( 220086 ) 2024/10/08 18:29:01 0 00 「石破政権=利上げ、円高、株安」なのだろうか。筆者はそうは考えていない(写真:ブルームバーグ)
石破茂氏が9月27日に自民党総裁選挙に勝利した後、円高が急速に進行し、同月末の日経平均株価は大幅下落となった。一部の海外投資家の間で「石破政権が日銀に利上げを迫る」といった思惑が生じた可能性がある。
その後、石破新首相は10月2日に日銀の植田和男総裁と会談後「個人的には現在、追加の利上げをするような環境にあるとは考えていない」と報道陣に語り、一気にドル高円安が進んだ。果たして石破政権下では本当に円高、株安となるのだろうか。石破新政権の誕生を踏まえ、今後の日本株を占っていきたい。
■日銀の政策態度は為替が「先」で金融政策が「後」に
「日銀の利上げに伴う円高は、日本株の重荷になる」――。もしこうしたマーケット関係の記事があれば、読者のみなさんは、すんなりと受け入れてしまうのではないだろうか。
だが、実はこうした「波及経路」は、今は存在していない。というのも、日銀の政策態度は為替従属の色彩を強めているからだ。端的に言えば「円高なら利上げはしない。円安なら利上げに動く」という具合になる。事実、今年に入ってからの日銀の政策変更および情報発信は、為替との関係が強まっている。
7月上旬にドル円相場が1ドル=160円を突破し、利上げの選択肢しか持たなくなった日銀は、7月31日の金融政策決定会合で利上げを実施した。その後、世界同時株安と相まって140円程度まで円高が進行すると、8月7日に内田真一・日銀副総裁は「円安の修正は政策運営に影響する」「金融市場が不安定な下で政策金利の引き上げはしない」として、軌道修正した。この発言には為替が「先」、金融政策が「後」という従属関係が前提に置かれている。
また、日銀の声明文にも為替従属の姿勢が透けて見える。声明文の最終段落(リスクへの言及)は「リスク要因をみると(中略)わが国経済・物価を巡る不確実性は引き続き高い。(中略)とくに、このところ、企業の賃金・価格設定行動が積極化するもとで、過去と比べると、為替の変動が物価に影響を及ぼしやすくなっている面がある」と結ばれている。
説明順序は「為替→物価→金融政策」である。また植田和男日銀総裁は円安修正によって、政策を見極める時間的余裕が増していると発言している。これらはいずれも、円安が進まないなら利上げを待つと読み替えることができる。
■石破政権下ではむしろ低金利政策が続く可能性
こうした前提を踏まえたうえで、石破政権の誕生が金融政策にどういった影響を与えるのか考えてみたい。結論を先取りすると、筆者は(高市早苗氏が首相になったときよりも)石破政権でむしろ低金利政策が長く続くと考えている。総裁選の決選投票に残った高市氏の政策理念は「拡張的財政政策が必要、金融緩和は積極的に」といった具合であり、総裁選直前の金融市場では同氏の勝利を見込み、円安・株高が進行した。
それに対して石破氏は「財政規律重視、金融緩和は節度を持って」という具合に高市氏の対極にあった。そのため、石破氏の勝利が伝わると金融市場では大幅な円高が進行し、週明けの株式市場では日経平均株価が約2000円の下落となった。市場参加者、とくに日本の事情に必ずしも精通していない海外投資家は「石破政権が日銀に利上げを迫る」との予想に基づき、円買いを実施したとみられる。
ここで改めて重要なのは、円高それ自体が日銀の利上げを抑制することだ。ゆえに筆者は、緩和に積極的でない石破政権のほうが、(金融市場で自然に円高が進むので)結果的に利上げは緩やかになるとみている。円安が抑制され、輸入物価に下押し圧力が加わることで、日銀は物価の基調を見極める際の時間的余裕が増す。
仮に高市氏が首相に選出されていた場合、日銀に緩和を続けるよう圧力をかけるのは必至だったことから、その際は円安が急加速し、輸入物価の上振れリスクが高まることで、日銀はむしろ利上げに追い込まれる可能性が高まっていたのではないか。
