( 224791 ) 2024/10/21 17:55:01 0 00 物価目標0%超の釈明に追われた立憲民主党の野田代表(写真:共同通信社)
立憲民主党が選挙公約として掲げたインフレ目標を「2%」から「0%超」に修正するという案に、金融市場がざわついている。現在、2%前後の物価上昇率を0%近傍まで押さえ込むためには追加利上げなどが必要になるため、市場ではタカ派過ぎるという反応も少なくない。この立民の公約をどう評価すべきなのだろうか。(唐鎌 大輔:みずほ銀行チーフマーケット・エコノミスト)
【著者作成グラフ】日米欧CPIの推移。いつの間にか日本の消費者物価指数は欧米並みで推移している。なのに、いまだデフレ脱却が認められていない現状……。
■ インフレ目標「0%」超をいかに解釈すべきか
立憲民主党が次期衆院選の公約の中で「新しい金融政策への転換」と銘打ち、日銀の物価安定目標を「2%」から「0%超」へと変更するとともに、政府・日銀の共同目標として「実質賃金の上昇」を掲げる方針を提示したことが一部で注目されている。
この方針をどのように評価するかという問い合わせを複数いただくため、筆者なりの所感を提示したいと思う。結論から言えば、良い部分と悪い部分がある。
先に悪い部分から言えば、「2%」を「0%超」に修正するという情報発信は不必要に日銀のタカ派色をアピールする恐れがある。もちろん、1.8%や1.5%でも「0%超」なのだから、過度な引き締めを意味するわけではない。
しかし、「2%」を「0%超」にするという字面が持つインパクトは大きい。
市場参加者、ひいては市井の人々にとって、金融政策運営の良し悪しは残念ながら第一印象で決まりやすい。表現として単純過ぎるため、意図しないタカ派解釈から想定外の円高・株安を惹起しかねないだろう。現に、この方針については「タカ派的過ぎる」との批判が非常に多い。
この点、泉健太・前立民代表はX(旧Twitter)上で、「『0%近傍』という意味ではなく、『プラス領域』という意味」と釈明に追われている。
また、同党におけるネクスト財務金融相である階猛議員も、「明らかな誤解。我々は物価0ではなく実質賃金プラスを目標にしている」「物価0%を目指すことはなく、実質賃金プラスなら物価2%でも何ら問題ない」とやはりX上で情報発信している。
さらに、野田佳彦代表も日本経済新聞などのインタビューで、「物価上昇率がゼロを下回ってはいけないが、デフレ脱却に向けて柔軟性があった方がいいとの趣旨だ」と答えている。要するに「2%を無理やり目指すことはしない」という意図が透ける。表現はまずいが、柔軟性を意識しているのは良い部分である。
かねて言われていたように、現在の物価目標に関する政府・日銀の共同声明(アコード)がはらむ最大の問題点は、2%目標について「できるだけ早期に実現することを目指す」という部分である。
■ YCCに象徴される無理筋な政権運営の遠因
この「できるだけ早期に」という概念が退くに退けない日銀の状況を創り出し、イールドカーブ・コントロール(YCC)に象徴される無理筋な政策運営の遠因になったのは間違いない。
このアコードが、黒田体制の誕生とともに「2年間でマネタリーベースを2倍にしてインフレ率を2%にする」という期待(というより誤解)に働きかける政策運営につながっていくのである。
しかし、そもそも物価目標達成までのスピード感を盛り込む事例は海外にはない。この点、それが「0%超」という表現かどうかはさておき、野田代表の言うように「デフレ脱却に向けて柔軟性があった方がいい」のは間違いない。
そもそも、過去2年以上にわたって消費者物価指数(CPI、総合ベース)が2%以上で推移しているのに(図表(1))、いまだにデフレ脱却が認められておらず、利上げペースも緩慢なのだから、実際のところ、日本のインフレ目標は相当の柔軟性をはらんでいる。そうであれば適切な表現に変えた方が良い。
【図表(1)】
■ 複雑怪奇なゼロ金利政策とYCCが生まれた日本ならではの事情
通常、物価目標は「中長期的に」実現されていればよしとするものだ。
