( 221053 ) 2024/10/11 02:51:12 2 00 モンゴル出身者が感動した親日派中国教師の教え 先生が歴史の教科書を「これは全部ウソ」と否定東洋経済オンライン 10/10(木) 19:32 配信 https://news.yahoo.co.jp/articles/e17c4f47ea5cbe7619ce82a7be1da387dc597790 |
( 221054 ) 2024/10/11 02:51:12 1 00 モンゴルで生まれ、中国で学んだ後日本に帰化した著者が、文化大革命前後の中国で経験したカルチャーショックについて語っている。 | ( 221056 ) 2024/10/11 02:51:12 0 00 モンゴルで生まれ、日本に帰化した著者が、文化大革命前後の中国で目の当たりにしたカルチャーショックを赤裸々に綴る(写真:barks/PIXTA)
世界の目から見ると、日本と中国は同じ文化と思われがちだ。しかし歴史をつぶさに見れば、両者のあいだには大きな隔たりがある。モンゴルで生まれて中国で学び、日本に帰化した著者が、文化大革命前後の中国で目の当たりにしたカルチャーショックを赤裸々に綴る。 ※本稿は、楊海英氏著『中国を見破る』を一部抜粋・編集したものです。
■「日本人のように正直に、公平に、規律正しく」
私の名を初めて目にされる方は、「楊海英とは何者か?」と思われることだろう。
そこで、私がこれまで見聞きしてきたモンゴル人と中国人の対日感情を、年代を追って紹介することで、私・楊海英(モンゴル名はオーノス・チョクトで、日本名は大野旭)についても知ってもらえればと思う。私の人生を振り返ると、モンゴル、中国、日本の関係性が見えてくる。そう考えるからだ。
まず私が生まれ育った土地は今、内モンゴル自治区と呼ばれている。かつて蒙疆(もうきよう)やモンゴル自治邦と呼ばれた時代は、実質的には帝国日本の支配下にあった。
ただ、日本に虐げられているという感覚はなかった。というのも、モンゴル軍の騎馬兵だった父は、幼い私に「日本人のように正直に、公平に、規律正しく生きなければならない」とよく話してくれたからだ。
私は1964年生まれだが、2年後にあの悪名高き文化大革命がはじまった。中国全土を混乱に陥れたことでのちに「災難」とまで評されるこの文革は10年も続いたのだが、私が12歳のときにようやく終わった。中国と無関係なはずのモンゴル人も故郷が中国に占拠されたがゆえに、大量虐殺の対象とされた時代である。
高校生になった私が、日本語の勉強をはじめると、家族は皆、よろこんだ。わが家が特別なわけではなかった。南モンゴル(あえてそう呼ばせていただくことにする! )には知日家が多く、傀儡政権を置かれた植民地という意識は薄かったからである。
私が高校に入学した1980年は、あとで振り返ると特別な年だった。文革が終わって3年がたち、ようやく大学入試制度が再開された、その翌年だったのだ。
中国の大学は、文革期には入試がなかったと記憶している。大学の機能はほぼストップしていた。そうなると、共産党幹部の子弟だけが入学できることになる。
文革が終わった翌年から、大学は学生を受け入れたのだが、文革中はまともな教育が受けられなかったから、中学・高校で以前の学生ほどは勉強をしていない子供たちが、そのまま大学生になったわけである。
私は、小学5年のときに文革が終わったので、中学生になってからは猛烈に勉強した。そして、地元の南モンゴルにあるオルドスの高校に進学した。
高校の先生には、この南モンゴルの地に下放された、もとはフフホト市や北京、それに上海などで暮らしていた知識人たちがいた。下放とは、中国共産党幹部や知識人が農民の生活と仕事を体験することである。文革期には、大学教授などの知識人が農村地域に下放された。「反革命知識人」「反動分子」と糾弾され、紅衛兵や中国人(漢人)農民から暴力を受けた知的エリートたちもいた。
■中国共産党が全人民を率いて、日本軍に勝利した
私が入学した高校では、元大学教授などが先生だった。中国人(漢人)の先生もいた。「知識青年」という用語があるが、こうした先生は、私からすると「下放知識人」と呼ぶのがしっくりくる。彼らの授業は、今思い出してもレベルが高くておもしろかった。
