首相就任後の記者会見で「納得と共感内閣」と命名して見せたが、少なくとも、自民党内で石破氏を支持した議員を除けば、「納得」も「共感」も得られていない。
「党内基盤が弱い」と言われた岸田文雄前首相(67)ですら、常に40人規模の岸田派(宏池会)を率いてきた。すでに消滅した旧石破派(水月会)はその半分にも満たない。
その中から、側近の赤沢亮生氏(63)を経済産業相に、平将明氏(57)をデジタル相に抜擢し、岩屋毅外相(67)のように石破氏を強く支持してきた議員で固めた人事は、「身びいきの在庫一掃セール内閣」と揶揄されても仕方あるまい。これらの人事は、ただでさえ脆弱な党内基盤をさらに弱体化させるきっかけを作ったと言っていいだろう。
石破氏による人事で評価できるのは、麻生太郎最高顧問(84)をはじめ党内外に太い人脈を持つ森山裕氏(79)を幹事長に据えたことと、外交防衛を担う重要ポストを、前述の岩屋外相や中谷元防衛相(66)という防衛相経験者でそろえた点くらいだ。
● 得意であるはずの 外交姿勢への不安
2つ目は外交姿勢への不安だ。
その石破氏は、総裁選挙の期間中や首相就任会見で、「ルールを守る」「日本を守る」「国民を守る」「地方を守る」、そして「若者・女性の機会を守る」という5つの「守る」をスローガンに掲げてみせた。
「政策面で『攻め』る部分はないのか?」というのが率直な感想だが、この先も、同じ主張を繰り返すとしたら、真っ先に懸念されるのが、石破氏が得意としている外交・防衛分野である。人は案外、得意分野で失敗するものだ。石破氏も「そうならなきゃいいが」と危惧するのである。
その1つが、石破氏が唱えている「日米地位協定の改定」だ。この問題は、アメリカ軍基地が集中する沖縄県だけの問題にとどまらず、これは1960年の締結以降、横田基地を抱える東京都や横須賀と厚木に基地がある神奈川県なども、航空機事故やアメリカ兵による犯罪に直面するたびに浮上してきた懸案事項だ。
改定は、基地周辺の環境や生活衛生などに関して国内法を適用することや、事件・事故が起きた場合、アメリカ兵の身柄や事故機の機体を日本側に引き渡すことが柱で、石破氏の場合、これらに加え、アメリカ国内(本土やグアム)に自衛隊の訓練基地を設けることで対等な関係を目指すとしている。
しかし、ワシントンDCにある保守系シンクタンクの研究員は、筆者の問いに、「次期大統領がハリス氏かトランプ氏かにかかわらず、そう簡単なことではない。先に日米安保条約を改正して、双務的な立場を築いてからの話だ」との答えを返してきた。
石破氏は、「日本と同じようにアメリカ軍が駐留するイタリアやドイツは地位協定が改定できて、なぜ日本だけが改定できないのか?」と語っている。
確かに、イタリアやドイツでは、アメリカ軍に対し、それぞれの国内法が適用されているが、地位協定そのものは改定されていない。イタリアでは「了解覚書」、ドイツでは「ボン補足協定」と呼ばれる文書がリニューアルされているだけだ。
石破氏の主張で言えば、「アジア版NATO」の創設も危うい。そもそもNATOは、1949年に誕生した相互防衛を前提とする多国間軍事同盟で、アメリカとカナダ、それに欧州30カ国が加盟している。
NATO条約第5条には、加盟国に対する攻撃は全加盟国への攻撃とみなし、侵略国家に反撃するという集団的自衛権の行使が明記されている。
同じものをアジアに創設し、日米豪印に韓国やフィリピンなどを加えた国々で相互防衛体制を敷くとなると、憲法9条を抱える日本はたちまち難題に直面することになる。
また、各国が国として承認していない台湾を率先して守る姿勢を示せば、台湾統一を目指す中国が日本を敵対視するという安全保障上のリスクを生じさせかねない。これでは、「日本を守る」どころの話ではない。
