( 225894 )  2024/10/24 17:44:11  
00

10月27日に行われる衆院選が注目を集める中、経済政策が大きな争点となっている。

アベノミクスを振り返り、金融政策や財政政策、経済の構造変革を考える必要がある。

アベノミクスの取り組みは一時的な金融緩和に偏っていたり、財政政策のインフレ目標達成に至らなかったりした。

さらに、経済構造の変革やデジタル化の遅れも指摘されている。

アベノミクスの失敗点を反省し、金融緩和の是正や経済構造の改革が必要であり、選挙戦を通じてこれらの議論を深めるべきだと指摘されている。

(要約)

( 225896 )  2024/10/24 17:44:11  
00

10月2日、首相官邸で面会した石破茂首相と日銀の植田和男総裁(写真:共同通信社) 

 

 10月27日に投票日に向け衆院選が熱を帯びている。「政治とカネ」だけではく、経済政策も大きな争点だ。止まらない物価上昇、低迷する実質賃金を前に国民はどういう審判を下すのか。衆院選後の日本に必要な経済政策はどのようなものか。元日銀の神津多可思・日本証券アナリスト協会専務理事が解説する。(JBpress編集部) 

 

【一覧表】税金は?物価目標は? 主要政党が掲げる経済政策 

 

 (神津 多可思:日本証券アナリスト協会専務理事) 

 

■ 極めて常識的だったアベノミクス 

 

 街中は選挙戦で騒がしい。目まぐるしい展開の中で、あれよあれよという間に衆議院総選挙となってしまった。経済政策についても様々な主張があるが、その底流には、「アベノミクス」の否定あるいは肯定という切り口が1つあるように思う。 

 

 アベノミクスとは何を目指したものだったか。そして、実際はどういう展開になったか。振り返るのに良い機会だ。 

 

 アベノミクスは、よく言われてきたように、3つの柱からなるマクロの経済政策の枠組みだった。 

 

 金融政策(第1の柱)と財政政策(第2の柱)によるサポートで、日本経済の構造を変える(第3の柱)というのが、おそらく正しい理解だったのだろう。これは極めて常識的な考え方だ。 

 

 しかし、3つの柱が別々に語られたり、金融緩和が最前面に出たりして、その基本的な骨格が次第にみえなくなってしまった。 

 

 バブル崩壊後、30年以上にわたって続く「何とも調子が悪い」という感覚の根底にあったのは、がらっと変わってしまった日本を取り巻く環境下で、経済がその構造を十分変えることができないところにあった。 

 

 第3の柱はそれを改善しようとするものであり、したがって一番大事なものでもあった。 

 

 しかし結局は、安易に第1の柱による金融緩和の偏重となり、「デフレ」でさえなくなれば日本経済は良くなるという話になってしまった。第2の柱の財政政策にしても、金融政策で限界まで緩和を進めても、そこから財政政策によって、政府と日本銀行の間で合意した2%のインフレ目標を実現しようという議論にはならなかった。 

 

 より正確には、そうしたことは財政事情が許さなかった。また、歳出の中味を見直し、例えば社会保障関係の国費の投入を抑え、経済構造変化の円滑化に注力するということもならなかった。 

 

 

■ 手段が目的化してしまった 

 

 残ったのは、主として社会保障関連の支出から生じた大きな財政赤字の積み上がりと、その赤字をいくら拡大しても大丈夫だという極論が拡がったことである。 

 

 古今東西の歴史の中で、財政赤字の拡大を放置して長く繁栄した権力などない。 

 

 かくして第3の柱は未完となっている。日本経済の供給構造を内外の需要の大きな変化に合わせて変えることは、現在でもなお最優先の課題である。さらに、21世紀に入って急速に進んだデジタル化の流れをビジネスに組み込むことにも日本の企業は後れをとっている。 

 

 政府はいまだに「デフレからの脱却」を言っているが、それ自体が今にフィットしない。デフレが問題なのではなく、国民はインフレで大変なのである。 

 

 デフレからの完全脱却を声高に唱え選挙戦を戦おうとする候補者がいるとしたら、それは逆効果であり、誠に大変なことと感じられてならない。 

 

 このようにアベノミクスは、その出発点における発想は極めて常識的なものであり、2010年代初に日本経済が直面していた問題を正しく解決しようとしたのだと言える。 

 

 問題は、その後、3つの柱がアンバランスになってしまったことだ。それに伴って、手段が目的化し、最終的に何を実現しようとするのかが見失われてしまった。 

 

 私はキリスト者では全くないが、こうした展開を振り返ると、新約聖書マタイ伝にある有名な言葉を思い出さずにはいられない。 

 

 狭い門を通り入れ。何故なら、破壊に至る門は大きく、その道も広く、それを通る者は多い。しかし、いのちに続く門は小さく、その道も狭く、ごく少ない者しかそれをみつけることはない。 

 

 これは筆者の素人訳なので、そこはご容赦願いたいが、アベノミクスの現実は、この広い門へと続いてしまい、破壊にまでは至っていないが、これから進路変更を行い、大変だが日本経済の元気を取り戻す狭い道へと進まなくてはならない。つまり、3つの柱のバランスを取り戻さなくてはいけない。 