当時、歴史の教科書をひらくと〈中国共産党が全人民を率いて、日本軍に勝利した〉と書いてあったように記憶している。しかし先生は「これは全部ウソだよ。僕らは日本軍にいたけど、中国共産党と戦ったことは一度もない。蔣介石の国民党軍と戦っていたのだ。ただし、大学入試に出るから、ウソと承知で暗記しなさい」といっていた。戦争の現場にいた人の話だから、疑いようがない。
「日本軍は、教科書に書いてある通り、村を襲って殺人や放火、強姦を働いたんですか?」と尋ねると、先生は「そんなわけないよ! 日本軍は規律正しかった」と怒っていた。
満蒙という用語は聞いたことがあるだろう。中国東北部の満洲と、内蒙古(内モンゴル)を指す。その地に1932年、満洲国が成立するが、満洲国の軍隊には、日本人部隊、モンゴル人部隊、高麗人部隊があって、先生はモンゴル人部隊に所属していた。
先生は、南京事件の記述も「デタラメだ」と語っていたように思う。教科書を否定する知識人の反骨精神は、10代の私たちには刺激的だった。
■漢人にも親日派が
「日本人はどんな人たちだった?」と尋ねたとき、先生が「礼儀正しく、清潔だった」と答えたことは強く印象に残った。父の言葉は噓ではなかったのだなと子供ながらに確信した。ちなみにこの清潔というのは、衛生的な意味もあるが、洗練されていたという意味でもある。
私が日本語を教わった朱先生は、仙台の東北帝大(同大の医学専門部の前身が仙台医学専門学校)に留学したというから、のちの「文豪」魯迅の後輩だった。戦時中は満洲国の役人だったそうだ。真夏でもシャツのボタンを首もとの一番上までかけていた。いつも始業の5分前に教室へきて、授業を終えるとさっと帰っていく。パーフェクトな日本語で、父や先生から聞いた日本人のイメージそのままだった。
私の家族だけでなく、モンゴル人には知日家が多いとは思っていたが、漢人にも親日派がいることは意外だった。先生たちは知識人だから、文革期に紅衛兵と漢人農民などから暴力を受けたようだった。障害が残って足を引きずっている先生もいた。
下放知識人に教わった私の学年は、40人ほどいて、そのうち1人が浪人しただけで、全員が難関大学に合格した。紅衛兵の暴力で後遺症がある校長先生は、共産党から「全国労働模範」として表彰されていた。当時の中国全土の大学進学率は4%程度だった。
私たちが卒業した年、知識人の先生たちはみんな大学へ戻ってしまい、大学合格率は翌年から従来のレベルに下がったそうだ。奇跡的なめぐり合わせで、難関大学へ進んだ同級生たちは、現在も各界の要職で活躍している。
私は日本語を勉強するため、北京第二外国語学院(大学)に進学した。この大学(以下、第二外大と略す)は、政府の外交部(日本でいえば外務省)とつながりが強く、外交官をめざす学生が多かった。周恩来が初代名誉学長で、今の王毅外相は私の6年先輩にあたる。
第二外大に漢人以外から入学したのは、どうも私が最初だったようだ。入学したての頃は「草原からきた奴って、どいつだ」と先輩たちが、学生寮へ見物にきた。
アジア・アフリカ語学部で日本語学科の教授は、ほとんどが旧満洲国の知識人か愛国華僑だった。愛国華僑というのは、日本に住んでいた華僑の人たちで、政府の「祖国が新中国になったよ。すごく発展している。あなたたちの力が必要だよ」という誘いに乗って中国に渡った人たちだ。各国語に愛国華僑の先生たちがいたが、2世・3世なので中国語があまりできない人もいた。
旧満洲出身の日本事情を教える先生がいて、講義のたびに「満洲国は素晴らしかった」という話が出た。何がよかったかといえば、白米のご飯が毎日食べられたというのだ。
■「きれいな字を書いてはいけません」
愛国華僑の先生たちは「自分たちは騙されて中国へきた」とよく話していた。共産党のキャンペーンに乗せられ、新中国をめざしてきたのに文革がはじまったというのだ。「あなたたちはようやく育った知識人なのだから、ちゃんと勉強しなさい。礼儀作法やマナーも身につけなさい」と繰り返し言われた。