政治学者で専修大学教授の岡田憲治氏は、近著『半径5メートルのフェイク論』(東洋経済新報社)の中で、「忘れがちなのは、戦争の反対概念が平和ではなく、『対話』だということです」と指摘している。
これには筆者も同感だ。石破氏の場合、いきなり「アジア版NATO」を唱える前に、習近平総書記との対話の模索から始めるべきだったのではないだろうか。
実際、中国と国境紛争を続けているインドは、早速、石破氏の「アジア版NATO」に異を唱えた。訪米したインドのジャイシャンカル外相は、10月1日、「我々はそのような構想は考えていない」と明言している。なぜなら、インドは、QUADなど対中国の枠組みを利用する前に、2国間による対話での解決を目指しているからである。
● 永田町屈指の論客なのに 経済と党改革の質問にはカンペ
3つ目の不安が、経済や裏金議員問題といった、政策通の石破氏でも、比較的、専門分野とは言い難い分野で質問が飛ぶと、手元のメモや原稿、いわゆるカンペに目を落とす機会が増えるという点だ。
石破氏は経済対策について、賃上げと投資がけん引する「成長型経済」を継承し、デフレからの完全脱却を目指すとしているが、具体的な道筋は示せていない。焦点の金融政策では、10月2日、日銀の植田和男総裁と会談した際、「追加の利上げをする環境にない」と述べるにとどまった。
日銀の独立性を尊重し、緩やかに金融緩和からの正常化を支持する立場は理解できるものの、どのように「国民(の暮らし)を守るのか」への言及ははっきりしない。 金融の専門家ではなく、あくまで政治記者の目から見ればの話だが、積極財政路線の高市氏や「1年で改革を進める」と明言した小泉進次郎氏(43)のほうが、はるかに明快で期待が持てていい。
来たる総選挙の焦点になる裏金議員の問題に関してはもっと良くない。石破氏は、「選挙区でどれくらいの支持をいただいているのか把握しながら、公認するか否かを決定する」と述べるにとどめ、不十分と批判されてきた実態調査についても言及を避けている。
「旧安倍派の皆さんを敵に回すから踏み込んだことは言えないよね。ただ、共同通信が実施した世論調査で、石破内閣の支持率は50%ちょっとだったでしょ? 岸田内閣発足時(※55.7%)や菅内閣発足時(※66.4%)より格段に低いのは、そういう煮え切らないところに原因があるんじゃないの」(前述の高市氏を支持した衆議院議員)
さらに個人的には、裏金議員や「政治とカネ」の問題よりも、石破氏が得意なはずの地方創生にも不安が残る。
初代の地方創生相でもある石破氏は、首相就任会見で「人口最少県の鳥取をふるさとに持つ者として、強い決意を持って取り組んでまいります」と強調してみせた。
では聞くが、石破二朗という鳥取県知事を父に持ち、これまで片山善博氏や平井伸二氏といった歴代の敏腕知事とともに鳥取県のために汗を流しながら、なぜ毎年3%前後の人口減少を食い止められなかったのか? 鳥取県でこれまでできなかったことが果たしてこれからの日本で可能なのか? こうした疑問が湧いてしまう。
振り返ってみれば、多くの国民が注目した自民党総裁選挙は、「The lesser of nine evils」(9人のうち消去法的な要素が積み重なった「悪さ加減の選択」)だったように感じている。
総裁選挙が告示されてから衆議院解散が決まるまでの間の最大の勝者は、旧岸田派をまとめて石破氏を勝たせ、10月1日、満面の笑みを浮かべて首相官邸を去った新たなキングメーカー、岸田氏だったと筆者は思う。
その意味では、石破氏はまだ完全な勝者とは言えない。これまでの国民人気で総選挙をどうにか大敗することなく乗り切った後が本当の勝負である。
清水克彦
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