( 223654 )  2024/10/18 16:00:13  
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国連が日本のアニメ業界における労働搾取の問題を指摘し、外国の配信会社や消費者が不買運動を行う可能性があることが懸念されている。

アニメ業界は成長を続けており、政府もコンテンツ産業を強化するための取り組みを進めているが、制作現場の労働環境や賃金が未整備であることが課題となっている。

制作委員会方式によるアニメ製作の慣習も取り上げられ、アニメーターなどの制作現場に利益が適切に配分されていない点が示唆されている。

アニメ制作スタジオの収益が圧迫される状況であり、賃上げに対する余力も乏しい状況が続いている。

このような状況が続くと、アニメ制作現場から人材流出が進み、技術力の低下や品質維持の困難が生じる可能性がある。

そのため、業界全体での取り組みや政府の介入が必要とされており、日本アニメ産業の持続的な成長には制作現場の持続可能性が欠かせない(要約)。

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アニメ産業を支える制作現場の持続可能性が問われている(写真=日本アニメフィルム文化連盟提供) 

 

国連が日本のアニメ業界について、労働搾取の問題があると指摘した。海外の配信会社や消費者の不買につながれば、日本アニメの成長はない。 

 

【関連画像】アニメーターの時給の中央値は1316円と、その他145業種の2220円と比べて低い 出所:日本総合研究所 

 

 2024年9月9日、政府がアニメや映画産業の強化を図る初の官民組織「コンテンツ産業官民協議会」の初会合を開いた。会合で岸田文雄首相(当時)は、「コンテンツの制作現場では、労働環境や賃金の支払いといった側面でクリエーターが安心して働ける環境が未整備」と語った。 

 

 首相がこう発言した背景には、国連が5月28日発表した調査報告書がある。報告書は、国連人権理事会の「ビジネスと人権」作業部会が23年7月から8月にかけて実施した訪日調査の結果である。報告書で旧ジャニーズ事務所(現スマイルアップ)などのエンターテインメント業界と並んで指摘を受けた業界がある。アニメーション業界だ。報告書は、アニメーターの低賃金、過度な長期労働、不公正な請負関係、クリエーターの知的財産権が守られない契約などを指摘し、「搾取されやすい環境がつくり出されている」と結論付けた。 

 

●作品排除「常にあるリスク」 

 

 日本のアニメ産業は近年、外需をけん引役として成長しており、22年に市場規模は3兆円を超えた。24年6月に日本政府が「新たなクールジャパン戦略」を公表し、アニメをはじめとするコンテンツ産業を基幹産業に位置付けた上で、海外市場規模を33年までに20兆円以上にする目標を掲げている。 

 

 今回の国連の指摘は、こうした成長期待を根本から崩しかねない。日本のアニメが人権を侵害して作られた作品であると見なされれば、米ネットフリックスや米アマゾン・ドット・コムなど動画配信サービスを展開する海外企業や人権意識が高い海外消費者などによる不買運動につながる可能性もある。 

 

 24年7月2日、調査に当たった国連人権理事会のピチャモン・イェオファントン氏が再来日し、関係者と意見交換する場が持たれた。業界団体の日本アニメフィルム文化連盟の内山誠氏は、イェオファントン氏に「日本のアニメ作品がネットフリックスやアマゾンから排除される可能性はあるか」という質問を投げかけた。イェオファントン氏は、「それは常にあるリスクだ。人権侵害を改める必要がある」と答えたという。 

 

 国連が指摘したのは、アニメビジネスにおける日本特有の「製作委員会」と呼ばれる慣習だ。製作委員会はアニメ製作に関連する企業の共同事業体で、アニメ製作会社、グッズメーカー、テレビ局、映画会社、広告代理店、出版社などが参加し、出資割合に応じた利益を受け取る。 

 

 アニメ製作には大きな資金が必要となる。現在、30分枠のアニメを作るのに2000万~3000万円かかるのが一般的で、1クール(週1回放送で3カ月間)の作品を作るのに約3億円の資金が必要となる。数作られるアニメのなかでもヒット作品は限られる。製作委員会方式は、関係者でリスクを分け合いながら作品を作るのに都合が良い。 

 

 

 一方で、製作委員会には負の側面もある。アニメ制作スタジオなどで働くアニメーターなどの制作現場に利益が配分されにくいことだ。アニメ制作スタジオは、製作委員会から発注を受け、その下に2次・3次の制作スタジオやフリーランスのアニメーターなどが連なる構造になっている。アニメ制作スタジオは中小の零細が多く、数億円の一部を出資する余裕がない。そのため、製作委員会から提示された金額で次々と仕事を請け負うことで経営を成り立たせる状況が続いている。 

 

 業界関係者は、「力関係や資金力が弱いアニメ制作スタジオが製作委員会メンバーに入り込むのは無理」と打ち明ける。また、「動画作業の制作単価は1枚当たり250円程度で、この単価は10年以上変わっていない」と訴える。月に300枚描いたとしても収入は7万5000円程度であり、動画作業の収入だけでは月10万円も稼げない。 

 

 アニメ制作スタジオの賃上げ余力は乏しい。日本総合研究所の調べでは、1990年代中ごろ以降に設立されたアニメ制作スタジオ7社の労働分配率(人件費÷付加価値額)は平均88%だった。日本の中小企業の平均は81%で、大・中堅企業の平均は58%である。アニメ制作スタジオは人件費の支払いでいっぱいいっぱいで、こうした状況で賃上げを急げばさらに収益が圧迫され、アニメ制作スタジオの倒産につながる。 

 

 低賃金や過重労働といった問題は、アニメ制作現場から人材を流出させ、技術力の低下につながっていく。2000年代に国内で年間約100本だったアニメ制作本数は、今は300本を超えている。経験が乏しいアニメーターが増加傾向にある中、中堅・ベテラン層による修正負担が増しており、少ない人手で品質を維持するのが精いっぱいの状況だ。増えていく需要を満たすどころか、このままでは日本アニメ産業の衰退につながりかねない。 

 

 アニメ作品のキャラクターなどを活用したグッズ販売などを展開するための知的財産権も製作委員会のメンバーが共同保有するケースが一般的である。製作委員会に入っていないアニメ制作スタジオは、作品を作った後に収益が上がっても、その恩恵に預かれない。 

 

●成長と衰退の分岐点 

 

 アニメビジネスに詳しい日本総合研究所の安井洋輔主任研究員は、「アニメ制作スタジオの自助努力だけでは現状を打開できないほど業界慣習が強固。政府による介入が求められる状況にある」と指摘する。三村小松法律事務所の田邉幸太郎弁護士は、「政府の協議会などを通じて業界の実態や課題を共有し、具体的な改善策に落とし込んでいくことが重要。業界を挙げて取り組む姿勢を示していく必要もある」と話す。 

 

 日本アニメ産業の持続的な成長には、作り手である制作現場の持続可能性の考慮が不可欠だ。アニメにかかわらず、作り手による労働が「搾取」と見なされた商品は、世界のサプライチェーンからはじき出される。成長か衰退か─。日本のアニメ産業は今、その分岐点にいる。 

 

(「日経ESG」2024年11月号の記事を基に構成) 

 

半澤 智 

 

 

 
 

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