共産党政権になってから、上流階級の礼儀作法は封建社会の文化だと否定されたからだ。むしろ、粗野であることはプロレタリアートの美徳であり、正しい生き方だと教えられた。
たとえば、毛筆できれいな字を書くことはブルジョアジーの悪い趣味で、汚い字を書くことこそ正しいと習った(耳を疑うかもしれないが、本当のことだ! )。
私の父は達筆だったから、私は、物心がついた頃から、父に字を習っていた。ところが小学校に入ると、先生から「きれいな字を書いてはいけません」と言われ、私の字がどんどん下手になることを父は嘆いていた。
第二外大の先生たちもたいてい達筆で、学生たちの字が汚いと嘆いていた。愛国華僑の先生は、女子学生に「下着が見えるような座り方はよしなさい」とよく叱っていた。女性の振る舞いも、すっかり粗野になっていたからだ。粗野こそが労働人民の素朴な美徳だ、と奨励されていた時代だ(ちなみに日本の進歩的知識人たちも、中国人の粗野な行動をもろ手で賛美していた! )。
南モンゴルの高校で、蒙疆政権を知る先生や、留学経験がある朱先生に教わっていた私は、そうしたことに違和感はなかった。しかし漢人の同級生たちは、これまでと真逆のことを言われたのか、カルチャーショックを受けたようで、礼儀作法やきれいな字を書くことに苦労していた。彼らのほとんどが共産党の高級幹部の子弟なのに、北の草原からきた私のほうが洗練されていたわけだ。
楊 海英 :静岡大学教授
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( 221055 ) 2024/10/11 02:51:12 1 00 これらの文章からは、以下のような傾向や論調が見られます。
- 「坂の上の雲」などのドラマや司馬遼太郎氏の小説を通じて、日本の近代化の過程や先人の努力を称賛している人が多く、日本の歴史や文化への理解を深めようとする姿勢が見られます。 - 楊海英氏や石平氏など、中国から日本に渡って真実を伝えようとする著名な学者や研究者を尊敬する声が見られます。 - 中国や韓国の捏造や歴史修正主義に対する批判や警鐘を鳴らす声が多くあり、真実を知ることの重要性が強調されています。 - 中共政府の捏造や洗脳教育に対する懸念や反感が表明されており、その影響力についても言及されています。 - 日本や日本人に対する理解や肯定的な見解が存在する一方で、反日派や日本に対する批判も散見されます。 - 歴史や事実の歪曲や捻じ曲げに対する警鐘や、真実を追求する姿勢が感じられます。
(まとめ) | ( 221057 ) 2024/10/11 02:51:12 0 00 =+=+=+=+= NHKのドラマ「坂の上の雲」が再放送されています。 日本の近代化の黎明期の人々の生きざまを、司馬遼太郎氏の同名小説をドラマ化したものですが、毎回、面白く拝見しています。 その中では、ただ、外国の技術や知識を学ぶだけではなく、知識や技術以外に、高い精神性や規律を重んじる心まで学び、根付かせていったのだろうと思いました。 それを、また、中国の先生方が学び、同胞に教えると言った話だろうと思いましたが、最近の日本人は、そう言った、先人の血のにじむような努力で学んできた事を、忘れているのではと、恥ずかしい気持ちになりました。
=+=+=+=+= 楊海英先生の書籍は日中満蒙の関係を冷静に分析されていて非常に読み応えがある。興安軍官学校についての資料は貴重で、もっと満州を掘り下げたいと興味を持ってしまった。今の南モンゴル、チベット、ウイグルについても問題提起されていて、本当の中国情勢を知ることができます。
=+=+=+=+= この記述は大変貴重な内容と思う。わが国の旧軍人の功績は大きく、自虐史観を覆すに十分な内容である。一方、事実を正確に得るため、一次資料に基づく文献を参考に、近現代史を振り返るようにしているが、この記事で初めて知る内容もいくつかあり、大変有意義であった。