例えば、ECB(欧州中央銀行)はこれを「over the midterm」と表現しているが、具体的にどれほどの期間なのかは分からない。期間の透明性を追及しても政策運営に無理を来すだけであるため、明文化する意味はない。
そもそも、現在はグローバルスタンダードとなっているインフレ目標の数値「2%」も厳格な理論に基づいたものではないのだから、それを実現するための期間を厳格に区切ることに意味は見出しにくい。
よく知られているように、「2%」という数字はかつて大幅なインフレに苦しんでいたニュージーランドが設定したものである。具体的に同国議会は1989年12月、ニュージーランド準備銀行法を成立させる中で「0~2%」を目標値として設定した。
その後、これを契機として世界的に「2%」が採用されるようになるが、端的には「皆が2%で設定しているから」というのが偽らざる実情である。
しかし、日本以外で「2%」のインフレ目標を採用した国々に共通しているのは、高インフレを前提として「2%」へ抑制するという話であって、低インフレを前提として「2%」へ押し上げるという話ではない。
つまり、デフレ脱却を念頭にインフレを希求してきた日銀とは事情が正反対である。
「2%」に関し、そこへの抑制を謳った中銀では利上げ方向の議論で済むが、押し上げを謳った日銀では利下げ方向の議論が必要になる。前者は青天井だが、後者にはゼロ金利制約(正確には実効ゼロ金利制約、ZLB:Zero Lower Bound)がある。
ZLBに直面した日銀の政策運営がマイナス金利政策やこれに付随するYCCなど、いかに複雑怪奇なものに仕上がり、その出口が困難になっていくのかは多くの説明を要しないだろう。土台、理論的に根拠がない難しい目標を与えられている上に期限まで切られ、ZLBも乗り越えようとした結果が複雑怪奇なゼロ金利政策とYCCである。
■ 不健全な安倍・黒田体制の負の遺産
以上を踏まえると、立民公約の良い部分はインフレ目標の柔軟性を容認しようとしていること、悪い部分は表現が極端過ぎること、である。
繰り返しになるが、「2%」を「0%超」へ変更するという修正はいかにもタカ派的であり、植田総裁の言葉を借りれば、不連続なショックを与える可能性がかなり高く、実際のところ広範な支持は得られまい。
では、どのように修正すべきなのか。そもそもアコードなど2013年1月までは存在しなかったのだから、(見通せる将来は厳しそうだが)政権交代の暁には廃棄でも問題ないと筆者は考えるが、あえて修正の上で残すのであれば、「できるだけ早期に」を削除するだけで問題ないだろう。
黒田体制から植田体制に移行する際、「できるだけ早期に」の削除か、代わりに「中長期的に」と言った文言に入れ替えるという案が取りざたされていたが、結局は手つかずのままであった。既に日本が(CPIの上では)デフレ状態ではないのであれば、デフレ脱却宣言と共に葬り去るという考えもある。
いずれにせよ、現在のアコードが不健全な状態にあることは間違いなく、これを質そうという意思表示が野党側より出てきていることは評価に値するだろう。
※寄稿はあくまで個人的見解であり、所属組織とは無関係です。また、2024年10月17日時点の分析です
唐鎌大輔(からかま・だいすけ) みずほ銀行 チーフマーケット・エコノミスト 2004年慶応義塾大学卒業後、日本貿易振興機構(JETRO)入構。日本経済研究センターを経て欧州委員会経済金融総局(ベルギー)に出向し、「EU経済見通し」の作成やユーロ導入10周年記念論文の執筆などに携わった。2008年10月から、みずほコーポレート銀行(現・みずほ銀行)で為替市場を中心とする経済・金融分析を担当。著書に『欧州リスク―日本化・円化・日銀化』(2014年、東洋経済新報社)、『ECB 欧州中央銀行:組織、戦略から銀行監督まで』(2017年、東洋経済新報社)、『「強い円」はどこへ行ったのか』(2022年、日経BP 日本経済新聞出版)。
唐鎌 大輔
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