 

 

■ 金融緩和偏重の是正が第一 

 

 具体的には、まず、金融緩和偏重の是正が求められる。2%を超えるインフレが2年以上続いているのに、短期の政策金利は0.25%、長期金利も1%未満というのはおかしくないか。 

 

 「いやいや2%のインフレ期待がまだアンカーできていないからだ」との反論もあろうが、そうした均衡状態に到達するまでの間、金融環境をゆっくり変えていこうという姿勢自体が、金融市場の元気をなくしているのではないか。 

 

 インフレになったら金利が上がる。インフレ収まったら金利が下がる。それが本来の金融市場だ。アベノミクスの下で、そうしたマーケットの感性が鈍ったのだとしたら、元気な日本経済への道はさらに険しい。 

 

 様々な思惑が交錯しつつ未来を探るという金融市場の機能が、これから日本経済がその構造を新しい環境にフィットしたものへと変えていく上では必須だ。報道をする側も、金融市場での変動は悪ではなく、その変動こそが未来への挑戦なのだという見方を、もう少し取り戻してはどうだろうか。 

 

 財政政策は、その赤字の大きさからして、すでに狭い門になっている。 

 

 繰り返される自然災害、そして長期的に不可避な大きな地震、さらには再度の感染症の拡大あるいは安全保障上の思わぬ事案も起こるかもしれない。そうした際に、必要となる大規模な歳出を国債発行で賄えるような財政状況に常にしておくことがこれからは大事だ。 

 

 他方、経済構造の改革が進んでいる過程では、摩擦的な企業の倒産、失業の発生は不可避である。その摩擦を緩和するような財政支出は非常に重要だ。 

 

■ ビジネスの「手仕舞い」に躊躇してはいけない 

 

 しかし、現在のようにインフレ率が2%を超え、労働市場がほぼ完全雇用状態であり、さらに今後、人手不足が展望されているような状況で、マクロ的な需要刺激のための財政出動は不要だ。 

 

 経済構造を大きく変えようとするときの状況判断において、マクロでみた資本の稼働率の有効性は低下する。長期的に持続できないビジネスに関連する稼働率も入ってくるからだ。 

 

 グローバル化、高齢化・人口減少、デジタル化。そうした環境変化の中で、これからやっていけないビジネスは手仕舞わなくてはならない。それこそが経済構造改革である。 

 

 そうした古いビジネスの手仕舞いのショックを和らげ、さらに新しいビジネスの立ち上げを円滑にするための財政支出こそが大事だ。リスキリング、労働市場改革等の面で、財政がすべきことはたくさんある。 

 

 そして、当面の財政赤字は、制御が大事であり、直ちに大規模な財政削減をしなくてはいけないということでもない。逆に、現在の経済構造を延命する需要刺激の財政支出は、第3の柱からすれば控えられるべきだ。 

 

 また欧米諸国は、財政支出によって次世代産業を育成する方向に舵を切っている。そうした国際環境を生き抜くためにも、分野を選んだ財政支出が求められる。最初に規模ありきで総花的な財政支出を行う余地は、現在の赤字の大きさからして全くない。 

 

 以上のように、アベノミクスの当初の発想は日本経済が置かれた環境にフィットした正しいものであったと考えられる。しかし、その実践において大きな歪みが生じたほか、政策評価の面で誤ったバイアスも形成された。 

 

 

■ 高度成長期マインドがアベノミクスの邪魔をした 

 

 今後求められるのは、そうしたアンバランスを是正し、躍動する経済活動を取り戻すことだ。 

 

 1980年代の終わりに、先進国経済に追い付いた日本は、その追い付きのために最適化された様々なメカニズムを、イノベーションのためのものに組み直さなければならなかった。高度成長期のマインドでそれを実現しようと必死に頑張ったのが平成の時代であり、アベノミクスの実践は結局その最後を飾るものだったように思えてならない。 

 

 令和の今、アベノミクスの当初の考えを思い起こし、イノベーションを生む元気な日本経済にするため、諸政策のバランスを取り戻さないといけない。選挙戦たけなわの中で、票を集めるための、なり振り構わない議論も聞かれるが、これからの日本経済にどのような政策が必要なのか、ここであらためてよく考えたい。 

 

 神津 多可思(こうづ・たかし)公益社団法人日本証券アナリスト協会専務理事。1980年東京大学経済学部卒、同年日本銀行入行。金融調節課長、国会渉外課長、経済調査課長、政策委員会室審議役、金融機構局審議役等を経て、2010年リコー経済社会研究所主席研究員。リコー経済社会研究所所長を経て、21年より現職。主な著書に『「デフレ論」の誤謬 なぜマイルドなデフレから脱却できなかったのか』『日本経済 成長志向の誤謬』(いずれも日本経済新聞出版)がある。埼玉大学博士(経済学)。 

 

神津 多可思 

 

 

 
 

IMAGE