=+=+=+=+= 第二次世界大戦時の日本軍は上層部がどう考えていたのかは解らないけど、現場の軍人たちは本当にアジア解放のために戦っていたと思います。それは東南アジア地域の独立運動に関わった旧日本兵が多かったことからもうかがえますね。中共は元々、馬賊野盗のたぐいで、それをソ連がコミンテルンを通じて手懐けて表向きは共産主義者としたのが始まりでしょう。共産主義を看板にしたとんでもない一党独裁国家が出来あがってしまいましたが、戦後のマッカーサーが中共に手を貸したのは間違いだったと言ったのは有名ですね。
=+=+=+=+= 力ずくで抑えている中共の方針よりも、昔からの規律とのメリハリのある五族協和のあり方のほうがいろんな意味で人も国も育ちそうな気がする。文革を経てテキストは嘘やけど合格のためにテストの時は嘘書けよと教える先生方も有り難い存在だったんだろうな。
=+=+=+=+= 楊海英氏の記事出来事は貴重です。 私も以前、中国柳州地区で技術指導していましたがここを紹介してくれた現地サプライヤーの責任者が広州のモンゴルに近い都市の出身で同じようなことを言っていました。初めはあまり信じられませんでした(日本で学んだ状況とメディア情報と違うため)しかし現地の人たちも中国政府とは違う表現説明が多数あり彼らの言う事の方が正しいのかと思いました。柳州地区はベトナムと近いためベトナム戦争当時は韓国、米軍などが駐留していて周りの生活は昔の沖縄那覇と同じ環境だったそうですが、当時の柳州市の空軍基地とそこで行われていた駐留軍が行った行動、生活をUK BBCが詳細にレポートしたドキュメント内容は中国政府が過去の恥として一斉に削除していました。現地責任者も内容は事実であり公の場で話すことは禁止され、駐留軍の行為は醜く恥ずべき行為であり日本のメディアは一切事実を伝えていません。
=+=+=+=+= 引用記事が面白くて、さっそく書籍を購入しました。読み応えのある、しかし読み慣れた文章だなと思って著者の仕事を検索したところ、なんと「逆転の大中国史」の著者でしたか。この本、持ってました。大変におもしろかった。遊牧民の視点から再構成した中国史(中央アジア史)で、従来のシナセントリズムから語られる元王朝や清王朝がまるで違って見えてくる。
わたしは徒に日本を賛美するような文章は読まないのですが、楊先生は独特に中立で、言葉は適切かどうか分かりませんが、「モンゴル人っぽいなあ」と思って読んでいます。チンギスの昔から合理的でフェアなんですよね、モンゴル人って。
=+=+=+=+= 私が勤務していた広東省の合弁会社では、日本人社員に一人づつ中国人の通訳のコがついていました。 彼等は来日経験のあるコはおらず、皆が中国の「日本語検定」の保持者で、流暢な日本語を喋りました。 聞けば全員が中国東北部の出身とのこと。 つまり旧満州のことです。 彼の地では日本語学習熱が他の地方より盛んとのこと。 家族に伝わる日本(帝国)の話は悪いものではなく、反日感情などカケラも無かったそう。 この記事を読んで、やっぱりね、と思いました。
=+=+=+=+= 個人に於いても、自分に都合の良いように話を作り変えて人に話しているうちに、どっちが本当か分らなくなる。嘘も100回言えば本当になるとは、そういう事なのだろう。国の歴史も同じようなものだろう。自分達に都合の良いように書き換えられていると考えた方が普通だ。つまり、歴史学者には申し訳ないが、歴史は大なり小なり嘘が混じり合い、良く分からないものだと言える。
=+=+=+=+= 楊 海英 氏静岡大学教授、こうした記事を書いて下さり感謝申し上げます。 本当に、有り難い事です。今の日本人は余りに自国歴史も知らずに近隣諸国との関わりにも無関心な者達が多くなってしまった現代。
日本人の当事者では、もうどうする事も出来ない状態にまで低層に落ち込んで行くこの日本の光と希望となってくださる外国の方々の記事を読める事に感動で、涙がでます。
本来ならば、日本人の政治家でも門下生として受入れて欲しいところですが、今の政治家も腐敗しつつ視える時に誠の心ある者達が国境を越えた交流をすべき時代の到来なのかも知れません。 どうか、こうした史実や体験を多く発信して頂きたく願います。感謝をこめて敬意を表します。