筆者は日銀が2024年12月に0.25%の利上げを実施した後、2025年末までに追加で2回の利上げが実施され、政策金利は1%程度になると予想している。だが、石破政権の下で円安が抑制された状態が続けば、0.75%ないしは0.50%で利上げは打ち止めになる可能性が高まると判断している。
こうした低金利環境は、株式の(債券に対する)相対的な魅力を高め、株高に貢献するだろう。「金融緩和に積極的でない石破政権が日銀に圧力をかけることで円高が進行する」という経路が存在しないことを、改めて強調したい。
■日銀短観で堅調な企業業績も確認
さて、日本株を考える上でもう一つ重要なのは企業業績の行方である。その点、10月1日に発表された日銀短観は安心感のある結果であった。業況判断DIは、大企業製造業がプラス13と前回調査対比横ばいも、市場予想(プラス12)を上回った。日本の基幹産業である自動車については、認証不正が残存する中、台風の影響もあって生産の停滞が継続したものの、全体への波及は限定的であり、そうした下で半導体市況の好転などから電気機械などの業況が上向いた。
また、大企業非製造業はプラス34と前回調査対比1パーセントポイント上昇し、1991年以来の高水準を維持。活況を呈するインバウンド、企業の旺盛なDX投資(含む生成AI関連投資)が支えになったとみられ、広範な業種が高水準を維持した。こうした動きは日銀算出の実質消費活動指数が回復傾向にあることや、8月景気ウォッチャー調査が強めの改善を示したこととも整合的である。
さらにTOPIX(東証株価指数)構成銘柄と近い属性である大企業全産業の業況判断DIはプラス23と、前回調査対比1パーセントポイント上昇した。またTOPIXの予想EPS(1株利益)と密接に連動する売上高経常利益率の年度計画はプラス8.97%と高水準を維持している。円安による業績カサ上げが剥落したこともあってか、限界的改善こそ一服しているものの、好調な企業収益を示唆する領域にある。
この間、企業の物価見通し(全規模・全産業、1年後)は、販売価格見通し(≒自社製品・サービスの価格設定スタンス)がプラス2.8%であるのに対して、物価見通し(≒日本の物価上昇率)はプラス2.4%であり、販売価格見通しが物価見通しを上回る傾向が続いている。
換言すれば、企業は物価上昇率以上に値上げを進めるということだ。これは、企業の競争力の源泉が価格(安値)から、高付加価値化など別の要素に移りつつあることを示唆しているように思える。こうした積極的な値上げの動きはコロナ期前には観察されなかった傾向であり、来期も積極的な価格転嫁により収益を確保する動きが続く可能性を示唆している。
■名目GDP拡大こそ株価上昇の裏付け指標だ
これは株価にとって重要な金額ベースの経済規模、すなわち名目GDPの拡大が一段と進むことを意味するので、素直に株高の原動力と捉えて差し支えないだろう。インフレが進行したこの2年半程度、実質GDPが伸び悩むのをよそに、名目GDPは順調に拡大しており、2024年4~6月期には初めて600兆円の大台を突破した。
それと時を同じくして日経平均株価が4万円の大台を捉えたことは単なる偶然ではないだろう。ここ数年、「マイナス成長なのに株高はおかしい。金融緩和によるバブルだ」と切り捨てる声もあるが、そのマイナス成長の意味するところが実質GDPであれば、そもそも論点にやや問題があると言わざるをえない。
もちろん、実質GDPが伸び悩む中での株価上昇は健全でない部分もある。だが、名目GDPでみれば日本経済は順調に拡大し、企業の1株利益も増加しているため、この間の株高に大きな違和感はない。これこそが「株式はインフレに強い」と言われるゆえんであろう。
日本株は低金利環境が続く下で、インフレを追い風に息の長い上昇が期待される。アメリカ経済が現在の粘り強さを維持すれば、日経平均株価は1年以内に4万2000円を回復するだろう。
(当記事は「会社四季報オンライン」にも掲載しています)
藤代 宏一 :第一生命経済研究所 主席エコノミスト
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