=+=+=+=+= 皆様があまりご存知では無いので補足しますが楊海英氏は筋金入りの思想家ですよ。経歴をご覧になってみて下さい。今は静岡大の教授をされています。日本国籍になられたのも中国共産党の影響力を気にせず真実を伝え続けるためと認識します。日本で中国と日本の歴史的関係、中華人民共和国の真実を発信すると中国共産党にマークされて大変ですが楊海英氏は果敢に継続しておられます。
=+=+=+=+= 以前に台湾の人が話していた動画を思い出した。その人は自分の親が満州に行ってきた人だということで、当時の現地の出来事を直接聞いていた。その中で南京大虐殺なんて無かった、と。
今回の事で、日本兵の規律正しさが事実であるという事の信ぴょう性が増した。
=+=+=+=+= 朝鮮半島も日本の統治によって体制や教育が整ったんだよね。 昨日、NHKの深夜の番組を見るともなしに見ていたら、日本人って、他のアジア人のDNAの系譜と違うんだってね。 だからどうとは言わないけれど、現代の中国も“君子の約束”によってできあがったわけで、我々はその誇りをもって、もっと強く各国と向かい合う必要があるんじゃないかと。 戦争をするのではなく、世界平和のためにもね。
=+=+=+=+= 貴殿のような歴史認識を持たれてる方を尊敬します。 偶然にも私が認識してる歴史と非常に似ています。 多くの中国人の歴史認識と異なってる為、実は中国は複数あるかもしれない可能性が見つかりました。
願わくば貴方様が中華人民共和国の最高指導者に早々になって頂けるよう私は推薦致します。
貴方様が最高指導者になられましたらノーベル平和賞は間違い無いです。
=+=+=+=+= そもそも中国の言ういわゆる「南京大虐殺」より、桁違いに多くの人が亡くなった忌まわしい時代を、未だに文化大革命だの経済大躍進だのという一見美名で書くのはなぜでしょうかね? しかも日本ですら なので下手したら日本人の中にも、良い事件だったのかと思っている人もいる
近隣の国で50、60年前に起きた壮大な政治闘争・社会実験の失敗という、人類にとってレアで長時間の大惨事な事件なのに、その前の日中戦争など、あるいはそのあと日中国交正常化以降に比べて、日本の教育現場で教えられないのはなぜでしょうね
クメールルージュは、時計を読めたり眼鏡をかけたりしてる人だと言うだけで反革命的として処罰しましたが、ほぼそれに近い狂気の時代だった文革等について、人類の負の遺産として歴史を語り継ぐ必要があるのではと思います
=+=+=+=+= 中国共産党は、「日本軍による被害者3500万人」と言う途方もない数字を言っている。しかも発表したのは戦争が終わって49年後の1994年。
日本は、2発の原爆と無差別絨毯爆撃で全土が焼け野原になったが、民間人の被害者は50万人。
中国では、日本軍が進撃したところは、ほとんどの農民たちはすでに逃げており、時々見かけるのは民間人の格好をした「便衣兵」だったり、日本軍が民間人は攻撃しないと言う噂も広がっていたところでは、遠くから日本軍を眺めている中国人もいた、とたくさんの兵士の日記に書かれている。
中国の民間人を殺したのは、ほとんどが中国軍。 蒋介石によって行われた「黄河決壊」では、洪水で100万人の中国人が死に、日本軍は逆に10万人の中国人を救助している。
また、決壊の影響で1942年〜43年には河南省で飢饉が起こり300万人が餓死した。 この時も、軍俵を供出して救ったのは日本軍だった。
=+=+=+=+= 歴史は為政者によって都合のいいよう作られていくもの。日本の問題は、”日本のリベラル“が自虐史観を植え付け、中国や北朝鮮などを利用していかがわしい歴史を作ってきたこと。そのルーツを探ると戦後の東大法学部に行きつきますね。
=+=+=+=+= 知識人の限界の発言ですね。中華民国だろうか中華人民共和国であろうが、時の政府が人民をくるしめ、更に日本が中国に侵略した事実は消えません。立派な先生の発言ですが、よく聞く発言ですよね。特に、日本軍に在籍してしいたり、日本企業で幹部として働いていた中国人の中には、同様な発言する方いらっしゃる。でも、その時代の老百姓が一番苦しんだと思いますよ。時代が変わっても苦しむのは老百姓です。
=+=+=+=+= 日本軍が戦った相手 ①1938年中頃までは、蒋介石が率いる国民党軍 ②それ以降は、国民党軍は重慶に立てこもり、 日本軍と戦車同士の戦いは、1945.8月迄なかった ③1938年中頃~1945.7月までは、日本軍の戦う相手は、 主に、名目上は国民党傘下の、毛沢東が率いる八路軍 八路軍はゲリラ戦法(民間人が軍を襲う等)を得意としてた
=+=+=+=+= ≫中国の大学は、文革期には入試がなかったと記憶している。大学の機能はほぼストップしていた。そうなると、共産党幹部の子弟だけが入学できることになる。
ペーパーテストをやらなくなると、いかにもっともらしい理屈をつけても、コネが横行するようになる。 推薦入試に流れる日本も他山の石とすべき。
=+=+=+=+= モンゴルという名前はお相撲さんのおかげでよく耳にするけど どんな歴史があってどんな雰囲気の考え方なのかはほとんど知らないから こういうお話は面白いし為になった。 大陸全体が隅々まで反日というわけではないようで少し安心した。
=+=+=+=+= 日本万歳する気はないけど 中国共産は奥地へ逃げた→結果、日本は進まねばならず、疲弊した(蒋介石) 略奪など→末端ではあっただろうが、上官命令ではなかった 満州→そこそこ頑張った くらいは学校教育でやってほしいかな
=+=+=+=+= 私の父も北支事変(宣戦布告していないのでそのように言ったらしい)に 富岡連隊から徴兵されて戦場に行きましたが 八路軍(人民解放軍)は逃げてばかりで戦った事は無いと言っていました
=+=+=+=+= 歴史は、ねじ曲げれば歴史ではなくなり、政治思想、個人崇拝や政権の正当化、あるいは洗脳目的の教典と化す。政権が倒れるまではそれが続くが、いつ脱却できるかは予想し難い。
=+=+=+=+= 暴走にもほどがある。学者としては、完全に落第。第三者による厳格な査読を要求される学術論文も書かないし、弟子も育たない。というよりデータリンクのように科学的な評定に耐えうるだけの史料かどうかも疑わしい。圧倒的なストーリー性で読者を虜にする話者の魔力はあるが、歴史研究と言えるどうかは知る人は知る。
=+=+=+=+= どんなふるまいや志を持とうとも、たとえ欧米に対抗するためであっても、モンゴルや朝鮮の民衆を解放するためという大義名分があっても日本がアジア大陸に覇権を求め支配下に置いた歴史は事実で、美談にして正義を主張するのは反感を買ってしまうよね。同化政策に反対し、反抗した人々や現地で無法者のように犯罪を犯した日本人も一定数存在しただろうし。
まぁ当時は各国が勢力争いで侵略して領土を広げる事が普通だったんだけどね。
=+=+=+=+= 現在の中華人民共和国は中華民国を台湾に追いやった反乱分子。 歴史的な中国と言うなら台湾へ逃れた中華民国! 中華人民共和国は日本とは戦っていないのに何故か国連の常任理事国❢ 国連は第二次世界大戦の戦勝国連合なのに おかしな話しだ❢
=+=+=+=+= 以前ネットの翻訳サイトを読んだことがあるが、彼らは家族には話してるようだね。祖父母が日本兵から飴をもらったとか子供にやさしかったとか。共産党が人民を穴埋めにしたとかも書いてた。外では話せるわけないけどw
=+=+=+=+= 「日本人のように正直に、公平に、規律正しく」 今の日本人、私も含め、この言葉に恥じないように生きていきたいものだ。
=+=+=+=+= 珍しくちゃんとした記事が出ている。いかに中国が危険ないってしまった国かが分かる。その中国に言いなりの議員や中国に支配されたマスコミやメディアがいかにも多い。
=+=+=+=+= これは各国語に翻訳して世界に発信して欲しいですもちろん中国の危害が及ばないようにしてぜひともお願いします。
=+=+=+=+= 親日じゃなくていいから、事実を知って欲しい。
=+=+=+=+= なんか最近やたら親日派中国人がどうのとか、中国国内で日本人男児に対して(坊や、ごめんなさい)とか、わざとらしい話が増えてますね。
=+=+=+=+= > (ちなみに日本の進歩的知識人たちも、中国人の粗野な行動をもろ手で賛美していた! )。 この日本の進歩的知識人ってのが賛美していた理由は何なんでしょうね?
=+=+=+=+= しかも蒋介石軍には勝ってる、中国大陸で日本の敵は無かったし、アメリカがいなければ勝てなかったのに(笑)
=+=+=+=+= なるほど。だから今でもクチャラーが多いのだ。その粗野が評価されてきたのだ。
=+=+=+=+= 満州国も大躍進や文化大革命を考えると悪では無かったのかもしれない。
=+=+=+=+= やっぱ昔から日本はすごいよなぁ
=+=+=+=+= その文革後に国交を結んだのが自民党 そこが保守の訳がない
=+=+=+=+= 日本の国民になるつもりでしょう?
=+=+=+=+= 大変参考になりました
=+=+=+=+= 良い記事です。
=+=+=+=+= もう過去の栄光に縋るしかないのか…
=+=+=+=+= なら中国で発信して下さい。
=+=+=+=+= 胡散臭い、信じてはいけない。
=+=+=+=+= 日本の近代化の時代にはやはり欧米の悪影響はかなりあったんはわかる。それに関しては図に乗った日本人がいたのもわかる。けど、ほとんどの日本人は今でもそうやけど人を疑う人が少ない。今でさえ騙される人が多い。世界的に見てもある意味言葉悪いが田舎もんが多すぎる。単一民族の欠点やろな。それの裏返しが詐欺師みたいのが大嫌いなんやろな。けど、今も同じ何やけど詐欺師が多いのが世の中。その反動が民族差別と固定している面がある。昔はだまされた人はあとからその事を知るからようけにくしむからな。今は多様性を推進するなら誰でさえ国籍氏名年齢等すべて開示すべき。今は通名はなんかするから逆に朝鮮人が差別されるんからな。スパイやでと思うやれろ
=+=+=+=+= そうなんですよね。中国人民軍と日本軍は戦った事は無いはずですよ。抑も中華民国軍が日本軍や人民軍と戦っており、其れで戦後賠償を中国は求めなかった。理由は其処に有る。要は敵の敵は味方と言う事なのでしょうか?また周恩来がいたことも大きかったかも知れない。其れにしても中韓はどうしてこの様に捏造するのだろうね?今や情報社会になり知識としては大分変わったのだろうが、全体主義だから個人の意見は言い出せないのかもね。中国は兎も角韓国も左翼によって大分捏造されてはいるのに国民はまだ言い出せない国なんですね。可哀相!
=+=+=+=+= 中国人や朝鮮人は国の反日教育で、ありもしなかった南京大虐殺などを信じるよう洗脳されてしまった。気の毒な中国人、朝鮮人たちだ。 だが、今年も多くの中国人が日本に旅行に来ている。共産党に逮捕されないよう、表面上は反日を、本音は親日だから日本に来るわけだ。 中国人も勇気を持って共産党と戦って欲しい。
=+=+=+=+= 韓国もそうだけど、お年寄りは日本のことを悪く言わない人が多いとよくいうよね。ただ迂闊に口に出すと家族でも垂れ込む人はいるから黙るしかない。そして嘘の教育を受けた人が大人になりそれを家庭内でも教える。だから仲良くとか話し合いとか無理なんだよ、土台が腐っているんだから。大陸は相手にしないのが一番、中華は台湾とだけの付き合いでいい。
=+=+=+=+= 中国と韓国の歴史書は完全に虚偽と言えるでしょう。 自国が世界の中心なんて考えています。
静岡大学の学生諸君は、真実を教えられて幸せだ。 モンゴルはいずれ解放されますよ。 支邦の歴史では漢民族は戦に弱いので秦から4回しか立国できていないのです。ご存じでしょうが。 今の中共は4回目で、そんなに持たないでしょう。地方から火の手が上がったら中国は大混乱です。そうしたらモンゴル統一に尽力してください。 習近平は何千年も中共が存続するという夢をもっていますが、彼の命の期限を知らないようですね。頑張ってください。
=+=+=+=+= この方の様な中国の文化を通過してきた方々で、”ニッポンと添い合う”人はほんの一部なんです。よくみて頂きたいのは、現に日本国民のほとんどが「現時点での中国人に対して好い印象は持たない」現実があります。
【フツーにウソをつく・人を騙しても構わない・カネ儲けだけの思考】・・ など、およそ日本人が常識的に「大嫌いな面」が備わってしまっている人々。 それが中国人・民であって、いまだにまったく古来から変われないでいる。
SNSが発達して世界の情報が拡散すればするほど、「現実」は世界に知られていく。この現実を止める事はできない。もう、ウソは懲り懲りなんです。 しかし日本・ニッポン・日本人はゼッタイ変わりません。同じです。
=+=+=+=+= 一般の日本人は正直で規律を守り調和を重んじ礼儀正しいのは確かだが、国を代表する人たちは、ひょっとしたら日本人ではないかもしれない。
=+=+=+=+= 楊海英さんや石平さんのような、正直にモノを言う元中国人の方は極少数ですが、せめてもの救いですね。 その対極いるのが、アグネチャンやえりアルフィアですね。 日本の学界やマスメディアは、楊海英先生の発言のようなことを日本人が言えば寄って集って袋叩きにしますが・・・中国で生きてきた本物の中国人の帰化人には何も言えませんので、もっともっと前に出て語って欲しいものです。
=+=+=+=+= 敗戦国は、歴史を語れないものです! 戦争で勝った国の言い分も話半分です。 真実を知ったところで洗脳された人達は納得するはずもないし 今更事実を直視する気にもならないでしょうね
=+=+=+=+= 南京虐殺が毛沢東軍であることが間接的に書かれています。 現代の中共人にとって、天地がひっくり返るような事ですが事実です。 それでもなお、中共政府の日本軍によるとプロパガンダの強弁を 鵜呑みにする中共人の無知には只々あきれるばかりだ。
=+=+=+=+= そう言えば ネット上の画像に習近平と安倍晋三の漢字文が 出ていたと思うが、習近平の字は漢字発祥の国とは思えぬほど 安倍晋三に見劣りしてました。 どうやらその辺りに原因があるようですね。
因みに福島瑞穂のそれもかなり酷かった。
=+=+=+=+= 今の中国は共産党が作った嘘歴史を真実と学んだ人々の国。 真実を知る中国人はどんどん減って日本憎しの純度が更に高まっていく。 怖い話だけど真実なんだよねぇ。
=+=+=+=+= >毛筆できれいな字を書くことはブルジョアジーの悪い趣味で、汚い字を書くことこそ正しいと習った。
以前ネット記事で見た、習近平の芳名帳への署名が酷いクセ字だったのはそういう理由だったのですね。
=+=+=+=+= こういう嘘の誤った教育は中国だけでは無く韓国や北朝鮮でも未だに嘘の教育が続けられている。一部の無知な国民は国を信じていて真実を知った時はどうなるだろう。
=+=+=+=+= これ以上、敗戦したからといって皇軍と戦前の日本の名誉を無限に傷つける現代の社会を許してはいけません。
日本国民は先祖を信じます。
=+=+=+=+= 大戦時にアジアを無視したら、全部植民地になってただろう。アジアの反日国が何を言っても歴史的には変えられない。
=+=+=+=+= 中国共産党の真似をしている韓国で捏造歪曲となる。 その事だけならウソで誤魔化せるが流れで捉えると矛盾となる。点から線 自慢できる事が無いからウソでその場を誤魔化すがこれを繰返すと話が繋がらない。 一度ウソをつくとそれを誤魔化す為ウソをつく、ウソだらけとなる。 だから中国、韓国はキラ○レル。
=+=+=+=+= どこの国だっでてめえに都合のいいことしか 教えないよ 日本の歴史の教科書も偏向もいいところ まあまともに書いたらうんざりするからね アメリカも中国もどこも同じさ
=+=+=+=+= 本当のことだろうけど本当のことを言うと粛清される国… だいじょうぶですか? もう二度と帰れなくなっちゃうのでは…?
=+=+=+=+= 今日本に来てる中国人に、中国語で知らせて!
=+=+=+=+= なるほど、文化大革命で知識階級が滅ぼされて今の粗野な中国人が出来上がったんですね。
=+=+=+=+= 中国政府に拘束されず真実を伝えてほしい。
=+=+=+=+= 反日派が正しい歴史が語られる日が来るのかな。
=+=+=+=+= 難癖つけて恐喝紛いを長きに続ける民度を疑う隣国達
=+=+=+=+= 田嶋陽子が猛烈に批判しそうw
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